第二章
第6話
穴があったら入りたい。
まだそこまで長く生きてきた訳じゃないけど、もう既にやらかしてしまった。
「消えてなくなりたい……」
誰に言うでもなく、私は呟いてフラフラと廊下を歩いていた。
昨日の事は完全に人生の汚点だ。
どこの誰かも分からない人と、昼間からあんな……。しかもあんなにも乱れた姿を晒すなんて。
もうお嫁に行けないかもしれません。
大きなため息を吐いていると、廊下の先で騒がしい声がした。女子の黄色い悲鳴のようなものも聞こえている。
「なんだろ……」
自分には関係ないだろうと、自分の教室へ向かおうとした私を、後ろから誰かが優しく包んだ。
大きくて、私の小さな体を簡単に包み込んでしまう優しい腕。その正体を私は知っている。
顔から火が出るとはこの事だ。少し触れただけで、あの熱が戻ってくる気がして。
「栞……捕まえた」
背後で悲鳴が聞こえたけど、今はそんな事を気にしている場合じゃなかった。
逃げ出したくなる気持ちで、顔だけ声の方へ向けると、綺麗な優しい目があった。
心臓がうるさい。
「お前、またそんな純情そうな子に手を出したのかよ?」
――――……また?
周囲がザワザワしている事にもお構い無しに、私を抱きしめている人ともう1人の会話をただ聞いていた。
「まさか、その子の初めてをとか、言わないよな?」
「だったら何だ?」
「いやいやいや、お前何やってんのっ!? 初物食いって……また悪い癖か?」
――――また……悪い癖……
いまだ抱きしめられ続ける私に刺さる、殺意にも似た女子達の視線。二人の会話。
そうか、遊ばれたんだ。
妙に納得してしまう。確かに、私みたいな地味で目立たない普通の女が、こんな綺麗な人となんて、ありえないんだ。
「……て」
「え?」
「離してっ!」
思っていたより大きな声を上げた私に、抱きしめている腕が少し緩んだ。その隙に腕からスルリと抜け出した。
「っ、栞っ!」
とにかく走る。
どこでもいい。
とにかく息ができる場所に。
それまでは……泣いちゃダメだ。
そう思っているのに、涙はゆっくり滲んで頬を伝う。
ふわりと花の香りがした。そう思った時には、捕まっていた。
「ったく……お転婆な妖精だな」
「や……だっ!」
「こらっ、暴れんなっ」
ありったけの力で抵抗する。自分より大きく、力のある人にはあまり意味がなくても、自分にはある。
「逃がさねぇっつったろ。離さねぇよ」
「……そんな、のっ、知らなぃっ!」
いとも簡単に担ぎあげられ、彼――拓斗は歩き始める。
それでも暴れる私のお尻に、少しだけ痛みがくる。お尻を叩かれたのだ。
「言う事聞かねぇやつには、お仕置だ」
「お尻叩くなんて……信じ、られなぃ……」
「涙、止まったか?」
そう言われれば、いつの間にか止まっている。
でも、とりあえずこの状況をどうにかしないといけない事に変わりはなかった。
担がれながら、どうしようか悩んでいると、座り心地の良さそうな高級な椅子に座った拓斗と、向き合う形で座らされる。
「さて、ご機嫌斜めな妖精さんは、痛いのと気持ちいの、どっちがいい?」
なんて意地悪な質問。痛いのを選ぶわけないのに。でも今は、どっちも選びたくなかった。
あの気持ちよさをまた改めて知ってしまったら、今みたいに甘やかされ、特別に扱われたら、私はもう彼から離れられなくなる。
それがたとえ、嘘であったとしても。なんて、こんな事を思ってるなんて、絶対言う事はないけど。
「選ばないなら、勝手にやるけど……どうする?」
わざと大袈裟にちゅっと音を立て、私の首筋を吸い上げると、首にチリっと甘い痛み。
「痛いのは……嫌……。でも……気持ちぃのも、ダメ……」
「……わがまま」
そう言って優しく笑う拓斗の顔がゆっくり近づいて、私の額にキスを落とす。瞼、鼻、そして唇に落ちる。
「……大人しく俺に堕ちてこい」
ダメだ。もう、逃げ切れる気がしない。
太ももを撫でる手が、下着へ伸びる。
またこの人に溺れるのかと、ぼんやり考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます