4.灯台と海賊

灯台には、男性が二人がいた。早朝に仕事がある、と、泊まり込んでいたらしい。シェード達を見て驚いた物の、


「邪魔はしないから、適当にやってくれ。見なかった事にする。」


と、漁小屋(小屋というには立派な施設だが)の方を提供してくれた。


「見なかった事にする」と言ったにも関わらず、灯台守りは、パンと海鮮スープを提供してくれた。施設は真水の水道どころか、シャワー室まであった。


この地方は、もともと水の利は悪かったが、先代の伯爵(墨野郎の兄)が、領内に点在する湖を繋げて、隅々まで水道を引き、各島には海中パイプで水を供給するように整備した。


ただし、費用がかかったため、水道の権利は、資金を提供したオルタラ、ヴェンロイド、ラマルティスの三家にあり、借金を返却次第、リンスクに移る事になっていた。


思いがけないところで、この「借金」が役に立った。今、リンスク家に権利がないお陰で、悪用されなくて済んでいる。


宴会ではなにも食べなかったため、提供してくれた食事はありがたかった。クミィは、まだ動揺して食欲が無いようなので、落ち着かせるために、先に女性たちが、シャワーに誘って連れていった。


男だけで黙々と(ハバンロがシェードにスープの食材について尋ねていたが)食事をしていると、ミルファだけ先に戻ってきた。クミィが少し貧血気味なので、カッシーとレイーラは、先に休ませようと、付き添っている、と説明した。シェードは心配して様子を見に行こうとしたが、グラナドが、カッシーが一緒なら安心だ、と言ったため、とどまった。


まず、シェードから、事情を聞く。


シェードはレイーラの両親の孤児院出身だった。父親は地元の漁師、母親はラッシルの北からの移民だった。二人とも親戚は死に別れ又は生き別れで、天涯孤独だった。父親は、鮫が大量発生した年に、漁の最中に死亡、母親はその時、妊娠八ヶ月目だったが、二ヶ月後にシェードを産んで、直ぐに死亡した。


レイーラの母・孤児院長夫人は、病院の看護師からその話を聞いて、夫に話し、シェードを引き取った。


つまりは、レイーラだけでなく、シェードの両親もはっきりしていた。


シェードは、何回か引き取り手がきまったが、引き取られても、養親になつかず、返されたり飛び出したりを繰り返し、結局、十二歳になるまで孤児院で育った。そして十二歳になった時に、海賊に引き取られた。海賊の首領は、院長の弟だった。


海賊と言われてはいたが、実態は海上自警団で、地方への海運や、地元船の警備も担当していた。彼等は普通に街に来るし、交流もあった。七代前のリンスク伯爵が、賭け事のツケを清算するために、規模縮小と称して、一方的に水軍を九割も解雇した。彼等は激しく抗議した。結局は別組織で活動するようになったが、その時に、リンスク側が、彼らを「海賊」と呼んだだ。当時は抵抗があったようだが、今では、堂々と「海賊」を名乗っている。


本物の海賊行為をする連中の事は、「密漁者」「盗賊」と呼んでいる。


シェードは十二歳からだが、シェードより前に、海賊の島に住む夫婦に、正式に引き取られている者もいた。宴席にいた少年少女は、みなそうだった。例の鮫の大量発生は、数年続いたからだ。


今のリンスク伯爵は海賊が大嫌い(入れ墨をしたのが、彼等のアイデアだったらしい)なので、父親に頼んで、海賊との交流を禁止する条例を作らせたが、効果はなく、長男の代に条例は撤回された。


そのような海賊嫌いが、元海賊の少年少女を手元に置いているのは謎だが、彼を操っている魔導師の意思かもしれない。


しかし、あの魔導師(デマリオという、土魔法使い。)は、「粛清」後に、新しく雇われた、余所者、ということだった。


粛清の時は、別の魔導師二人と、王都から逃げてきたらしい若者中心の傭兵の一団がいた。彼等は火と土の魔法を使い、傭兵は烏合の衆だったが、旨く指揮して、領主の言うままに働き、遂に粛清まで決めた。


