ひのもと陰陽あやかし草紙

珈琲屋

言問と鳴神 (1)

隣国では神仙妖魅しんせんようみの時代から英雄が群雄割拠ぐんゆうかっきょするヒトの時代へと移り変わろうとする頃。

ひのもとのくにでは、いまだ神仙しんせん群れ飛び、魍魎もうりょう跋扈ばっこしていた。

大小さまざま物事あれども、天をひっくり返すものはいまだ現れず、ナカツクニがヤマトになってからたいらかに数百年の時が流れた。



今のヤマトをべるおう天子てんしといい、天子がおわすヤマトのみやこ朱雀京すざくきょうという。

朱雀京の中心、天子の住まう御所ごしょには、政治があり、生活があり、教育があり、遊びがあった。

御所の北側に、政治をつかさどるその一つ、天を見、星を読み、時を計り、先を占う、陰陽寮おんみょうりょうがある。





その陰陽寮に集う陰陽師おんみょうじの中でもことさら下っ端に属する言問ことといは、今日も資料整理に、古文書の書き写しに、と細々と働いていた。


言問は、同じ所属の同僚からもどこにいるかわからぬ、とよく言われる男だ。

パッと見ても、冠からはみ出たもさりとした黒髪に、うすぼんやりとした印象の顔、中肉中背の体躯と、確かに目立たぬために生まれてきたような男ではある。

更に言えば、着こんでいる衣冠もやわらかな浅縹色あさはなだいろで位で言うなら初位しょいの色。

通常の貴族なら成人したばかりの若者の色で、その衣も着方はカッチリとして当世とうぜいの流行からは遠く、垢ぬけなかった。




そして、本日の彼は陰陽寮の中にある、自身の所属する占部せんぶの必要な資料と、巻物の整理を頼まれ、記録所きろくじょまで朝から足を運んでいる。


陰陽寮でもかなりの広さを誇る記録所には、大量の棚と木札の付けられた巻物があり、さらには古い御代みよ竹簡ちくかん木簡もっかん占骨せんこつ亀甲きっこうなど貴重な古物こぶつも保管している、いわば陰陽寮の頭脳だ。

しかし、様々な資料をあらゆるところで求められるゆえに、保管する側としては記録が紛失せぬよう管理するのが大変で、記録の持ち込み持ち出しは厳しく管理されていた。


言問は占部と記録所を何往復もして資料を運び、そのたびに入口で記録係の木簡に書きつけている。

最後の往復を終え、使わなかった巻物を棚へ返している時、後ろから声がかかった。


言問こととい殿、これも頼む」


資料を置く棚近くから呼ばわる声に、後ろを振り返れば腕一杯に巻物を抱えた男が立っていた。見るからに、この男もまたどこからか資料を返しに来たのだろう。

頼んだ男の衣色いしょくは浅緑、7位相当の色で言問からすれば上位に当たる。


男の方もそれが分かっているようで、言問が返事もせぬうちに、空手からてにどさっと男の持っていた大量の巻物が下ろされ、そのまま頼んだことも忘れたかのように忙しなく背を向け記録所から去っていく。


巻物に付された木札の題を髪の隙間からザッと見て、言問は一つ頷くとそれを棚へ返さずにそのまま静かに、記録所の外へと運んでいった。

印象薄い小物にしても、忙しく立ち働く誰の印象にも残らずに。

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