第23話

春になって、桜が満開になった頃。



私は、三年生になった。



先輩だった拓人は、卒業して、ここにはもういない。



ずっといるのが当たり前だったから、少し変な感じ。



拓人が卒業してからは、生徒会にお世話になっている。



生徒会メンバーも少し変わったけれど、和気あいあいとしていて、私は凄く充実していた。



そして、新入生が続々と体育館に集まるのを見ながら、私は生徒会長になった、樹君の隣で立っていた。



「懐かしいなぁー。私達もこんな感じだったよねー。私凄く高等部に来るのが楽しみで仕方なかったよ」



「確かに君はそんな感じだね」



そこまで長い付き合いってわけじゃないけど、樹君も敬語を使わなくなって、私にはだいぶ普通の言葉で話してくれるようになっていた。



「樹君は? 楽しみじゃなかった?」



そう言った私を軽く一瞥し、樹君は呆れたような顔をした。



「別に。ただ一年歳を取るだけで、どこに楽しみがあるのか、意味が分からないね」



「そんな悲しい事言わないの」



樹君の冷めた言葉に苦笑すると、生徒達が揃ったようで、校長先生の話が始まる。



どこの学校も先生の話は長い。それを眠そうに聞いていたり、お喋りに花が咲かせていたり、様々な生徒を見ながら、私はふと明るい色の頭の男子生徒と目が合う。



制服を着崩して、明るい金色の髪に数個のピアスが耳についている。少し気だるげで、キツそうな猫目の男子生徒。



凄く見つめられている。



鋭く、射抜くような、まっすぐな視線。



どうしたらいいか分からず、私はとりあえずぎこちなくだけれど、微笑んで会釈をした。



少し驚いたような顔をし、気まづそうに会釈を返してくれる。



見た目で判断するなとはよく言ったもので、怖そうな見た目なのにいい人みたいだ。



会長である樹君のスピーチから始まり、特に何もなく、スムーズにことが運んだ。



体育館の片付けをしていると、背後に気配を感じた。



「なぁ」



声を掛けられ、振り返ると先程目が合った男子生徒だった。



「はい、何ですか?」



目の前に来られると、背が高い。私は彼を見上げてできるだけにこやかに返事をする。



「あの、さ……あんた、何年?」



「私? 三年です」



「俺、一年の辰巳楓たつみかえで。あんたは?」



ぶっきらぼうに言われ、自己紹介をする。



片付けの手を止めて話をしている私に、少し重い視線が刺さる。



樹君の視線と言うのは見ずとも分かる。不機嫌な顔が思い浮かび、少し苦笑する。



「会長が多分睨んでるから、話はまた後でもいいかな?」



「あ、悪い。じゃ、最後に一個だけ。あんた、彼氏は?」



まさかそんな質問されるとは思わなくて、絶句してしまう。



「いんの?」



「あっ、ご、ごめんっ……えっと、彼氏というか……あの、婚約者が、います……」



自分で言ってて恥ずかしくなり、顔が熱くなって俯いた。



頭の上からため息が聞こえる。



「でもまぁ、こっち向かせたもんが勝ち、だよな」



「へ?」



辰巳君の顔が近づいてくるのが、スローモーションのように見える。



キスされる、と感じて目をギュッと閉じて顔を背けようとすると顎を掴まれる。



「逃げんなよ」



「やだっ……」



ギュッと目を閉じて、逃げようともがく。



「むぐっ……」



「さっきからこんな人が沢山いる場所で何をやっているんです?」



声がして、目を開けると辰巳君と私の間に紙が挟まれ、辰巳君の口につけられていた。



「んだよっ、あんたに関係ねぇだろ、部外者が邪魔すんな」



「部外者じゃないですよ。僕は会長で彼女は生徒会の人間なのでね。というか、全く君は三年になってもまだその隙だらけな所は治ってないんだね。こんなんじゃ、前会長も気が気じゃないよ。あの人面倒くさいんだから、僕を巻き込まないで」



面倒そうな顔を隠しもせずに、樹君は心底嫌そうに言って私の手首を掴む。



「すみませんが、彼女には敵に回すと物凄く面倒な婚約者がいますので、手を出すのはおすすめしません。ちなみに、これはあなたの為を思って言っているんで、しっかり聞いておいてくださいね。そうじゃないと、後悔しますよ」



顔だけ彼に向けて言って、樹君は私の手を引いて歩く。



「樹君、ありがとう。また、助けてもらっちゃったね」



「いい加減にして欲しいよ、全く。大体君は無防備なんだよ。全ての男に警戒して」



私も分かってる。しっかりしないと駄目だって。



拓人に釣り合うように、もっとしっかりしなきゃって。



「うんっ! 私、樹君以外の人に警戒心持てるよう、頑張るねっ!」



「いやいや、何でそこで僕は外すんだよ……」



「だって、樹君は私が嫌がる事しないし、助けてくれるし。拓人も樹君を頼りにしてるし」



嫌そうな顔をしているのは相変わらずだけど、少し照れているのか、頬が赤い。



彼にはほんとに助けてもらってばかりで、こんなんじゃ駄目だ。ほんとに、しっかりしなきゃ。



そう固く決意して、私は樹君と共に片付けに戻った。

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