鳴神と言問 (1)
言問の予想通り、翌日の御所は右往左往していて、まったく機能していないようだった。何せ、今の天子が全く何も覚えていない記憶喪失の状態で、大量の行方知れずの者たちとともに、なぜか羅城門で見つかるという事件が起きたからだ。
出仕は形代に行かせ、午後までのんびりと鳴神と寝間で過ごした言問は、ゆっくりと夕餉を取りながら形代の報告に聞き入っていた。
「……やはりな。早急に次の天子を立てるらしい。小童も、離宮でのびのび羽を伸ばす方が幸せだろうよ。ちなみにお前、天子になりたい欲などはあるか?」
笑い含みに尋ねると、鳴神は嫌そうに顔をしかめて首を横に振った。
「絶対に嫌だ。あんなもの、やりたいと思う者の気持ちがわからぬ」
予想通りの答えに言問は声を立てて笑った。
「そうよな、俺もあの立場よりは、裏で好きに手を回す方がやりがいがある。まあ、それはそれとして。お前、また大江の鬼が来たら打ち合いたいと思うか?」
言った途端に、パッと鳴神の目が輝く。そして言問の機嫌がぐっと下がった。
「こちらへ来るのか? ああ、是非遊びたい! あの時もあれで全力ではなかったはずだ、今度こそは全力で仕合わねば!」
「全力は良いが、あれは俺の
呆れたような嫉妬交じりのような視線を向ける主に、もちろん、とばかりにこくこく頷く鳴神は体躯に見合わず幼い。
今日の膳として用意した祝いの鯛飯を口に運びながら、言問は鳴神を最初に拾った頃を思い返していた。
当時の言問はまだ実家と縁が切れておらず、家族から冷遇を受けながら屋敷の隅の離れにて暮らしていた。
なぜ冷遇されていたかといえば、言問自体の誘導もあったが、武の誉れを尊ぶ家であるのに、文官になりたいと願ったからだろう。
しかも、政治につながるものではなく、どちらかといえば研究者の面の強い陰陽師になる道である。
武官として出世させるか、祖のように誉を得やすい政治の道に進むかを望んでいた家にとっては、到底納得できるものではなかった。
家を出、一人で暮らす方が好都合だった言問にとっては、痛くもかゆくもなかったが。
しばらくして家を出る時、家名を名乗らぬようにと完全に縁を切られたこと、御所の仕事はほとんど通称で名乗る者が多いことから、最初につけられた名を捨て、陰陽寮でつけられたあだ名で通すことにした。
あだ名の由来は「何かあるたびに、気になるものや言葉を片端から訊ねて回っていたから」らしい。
遥か昔につけられた諱と同じ音を含むこの名を気に入った言問は、今世の本名としている。
「しかし、血とは面白い物よな。吾の末ならば、東の領地に生まれ出ると思うたに、今世の天子に近い立場の家に出るとは、吾も思わなんだわ」
御所から戻る牛車に揺られながら、誰にも聞かれぬ独り言をつぶやく。
御簾越しに垣間見る外は、生き生きと歩く民草や貴族の邸宅、寺社なども見え、ことさらに平和な世を謳歌していた。
見るともなしに眺めていた言問の目に、全く逆の光景も移り込む。
この時代、都の立てる位置が悪かったのか、朱雀大路の右側である右京の辺りは、じめじめとして家が傷みやすかったため、住むものも少なく、物乞いや捨て子、野良犬、捨てられたむくろなどがあちこちに転がり、ことさらに治安が悪かった。
道端に力なくうずくまるそれらを眺め、通り過ぎた総門そばの壁に言問は金の光を見たように思って、思わず牛車を止めさせた。慌てて牛車を飛び降り、見つけたものの側に駆け寄る。
見つけたのは、犬の死体の側に力なく横たわる、汚れ切りやせ細った金の髪の子供だった。
言問が傍に寄った途端、薄目を開けたその子供は言問の顔を見るなり、にっこりと笑って両手を伸ばした。
まるで、長いこと恋慕ってきた愛しい人に会ったかのように。
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