1. 28年

28年前、俺は、勇者王ルミナトゥスが、まだ若い冒険者だった時に、彼の幼馴染みの親友の、神聖騎士ホプラスを、背後から守護していた。


この世界のバランスの秤、世界の全てだが、時々いまいましい虹色の球体。それが混沌の色に傾きすぎたので、超越界は、ある計画を立て、それに勇者を必要とした。


いにしえの英雄の血統を掬い上げ、再び血の濃い王者を作る。このワールドでは、北の大国ラッシル王家に、烈女王エカテリンの血脈、神聖王国コーデラに聖女コーデリアの血脈が伝わっていた。彼女達の必要な遺伝子を持つ者同士を掛け合わせて、あらたな女王を作り出す、という計画だ。


「あんたが復帰して助かったわ。久しぶりに思いきり愚痴れるし。」


連絡者は俺の回りを騒がせながら、昔の愚痴を溢しまくった。


冬の終わりの少し暖かな日、俺は馬と鹿のあいのこみたいな、角馬という「流行の乗り物」に乗り、20余年前の道を、懐かしいナンバスの市街に向かって進んでいた。この世を去った、ホプラスの姿で。


「ラッシルとコーデラは同盟関係のくせに、ほとんど姻籍関係はないのよ。政略結婚ベースで進めても、子供が出来なかったり、仲がわるかったり。」


それはそうだ。守護者は融合した場合を覗き、守護する相手の意思には関与できない。彼等の前に選択肢を提供し、計画的な方向に進みやすくするだけだ。


「ラッシルの若い皇太子が、使えん奴に成長したのが痛かったなあ。奴に魅力があれば、ラーリナとくっついてくれたろうに。」


「昔の人選の愚痴を、守護者の俺に言われても。計画者に言えよ」


エカテリンの必要な遺伝子がうまく入ったのは、当時の皇帝の兄の孫にあたり、臣籍になっている、女戦士のラーリナ・ライサンドラだけだった。そしてコーデリアの必要な遺伝子が入っているのは、コーデラ王国の第一王女で、慣習に従って幼い頃に神官になった、ディアディーヌ・デラ・コーデラ、そして彼女の兄で、皇太子のクリストフ・オ・ル・コーデラの二人。


しかし、皇太子は死亡。ディアディーヌは神官のため、通常なら生涯独身だが、もう二人いる妹には必要な遺伝子がない。そのため白羽の矢を立てざるをえなかった。この特別な立場の女性二人の血統を混ぜるには、種を必要とした。


「コーデラの跡取りも候補だったんだけどね。ちょっと単純な奴だったけど、ラッシルの皇太子に比べたら遥かにましだった。彼なら、直接、ラーリナとくっつける事も可能だった。ただ、健康状態があまりねー。性格も、王子様だけど、勇者としては、覇気がたりない、と言われてた。複合体にやられなくても、長生き出来たかどうか、微妙だったかな。人気もあまり無かったし。」


「でも、死亡時は、もう婚約者がいたよな。…まさか、大衆向けじゃないからって、ディアディーヌを表舞台に出すために、始末したとか?」


「そこまではしないわよ。」


その頃は別のワールドで一仕事終え、休暇中だった俺に回ってきた緊急の仕事は、ホプラスの守護をし、彼を勇者に導き、ディニィ(ディアディーヌ)姫と結婚させて子供を作らせ、さらに彼の親友のルーミ(ルミナトゥス)を、ラール(ラーリナ)とくっつけて、彼等にも子供を作らせ、最終的にそうして出来た子供二人により、究極の女王を作り出すことだった。


もちろん、怪物(バランスの歪みで生じたモンスター達)や複合体(エレメントと生物、モンスターとの合体)を倒して世界を救うという使命もあった。


しかし勇者のためのクエストは順調でも、他は思い通りにはならなかった。


そもそもホプラスという男は、自分で勇者になるより、勇者の補佐をするタイプだった。冷静で慎重な男だったが、行動力や決断力の面ではルーミに譲る。そのため、パーティのリーダーは自然とルーミになってしまった。その上ルーミは特に容姿が良く、見た目のインパクトが強かった。


さらに、これは上がぎりぎりまで俺に隠していた事だが、ホプラスは女性に興味がなかった。恐らく肉体的に同性に惹かれるタイプだったのだろう。かといって、男性の恋人も持たなかった。神聖騎士はモラルに厳しかったが、理由はそれではない。後にも先にも、彼が想い続けたたった一人の人物は、「親友」の立場だったからだ。


