土蜘蛛 (1)
本来、
「……それにうっかり火元に近づいて燃え出したら事であろう。祟りで焼け死んだ扱いをされて俺のせっかくの身分が消し飛んでしまう」
「いやだ、せっかく堂々と主と睦める時間をもぎ取ったのだ。お前もよく俺に言うではないか、大事な女との
今世で誰より大切にしている愛しい者に、そこまで言われて身を離せるほど言問は
ぐう、と喉で唸って、改めて衣から形代をむしって
「……鳴神、お前……その
ほとんどやけになったように、己の体の上へ身を伏せる主に、鳴神は甘く息をついた。
根が真面目な言問はそこまで
鳴神からすれば、己と睦んでいる時くらいは言問にはゆっくり体を休めて朝寝をしてほしいし、そういう時のための形代であろうとも思う。
もう一度、主の熱く固い
鳴神念願の
膳を前にしても、どことなく主の機嫌が悪いのは、久々に布団の中の言い合いで鳴神に負けたからだろう。常よりも箸の進みが遅い。
「主よ、疲れは取れたか?」
そう鳴神が声をかけると、言問は
「もしや、俺をゆっくり休ませるためでもあったのか……。本当にお前には敵わぬな……」
苦く笑って、言問はああ、と頷く。
「ひさびさにゆるりとお前を抱けたしな。心のままお前と睦めるのはいつだって至福ではある。 お前は? 大江の件での疲労などは出ていないか?」
「俺としては、あの件はむしろ暴れ足りないくらいだぞ。主はあの凄腕の男とは遊ばせてくれなんだ。頑張って
食事を続ける言問の顔をすねた顔でにらむと、鳴神は大きな一口でもって気持ち良く朝餉を平らげていく。
鳴神の好みが汲まれた朝餉は上品な味付けで、少なすぎず多すぎず、ちょうどいい。
言問の趣味は
御所内では会ってはならぬ、と言われているから普段は我慢しているものの、腹が減るとどうにも我慢できなくなるのだ。
人目につかぬところでこっそり
「わかった、わかった、すまなんだ。 だがな、お前と命のやり取りをする相手ほど、一番
鳴神よりは少ない量を品よく食べ切った言問はそうぼやくと膳を避け、鳴神の傍へいざり寄った。そのまま鳴神の剣ダコのある大きく固い手を優美な男の手で包み、大事そうに撫でる。手の甲に口づけて、普段は昼日中に見ることのない、闇に食われた日輪の目で、強く鳴神の蒼天の目を見上げた。
「俺はお前の好いている御大将でさえ、腹の中では殺してやりたいと思ったことがある。あやつだけではない、お前が無邪気に笑みを向ける全てにだ。……ただ、俺とは違い、お前は昼日中の陽光が似合うゆえ、屋敷に押し込めたりはせぬが……どうだ、俺の事が嫌いになったか?」
返事をする前に主の体を腕に包んで、鳴神はそのまま床に転がった。
邪魔な膳は鳴神が蹴り飛ばすまでもなく、形代らが運んで行き、その場には鳴神とその腕にくるまれた言問の二人だけになる。
とろりととろけた幸せそうな顔で、腕の中の言問を見つめた鳴神は、主の手を取って、己に刻ませた妹背の契りの呪のある腹へと押し当てる。
「俺はこれを貰うだけでも幸せだったが、主は俺のことを
「お前はいつだって愛い奴よ。拾った最初からそうだった……契った今ではなおさらに」
そのまま始まった睦み合いは今度は月が天頂を回っても終わることはなかった。
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