羅城門 (3)

言問は宮中に限らず、都の境、各門を守る兵士や市井にも形代をよく交じらせた。

噂を集めたい時によく使う手法ではあるが、目立たぬ容姿に作ってある形代は、警戒されずに面白い話を拾いやすい。

今は陰陽寮の自室にて、形代を通して見聞きした噂を反古にまとめている所だった。


「……ふむ、……」


サラサラと書き進めていた筆を止め、墨の始末をすると、言問は改めて書き上げたものを眺めた。


形代のいくつかが伝えた噂はやはり都の門と橋に関わるもので、それ以外だと川での噂もいくつか見られた。そして、噂の多くは都の総門そうもんの周囲が多い。

総門の噂の中には人が消えるものだけでなく、溶けただの、鬼に食われただのの話も混じっていた。


都の総門、都の名を取った朱雀大路すざくおおじを主として守る南の大門は、その名を「羅城門らじょうもん」という。

都のぐるりを覆う壁と合わせ、渡来の知識と陰陽の技をよく練り込み、多少の夷敵いてきがまとまって攻めても、落としにくい作りになっていた。加えて、門を通る者の誰何すいかは厳しく、貴族や交易の者を除き、出入りはしづらくなっている。

噂の一端はどうやらこの門由来であるらしかった。


そして噂の糸のもう一端は都にいくつかかかる橋につながっていた。

特に一番よく噂に上がった橋は、橋占の名所として有名な橋ではあるので、陰陽師としての言問もよく使ったことのある橋だ。

何より己の屋敷からも近く、気になった言問は、自作の都の絵図を書いた反古を懐より出し机に広げる。

噂のあった橋や川や場所、そして総門までを結ぶと、御所から総門まで一本の直線になった。


「羅城門と水……橋、か。さて、何を企んでいるのやら……」


呟く声は誰にも届かず、細やかに消えていった。








鳴神は退屈していた。

時々御大将のお召はあるものの、戦事いくさごとではなく大抵が訓練で、それでなければ誰それの代わりの警備の手伝いである。

今日も御所に呼ばれたは良いものの、結局は警備の補充として御所の外壁の見回りを任されただけだった。

既に外周を一周回り終え、特にめぼしい不審な者もおらず、交代まであと一刻はある。


浮かびそうな欠伸を噛み殺していると、すぐ傍の北門付近の局より、女房らしき人影がこちらにフラフラとやってくる。

椿のような色合いの襲を着た、色白く髪色がツヤツヤとして黒く長い、言うならば天子の寝所に侍る姫の一人なのだろう。

後ろには女の童が幾人かと、年のいったおつきの者らしい宮女が一人ついていた。


鳴神は女に一切興味はないが、言問いわくの「深窓の姫の息抜き」の一つに庭の散策があるらしい、とは聞いていた。

回りに関心がない鳴神が何故覚えているかといえば、警護の任につくかもしれぬと言った瞬間に、近寄ってはならぬ場所や人を主に徹底的に覚え込まされたからだ。

鳴神の主は、伴侶にはことさらに過保護だった。


そして、「深窓の姫の息抜き」は関わってはならぬものに当たる。

鳴神はやってくる集団へ背を向け、警護の続きをしながらその場を離れようとした。


「……もし、そこの方。あなたです、そう、金の御髪おぐしの」


ひそひそと背で細い声が囁くのが聞こえ、ついでやや低くハッキリとした宮女の声がかかる。

改めて言うが、鳴神の容姿はこの都においては異端である。

見ただけで怯え逃げられるのが常の女子供から、声がかかるのはこれが初めてだった。ゆえにうっかりと振り向いてしまい、逃げ道を塞ぐようにわらわらときた女童めのわらわに囲まれる。


「姫宮様より、そこな椿を幾枝か切ってほしいとの所望です。美しい所を花を落とさずに。いいですね」


言われてみれば、御所の北側には今が盛りの椿が一面に咲いていた。


わずかに枯れた老女の声は人に命じ慣れた声で、ただの警備の侍としては断ることはできない。

女童に引っ張られる袖を取り返しながら、宮女が差し出すハサミを受け取り、「主であらばうまくかわすであろうに」と内心ため息をつきながら、おっかなびっくり花枝を切る。


大きな体に似合わぬちまちました動きがおかしいのだろう、背後からは女童や姫君らしい、クスクスとした忍び笑いが聞こえた。

切るたびに一枝ずつ女童へ手渡し、それが五枝を超えた頃、ようやく宮女から「よいでしょう」と声がかかってホッと手を止めた。


「では、任に戻るゆえ、もうよろしいか」


鳴神がハサミを返しながら言うと、宮女は一瞬姫の方を見、傍らの女童からたとう紙に包まれ絹紐で結ばれた菓子包みらしいものを一つ受け取り、そのまま鳴神へと手渡した。


「……ああ、ではこちらを。姫宮様からの慰労です、有難く賜るように」


「……、かたじけない」


主仕込みの礼を一つして、今度こそ背を向けて去る。

主上の御前から下がる時のように、最初はしずしずと、進むにつれて早足になる。


菓子包みを受け取った時から、背に仕込まれた形代がピリピリと肌を震わせていた。

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