姑獲鳥 (5)

鳴神に周囲を警戒させ、言問はひとまず女を観察した。

白い単衣に羽のような毛皮を羽織り、緋袴を着けている。

髪は短く、背の中程しかない。貴族の娘ならば、床を滑るほどの長さの髪になる。容貌から見るよりも実際の暮らしぶりは庶民に近いのだろう。


そして腕にはなにか、麻布でくるんだ丸いものを抱いていた。


「そこな娘よ、俺は怨霊が出ると聞いて祓いに来たのだが、明らかに生身よな。ここで何をしている」


「…………我が子を預けに」


「うん?」


「我が子を預けに参りました、尊きお方。私はある豪族の末でございます。我らの地を束ねる統領様より、今度こたびの件はあなた様にお預けせよとの仰せがあり、産み月をずらし、この地まで参りましたが間に合わず……。我らは追われる身、産褥さんじょくの弱った体で都に入るわけには参りません。統領様より怨霊の騒動を起こせば、あなた様がいらしてくれるやも知れぬ、と」


「言問……っ」


鳴神があからさまに不審なやからに刀を抜こうとするのを制し、娘に続きを促す。


「大丈夫だ、暫し待て。 ……相分かった、娘よ、お前はどの地から来た。統領の名を教えよ」


「こちらに。あなた様から預かったと伝わる古い札でございます。どうぞご覧いただければ」


その場で地面にひれ伏し、札を地に置いてそっと下がる。

言問は牛飼い童姿の形代に札を取ってこさせた。そっと札を返せば確かにしたためた記憶のある文字ではあった。そこに足された歴代の統領の名を確認し、最後の一つに小さく笑う。


「あやつ……まだ生きておったのか。まあよし、それだけお前たちの地は安らかであるという事だろう。 俺に預けるということは、シルシがあったということだな……よし、承った」


「……言問!?」


「そんな顔をするな、鳴神。後ほど詳らかにするゆえ。 …………なるほど、赤子にしては力が強い。髪ももう生揃っているな……色は茶寄りの赤か。目の色は?」


すやすやと大人しく眠る赤子に指を差し出すと、大人が強く握るくらいの力で握ってくる。軽く指の腹で頬を擽り、気をそらして指を離させ、そのまま赤子を片腕に引き受けると、娘は安堵した様子で、答えた。


「まだ開かぬゆえ分かりませぬが……統領様いわく、赤ではないか、と」


「ハハッ、赤か、それは楽しみだ。 この札はまた統領に渡しておけ。息災で暮らせ、と伝えてくれ。赤子に関しては心配せずともよい」


「確かにお伝えいたします。……我が子をどうかお願い致します」


もう一度、地面へと額づいた娘に頷いて、混乱する鳴神を連れ、牛車に戻った。

赤子は女房姿の形代の腕の中で、変わらず安らかに大人しく眠っている。



「…………言問」


腹の底から出したような低い声に鳴神の静かな怒りが見え、言問は伴侶の顔を眺め目を見開くと、とっさに抱き寄せた。鳴神はほろほろと静かに泣いていた。


「……すまぬ、泣かないでくれ鳴神。俺の子では無論ないし、これは俺とお前にも関係のある事なのだ」


懐から絹地の手巾を取り出すと、鳴神の目元をそっと拭う。そのまま鳴神の頭を肩によせると、伴侶は嫌がらず腕に納まった。サラリと揺れる垂髪を撫でながら、ポツポツと耳元で事情を語る。


「お前も知っての通り、俺は何度も生まれ直してきた。お前も来世ではそうなる。俺と契ってしまったゆえな。これは我ら一族が使う術ではあるが、同じように生まれ直している者もある。……そういうものにはシルシがでる」


「……シルシ、とはなんだ?」


まだ涙声ではあるが、鳴神の声が聞けたのに安堵した言問は、その背を撫でさすりながら、噛んで含めるよう、やさしい声で続ける。


「髪色、目の色、生まれ持った痣、成長の早さ、生まれ落ちた時から手の内に何か握り込んでおったのもあったな。どれか一つ、という場合もあれば、全部でておったものもいた。 ……ここまでは、良いか?」


頷くのを確かめてから、言問はさらに続ける。


「何がどうシルシとして出るかはわからぬし、ある程度成長するまで記憶は戻らぬ。赤ん坊の内はただのなにもわからぬ無力な赤子だ。……ゆえに、俺は最初、血族に掟を作った。シルシを持つものを保護し、大切に育てるよう。また、他の豪族がおればその長に話を付け、こちらで引き取るようにした。 ……今回はその豪族に生まれたシルシを持つ赤子ということだ」


「…………だからお前が引き取ると……?」


鳴神の泣き濡れた声にわずかに妬心の色が見えて、言問はわずかに笑う。


「…………お前、もしや子作りの方への妬心ではなく、赤子への妬心だったのか……? ……ああ、だがそうか……そうだな、お前も俺の子に違いない」


丁寧に背ごと鳴神の体を抱いて、なるほど、お前は嫌なのだな、と呟いた。


「だが、お前が嫌ならば、この赤子の行くところは一つだ。……生憎と、このまま向かうことになるからあまり目は腫らさぬようにしておけ」


「何処へ行く気だ?」


ポツと宙に浮くような鳴神の問いへは答えず、ギシギシと軋む音を立て牛車は都へと進んでいった。


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