土蜘蛛 (3)

鍛錬場たんれんじょうでは主に弓の練習の的場まとばが置かれている。

この時代は基本戦らしい戦はなかったゆえに、想定されるのは都を守る防衛戦になる。都を守る戦ではまず弓を射かけることから始まるため、防衛する兵にとって弓の扱いは必須だった。だからか、剣の鍛錬の場は弓よりは狭く作られていた。


練習の場ゆえに、鍛錬場の壁際、掛けられた様々な武器はすべて刃を潰してある。

直刀と剣、最近出始めた湾刀わんとう鳴神なるかみの得意とする大太刀など、居並ぶ武器から鳴神はなんとなくで直刀を取った。

御大将は鳴神の予想通りに槍を取る。


天子のいる御座所ひるのおましから離れれば、鳴神もかしこまった口調を消し、ぞんざいに喋っても良いことになる。

言問ことといと喋る時よりも口数は減るが、御大将と話すのは鳴神には楽しい事だった。


「いいのか、お前の得意は大太刀だろう」


「大太刀は使い慣れている。最近直刀は触っていない」


「ハハッ、俺相手に練習する気か。 いいだろう、来い」


ギラっと目が光った御大将の気配がすっかり戦場いくさばのものへと変わり、鳴神はようやく発散できると嬉しげに構えた直刀に殺気をほとばしらせた。





十合じゅうごうも打ち合ったか、そのへんで鳴神の膂力りょりょくに押され、御大将の槍の柄が折れた。

二人全身汗だくで大きく息をつくと、ほぼ同時に構えを解く。

御大将が呼んだ宮女きゅうじょによって、真新しい綿布が渡され、その場でぐいぐいと全身の汗をぬぐう。

御大将は上半身諸肌もろはだ脱ぎで拭いているが、鳴神の場合は言問に「脱ぐな」ときつくいい聞かされていた。よって、衣装の脇の隙間から手を突っ込んで汗だけ拭う。


「……はあ、お前相手はやはり疲れるな。そこに間食と煎った茎茶を用意してある。話がてら休憩はどうだ?」


「する」


鳴神は片手で綿布を握ったまま、縁側の一部に腰を掛け、遠慮なく間食に手を伸ばした。

今日は蒸したコメにゆでた青豆を混ぜ込み塩を利かせた握り飯で、なかなかにうまい。

冷めた茶で流し込みながら、同じように間食を平らげて語りだす御大将の声を聞く。


「今回はご苦労だった。またいくつか褒美が寄越されると思うが、何か欲しいものはあるか」


「……ならば、太刀の良いものを。重すぎず軽すぎずのが一本欲しい。前の前に出された戦で折れた」


「相分かった。 ほかは?」


「ない」


言い切って、また握り飯に齧り付く鳴神を一目見て、御大将が一つ息をつく。


「お前も難儀なんぎよな……一つ終わらばまた一つ、戦場いくさばが回される。しかし、今度は都から近いぞ。古都である青龍京せいりゅうきょうの側だ。どうも、昔の村跡むらあと土蜘蛛つちぐもが巣を張ったらしい。退治しておけとの事だ。……今度は首や腕は持ってこなくて良い」


「わかった」


言いながらもう一つ握り飯を口に含むと、近くの宮女に練習用の直刀と綿布を返した。


「もう行くか。 たまには俺の家で酒はどうだ?」


「……いや、いい。 帰って寝る」


「そうだな、お前はそういうやつだ。悪かった、よく休め」


頷いて、すたすたと鍛錬場を出、鳴神は去っていく。

その背を遠目に眺めて、御大将はまた一つため息をついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る