言問と鳴神 (3)


そうして辿り着いた御所の北の端。

陰陽寮の庭垣を飛び越え、渡り廊下のよく見える中庭へと入った。

そのままあるじの部屋へといってもいいが、鳴神なるかみの見目が目立つことをよく知る主は、御所内で鳴神と関わりになることを嫌がる。

鳴神が忌まれているからではなく、主が意図して目立たずに姿を作っているものを台無しにするかららしい。

目立たぬようにと腐心する主の努力を無為にしたくないのもあって、いつもは自分からここに寄ることはないが、今日はただ、どうにも顔が見たかった。


腹の減りもあり、庭を見回せばすぐそこに手近な果樹がある。

主であれば毒の警戒などもしたろうが、鳴神は躊躇ちゅうちょしない。

サッと手を伸ばして無造作に一つもいだ。


「そこな人、それは薬種やくしゅぞ。もぐなもぐな」


美味そうに熟れた実をさらに2つ3つもいだところで、対面の廊下を渡る文官から声がかかった。

両の腕一杯の巻物を持つその者は、もさっとした黒目黒髪と衣冠いかんの色が分かる程度で、妙に顔の印象が薄く、着る物も垢ぬけずパッとしない。

だが、鳴神はその男を見るなりパッと顔を輝かせ、ニカッと笑った。


「主を待っておったのだ。今日はお召があったゆえ、朝餉あさげに時間が掛けられなくてな。腹が減った」


わらべのように明るくいう鳴神を一瞥し、呆れたような口ぶりで男が返す。


「ご用事が終わられたのなら、お屋敷へ下がられませい。何かしら用意してくれましょう」


「屋敷まではとても持たぬ」


早速もいだ実を一つ齧りだした鳴神を見て、問いかけた文官の男、言問ことといは仕方なさげに息をついた。幸い、サッと見た周囲に人の気配はない。


「では、あちらまで。しばらく口をつぐまれるなら、干しなつめならございます」


いうなり、男が抱えた巻物の下で何やら複雑な手つきをし、ブツブツと何やら呟く。

すると、庭からふっと鳴神の姿がかき消えた。

鳴神からすると特に変わったところはないが、似たような呪なら前にも受けたことがあった。だとすると、派手な鳴神の見目を目立たなくしたか、見えなくしたのだろう。

鳴神からすれば、主が良いというならそれでよいのだ。ただついていけばいい。


言問は一人歩く足取りで、たまさかに廊下を渡る同僚にも気にされず、大量の巻物と見えない気配を伴って、悠々と自室へ下がった。

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