第29話

病院を出て、足から力が抜ける。



座り込みそうになり、壁に手をついて凭れる。



心臓が早い。



駄目だ、立っていられない。



近くの公園まで必死に足を引きずる。



頭の中がぐちゃぐちゃで、感情が上手くバランスを保てない。



ベンチに座り、深呼吸をする。



どうしたらいいのか、誰に言えばいいのか分からない。



でも、言わなきゃ。



ちゃんと。



最後に大きく息を吸い、足に力を入れて歩き出した。



家までの道のりが、凄く重くて、なのにあっという間についてしまう。



また心臓が早くなる。



「大丈夫、大丈夫……」



そう自分に言い聞かせ、扉を開けて中に入る。



「あら、おかえり〜。もう体調は平気?」



叔父さんの顔をまともに見れず、目を逸らしてしまう。



「どうした? なんかあった?」



軽い調子から、真剣な声に変わる。



ちゃんと、しなきゃ。



叔父さんの顔を見上げる。



不安で涙が滲むけど、ぐっと堪える。



「話が……あるの」



「分かったわ。こっち、いらっしゃい」



ソファーに隣り合わせに座り、こちらに体を向ける。



優しく手を握られ、不安が少し和らいだ。



深呼吸して、叔父さんを見つめて口を開く。



「あの……えっと、今日、病院へ、行ってきたの」



何も言わず、叔父さんはただ真剣な顔で聞いている。



私がどれだけ時間をかけても、ただ黙って聞いてくれる。それが今は有難かった。



「それで……その……。お腹に、赤ちゃん、いるかも、しれないんだって……。まだ、段階が早いから、はっきりとは分からないんだけど……多分、間違いないだろうって……。まだ、卒業も、して、ないのに……こんな、迷惑かけて、ごめんなさいっ……」



怖くて叔父さんの顔が見れない。



体が震えて、止められない。涙が流れる。



ふわりと体が抱きしめられる。



「そう、不安だったわね。よく言ってくれたわ。迷惑なんて気にする事はないのよ。あんたは何も悪くない」



頭を撫でられ、抱きしめられる腕に体を預けて泣く。



「怖かったよね。大丈夫。私がついてるわ」



あやす様に背中を撫でる手が暖かくて、優しくて、とめどなく涙が流れた。



少し落ち着いた頃に、叔父さんが口を開いた。



「彼には、まだ?」



頷く。



「不安なら私もついて行くわ」



体を離し、首を振る。



「自分、で、ちゃんと話す。話さなきゃ」



「偉いわ。そうね、しっかりしなきゃ、お母さんになるんだもの。そんな不安にならなくても大丈夫。強気で責任とんなさいって言ってやるくらいの気持ちで話したらいいわ」



意地悪い笑顔で言って、お祝いしなきゃと喜んでくれている叔父さんに、感謝しながらも、これから話す拓人の反応が怖くて、不安で、また涙が滲んだ。



次の日、私は連絡していた拓人の家に向かっていた。



インターホンを押そうとする指が、震えてなかなか押す勇気がない。



深呼吸して、インターホンに手を伸ばす。



低く優しい声で答えた拓人が、玄関を開けて微笑む。



「よぉ、何だ、まだ顔色悪いな。大丈夫か?」



入る前から心配する拓人に、過保護だなと苦笑する。



優しく手を引かれ、中へ入る。



ソファーに座り、お茶の用意をする拓人の後ろ姿を見ていると、心臓がうるさいくらいに鳴る。



お茶を置いて、私の隣に座る拓人がお茶を啜る。



緊張で汗が滲む。



「どうした? ほんとに大丈夫かよ」



おでこに自分のおでこをくっつける。



こんな時なのに、顔が近くて、ドキドキする。



「悪い話か?」



唐突に聞かれ、先程のドキドキとは違うドキドキが胸を締め付ける。



「ゎ、からない……」



「ゆっくりでいいから、話してみろ。別れ話と浮気の言い訳以外なら聞いてやるから」



なんという事を言うのか、少し笑ってしまう。



笑うなと怒られてしまった。



少しだけ、緊張が解れる。



「あの、ね……」



じっと見つめられ、うまく視線を合わせらず、俯きながら言葉を紡ぐ。



「お腹、に……赤ちゃん、いるかも、しれない……」



息を飲むのが分かった。



こんな重大な告白をされたら、誰だってそうなる。



特に男の人は重荷に感じる人もいるみたいだし。



「ごめんなさい。責任がどうとか言うつもり、ないんだ……。でも、一応、拓人の子……だし……話すくらいは、しないとと思って……だから、あの……えっと、拓人が重荷に感じるなら、私一人でも育てっ……」



「ちょちょちょ、ちょっと待て。落ち着け」



肩を掴まれ、少しだけ大きくなる声で制止される。



ため息を吐いた拓人を、私は直視出来ず俯く。



駄目だ。泣いちゃ、駄目。



「お前さぁ、俺をなんだと思ってんだよ」



「え?」



「そんな無責任な男だと思ってたわけ? 信用ねぇな、俺も。あーあ、毎日毎日愛してるって言いまくって、プロポーズまでした女に、まさかそんなふうに思われてたなんてな。俺ってそんな頼りないかよ。マジで悲しいわ。あー、泣いちゃうかもしれないなー、俺……」



ソファーにだらりともたれ掛かり、顔だけこちらを向いた拓人と目が合い、じとりと睨まれた。



「何でお前が俺の子孕んで、俺が重荷に感じんだよ。そもそも謝る意味が分かんねぇ。それともお前、俺の子できた事が悪い事だとでも思ってんの?」



首を何度も横に振る。涙が溢れて零れる。



「だったら、つまんねぇ事で不安になってビクビクすんな。俺がお前との子を喜ばないわけないだろ。愛してるっつってんだろ。嬉しすぎてニヤけるわ、バーカ」



「産んで……いぃの?」



「当たり前だろうが。くだらねぇ質問するその口、しっかり塞がねぇとな」



「たくっ……ンんっ……」



深く口付けられ、瞑った目から涙が零れた。



「これからもずっと、お前の不安は俺が綺麗に消してやるから、ちゃんと全部言え。お前が不安になる必要は一ミリだってねぇんだ。分かったか? だから安心して、嫁に来い」



この人は、どこまでも私を夢中にさせる。



私は何を不安になっていたんだろう。本当に馬鹿だ。こんなにも愛してくれる人を、少しでも疑うなんて。



私の全てを優しく強く包み込む愛しい人。



頷く私に満足したのか、拓人が立ち上がる。



「よしっ、じゃ、とりあえず出かけるぞ」



「へ? どこに?」



「子供のもん買いにだよ。……いや、報告が先か? いやでも……」



一人でブツブツ言いながらソワソワしている拓人に、私は笑ってしまう。



落ち着きが無くなった拓人を見るのが始めてて、はしゃいでいるのが分かる。



「拓人待って、落ち着いて。子供もまだまだだから、物を揃えるのは後で大丈夫だよ」



「ん? そ、そうか。つか、これはなんか、ヤベぇ……めっちゃニヤける……」



片手で前髪をくしゃりと乱して、ニヤニヤしている拓人が、本当に嬉しそうで、こちらまでニヤけてしまう。



拓人は私の前に膝をついて、ギュッと抱きしめられる。



「子供もお前も、ちゃんと大事にする。幸せにするから。愛してる」



「うん、私も愛してる。幸せになろうね」



拓人の背中に腕を回し、強く抱き返した。

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