羅城門 (5)

相分あいわかった。少々待ってくれ。……長命丸ちょうみょうまる、暫しの間だけ、寝間で待っていてくれるか。いつもととさまと寝るところだ」


「いや、ととさまといっしょにいる」


下働きや周りで立ち働く者たちは御大将の合図を受け、何処かに去っていったが、幼子はそうもいかなかった。珍しく真剣な顔の父親に何を察したか、嫌がって動こうとしない。何度か押し問答したのち、困り果てたように御大将は言問の方を見た。


「すまない、同席させてもよいだろうか」


「いいでしょう。何かありましたらば、陸奥守殿に守って頂けるという約が頂けるのでしたらば」


「もちろんだ! 長命丸はわが命、何に代えても守る」


猛然と頷く御大将にやや苦笑を見せて、言問は頷いた。

そして傍らに置いた布包みを解き、御大将の前まで行くと、符が黒く染まったままの先ほどの菓子包みを眼前に置いた。


「…………俺はこういった事には疎いが、禍々しいのはよくわかる。……何なのだ、これは」


「こちらは、本日、御所内のさる場所にて、警護中に鳴神殿が渡されたと言う菓子包みです。あやしいゆえ調べてほしい、と我が家に持ち込まれたものを調べたところ……恐ろしい術が仕込まれておりました。今は我が術にて封じてはありますが……鳴神殿」


サッと視線を鳴神に向け頷くと、鳴神も言問の横へ歩み寄ってきた。


「御大将、俺は警護の任に関しては詳しくは聞いていなかったが、最近侍の数が減っているのは知っている。たぶん、原因はこれではないかと思う。俺がこれを渡されたのは北の御門付近だったが、必ずそことは限らない。……御大将には報告しておかねば、と思った」


一瞬、暗く沈んだ顔を見せた御大将は、鳴神の報告を聞いてから頷き、再び言問の方を見た。


「……その通りだ。あまりにも急激に行方知れずの者が増えた。警護の者ばかり幾人も、となると御所の中があやしく思えたゆえ、影響がないだろう鳴神に頼ったが……よもや、こういう事だったとは」


「陸奥守殿、ご手配の方をよろしくお願い致します。武士だけでなく、全体にそれとなく話が伝わるようにして頂ければ」


「相分かった。……すまぬ、長命丸、ととさまはしばらく御用でここを離れねばならぬ。家で待っていてくれるか?」


「……、……」


「長命丸……」


「わかった、ととさま、こまらせない。……ととさま」


フルフルと今にも泣き出しそうに目を潤ませた幼子は、そのまま父親の迎える腕に抱きついた。暫しの抱擁の後、やっとで離したかのような御大将が申し訳なさそうに客人に視線を向ける。


「せっかく来て頂いたというに、ろくに迎えられもせずにすまない」


「いえ、ご手配を先に。……ご家臣に指示が終わられましたら、一度こちらへ戻られませい」


「わかった、それでは」


話もそこそこに、出ていく御大将の背を泣きそうな目で見送った子供は、周りに言問と鳴神以外の気配がなくなると、くるりと言問の方を向いて見上げ、口を開いた。


「おぬしはだれだ」、と。







「……おや、自我の確立が早いな。もう記憶が戻っておるのか……」


パチリと目を瞬いた言問が思わずそうつぶやくと、幼いなりにふさわしく、ジタジタと怒ったように地団太を踏んだ。


「なにをなっとくしておる。わがととさまに、このようなぶっそうなものをみせてはならぬ。そうそうにもやさねばならんだろう」


ぷくっと膨れた幼子の顔ですごまれても何も恐ろしくはなかったが、言うなり、床に置かれた呪物が透明な炎で燃やされていくのを見た言問は、思わず目を見張った。

ジリジリと瞬く間に焼け焦げた呪物は、端から崩れるようにして消えていく。

そして、床は先ほどの通り燃え跡もなく、キレイなままだった。


「浄化の炎……もしや、カグツチ様か」


「なぜ、わがなをしっている」


両頬をぷくっと膨らませたまま仁王立ちする幼子は、その白いぷっくりした足でまた地団太を踏んでいた。言問はその前に古い礼を取ると、改めて跪礼で挨拶をする。


「申し遅れました、吾はあなた様ののちに生まれた弟君の末に当たります。吾が父、吾が祖からあなた様のお話は伝わっておりました。まさか、同じ時代でお会いできるとは……」


「おとうとのこどもだったか。おまえは……なにか、うみのにおいがする」


きょとん、と大きな目を瞬いた子供は、てちてちと言問の前まで歩いてきたかと思えば、その小さな手で顔をペチペチと触る。

その様子に、今まで静かに見守っていた鳴神が思わず動くのを、言問は後ろ手に制した。


「ハハッ、そうですね、吾はわだつみの末でもありますゆえ。カグツチ様、一つお願いがございます。この後、あなた様の父上は今の世の宮殿に向かわれる事でしょう。もし、中でこの呪物と同じ匂いのするものを見かけられましたらば、先と同じく燃やしては頂けませぬか。父上を守るためです、できますかな?」


「ととさまをまもるためならば、できる」


小さいなりで勢い込む幼子が、こくこく頷くのを見届けて、言問は笑ってその小さな頭を撫でた。よいこよいこと撫でられて、カグツチの顔が怒って良いやら喜んでよいやらの百面相になる。

そして、とうとう背後に伴侶がのっしりと立つ気配がしたので、言問は手を放し、立ち上がった。遠くから急ぎ戻ってくる足音がする。


「……お父上が戻ってらしたようですね。カグツチ様、先の約はご内密に」


「いわれずとも。……ととさま!!」


御大将が廊下にいるうちに、幼子は走り出てその足元に飛びついた。すかさず抱き上げた御大将は腕に大事に抱えた幼子はそのまま、客間へと入ってくる。


「よしよし、ちゃんと待てたなあ、長命丸。いい子だ。……鳴神、言問殿、すまなんだ。やはり御所へは向かわねばならぬようだ」


「ええ、その方がよろしいかと。ただし、子は連れて行った方がよいかと思われます。……この屋敷より、陸奥守殿の側が一番安全でしょう。……今は何がどう仕込まれておるかわかりませぬゆえ。……我らも呪物の名残を辿って、源を突き止めるつもりです」


「……確かに、……そうだな。俺が連れ歩くが一番やもしれぬ。……長命丸、今日はととさまと一緒に行こう。たくさん歩くが珍しいものも見られる。どうだ?」


「いく!」


べったりと抱きつく我が子を嬉しそうに抱える御大将に、鳴神と言問は揃って暇乞いをした。部屋から出ようとしたとき、鳴神がなにか思いついたように振り返って御大将を見た。


「そうだ、御大将、馬を貸してくれ。牛車では、いざという時遅すぎる」


「なるほどな。いいだろう、一頭用意させる。言問殿は……ご出身がご出身ゆえ、乗られるでしょうな」


「はい、ただ最近は乗っておらぬもので。鳴神殿に操って貰った方がよろしいでしょう」


「では一頭でよろしいか。我々は先に出るが、せっかくだ、馬の用意ができるまで、せめても用意した膳を召し上がっていって下され。……宴はこの件が片付いたのちにでも」


「はい。ではまた後々に。……陸奥守殿、ご武運を」


「ハハ、そなたらもな。武運を祈っている。では」


くるりと御大将が背を向け廊下を去る前に、腕の幼子は言問に向かい、ニッコリと小さく頷いて手を振った。





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