ホプラスは最後の戦いの手前、重症を負い、俺は彼を助けるために、彼の中に入った。これまでは、対象が予想外の事態で死んだ時は、あっさり見捨ててきた。この時の事件は俺のミスではなく、監視者の監督ミスで、見捨てても失点にはならなかったが、俺はとっさに入ってしまった。ホプラスがすぐに意識を失ってしまったため、彼の魂と融合し、安全なうちに出られなくなってしまった。


予定変更で急な人選にしては、彼は傷もなく、立派な人物だった。正直、何で最初から彼を選ばなかったのか不思議だった。融合して初めて事実を知り、彼をいかにディニィと結び会わせるかという俺の苦労は、なんだったのか、と、当時は憤慨したものだった。


「ルーミにはその気がまったくなかったから、いつかは諦めないといけないでしょ。それにルーミはラールに当てることにしていたし。」


だがやっかいな人間の心というものは、結局、計画を踏み倒した。


ラールとルーミは仲が良かったが、ラールが4つ上ということもあり、姉と弟の乗りに近く、これもどう頑張っても、恋愛に進まなかった。守護対象のホプラスと違い、彼等には選択肢の提供は出来なかったので、限界はあったが。


彼女が選んだのは、真面目な狩人族の青年、パーティの弓使い、キーリだった。長く共にいたが、結局は別れた。が、運のいいことに、エカテリンの遺伝子の入った娘をもうけてくれた。


ホプラスは俺と融合してしまったため、子供を作れなくなり(生殖細胞の遺伝子が空になってしまうため。ただし生殖細胞が作れなくなったわけではない。)、血統を残すための計画からは外された。組み合わせは見直され、感情的に無理のないように(時間と予算も考慮し)、ラールとキーリ、ディニィとルーミに変更された。ディニィからルーミへの恋愛感情があり、勇者パーティのリーダーと、神官の姫君という組み合わせが、当時の計画者達の定番だったからだ。


しかし、ここでも番狂わせが起きた。ラスボスを倒したあと、その気のないはずのルーミは、ホプラスと生きる道を選んでしまう。


当時は俺と融合していたため、彼等の事は、はっきり言えば俺のせいだった。俺達は精神体として各ワールドで活動するため、融合しても自分達のセクシャリティは持ち込まない。ホプラスとしての心が、ルーミを拒否できなかった時、俺の精神は、それを止めなかった、それが俺の責任だった。


その後数年、ある事件でホプラスは死亡。俺は遅まきの強制回収だと思ったが、さすがに上も「そこまではしない」。


「強制回収するくらいなら、ルーミがホプラスを選ぶ前にしてるわよ。」


と言った連絡者の言葉を信じれば、だが。


融合した魂を分離するのには長く(人間の感覚で20年かそこら)かかる。そしてその間に、ルーミは、傷をいやしてくれたディニィと結婚し、勇者王となった。


だがディニィが産んだ、計画の片割れ、待望の王子は、ルーミの子ではなく、ルーミの種違いの弟のエスカーの子だった。パーティの強力な魔法使いエスカーは、当時は宮廷魔術師兼宰相として、兄と義理の姉に誠実に仕えていた。


解るような気がすれば、解らないような気もする。ルーミとディニィは夫婦仲は良かったそうたが、数年しても子供が出来ないため、エスカーからディニィへの恋愛感情(初耳だった。よく隠したと思う。)に目をつけた計画者が、ディニィに一時的に守護者をつけた、とは聞いた。その守護者の選択肢に、エスカーがいたのだろう。


無事にホプラスと切り放し、俺が意識を取り戻した時の間の出来事だった。


エスカーは彼女が妊娠して直ぐに魔法実験の事故で死亡、ディニィは出産で死亡。エスカーは自殺か暗殺だったかも知れないが、ディニィの場合は、高位の神官になるため体内に魔法結晶をいれた影響で、出産で無理が祟ったためといわれている。


ルーミは弟に似た王子に、自分の養父(正確にはホプラスの養父の、下級聖職者)の名「ピウストゥス」をつけ、慈しんで育てた。これは彼がギルドの少年兵だったころに世話になり、親代わりだった、隊長の名でもある。


ルーミは周囲の要請を受けて、ディニィの妹で、既に娘を二人もうけていた未亡人のバーガンディナ姫と再婚したが、これはルーミに人気があっても単独で王位の継続が出来ないためと、コーデラでは原則、世俗の王は男性、信仰の王は女性という慣習があり、神官にする予定の、バーガンディナ姫の、上の王女の地位を固めるためだった。