レイーラの両親もこの時死んだ。レイーラは、子供達と隠し部屋にいた(両親から押し込められた)ので、助かった。


海賊の首領は孤児院長の弟だったので、直ぐに助けに来たが、彼らが駆けつけた時は、街は大変なことになっていた。


レイーラと子供たち、街の人の一部は、海賊に保護された。


その後、海賊達は、傭兵部隊と全面対決を覚悟したが、領主側は「傭兵が勝手にやった。」と声明を発表し、火魔法使いの方の魔導師と、傭兵の半分ほどを「追放」処分にした。彼等は、汚れ仕事をさんざんやらされた挙げ句、追放になったというのに、抗議の気配もなく、「消えて」しまった。


真の理由はわからないが、その隙を縫って、海賊は抵抗した。


最初にいなくなった魔導師に比較して、残ったほうは、あまり優秀でないらしく、傭兵も、補充はあったものの、入れ替わりが激しかった。


市民の協力者も徐々に戻り、ほぼ海賊の勝利で決着がつきそうだったが、ある日、突然、海賊の島全体が大量のモンスターに侵略されるという事件があった。数日前、新入りが数人来たのだが、歓迎の宴会の席で、一人の様子が急におかしくなり、心配して側に寄った首領の妻他、女性数名に、いきなり剣で切りつけた。


切りつけた男は、直ぐに仲間の斧にやられたが、彼が倒れると、瀕死だった女性の一人が、怪我をしている首領の妻に、急に襲い掛かった。


同時に外が騒がしくなり、十数名のモンスター(人間の姿はしていたが、土気色の顔や濁った目など、生きた人間らしい様子は感じられなかった。)が雪崩込んできた。


一人を倒すと、先にやられた仲間の死体が、動き出して襲いかかる。殺さずに動けない状態にしてしまえばよいのだが、仲間が「生き返った」のではなく、「モンスター化」したのだと気付くまでに、やはり躊躇いがあり、大幅に対応は遅れた。


助かったのは、子供達や非戦闘員を守って避難していたレイーラとクミィ、脱出準備で島の裏手にいたコンドラン、タラ、メドラを始めとする若手数人。前線で戦っていた者では、ガンラッドとシェードの二人しか残らなかった。


ガンラッドの武器は槍、そして水魔法が使えたので、対象と距離をとることが出来た。シェードは「鉤剣」(形状の異なる短剣を数本装備し、二刀流で戦う剣術。)なので近接武器だが、後半は剣でなく、風魔法で戦った。


もう駄目だと思った時、奥からレイーラの歌声が聴こえてきた。様子を見に来たクミイがうっかりドアを開け放し、子供たちのために歌っていた声が漏れ聞こえた。モンスター達の中には崩れる者もいれば、平気で動く者もいた。全体的には、目に見えて動きは鈍くなる者が多く、裏から駆けつけたコンドラン達と共に、辛くも全て倒すことが出来た。


神官の聖魔法には浄化の能力がある。暗魔法ベースなら、よく効くだろう。しかし本来は、こういう技は、上級以上の神官でないと、使えないはずた。レイーラにはシレーヌ術があるので、偶然使えたのかもしれない。ただ、効果はまちまちのようだ。


そして、疲弊したシェード達は、最後には拘束魔法で捕らえられた。


リンスク伯は、海賊を皆殺しにしたかったようだが、彼の「じいや」のハギンズと、部下では一人生き残った魔法使いが反対していた。


ただ、リンスク伯には「野望」があり、「役割」を努められるような若者が必要だった。彼はシェード達に、協力するなら助けてやる、と申し出た。


シェード達は最初は拒否した。だが、幼い子供たちがいること


、モンスターの「秘密」を確かめ、元をたたないと、次は新型が作られるかもしれないこと、「野望」の果てに騎士団でも乗り出してくれれば、現状を訴えられるかもしれないないということで、従った。


だが、「女子に手を出さないこと。」「街の人たちを損なう行為には協力しない。協力はあくまでも『野望』のみ。」「捕まった仲間のうち、非戦闘員は解放すること。」の条件を要求した。


「中に入って探りを入れて、内側から崩そうってのは、主にメドラの意見だ。墨野郎達は、どうやら俺達が協力してやらないと困るようだから、少し強気で交渉しては、というのはコンドランの意見。だから、俺は思いきり強気で出る事にした。仲間は、『候補』になりそうにない黒目黒髪の連中は解放された。


タラが気を聞かせて、『聖魔法は、清らかな乙女でないと使えない。だから、神官は独身だ。彼女達は、清らかでない者に必要以上に長く接すると力を失う場合がある。』と、『迷信』を誇張して、旨く言いくるめてくれたので、色々と助かった。


