羅城門 (6)

用意された馬は質の良い白い葦毛あしげ牡馬ぼばで、体躯はしっかりとして鳴神と言問を合わせ乗せても問題ない丈夫な馬だった。更にそこへ鳴神の大太刀と強弓に太刀、武具などを合わせてもびくともしない。

体躯に見合わずひらりと軽くまたがった鳴神は、馬の背を優しく撫で、チラッとねだるように、同じようにして後ろに乗った言問の顔を見た。


「言問、俺もこのような立派な馬が欲しい。俺とお前に武具まで乗せて平気な馬はなかなかおらぬのだ」


「馬はお前の趣味でもあるからな。いいだろう、これが終わったら考えておく。……御大将たちは出たな、我らもそろそろ行こうか」


「応。……そういえば、どこか向かう宛はあるのか?」


ゆるい並足で御大将の屋敷から出、大路を走らせていた鳴神は前方を向いたまま、背後の言問に尋ねた。


「……そうだな、お前に伝えるのを忘れていた。朱雀大路を南へ向かってくれ。向かうは総門、羅城門だ」









牛車ならば半刻ははかかるだろう距離でも、馬の足ならば四半刻もかからず、羅城門の傍までたどり着く。

ひらりと身軽く馬を下りた鳴神がそのまま行こうとするのを制して、言問は近くにあった柳の木へと馬を繋ぎ、改めて鳴神に武装を整えさせた。

次いで符を手に、馬に向かい呪を唱えると、ふっと馬が消えた。

その様子にいつも呪をかけられる側だった鳴神は、こういうふうに消えるのだな、と改めて感心する。


「しかし、よくあの呪物から道を辿れたものだ。陰陽とはすごいのだな」


「……感心してくれるは嬉しいが、俺が辿ったは噂からであって、呪物からではない。行方知れずの出ている御所と川、橋と来て、羅城門まで一続きになっていたからな。御所内にも川と舟がある。つまりは川を使って船で人を運んだのだろう。そしてあの大門は攻め入られた時のため、兵士を大量に内に留められるようにはなっている。人を隠すにはちょうどいい作りよ」


「……なるほど、それでここに来たのか。馬を隠したのはなぜだ?」


「この先、何があるかわからぬからな。念のための用心だ。……鳴神」


「……んっ」


近づいてきた言問に口を開けるよう言われ、鳴神が素直に応じると、ガリっと己が唇を噛んで傷つけた主に顎を取られ、強引に口づけられた。

いや、血を流し込んでいるのだろう。じんわりと口内に血潮の味を感じると同時、カッと鳴神の腹の底が一瞬熱くなり、続いてすうっと全身の余計な熱が引く。

言問が離れた頃には、何やら少し体が軽くなっていた。


「長くは持たんが、これも念のためだ。……相手が相手ゆえ、手は打っておかねばな」


「……言問、血が」


「ああ、案ずるな。知っておるだろう、すぐ治る。……体に異常はないか」


「ない。逆に少し体が軽い」


「ならばお前の腹にある俺の呪が、お前にようやく馴染んだ証拠だ。……武具に不備はないな? 行くぞ」


言って先に言問が進む。一瞬遅れた鳴神は、振り返って少し足を止めた主に慌てて隣へ並び、鳴神の足で30歩ほど先にある門を眺める。ここから見た限りは特に異常は見られなかったが、言問は眉をひそめていた。


「久しぶりにこの幻術を見たわ。思っていた以上かもしれぬ……先に大太刀は抜いておけよ、鳴神」


「……いつもの総門とあまり変わらぬように見えるが……」


「……そうだな、お前の血はこれには反応せぬだろうよ。俺の視界を貸してやる」


ふさがりかけた傷の血を使い、呪をかけた言問が、揃えた指先をそっと鳴神の瞼へ押し当てる。

離れる気配にゆっくりと目を開けば、先ほど見えた通常通りの総門の風景、つまりは門のあちこちに松明が灯り、警護の兵の闊歩する情景はどこにもなく、暗く沈んだ大きな門をただうっすらと月明かりが照らしていた。


ただし、その周囲には黒く染められた鎧を着こんだ武者姿の集団がゆらゆらと体を揺らしながら立っている。

言問と鳴神が足音を殺し近づくと、門の楼上、屋根の上より甲高い聞き覚えのある笑い声が聞こえた。


「ハハハっ、用意が整ってからゆっくりお前を呼び出す気だったが、そちらから来てくれるとはな、嬉しいぞ」


楼上のわずかな見張り台の上、古ぼけた銅鏡を胸に下げ、潔斎けっさい用の白い衣冠に身を包んで楽しげに笑うのは、こんなところにいるはずのない天子であった。



「さて、鳴神よ。ここのところしばらく戦場にもやらずにいたゆえ、退屈していたのではないか? お前の遊び相手をたくさん作ってやったぞ、とくと楽しむがよい」


天子には、鳴神の傍らにいる陰陽師の姿は、一切目に入っていない様子だった。

それを幸いと、言問は月明かりを頼りに天子の様子を観察する。

手と首には碧玉の勾玉を付け、腰には剣のようなものを差している。そして、その白かったはずの面には、半分ほど、刺青のような文様が刻まれていた。


「……言問っ」


鳴神に鋭く名を呼ばれ、はっと目を戻す。

言問が天子に注意を取られているうちに、門前にいた武者姿の集団は、二人から少しの間を置いてぐるりと周囲を取り巻いていた。近くで見れば、体躯に差はあるものの、顔は面、体は鎧に覆われ、男女の差さえはっきりしない。そして熟練の武者のように皆揃って直刀を構えていた。


「……鳴神、出来るだけは殺すなよ。元は攫われた民草だ」


「……まったく、難しい事ばかり言いおる……っ」



ジリジリと周囲を囲む輪が縮まる前に、鳴神はゴッと前方に向け大太刀を振るった。

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