言問と鳴神 (5)

「まあ、たわむれよ。ここではゆるりとお前の声は聞けぬ。だから屋敷の方へ参れと言ったのに」


「あそこは一人では落ち着かん」


「俺はお前の屋敷の方が落ち着かん。むさくるしいともばかり庭に集めて鍛錬ばかりしよって。庭には花でも植えておけ」


「花ほどつまらぬものはない。枯れる、食えぬ、戦えぬ。果樹はいいが草花など愛でる気にはならん」


うそぶく鳴神なるかみには当世とうぜいの貴族のたしなみとして、所作に読み書き、歌の作り方も教えたが、風流に関しては一つも身についてはいない。言問ことといは、呆れたようにため息をついた。


「まったくお前と来たら。育て方を間違えたな」


「なんの、鬼子を拾ったあるじが悪いのだ。行く末までとそうやくしたのだから」


さっきと変わり、幼子が甘えるように笑ってすり寄る鳴神の背を抱き、首筋を撫でながら、言問がその耳元に唇を寄せる。


「おうとも、行く末まで見守ろう。お前はもう腹も血もすべてがものだ」


言問の声にぶるりと身を震わせて、従順に頷く鳴神の姿に、先ほどの火花散るような殺気はない。

ただただ甘やかな情を腹に抱え、男らしく固く締まった顔がゆるりと溶けて、とろりと濡れた蒼天の眼でこちらを見上げる姿は何ともいえぬ風情があった。

もう一度熱い息を吐く口を吸い、捕まえていた首筋をするりと撫で身を離す。


「先に行け。夕餉ゆうげには間に合おう。間食かんじきに芋粥でも作らせるゆえ、食って待っていればいい。なに、ゆると風呂でも使っておればすぐだ」


「俺は蒸されるのは嫌いだ」


「ならば湯殿ゆどので湯浴みを」


「湯浴みも好かぬ」


むつんだ後、俺に入れてもらう湯浴みは好きだろう。駄々をこねても聞かぬぞ。先触れを送るゆえ、く帰れ」


むうと大きななりで童のように膨れる鳴神の背をやんわり撫でて、懐から人型に切り取られた、言問の手のひら半分に満たないを取り出した。これを形代かたしろという。

出した形代にサラサラと指でまじないを書き、印を組む。

みるみると膨れたそれは品の良い女房になり、牛飼いの男になり、先導の童となった。

もう一枚、呪を刻んだ形代にふっと息を吹き込むと、それはさっと猛禽の姿となって小窓から空へ飛んだ。


「いつ見ても美事みごとよな。ここにおっても、お前のようにまじないを自在に使うものは見たことがない」


「あれらと俺を一緒にするな。さ、もう行け、ここにお前を隠すにも限界がある」


名残惜しげな視線も一瞬、形代たちを引き連れ、目つき鋭く武人の姿となって鳴神が去るのを一度眺めて板戸を閉め、言問は笑う。


「まったく、い奴だ」

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