第14話

ふわっとした感触に、目を覚ます。



この感触、知ってる。これは、ベッドだ。



少し遠くで、布の擦れる音がする。そちらに目を向けると、会長が上着を脱いでいるのが見えた。



黙ってたらほんとにいい男なのに、なんてぼーっと考えていた。



目が合う。また心臓が跳ねる。



「起きたか? 水、飲むか?」



優しく聞いてくる会長に、私は小さく頷く。



会長が寝室から出ていき、冷蔵庫の開く音を聞きながら、寝ぼけた頭を覚ますように頭を振る。



「大丈夫か? 頭、痛いか?」



「いえ、ちょっと、ぼーっとしちゃっただけです」



水の蓋を開けながら、気遣う会長の妙に優しい感じが、ムズムズして、くすぐったい。



「飲めるか?」



「はぃ……。なんか、会長、優しくて、変ですね」



水を受け取りながら言った私の言葉に、会長がキョトンとする。



「あ? お前今更何言ってんだ。いつも優しいだろうが」



苦笑しながら頭をくしゃりと撫でられる。



「優しくないです。意地悪だもん……」



少し拗ねたように言って、水を一口飲む。もう一口飲もうと口に近づけると、水が手から奪われた。



「っ、もうっ! ほら、いじわっ……んんっ!」



会長が水を含んだまま唇が塞がれる。



コクンという音と共に、会長の口から移された水が喉を通る。



「……ほら、優しいだろ? 水……美味いか?」



普通のキスより、なんか変な気分になる。分かってやってるのだろうか、この人は。



恥ずかしくなって顔を背ける。優しく頬を包まれ、顔を戻される。それでも、すぐ目だけ逃げるように逸らす。



「目、逸らすな。俺を見ろ」



「……ゃ……」



「栞……」



囁く声が熱っぽくて、恥ずかしくなる。



「もう、勝手にどこかへ行くな」



額にゆっくりとキスが落とされる。次は右頬。左頬と、順番にキスが降る。



恐る恐る会長を見ると、いつもの余裕がないように見える。



「会長……? 何か、あったんですか?」



「は?」



「いや、だって、なんか不安そうな顔、してるから……」



「お前……マジで言ってんの?」



少し眉を寄せて不機嫌そうな顔をする。



「へ?」



意味が分からず、首を傾げる。



「……どこまで鈍感なんだよお前。もしかして、バカなのか?」



「バッ、バカってなんですかっ! 失礼なっ!」



ため息を吐かれてしまった。意味が分からない。



「俺はお前以外の女に用はない。今後もずっとお前だけだ。だからお前も俺だけ見てろ。分かったか?」



なんか凄い事を言われたような気がします。



ポカンとして会長を見つめると、会長の男らしい指が頬を優しく撫でる。



「あの……それって、どういう……」



優しく手を持ち上げられ、手の甲と指にキスを落とされ、上目遣いに見つめられる。



「まだ分かんねぇの? 女抱くのもお前が最後っつってんだけど?」



えっと、それはつまり、女癖の悪い会長が、もう女の子と遊ばないって事で。私で最後って事は……。



「好きだっつってんだよ。分かれよ、鈍感」



「好き? 誰が? 誰を?」



「おいおい、マジかよ……。俺がお前を。理解したか? これで理解してなかったら、後は体に分かるまで刻み込むだけだがな」



ニヤリと意地の悪そうな笑顔で笑う会長を見上げ、私は一気に顔が赤くなるのを感じた。



「えっ!? す、きって……えっ、は?」



「理解したみたいだな」



そう言った会長は、どこか嬉しそうに見えた。



「でも、だって、会長は、今まで散々私の、その……体で遊んできた、し……」



「遊んでねぇよ。ちゃんと可愛がってたろ」



確かに、優しかったけど。でも、なんか、納得いかない部分が多すぎる。



「ただの、性欲、処理なんだと……」



「あんだけ優しく愛してやってただろうが。ただの処理に優しくするか。わざわざ時間かけて濡らしてやる事すらしねぇよ」



何気に酷い事を口にした気がするけど。そう言われたら、最初から気持ちいい事しかされてない気がする。



ん? 最初?



「そうだっ! じゃ、じゃぁ、最初はっ!? 最初は好きじゃなかったのに、何で?」



必死で、敬語すら使うのを忘れて詰め寄ると、会長は優しく笑う。



「急に現れた可愛い妖精に、ここを全部持ってかれたんだよ」



そう言って会長は心臓を指さした。



「生まれて初めてだった。一目惚れってマジであるんだなってな。俺は女ならヤれれば何でも良かったからな。あれはかなり衝撃受けたわ。しかも、食ったら極上だったしな」



会長は私の腰からお尻にかけてを、いやらしく撫でる。顔に熱が戻る。



私の初めてを奪った、強引で暴君で、怖くて優しい人。



「私は……会長を好きかなんて、分かりません。だって、会長は、怖いし、勝手だし、すぐエッチな事するし……」



人生で初めての告白に、戸惑ってしまう。



あの会長が私を好きだと言った事に、こんなに動揺してる。なんて私はチョロいんだろう。



いつの間にか腰に手を回され、引き寄せられる。



鼻と鼻がくっつくほどの距離。少し会長が顔を傾ける。



「でも、俺とのセックスは……最高だっただろ?」



「せっ!? そ、その言い方は……なんか嫌です……」



強いのに、優しく力が入る腕の中で、身を捩る。



「なんだかんだで好きなくせに、素直じゃねぇな」



正直、強く否定出来ない自分がいる。会長はエッチが上手いと思う。さすが遊び人。



「別に俺は体から始めてもらって、一向に構わない。そのまま俺に溺れればいい。言っただろ。俺なしじゃ生きていけない体にしてやるから、覚悟しとけってな」



恐ろしい言葉を呟き、喉を低く鳴らしてクツクツと笑う。そのまま唇が重なった。

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