墨野郎は、納得していないようだったが、ハギンズと魔導師が説得したらしい。だけど、間もなく、魔導師は逃げ出した。先の連中みたいに、処分された訳じゃないみたいだが、急にいなくなった。」


シェードがここまで話した時、俺は、ひょっとしたらと思ったので、その魔導師が逃げ出す前と後で、領主の様子に変化はなかったか、と尋ねてみた。シェードの返事は、「あの野郎はいつもおかしい。」だったが、グラナドが改めて、


「口数が少なくなったとか、外出しなくなった、とかはないか?」


と質問すると、少し考えてから、答えた。


「…そういえば…俺の本名はシェードで、『コラード』は、跡取り候補に指名された時に、首領からもらった海賊名だ。名前っていうより、役職名みたいなもんだ。それはよく知ってるはずなのに、偽文書の名前は『コラード』だったな。奴は海賊嫌いだから、海賊の『敬称』なんて使いたがらないと思ったんだが。…偽文書を出した時は、デマリオが雇われて直ぐだったから、奴が書いたんだろうと思ったけど、直させなかったのは、確かに変かな…。」


口数はもともと少なかった。前の領主様は、ズバズバいいう人だったから、比べての印象だけど…。


言われてみれば、最近、ハギンズとしかまともに話してないかな…。なんだかこっちの言うことに、関心がないというか、反応が鈍いというか、返事もいつもぼそぼそした感じで…。


大風呂敷を広げすぎて、胆が縮んだ、くらいに思ってたけど…。」


俺とグラナドは、顔を見合わせた。嫌な予感が当たった。しかし、そうなると、操っている者=モンスターを作った者、と考えた場合、デマリオではないことになる。彼は、海賊島の時はいなかった。


折よく、カッシーとレイーラが戻ってきた。彼女達に、いない間の話を簡略に説明する。


それから、グラナドは、こちらの事情を、これも簡単に説明した。流石に「反対派を押さえてスムースに王位に付くために、実績を上げている。」と言うのは躊躇われたので、その当たりは暈したが。


レイーラは、「騙り」を謝罪した。シェードは「どうせ嘘は明らかだ。」みたいな事をいったが、姉にたしなめられて「すまなかった」とは言った。


彼は、グラナドが説明してた時、レイーラが「立派な事ですわ」と褒めたのに対し、


「いえ、こういう立場の者が、王位に付くためには、当然のことです。」


と答えた瞬間、眉根を上げていた。


貴族的な答えが嫌いなだけなのか、意外に鋭いのか。


グラナドは、チブアビ団の時の事も簡単に説明した。あの時とは、細かいところは異なるが、暗魔法を応用した術、とだけ話しても、神官のレイーラは魔法の知識があるから、理論としては理解できるが、シェードは納得いかないようだった。それは当たり前だろう。


「でも、それじゃ、『操ってる』のは、誰だ?デマリオじゃ、ないんだろ。そのユリアヌスってやつが、ここに来ているわけでも無さそうだし。」


シェードの疑問は、そのまま俺達の疑問でもあった。


「ハギンズって人じゃないの?」


と、ミルファが不思議そうに言った。グラナドは、


「話、聞いてたのかよ。一般人には無理だ。」


と言ったが、ミルファは怯まなかった。


「聞いてたわよ。だから、言ってるのよ。だいたい、グラナドでさえ、出来ないんでしょ。それじゃ、魔力の強さは関係ないんじゃない?何か薬とか道具とか、使えば。動機があるのは、あの人だけだし。」


「動機?」


「ハギンズは、もともと、リンスク伯爵の世話係りなんでしょ。子供のころから面倒見てたんだから。伯爵が死んじゃったら、生き返って欲しい、て思う人、他にいる?そんなに居なさそうだけど。」


全員、静まり返った。ミルファは沈黙に戸惑ったが、カッシーが、


「鋭いわね。」


と明るい声を出したので、ほっとしていた。


「…暗魔法を集めて、何か道具や薬を作った。『それをやるから、こちらの指示通り動け。』は、ありそうだな…。」


グラナドは主語を省いたが、恐らくユリアヌスを想定しているのだろう。


俺やグラナドは、政治的な意図ばかり考えていたが、ミルファは、もっと、ベーシックな部分を考えていた。わざわざ死んだ者の姿を留めて置きたがる、一番、ベーシックな理由を。


