姑獲鳥 (4)

御大将の伝言通り、主上から陰陽寮へと祓いの儀の依頼があり、やはり最終的にその仕事は言問へと回ってきた。


「あやつに気づかれている……訳はないか。小童こわっぱの方か」


今の主上は、ヤマトの言う夷敵いてきに対し、異常に勘がいい。

ヤマトには三つ、神宝というべきものがある。

一つ、草薙剣くさなぎのつるぎ

一つ、八尺瓊勾玉やさかにのまがたま

一つ、八咫鏡やたのかがみ

このうち、八咫鏡に関しては御所にも置かれている。

御所にも、というだけあって、この鏡は何枚もあった。


言問は鏡の置かれた賢所だけでなく、昼御座にもこの鏡が隠されていると考えた。

そして昼御座は天子が祖神より神託を受けるところでもある。

天子はかんなぎ、神下ろしでもあるのだ。

そしてこの鏡は唯一、ある女神だけを示す宝であった。


「相も変わらず厄介な物よ……」


ガタガタと揺れる車の中、とんとん、と膝を扇子で叩いてぼやく。

時刻は既に亥の刻11時頃を回っている。今頃こうして都を牛車で走らせるものは、たいてい逢瀬か密談だ。


祓えと言われた都の外れまで牛車で乗り付けるうち、誰かが走って追いかけてきていることに気が付いて、言問は薄く御簾を上げる。


「…………鳴神?」


気づいたとたん、牛車を止めさせ、簾を大きく上げる。すると、ひらっと一飛びで鳴神の体が飛び込んで来、着地の重みでギシリと牛車が大きくたわんだ。

勢いあまる体をどうにか受け止め、暫し落ち着かせてから、改めて牛車を進める。


「……どうした? お前は今日、屋敷でゆるりと休むのではなかったか?」


「あの後、俺にもお召があった。御大将より、護衛としてついていけ、と。霊剣の出番があるやも、と言っていたが……俺はそんなもの、貰った覚えはない」


懐より絹の手巾を渡し、言問は駆け通しでついただろう砂塵を払ってやった。

不思議そうに言う鳴神に、いつぞやの御大将との会話を伝えていなかったことを思い出す。


「……ああ、お前に話すのを忘れていた。すまんな。……土蜘蛛退治は全てお前とお前が持っていた霊剣のおかげということにしてある。 あの髪糸の事が小童に伝わっておる以上、俺が切ったとは言えぬ。かといってお前にも切れぬ。たまたま手に入れた霊剣のおかげ、としておけば小童は追及できまい」


「本当に霊剣というのはあるのか?」


不思議そうに聞く鳴神に、その体に軽く凭れて言問はある、と言い切った。


「ヤマトにあるものとしては、草薙剣がある。火伏の効果があるゆえ、父祖が使っていたものだ。そして七星の刀とされる七支刀ななつさや。どこにあるかは今やわからぬが、なんなら青龍京の宝物殿におさまっているやも知れぬな」


「あるのか!」


とたん、鳴神の目がキラキラと輝くのに、言問は小さく笑った。


「お前がそれほどほしいならば、取り返すが。使いやすいのは草薙剣の方やもしれぬな。 ……さて、着いたようだ。支度して下りよ。俺は形代らに松明の用意をさせる」


既に刻限は子の刻を回り、丑の刻2時頃に入るかどうか。

周囲は墨で塗りつぶされたように暗く、形代らの持つ松明がなければ、足元さえよくわからない。


明かりで照らさせ、キラキラと光る反射にそこが川だと気づく。

確かに先ほどから草いきれに混じり、強い水の匂いがしていた。サラサラと流れる川音に混じって、静かに虫の音が響く。




そして、言問が川に目を向けた途端。

そこには一人、川を背にして﨟󠄀長ろうたけた白い女が立っていた。

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