土蜘蛛 (5)

「今日はあるじも一緒なのだな」


鳴神なるかみのどことなく嬉しそうな弾んだ声に、言問ことといが小さく笑う。


「……ああ。むしろ、今回は俺の道行みちゆきにお前についてきてもらう形になるだろう。例の村跡付近にあやしのが出たゆえ、陰陽寮から下っ端の陰陽師を連れていくよう命が出た形にしてある。……つまり俺だ」


もっぱら言問の屋敷を拠点に動く二人ではあったが、こういう戦支度いくさじたくをする時は鳴神の屋敷から出るようにしていた。言問の屋敷にも鳴神用の戦装束いくさしょうぞくはあるが、やはり本人の付け慣れた物の方が勝手が良いし、細々としたものも鳴神の屋敷なら豊富にある。


鳴神がシッカリと戦装束を用意するのに比べ、言問は軽装だ。

基本、弓を射かけられようが刀で切り付けられようが、言問の場合はそう簡単には傷つかない。ただし、足回りと手甲だけはしっかりしたものを身に着けていた。


「……もう少しで単衣ひとえの時期だな。こう固めると、ころもが肌に張り付くようだ」


ふう、と息を抜く言問に鳴神は帷子かたびらを締めながら呆れた眼を向ける。


「主は軽装だからいいが、俺はこの重い装束に、大太刀に弓まで持って歩くのだぞ。それなのに、お前は俺に絶対に脱ぐなという。……俺も汗をぬぐう時は諸肌脱いでぬぐいたい」


武官ぶかんの装束は、脱ぎ着が楽なように脇が縫い付けられていない。

ゆえにそこから手を入れて汗をぬぐっているが、出来れば暑い時の水浴びや上半身の諸肌くらいは許してほしいものだと、鳴神はいつも思っている。


「…………、ふむ。そうだな、今回は許そう。俺がついてゆくからな」


「本当だな、言問!」


水浴びできる!と一気にはしゃぎ始めた鳴神に、鳴神の主は微笑んでいった。


「ああ、お前の回りを見えぬよう囲えばいいだけの事よ。……どうせ今回は二人で行くのだ、始末が付いたら古都もぶらりと物見遊山ものみゆさんに見てみるか。鳴神は青龍京せいりゅうきょうは初めてだろう?」


「……ああ、青龍京あそこに攻め入れと言われたことはないからな。戦場いくさば以外では外に出たことはないゆえに」


鳴神の声に言問は目を細めぐっと唇をかみしめたが、そうだなと頷く声は鳴神に気づかれないよう柔らかであった。


朱雀京ここはちと特殊な仕掛けのある都ゆえ、お前を拾ってからも、理由なしに俺が物見遊山に連れていくのはいくらか難しかったからな。……とはいえ、少しは連れ出してやればよかったか……」


そう言って言問は、戦装束を着込み終わった鳴神を改めて眺めた。

鳴神は言問が同道する時は兜を被らない。視界を塞がれ、聴覚を制限されるのを嫌うからだ。言問がいてくれるなら、多少の不意の矢や首を狙う刃などは術で防いでくれる、と嬉しそうに笑う。そうはいっても、ほとんどは自分で処理してしまうのだが。


鎧を着こんだ鳴神の、唯一むき出しの肌に指先で触れた言問は、己が手で隠すようにやんわりと包んだ。その首の滑らかな白さを、朱まじりの金の後れ毛を、愛しむように撫でて鎧ごとその体を引き寄せる。

触れる言問の力強い指に口づけの気配を感じて、鳴神はわずかに身を引いた。


「…………どうした?」


「ダメだ、主。今ここで触れられると、どうしても足りなくなって出発できない。用を済ませさえすれば、俺を物見遊山に連れていってくれるのだろう? 可愛がってもらうならばその時がいい。……それに腹が疼いていては、満足に戦えぬ」


「……確かにな。仕方ない、今回は諦めてやろう。ただし、青龍京あちらではしとねから3日は出れぬものと思え」


「ハハッ、戦の後の主が3日で済むものか。俺だってそれでは足りぬ」


「……言いおったな」


閨事ねやごとを話のタネに、武士もののふの形の形代らを引き連れて、鳴神は、言問と一緒に行ける戦場に、それこそ物見遊山のようにはしゃぎながら、朱雀京を出立していった。



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