「そういうことなら、明日の朝、一番に『奇襲』だな。墨野郎は昼過ぎて、かなり遅くまで寝てるから。」


とシェードが、言った。ハバンロが、


「さすがに、この状況だと、むしろ一晩中起きてるのでは。」と言ったが、グラナドは、


「長く動かせないから『休ませて』いるんだろう。」


と言い、


「クミィさんは朝まで休ませたほうがいい。レイーラさんも、明日は活躍して頂きますが…。」


と休息を促したが、シェードが


「ちょっと待て、明日はクミィと姉さんは置いていく。案内は俺がいればいいだろ。」


と抗議した。だが、グラナドは、


「レイーラさんの魔法が必要になる。」


と軽くいなした。シェードは目を向いたが、レイーラが、


「私に出来ることは、なんでもします。」


と、頼もしい返事をくれたので、


「わかった。俺の側から離れないでくれ。」


とやや憤然と答えた。これで収まりそうだったが、ハバンロが、


「貴方は剣士なので前衛でしょう。神官は、最後尾に下げる事になります。魔導師のグラナドも下がりますから、彼の魔法盾が守りますよ。」


と言ってしまった。その通りだが、タイミングが悪かった。シェードは、自分の仲間二人は自分が守る、と言った。宥めるつもりで、ミルファが、前衛と後衛の間には、自分とカッシーが、いるから、大丈夫よ、と言った。だが、シェードは、それを聞いて、


「女を盾にする気かよ。何を考えてるんだ。」


と、ほとんどグラナドに掴みかからんばかりの勢いになった。


グラナドは、「魔導師が後衛に回るのは、戦略の一つで…」と、一応笑顔で説明を始めたが、続くシェードの、


「あんた、いくら王子だからって、庶民が盾になるのが当然だなんて、思うなよ。先頭きって、正面からぶつかれよ。」


に、作り笑顔をかなぐり捨てた。


「頭にウニでもつまってんのかよ。パーティ戦闘の基本だろうが。」


と舌打ちした。レイーラは、弟に「なんてことを」と言いかけたようだが、驚いてグラナドを見た。


シェードも、豹変ぶりに目を見開いていた。拘束魔法の時に、素のグラナドを見てるはずだが、それでも驚いていた。


「ミルファはガキの頃から、専門家に訓練を受けてる。カッシーは、盗賊三人を一人で片付けるほどの腕だ。人を見て物を言え。見る目がないなら、養うんだな。明日は俺達の指示に従え。できないなら、来るな。」


沈黙と緊張が走る。シェードは言い返さなかったが、グラナドを睨み付けていた。彼は「コラード」で、首領候補だと言っていた。命令を聞く立場ではないだろうから、なるべく尊重する方向で進めたかったが。


それぞれの気持ちはわかるが、明日は共闘する立場だ。なんとか丸く納めなくては。


「それじゃ、二人で勝負して決めよう。」


と、俺は提案した。武器や魔法で戦うのは、有利・不利がはっきりしている。俺はミルファからヘアバンドを借りて、シェードに着けさせた。


「これから五分以内に、グラナドがヘアバンドに触れたら勝ち。魔法で取るのは禁止。シェードは避けるのも手を払い除けるのも自由だけど、足は使わない。二人とも、直接相手にダメージを与える攻撃は禁止。じゃ、始めよう。」


シェードは、負けるかよ、と言った。グラナドは、「お前、もう、少しなあ…。」と言ったきり、黙った。凍った表情で、シェードの背後、灯台の見える窓を凝視し、動かなくなった。シェードは、窓を振り向いた。


勝負が決まった。よそ見をした隙に、グラナドは背後から、ヘアバンドを取った。さすがにこういう手で勝つとは思わなかった。自分に魔法をかけるのは禁止しなかったので、風魔法で素早さを上げて取ると思ったのだが。


「勝負あったわね。グラナドの勝ちよ。余所見はいけないでしょ。」


とカッシーが言った。


シェードは、あまりの事に絶句していたが、何か言おう口を開いた。


まあ「卑怯」くらいは言うだろうな、と覚悟はしていたが、


、グラナドが、


「コラード。」


と、正面から、彼の目を見つめながら、穏やかな声で、改まって呼んだので、「何だ。」とだけしか言わなかった。


「正面から戦ったら、俺よりお前の方が強い。だが、まともに正面から勝負してくれる悪党なんて、まずいない。相手が自分より強ければ、特にな。…お前にも、事情はあるだろうが、明日は俺達の指示に従ってくれ。」


