土蜘蛛 (2)

先日の大江山の件を改めて奏上そうじょうせよというおめしに、鳴神なるかみは今朝、言問ことといに手渡された箱包みをもって御所に出かけた。

鳴神の出仕しゅっし姿を手づから整えてくれながら、言問に言い聞かせられたことを思い出す。


「……どういう気で首を取って来いと言ったのかは知らんが、血抜きし塩を大量に入れてある。どうやってもヒトに見えるようにはしておいた。何か聞かれたら、腐らぬよう塩を詰めただけであとは知らぬと言っておけ。……それを見て喜ぶようなら、もうあやつの後は少ないと見ろ」


当世とうぜいの天子を選ぶ制度はただ血で継いで行くものでなく、貴族による合議制ごうぎせいだ。

合議制が詳しくはどんなものかはよくわからんが、権力ある貴族と先の天皇たちがそれぞれ寄り合って決めるものだ、と鳴神の主は言っていたからそういうものなのだろう。鳴神の主は既に今の天子の在位が残り少ないと読んでいる。

正直、鳴神には天子がどう入れ替わろうが興味もないが。


ドスドスと歩いていた廊下の先、昼の御座ひるのおましの外にある屏風絵びょうぶえが見えてきて、鳴神は言問の教え通りに足音を潜めた。そのまましずしずと中へ入り、跪坐きざでいつもの御簾前に座る。跪礼きれいし座るまでが言問の教え込んだきれいな所作だった。


「ご苦労。 ……その手の物が例の鬼か」


いつもなら御大将の声がするところ、今日は御簾越しに直接か細い声が聞こえ、鳴神は思わず伏せていた面を少し上げた。

御簾越しの声が笑う。


陸奥守むつのかみを探しているのか? たまにはお前と話したくてな、今日は下がらせた。やつはちんもりであるから、庭先にはいるがここにはおらぬ」


「……はっ」


ただ最初の一声が御大将の声でなくて驚いただけだが、どこか満足げに聞こえて鳴神は黙っていることにした。


「その形の箱ということは首だな。退治したのか」


「は、鬼どもは何人かおりましたがすべて斬り倒し、今はあの山には鬼はおりませぬ。主上より証拠をとのことでしたので、首領しゅりょうの首を塩漬けにしもって参りました」


「ふむ、よくやった。 ……首をこちらへ」


ひそと御簾みすの内で囁く声がして、一人、菖蒲あやめのような色合いの唐衣からごろもをまとった女房が出てきた。しずしずとこちらに寄ってくると箱を受け取って御簾に下がっていく。


「………ハハッ、確かに首だな、間違いない。ようやった。お前の次の仕事は陸奥守に伝えているゆえ、そちらから聞くがよい。褒美は後でとらす」


「……はっ」


首を受け取り嬉しげな声を上げた主上が、鳴神にはすっかり興味をなくしたようなので、安心して昼の御座から下がる。廊下には先ほど「陸奥守」と呼ばれていた御大将が少し疲労が滲んだ顔をして待ち受けていた。


「鳴神よ、ご苦労だった。 次の命について聞いておるか?」


「……御大将から伺えとの命でしたが……」


「うむ。ここで立ち話もなんだ、鍛錬場たんれんじょうにでも行くか。お前と打ち合うのは久々だ」


普通の貴族や武士もののふならば、自宅で酒でも、という話になりそうなところを、まっすぐ鍛錬や打ち合いに向くところが、鳴神が己の上司が好きな所だった。

つまりは二人とも脳にも筋肉が詰まっている。

嬉々として、鳴神は御大将の後について鍛錬場へと向かった。

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