羅城門 (4)
言問と鳴神は二人して牛車に乗っていた。
出仕から戻ったのち、軽く身支度を整えての、御大将の屋敷へのお召であった。
こういう時いつもであれば、言問の横で、べったりひっつくようにして座る鳴神だったが、今日は対面で座している。
二人の間には、日中に鳴神が貰った菓子包みが、貰った時の状態のまま置かれていた。
「お前がコレに手を付けず済んで良かった」
言問が数枚の符を出して呪を唱えると、ヒュッと飛んだ符が菓子包みに張り付き、たちまちに符が黒に染まった。
その様子を見ながら、ポリポリと唐菓子をかみ砕いて、鳴神がため息をつく。
「この前もいったろう、俺は主にしか菓子はねだらぬと。大体、俺の容姿を見てから呼び止める女子供なぞ、相当の事がなければおかしい。……それに、お前が付けてくれた形代が、この菓子を貰ったとたん震え出したゆえ、何かあると思った」
今、鳴神が摘まんでいる揚げ菓子は、ついさっき主に甘えて出して貰ったもので、香ばしい胡麻がたっぷりとかかって美味かった。腹が空いていたのか、あっという間に平らげる姿を眺めて、言問が笑う。
「ハハッ、形代を仕込んでおいて正解だったな。……この菓子には
「……この前は気づかなんだが、確かに警護の武士の数が減っている。御大将は俺には何も言わないが、たぶん気づいていると思う」
「それは当然だ。統括の侍大将が気付かずにおるわけがない。だからこそ、お前に警護の任を任せたのだろう。お前ならば害されまいと踏んでな」
ふつと途切れた声をきっかけに、言問は正面にあった封じた菓子包みを傍らに下げた。
「その包みはどうするのだ?」
「ひとまず、御大将には見せねばならんだろう。こういう菓子包みが出回っていて、受け取り食った侍共が総じて行方知れずになっているようだ、と。あやつは勘も良く、術の利きにくい男ではあるが、こういうすべに関しては不得手だ。見せても特に構わぬだろうよ。……本当は焚き上げてしまうのがいいのだがな。呪が天子か術師に帰るだろうゆえ」
呟いて、一度包みの方を見るも、ついと袖を引く甘えたな鳴神の顔を見上げて、言問はちらと笑った。
「しょうのない大きな童め、もう菓子は渡さぬぞ。さて、なにはともあれ、宴を開いてくれるというのだ。たまにはゆるりと羽を伸ばすのもいいだろう。お前の好きなものがあればいいな」
「俺は物見遊山で食べた赤い魚がいい」
「ああ、あの鯛飯は美味かったなあ。そうだな、何か美味なものがあればいい」
ゴトゴトと進む牛車は、人と牛車が行き交う夕暮れの
御大将の屋敷は、以前訪ねた時と比べ、人も増え、庭や家の手入れも良くされて、イキイキとした姿になっていた。
今日の趣向は
そして、通された客間は見違えるほどきれいになり、贅沢に明かりがあちこちに灯され、部屋の様子がよく見えた。
「おう、鳴神に言問殿。 呼び立ててしまってすまなんだな。今日はゆっくりしていってくれ」
あの赤子は、たった数か月で3年ほどたったかのような様子を見せていた。
御大将は幼子を膝に抱いて顔をとろかしたままに、鳴神と言問を迎えた。
「ほら、
「はじめて、おめにかかります、ちょうみょうまるです」
「よおし、ようく言えたなあ。長命丸はかしこい子よなあ!」
たどたどしい口調で、それでもきちんと習ったばかりらしい挨拶を終えた子供は、御大将にもみくちゃに褒められて、うふふっとかわいらしく笑った。
「言問殿、見たか、この顔で毎回会うたびに、童がどれだけ育ったかの報告を受けるのだぞ。俺はもう耐えられぬ」
「……まあまあ、鳴神殿……」
「何をいう、鳴神。これだけかわゆらしく育ったのだぞ、しかも日々かわゆくなっていく。話さずにはおられまい」
御大将の余りの子煩悩ぶりに耐えきれなくなったか、鳴神が家にいる時のようについついと言問の袖を引き始めた。
外でその癖を出すなというに、と内心思いながらも、言問は弱気な陰陽師のまま、丁寧に袖を取り返す。
そしてそのまままっすぐに御大将を見ると、ゆったりした声で話し始めた。
「陸奥守殿、せっかくの宴ですが少しばかりご報告申し上げたい事が。膳は整っておるようですし、少々お人払いをお願いできますか」
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