第31話

全てが小さくて、愛おしい。



小さな手が拓人の指を握った時、ふにゃりと笑って涙を流した拓人に、私まで涙が出た。



「よく頑張ったな、栞……ありがとな」



出産を終えた私に、拓人がそう言って微笑んだ。



最初な子は女の子が楽でいいって聞いた事があるけど、どちらにしても初めてだらけで楽なんてなくて、凄く大変。



だけど、小さくて可愛くて、天使ってよく言うけどほんと、天使で。



この子の為なら何でもできる気がする。



何より拓人の溺愛ぶりが凄くて、もうベタベタ。



女の子だからだろうか。暇があれば昼でも夕方でも帰って来る。



「ねぇ拓人……さすがに帰って来すぎじゃないかな?」



「あ? 何? 俺が帰ってきたら困んの? まさか……おとっ……」



あっという間に10ヶ月半を過ぎた娘を抱っこしながら、私に向かって不満そうな顔を向ける。



「男とか言ったら怒るよ?」



なんて事をという意味を込めて、拓人を睨む。



「……だってよぉ……どんな時でも帰ってきたら喜んで欲しいじゃん……」



少し拗ねたように抱っこしていた娘の頬に頬を擦り付けながら、口を尖らせた。



「ちゃんと喜んでるよ」



そう言って、拓人のお腹辺りに抱きついた。



娘を片手で抱いて、もう片方で私の肩を抱きしめる。



「これって両手に花ってやつじゃね? マジやべぇ、ちょっとテンション上がるな」



凄く真剣な顔でそう呟く拓人が子供みたいで、笑ってしまう。



拓人のスマホが震える。



明らかに不機嫌になる拓人に、仕事の電話なのだと分かる。



「仕事でしょ、早く行かっ……ンんっ……」



肩にあった手が撫でるように腰に降りて、深くキスをされる。



口内を暴れ回る舌に、必死で対応する。



「た、くとっ……だ、めっ……」



「いいじゃんちょっとくらい。腹に出来てから産まれて暫く全然してねぇんだし、隣にこんな美味そうな可愛い奥さんがいんのに、俺ずっと我慢してんの、偉くねぇ? ご褒美くらいくれてもよくね?」



腰から下へいやらしく降りた手で、お尻を撫でて揉みしだかれる。



久しぶりな感覚に、体がゾクリとする。



スマホがしつこくなり続け、さすがの拓人も眉間に皺を寄せ、舌打ちをする。



「ったく、あのクソ女」



「汚い言葉、駄目っ!」



「わ、悪ぃっ ……つい……」



拓人の胸で寝息を立てる娘を見て、聞いていなかった事にホっとする。



子供は小さくてもしっかり親の言葉を聞いているから、油断できない。



名残惜しそうな拓人から娘を受け取り、軽くキスをして、お見送りをする。



「なぁ、いつんなったら、栞の事抱けんの?」



振り返って突然言われ、固まる。



「何だよその顔。別に変な事言ってねぇじゃん」



娘が凭れていない方へ拓人の顔が近づく。



「早く、食わして」



耳元で言われて耳たぶを甘く噛まれ、お腹の奥が熱くなる。



「……エロい顔すんな……今すぐここで、めちゃくちゃに犯したくなんだろーが」



「その言い方っ……やだ……」



「期待してる? やらしい顔……」



首筋に舌が這い、キツく吸われる。



娘を抱っこしているのに、力が抜けそうになり、落とさないようにグッと足に力を入れる。



拓人が部屋を出て行った後、熱くなった体の熱を逃がすように、深呼吸する。



久しぶり過ぎて忘れていた熱を、一瞬で思い出させる拓人に憎らしさを感じながら、少し笑う。



実はもうできる時期ではある。



けれど、やっぱり娘が小さい間は子育てに必死で、拓人の与える快楽に弱い私は、夢中になってしまいそうだから。



私だって、したくないわけじゃない。でも、正直怖い。



娘の寝顔を見ながら、拓人の少し寂しそうな顔を思い出す。



「ずっと……我慢……か……」



あんな性欲お化けみたいな人が、私の為に他の女の人に目移りする事なく、我慢してくれている。



樹君も晶さんも、驚きを通り越して尊敬するとまで言っていたくらいだ。



「やっぱり辛い、よね……」



こんな事で悩むのもどうなんだと思いながら、考えを巡らせる。



そして、気づいたら三十分も経っていた。



娘はよく眠ってくれる。よく笑って本当に手のかからない子だった。



小さな手を握って、私はスマホを手に取った。

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