シェードは、まだ、納得しかねるものはあったようだが、レイーラが、


「殿下は、魔法院でも歴代一、ニを争う資質の持ち主、と言われていたわ。魔法盾、貴方は、大きいものは見たことないと思うけど、とても強いものだから、大丈夫よ。安心して、闘って。それに、私も、少しは強いわよ。」


と笑顔で言ったので、一応治まったようだ。


「俺のことは、『グラナド』と呼んで下さい。レイーラさん。」


と、ころっと態度の代わったグラナドが言った。レイーラは、


「私も『レイーラ』で構いませんわ。敬語も必要ありません。」


と答える。それを聞いて、シェードも、


「俺も『シェード』でいい。海賊でないあんたが、『コラード』と呼ぶ必要はないからな。」


とぶっきらぼうだが、穏やかに言った。


ここまで話した時、灯台守りがやって来て、漁小屋が何時までも明るいと、怪しまれるから、あと一時間ほどで寝てくれ、と言った。


部屋は四人部屋が数部屋あった。二人ずつ使うことも出来るが、女性四人は固まっていた方がいい、と、全員で一部屋を使った。


男性はシャワーの後、俺とグラナド、ハバンロとシェード…だと思ったが、一足先に出たグラナドとハバンロは、さっさと一部屋使い、休んでしまった。


シェードはあまりしゃべらなかった。「お休み」とだけ言い、さっさと寝てしまう。


あれこれ考えたわりには、比較的直ぐ眠れた。遅くなっていたからだと思う。


翌朝は、俺が目覚めた時、シェードはもう起きていた。昨日、相談していた部屋にいくと、カッシーとクミィ、グラナドが朝食を取っていた。スープの残りと、パンだ。


挨拶をした所で、ハバンロが、


「すいません、寝坊しました。」


と、慌てて駆け込んできた。その様子を見て、カッシーは笑った。


「あたしたちも、今、来た所よ。レイーラもまだだし。シェードとミルファは先に起きてたようだけど。外にいるわ。食事はまだみたい。」


俺は、


「じゃあ、呼んでくるよ。」


と外に出た。


建物の外に出ると、明るい話し声が聞こえた。


角を曲がると、二人の姿が見えた。ミルファが何か持っていて、シェードが覗きこんでいるのだが、一瞬、寄り添っているように見えた。


「へえ、ラッシルには、面白い物があるんだなあ。」


「魔法剣ほど威力はないけどね。」


ミルファの銃を見ているようだ。


「魔法剣って、騎士の使うやつか?」


「うん。ラズーリさんが使えるわ。魔法の属性を取って、その時のエネルギーを、魔力にして剣の威力に転化する技なの。範囲攻撃や中距離攻撃も出来る優れた技なんだけど、子供の頃から専門の学校で、訓練しないと使えないから。ラッシルは、コーデラほど魔法は盛んじゃないから、その代わりに、こういうのが開発されたの。…貴方の剣も、珍しい形ね。『鉤剣』って言うのよね。」


「ああ。ここらの男は、剣より槍や斧なんだが、俺、ガキの頃は、力が弱くて、長い槍や、重い斧は上手く使えなかったんだ。そういう奴は、みんな、鉤剣の道場に通った。大人になったら、持ち代える奴もいるけど、慣れた物のほうが、いいしな。」


