大江山 (1)

鳴神なるかみでは人々に混じれぬのをよく知る言問ことといは、命を受けた翌日から形代かたしろをいくつか人に混じらせ、市井しせいと宮中の噂を集めた。

また、自身の目立たぬ姿も噂を立ち聞きするに役に立つ。

いわく、大江おおえの鬼の噂とはこのような内容だった。


一つ、大江の鬼どもは集団で出る。

一つ、巨躯であり、体毛濃く、牙や爪があり、家畜や人を襲い、食らう。

一つ、酒や果実、菓子を好み、ふもとからは脅し取り、都からも盗み取っていく時がある。

一つ、岩屋を拠点とし、人に化けて昔人むかしびとのような風体をする。まげを奇妙に結う。

一つ、鬼術きじゅつを使い、山に無断で立ち入るものは悲惨な死を迎える。都に戻ってから死んだ者もあった。



自身の屋敷に戻り、書き損じの反古ほごの裏、聞き取ったことを一通り書き付けていたら、ドタドタと童のように走って鳴神が寝所に飛び込んできた。


「言問! 帰ったのか!」


そのまま飛びつこうとする鳴神を制して、ゆるりと振り返ると言問は苦く笑った。


「お前もいいかげんわらべのような振る舞いは止めねばな。おのことしてはもうさいの一人や二人、いても良い頃合いだ」


「俺は妻は娶らぬ。一生、あるじの傍に居るのだ」


この話にだけは絶対に頷かない鳴神は、ゆっくりと言問の背にすり寄ると、そのまま甘えるように肩に顔を寄せる。


「血を繋がねば、次の器が作れぬと言って聞かせただろうに……。いつまでも童で仕方のない奴だ」


困ったものだと思いながら、言問はその朱金の頭を撫でてやった。


「主よ、仕事か? 何を書いていたのだ?」


鳴神も風流は介さぬとはいえ、言問がこれだけはと根気強く教え込んだおかげで、読み書きは出来る。流麗な文字をゆっくりと読もうとする鳴神のしなやかな髪で手遊びしながら、読みやすいよう、鳴神の方へ反古を向けてやった。


「俺のではない、お前の仕事だ。 お前ではうまく大江の鬼の仔細しさいを知ることが出来ぬからな、かわりに噂を集めておいた。 ……まあ、生半なまなかすべではお前を傷つけることはできないが、万が一ということもある。 それにお前から聞いた話にはない噂もあった。その点では調べたかいがあったというものだ」


「先にも御大将おんたいしょうから聞いたが、この鬼術というのは俺の刀も弾くようなものか? たぶん、死のまじないは俺には効かぬとは思うが」


「お前の好きな御大将か。確かにお前は天子の末ゆえ、通常の呪は効果は薄い。 だが全く効かぬわけではないと肝に銘じておけ。 ……お前のように刀で命のやり取りをする者共らは、一瞬の隙で深手を負うことがあるからな」


スルと髪から手を離し、言問は、鳴神のその固く締まった頬を撫でた。

今の所キズひとつなく、本人の力量としても、言問が仕込んだもりの量からしても、簡単には傷つかないが、それも絶対はない。


昔人むかしびと、か……」


気持ち良さげに、無垢な顔で目を伏せる鳴神に軽く触れるだけの口付けをして、言問は一つ呪を仕込むことに決めた。


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