羅城門 (1)
天子の一日は多忙である。
起床し、身支度が済み次第、支度を整え朝の祈りに入る。
これは春夏秋冬なにがあろうとも絶対に欠かしてはならない。
時の天子が役目に着いた初めから、雨だろうと雪だろうと、体調がどんなに悪くとも強制されてきた役目であった。
そして祈りが終わり次第、昼御座に移り、政務に入る。
朝食は冷めた膳に山盛りの中から少しずつ全部を食べる。残ったものは下げ渡される。
朝食ののち政務に戻り、終わればもう一度夕の祈りに入る。
そしてようやく、寝所である夜御殿に移れるが、この間のすべてに、様々な貴族女官あらゆる雑多な人もの事柄が関わって来て、一人になる時間はない。
たとえ寝所で休んでいようと、どこかしらに必ず人がいて、見張られているも同然の生活だった。産まれた時から。
天子の血を継ぐ者は必ずこうなるのだ、と。
生まれてから死ぬまで、せせこましく苦しいこの箱庭のような御所に閉じ込められるのだ、とずっとずっと思っていたのに。
そんな時にあやつは現れ、どんな酷い戦場を選んで送り込もうと必ず生還し、この檻じみた箱庭の苦しい縛りはものともせず、風のように自由でいる。
鳴神。
同じ天子の末として、同じように濃い血を受け継ぐもの。
奇異な見た目によりその座から引き下ろされ、一度この檻から捨てられたもの。
天子は、天子の末はみな、この狭い箱庭に縛り付けられるべきなのに、ただ一人悠々と外に出、自由を謳歌するもの。
許せぬ。
許してなるものか。
お前も、朕と同じようにこの檻の中でみじめに縛り付けられているべきだ。
祈りの時間にそうして
仕事に追われ秋が過ぎ、季節はすっかり木枯らし吹く冬へと移り変わった。
先日の一件は、赤子を守りたい御大将の手によって特に問題なく処理されている。
赤子にはすでに守りとしての幼名を付けたらしい。
あまり泣かずよく笑いよく食べ、家に帰るとそれは愛らしい顔で、てちてちと這って俺の後をついてくるのだ、と鳴神に語って聞かした御大将の顔は、もう見ていられないくらいとろけていたらしい。
「あの男に預けたは、武芸の仕込みも得意であろう、と鳴神を見て思ったゆえもあったのだが。期待はせぬ方がよさそうだな……」
先日写したばかりの渡来ものの巻物を、自室で眺めながら答える。
背には袿を何枚も重ね、ミノムシのようになった鳴神が張り付いており、先ほどから言問に甘えながら、最近よく御大将に捕まっては聞かされる、赤子がいかにかわいいか話の愚痴を語り聞かせていたところだった。
「あの調子では、絹地で包んで屋敷から一歩も出さぬまま育てるやも知れぬ。 本当に問題ないか?」
「問題はあるが、問題にはならぬ。それだけよい環境ならば、遅くとも5つにもならば、自我が目覚める。記憶さえ戻れば、本人の手で過ごしやすいように変えていくだろう。 ……俺の予感が正しければ、あの赤子は力も強いからな」
小さく楽しげに笑って見せると、手の内の巻物を片付けて、ずっと待たせていた可愛い伴侶を抱き寄せた。体温が高い鳴神は冬には一気に寒がりになって、こうして温かさを求めて引っ付きたがるようになる。
その背を軽く撫でながら、形代を呼ぶと布団と温かいウサギの敷物と手あぶりの火鉢の用意をさせた。
「シカやキツネもあるが、お前は一等このやわらかい毛皮が好きだからな。布団の上に敷いてやれば、温かく眠れるだろう」
「…………今日は睦まぬのか?」
腕の内側に主を入れながら、鳴神はとびきり甘えた声で聞いた。
言問はすぐには答えぬまま、鳴神の単衣越しの体温に触れながら、いつものようにその朱金の垂髪の元結を解く。
サラサラと崩れる髪が腕を流れ、背に零れていくのを見ながら、目の前の白い首、とくとくと血の音のする肌を甘く吸う。
ぁ、と小さく低い甘い声がこぼれた。
「お前が寒がらぬのなら、な。こうして格子を立て風を防いで火鉢を置いても、お前はすぐに寒い寒いと言いたがる。まだ雪も降っておらぬぞ?」
「本当に寒いのだ、こうして主に抱かれている時は別だが。 ……ああ、そういえば伝えるのを忘れていた、御大将から言伝がある」
「……うん? なんだ」
温かな鳴神の単衣の内へ指を滑らそうと手を潜り込ませたままに、そのよく締まった白く精悍な顔を見る。このキュッと閉じた唇があえかに解けて、甘い声を紡ぎ出すのが言問には愛おしかった。
「赤子の様子も安定したことだし、しばらくしたら内々に宴をやりたいらしい。俺と言問に可愛く育った赤子を見せびらかしたいと言っておった」
「……それで宴を開くようでは、我らは何度呼ばれるかわからんぞ。……まったく厄介な男よな……。まあいい、参るとは伝えておいてくれ」
ぐいと肩を押し、白くふわふわとした敷物の上に寝転がれば、鳴神のやわらかく熱い血潮の音のする胸乳の上で温かく受け止められる。白い毛皮に広がる朱金とこちらを甘く見つめるその蒼天はたいそう美しい。
しばらく見つめ合ってから、そっと口づけを交わし、もつれあうように毛皮の上に転がればもう言葉はいらなかった。
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