鳴神と言問 (3)

成人の儀が無事に済み、鳴神も御所に出仕するようにはなった。

だが、扱いは良いとは言えなかった。


血筋はこの上なく尊いものであるのに、貴族としては無位無官。

戦事に関しては素晴らしく飲み込み良く、背も体躯も恵まれたにもかかわらず、武士としても何処にも配属はされなかった。

かろうじて、その身の上に同情したらしき侍大将の子飼いの部下としての身分は得たが、それ以上の出世は見込めない。にもかかわらず、戦があればどんな小さなものだろうと、必ずお召があり放り込まれる。


世間知らずな本人はそういうものか、とどこか納得したようであったが、言問はどうにも納得できなかったため、この扱いがどこから来ているのかを調べ、そして突き止めた。

時の天子が直々に命じていると知った時には、何度本性を出してあの小童ごと御所を焼いてやろうと思ったか。


言問は絶対に鳴神が手傷を負わぬよう、ことさらに守護を厚くした。

武具はもちろん、装備にも手を入れ、矢傷の一つも負わずに無事に帰って来れるように。



今日も屋敷へ戻るなり鳴神の次の戦場を聞いて、書斎で散々に悪態をついている。


「ほんに、あやつはあの女の最低な部分だけそっくり引き継いでおるわ。……同じ血を継いでおろうに、駒で遊ぶように同族を手慰みにしようとするとは」


すっかり言問の背も体躯も追い抜かした鳴神は、それでも中身は子供のままで、嬉しそうに机へ向かう言問の背へぺとりと張り付いていた。


「戦事は楽しいゆえ、俺は別に構わぬと何度も言うたに、言問はそれでも怒ってくれるのだな」


「当然だろう、お前は俺の愛し子だ。これほど立派に成長したのを無下にされて怒らぬものなどないぞ」


「愛し子……妹背ではないのか」


しょげかえる鳴神に、深いため息をついて言問は背の子供に向き直った。


「お前……何度も説明したろう、お前は妻を娶って子を作らねばならぬ。おのこ同士では子は出来ぬ。俺と妹背の契りを結んでも、お前に酷なだけで為にはならぬぞ」


「俺も常に言っている、妻は娶らぬ。言問と妹背になるのだ」


鳴神は何度説明されようともめげず諦めず、こうして何度でも食らいついてくる。

しかし、どれだけ情が移ろうとも、言問はその言葉に頷くことだけはしなかった。

ゆえに、思いつめた鳴神に閨に潜り込まれ、本気だと解らせられなければ、今のこの関係はなかっただろう。






「……主よ、心配事か?箸が進んでおらぬぞ」


「ああ、すまぬな。お前と初めて会った時のことを思い返していた」


ぼんやりとしているうちにすっかり冷めてしまった膳へ改めて口を付けながら、すでに食べ終わったらしき鳴神へ、すぐ傍にあった盆に乗せられた菓子を勧めた。

今日の菓子は秋のうちにとって作った干し柿で、鳴神の顔がほころぶほどには甘い。


「ン、これも美味い。今日は良い事ばかりだ。大江の鬼は来るというし、今日の膳は赤い魚が食えたし、何よりこれから主とゆっくり出来る」


「お前はほんに欲のない……。……おや、御所で変事があったようだな。賢所かしこどころ夜御殿よるのおとどから火が出て宝物が燃えたらしい。ハハッ、カグツチ様の仕業だな。お父上のためにならぬと見たのだろう。見事なものよ」


「そういえば、あの子供も言問の同類か? 言問は俺のものだというに、懐くのは許せぬ」


主が子供の頭を撫でたのも、子供が最後に主に手を振ったのも許せぬらしい、かわいい伴侶の顔を眺めて、言問は笑った。


「心配せんでも、あの方は御大将に夢中だ。……さて、ようやっと食い終わったわ。かわいい悋気を焼いてくれる俺の愛し子を可愛がってやらねばな」


「うん、たくさん可愛がってくれるのだろう? コトシロヌシ様」


腹を押さえてうっとりと笑う鳴神にまともに真名を呼ばれた男は、膳を下げる間も待てずいざり寄ると、伴侶の体へと覆いかぶさっていった。

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