シェードは、持ってみるか、とミルファに剣を差し出した。ミルファの手が触れた瞬間、いきなり俺の背後から、グラナドの声がした。


「お早う。訓練もいいが、朝食は取れよ。」


と、話しながら、二人の間に入る。


「ここらは、今の季節は、いい陽気だと思ったんだが、朝は少し冷えるな。冷たくなってる。」


グラナドは軽く、ミルファの手に触った。シェードは、


「今年は。ちと変なんだ。先週は暑いくらいだった。」


と、昨日の今日の割りには、普通に答えた。


ミルファが、俺を見て、


「あら、平気なの?」


と言ったので、振り向くと、そこにクミィがいた。グラナドと一緒に来てのだろう。


クミィは真っ青だった。ミルファが心配して近付く。シェードも、クミィの顔色に気づくと、


「大丈夫か。」


と声をかけた。クミィは、


「朝は貧血気味なの、知ってるでしょ。」


と答えた。シェードは、


「それにしても、青いぜ?ゆうべ、結局、夕食抜きだったからだな。」


と言った。


グラナドが、何故か軽く溜め息をついてから、


「無理はしない方がいいな。今日はここに残ってくれ。」


と、柔らかい口調で言った。


「そうだな。後二時間くらいで、ライソン達も帰るから、彼の家に言ってろ。奥さんは、お前の先生だから、丁度いいだろ。頼んどくよ。」


とシェードが賛成した。ミルファは、何か言いたげなクミィと連れだって、喋りながら戻った。シェードが後に続こうとしたが、グラナドが声をかけて引き留めた。


「お前は、大丈夫なのか。昨日は。」


「よく寝たから平気だ。」


「そうじゃなくて、歩きにくいとか、辛いとか、ないか?」


「ああ、薬の事か。酒と一緒だったから、回りが早かっただけだ。心配ないよ。」


シェードは、あっさり答えると、ミルファ達の後を追った。グラナドは、俺を見ずに、


「せっかく気をきかせたのに。」


と言った。


彼が何を言いたかったか、シェードには分からなかったようだが、俺にはわかった。


「グラナド、君、何か誤解があるみたいだけど…。」


「何も誤解してない。朝食に戻るぞ。」


「はぐらかさないでくれ。昨日から、変だぞ。何か引っ掛かる言い方をする、と思ってたけど。僕の気のせいじゃ、なかったようだね。残念な事に。」


グラナドは、無視していこうとしたが、俺は引き戻した。


「放せよ。」


「じゃ、ちゃんと話を聞いて。」


「分かった。」


俺は手を離した。グラナドは逃げなかった。


しかし、何と説明しよう。グラナドから、昨日今日知り合った相手に、「好み」だからって、直ぐ手を出す人物だと思われているようで、それは確かに嫌だった。だが、そうでない事を説明するには、ルーミの事を詳しく話さなければならないが、ルーミは彼にとっては「父親」だ。周知の事実とは言え、「息子」に言うのは憚られた。


ある意味、彼は「誤解」などしていないのだ。


しかし、俺が、つまりホプラスが、ルーミに抱いていた気持ちが、どのような物だったかは、彼は知ってるはずだ。もちろん、知ってる、と認める、納得する、は同じ意味ではないが。


「悪かったよ。」


俺が黙っていたので、グラナドが先に「答え」てしまった。


「面白くなかったんだよ。あいつの方が、父様に似てるから。」


俺は思わず「は?」と言った。金髪で緑の目の北西コーデラ系、と一括りにすれば、確かに「似てる」が、シェードはルーミに比べ、髪の色は明るく白っぽい。反対に目の色はシェードの方が、遥かに原色に近い。背は同じくらいだが、シェードの方が、ややがっしりしている。顔だちは、(実は少しは期待したのだが)「美形」以外に共通点はない。


性格は、シェードの事はまだあまり知らないが、ルーミは、人懐こそうに見えて、警戒心が強く、以外に人見知りする所があった。シェードには、そういう面はあまり無いように思う。同じ孤児でも、シェードは孤児院長夫妻やレイーラ、海賊仲間といった、「家族」に常に囲まれて、常に豊かな人間関係に満ちた、幸福な子供時代を送ったんだろう。


「顔が似てるとは思わなかったが…。君は似てると思ったのか。」


「いいや。でも、金髪だろ。目も緑だし。俺よりは、ずっと、父様の子らしい。」


グラナドは、はたと口をつぐんだ。踵を返して足早に去る。俺は止めたが、


「朝食だろ。」


と、振りきられた。


グラナドが何を気にしていたか、理解できた。


俺が彼を助けているのは、グラナドを王位につけて、ミルファと結婚させ、二人の間にできた娘、すなわち烈女王エカテリンと聖女コーデリアの血を引く娘に、このワールドの女王になってもらう、という、上の計画のためだった。だから、グラナド以外の王位は有り得ないが、グラナドは、詳細は知らない。昔の仲間の子孫を助けるためか、コーデラ王家のためだと考えている可能性はある。ルーミのためだと思っているかもしれない。


俺はグラナドの後を追いつつ、自然に任せていないで、もっと早く、信頼関係を強化するように、すべきだった、と反省していた。


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