青龍京 (2)

のんびりと睦んだ後、言問こととい鳴神なるかみを抱えて湯殿に入った。

都で普段使うものより、この隠れ家のは若干狭いが、詰めれば不都合もないだろう。


簀子すのこの上に下ろすゆえ、少し俺にもたれかかっておれ」


くったりと幸せそうな顔をした鳴神に声をかけると、甘えたように小さく頷いた。

何杯か手桶に湯を汲みおいて、温湯ぬるゆを掛け流しながら鳴神の体を撫で洗う。


「……睦むのもいいが、俺はこれも好きだ。言問の手で洗って湯につけてもらうのは心地いい」


とろんとした声で言うのは、先ほどまでの悦が抜けきっていないからだろうが、抱いた後の鳴神はいつも以上に甘えたになる。言問の肩に首を預けて言うのに、背を撫で洗いながら言問は笑った。


「俺もお前を洗うのは好きだ。隅々まできれいに磨いて美しく仕立てたくなる」


するりと前に回った言問の手が胸乳を洗い撫でるのに、小さく熱い息が漏れるのを楽しんで、丁寧に下まで撫で洗う。終わった頃には鳴神の息はすっかり上がっていた。


「今日の主は意地悪だ、いつもならサラサラ優しく撫で洗ってすぐ浸けてくれるだろうに、今日は俺の弱い所ばかり触れおる」


涙目で抗議したのは湯殿に浸けられてからだった。

今は、長い髪に湯を掛けられて丁寧に櫛で梳かれている最中だ。

鳴神の主はことさらこの朱金の髪を気に入っていて、こうして丁寧に洗ってくれた後、湯上りに何かの香油を薄く揉みつけて水気を拭ってくれるまでをやる。

鳴神としては髪などどうでもいい。洗ってよく拭ったらばそれで終わりでいい気がするが、次の日の頭が軽く、つやつやと指通りが良いのは断然、主の手がかかった時だった。


「吾も戦で気が立っておるのだろうよ。お前にあやして貰っていくらかは散じたが、久しぶりに本来の力も使ったからな。……まさかあそこで伯母上の宝珠の欠片に会うとは思わなんだ」


櫛削くしけずった髪にもう一度手桶の湯を流しかけて、つるりとした塗りの簪を手に取り、鳴神の頭へとまとめ上げた。


「言問に伯母上など居たのだな。お前の屋敷では、人は誰も見たことがない」


「今世ではおらぬ。俺は正しくは、この体が生まれた一族から縁を切られておるからな。一人の方が都合が良かったゆえ。……伯母上含め、我らが今この時、今世にいることはあまりヤマトには知られたくない」


「……そういえば、主に傷をつけたあの女はなんだったのだ」


「蜘蛛の娘か。あの娘はお前と同じ、天子の末だ。宝玉のカケラ程度でああまで増幅して見せたのだから、力はお前より強いやも知れぬな。……ただ、あの娘、もう先は長くあるまいよ。青に目が変じておったろう。木は土を食う。アレは力に体が食われた証だ」


己が訊ねたことを丁寧に答えてくれるのを聞きながら、言問が体を流すのを見守っていた鳴神はザッと髪に湯をかける姿に、俺も櫛削りたいとねだった。主の髪にゆっくり櫛を通すと、どこか気持ち良さげな顔をするのが嬉しい。

鋼まじりの黒髪を丁寧に丁寧に梳き、纏めた辺りで、ふと己の目の色も青玉であるを思い出した。


「俺も目の色はこうだが……」


「お前のものは生まれつきだ。体がきちんと力に合わせて育っているゆえ、食われることはない。それに俺の力はお前と相性がいい。もしお前と相性悪ければ、いくらねだられようとも、愛おしくとも、お前を伴侶にはできなかっただろうよ」


そう言って、言問も湯殿に足を踏み入れた。ざぱっと音がしてたっぷりと湯が溢れる。

先に浸けられた鳴神が湯殿の縁に寄りかかると、あとから入って来た言問はすっぽりその隙間におさまって笑う。


「狭いな。抱き合ってどうにか入れたが、次のためにもこちらは広げようか」


「次があるのか?」


キラキラと輝くような鳴神の声音に言問は微笑んで、何度でもと頷く。


「青龍京だけでなく、海も山もこの国には見るべきは他にもある。……いつかは我が領地にも寄ろう。お前に見せたい」


「俺も見たい。主の領地も主のみせたい風景も。ずっと」


ずっと。どこまでも。

呟く鳴神の唇をついばんで、その頬を優しく撫でるといつまでも、と言問は囁いた。

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