姑獲鳥 (3)

言問は鳴神に一つ、童子姿の牛飼い童を付けた。当然、形代である。

最近は少し術を補強して、たとえ御大将でも見破られぬようにはしてはあるが、言問の不安は尽きない。


「供と思えばよい。俺はお前の動きを御大将が追っているかを把握したい。追っているならば、小童がやらせているのか、それともあの男がお前に気があるかだ。……お前はうるわしいゆえ、打ち合いで惚れられたのだろうな……。やはりあの男、排除せねばならぬか?」


「……俺を美しとするは、主だけといったであろうに……。まったく、言問は俺に対してひいきが過ぎる」


「……ひいき目ではないというのに。まあいい、これでよかろう。気を付けていけ。暫くは俺もお前の屋敷に住まおう。準備は整えておく」


鳴神の着ている武官の装いを整えていた言問は、念のためと称して鳴神の衣装の背に一枚、形代を仕込んでおいた。

御所は魔窟だ、美しい伴侶を持っていて、かつそばで守れないなら尚更に。

サラリと朱金の垂髪を揺らし、出仕する鳴神の背を見送って、言問は少し闇色の目を細めた。






お召があったのは御大将からだった。

土蜘蛛退治の報告は既に済ませているから、個人的な用ではあるのだろう。

だからこそ、鳴神の主は警戒して色々と手を打っていたわけではあるが。

鳴神が牛飼い童を引き連れて、鍛錬場をおとなうとすでに、諸肌脱もろはだぬぎの御大将が若い仕官したてらしき武士相手に稽古を行っていた。

握っているのは両者ともに直刀で、基本、御大将は動かず、もっぱら若い武士ばかりが仕掛けている。


直刀は隊列を組んだうえでの対人を意識した武器である。最近の湾刀のように、馬の上からや、1対1の乱戦は向いておらず、やるとしたら技量がいる。

ゆえに、斬りかかり方は単調になるが、基本を教えたいらしい御大将はまず直刀を選んだらしい。

何度か、刀で弾かれて、もう一度最後に組みついた若武者は、そこでその場でへたり込んだ。

両者が礼をするのを見ながら、鳴神は武器を選んでいた。


「おう、きたか。 すまぬな、呼び立てて」


宮女に渡された綿布で顔を拭いながら、快活に御大将が笑う。


「別に構わない。 次の戦か?」


「うん? いや、今の所主上よりの命はない。俺が個人的に話したかっただけだ。 どうだ打ち合わぬか?」


「やる」


今日は大太刀の気分だったので、取って構える。

鳴神の獲物を見て、チラと苦笑した御大将は先日新調したばかりの槍を手に取った。


「お前と対峙すると、大抵柄を折られるでな、仕方なく、柄もすべて鉄にした。重いは重いが、取り回しに慣れれば戦場で有利になりそうだ。慣れるまで手伝ってくれ」


そう言いながらも、軽やかな槍さばきで、鳴神に穂先を向ける。

ほとばしる殺気に、鳴神は嬉しげに笑って、同じく弾けるような殺気を刃に乗せた。







「……なるほど、それでさんざ打ち合った後、養子に来ぬか、と言われたと」


鳴神が自分の屋敷に帰った時、宣言通り、主は既に屋敷で待ち構えていた。

どうやら牛飼い童を通して見聞きしていたか、げんなりした顔をしている。


秋口は冷えるからと、寝間の床上へ出された畳に嬉し気に転がった鳴神は、そのまま主にかいなを伸べたが、牛飼い童からの情報を一通り精査していた主は「後でな」と、つれない。


「お前ににべもなく断られた後、この童の形代の方に声をかけるとは思わなんだわ。 ……まさかの稚児趣味ちごしゅみか」


頭が痛そうにする主の様子を心配げに見るも、ひんやり心地よい気温にどこか鳴神の顔がとろんと眠たげになる。

その様子を見つけた言問の手で、軽く頬を撫でられ起こされた。


「打ち合いのせいだろうか。せっかくだと言うに眠い」


「色々慣れぬこともさせたし、疲れておるのだろうな。それで、具体的なあやつの話は聞いたのか?」


「うむ。どうも戦場を回される俺が不憫ふびんだと思っていたと言われた。……あとは、亡くした子の話をされた。生きておれば俺と同じくらいとのことだ」


ふやふやと口調のあやしい鳴神の腕を引き寄せて、その胸乳に潜り込む。抱きしめて軽く白い首をかめば、小さく笑って、眠たげな眼から蒼天が覗いた。


「…………なるほどな。お前に子を重ねていたか」


「ああ、それと近々陰陽寮にはらいの依頼が出るらしい。仲の良いお前に伝えよと言われたぞ」


「…………やはり見張られておるな、お前は。まあいい、何かあやつの気をそらすものを用意するか……」


「うん…………」


眠くてむずがる幼児のようにゆらゆらと鳴神の首が揺れるを見て、言問はそっと体を離して几帳きちょうの影から枕を寄せ、己が羽織っていたうちきを脱ぎ、鳴神の体へかけた。


「少し眠れ。起きたら間食を出すゆえ」


やわらかく髪を撫でる手を眠りかけのゆるい力で握った鳴神は、無理に目を開けると、ぼやける言問の顔を懸命に見る。


「こととい……」


「大丈夫だ、傍に居る。俺は少しばかり仕事があるゆえ、ここでお前の寝顔を見ている」


大丈夫だ、と言うふうに頭を撫でると、鳴神は嬉しそうに幼子のように笑って眠りに落ちた。


「さて……。体質としても術の利きにくい男だ、実際に赤子か子供を手に入れねばならぬかな……難儀なものだ……」


言問の呟きは、憂鬱そうに静かな寝息の響く寝間に溶けていった。

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