新しい国王夫妻は公の場は共にしたが、プライベートは共にしなかった。一般にはルーミが庶民なのを新しい妻が嫌っていたからだといわれている。


しかし、第二王女にも人生があった。彼女は国内の大貴族と早く結婚したが、周囲の思惑とは別に、夫を心から愛していた。しかし皇太子が死んだ事件で、彼も若くして死んでしまう。陰謀家の義父カオスト公は、今度は下の息子と第二王女を再婚させた。こちらは夫婦仲が悪くなり、女の子が二人出来たものの、夫婦の間は冷えきっていた。


幸か不幸か、些細な事で夫は決闘して早死にしたため、第二王女は父親の事を思い出さずに、娘を可愛がって育てる事が出来た。野心家の義父は息子がネタギレになったので、甥を持ち出してきたが、それくらいならと、王女はルーミと再婚した。共に「最愛の人」をなくした者同士だったからか、夫婦としての語らいはなかったが、実際はとても友好的な関係を築いていた。その彼女はルーミに先立ち、病死した。周囲は今度は三姉妹の末のイスタサラビナ姫との結婚をすすめられたが、この末娘は素行に問題があったため、流れた。


既に上の王女クラリサッシャは神官になっていて、下の王女レアディージナ、息子のピウストゥスも問題なく成長し、次世代を確保したため、再婚は必要なかった。


しかし、今から二年前、ピウストゥスが14になった年、イスタサラビナ姫の愛人テスパン伯爵のクーデターにより、ルーミが急死してしまう。当時のカオスト公(先代の母方の甥)は、イスタサラビナ姫と結婚していたが、素早く妻の愛人一派を駆逐し、妻を幽閉し、「髪と目の色から、不義の子は明らか」としてピウストゥスの継承に文句をつけた。しかし、ピウストゥスはディニィの子である事はまちがいなく、コーデラの王位の最低条件は「コーデラ王家の血を引くこと」であり、ルーミが実子と認めていたので、「誕生時に正式な婚姻の子」という条件も成立していた。


仮に議会で嫡出が否定されたとしても、ピウストゥスの姉二人の方がイスタサラビナ姫の系列より順位は上になる。


しかし結局、クーデター時に逃亡したピウストゥスは行方不明で王座は空位、姉二人は当時の騎士団長クロイテス伯が連れ出し、王都を離れ、エスカーの実家ヴェンロイド男爵家に匿われていた。新カオスト公は、仮の王として神官の第一王女を、神官のままで即位させた。第二王女は、ヴェンロイド家の息子との婚約を理由に、逃亡先に残った。


現在は、ルーミの死後二年。第一王女は神官の引退を拒否していた。カオスト公は、彼女に自分の息子を婿に取らせたがっているが、息子はまだ幼い。王女が誰かと結婚して、息子を養子に、とも画策している。


このように、王都は緊張しているが、一方、民間レベルでは、再び歪みで増えたモンスターの方が抗争より深刻なため、冒険者ギルドなどはずっと雑ぜんとしたものになったが、生き残った。昔はなかった暗殺者ギルドや傭兵ギルドなどもあり、治安の悪くなったコーデラで、民衆は逞しく日々を送っていた。


「ピウストゥスは、グラナドと名乗って、冒険者ギルドにいるわ。逃げ出す時にさんざんな目にあったから、正体はかくしている。あんたの今回の仕事は、第一に、彼を王位につけて、第二に、ラールの娘ミルファと結婚させる事よ。」


「今から言っとくが、王位はともかく、恋愛面は無理はしないぞ。それはそれとして、今度は異性愛好者だろうな?経歴からすると、どうにも女性不信になりそうなんだが。」


ルーミには根底に女性不信があった。母親が二番目の夫(エスカーの父で、名門貴族の家出息子。偽名で結婚)に貢いで、実家の財産と家を潰し、捨てられて自殺、という経歴があるためだ。この事に関しては母親には、責任と同じ位の酌量があるのだが、何故か原因を作ったエスカーの父より、母親を嫌っていた。そして結局はホプラスを選んだ。ルーミの母は不倫ではない。それでこれだ。王子が女嫌いでも、何の不思議もない。


「安心して。まだ16だけど、女性経験の方はたっぷりあるから。」


それはそれでどうか、といおうとしたが、


「男性もあるけど」と 言い残し、連絡者は消えた。


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