2.ミルファ

騎士もどきのうち、二人は車掌に引き渡した。締め上げて(カッシーが)白状させた所によると、チブアビ団首領は、もともとは、こそ泥の親分で、カイナブという小さな町で、宿屋の客からスリを働いていたが、偶然、「外国のスパイ」の手紙を入手してしまった。宿屋には雪見の客が結構いた。だが、誰から盗ったかは解らなかった。


一応、義侠心から宿を封鎖したら、それが騒ぎになり、「雪賊」ということになってしまった。


それで勢いで町を占拠してみたものの、もともとポリシーがあるわけでなし、一つの地域から動けないため財源も乏しく、首領以外は止めたがっている。


もうじき雪解けになれば、討伐隊が来るだろうから、首領は軍備を固めたがっているが、正直、雪解けしたら、すぐ逃げようと思っている者は少なくない。


彼等の中には、戦士として強いものはいないが、町の医者の孫娘が、そこそこ風魔法を使う。彼女を脅して協力させている。スパイと見なされている、外国人の旅行者が何人かいるのだが、扱いが悪く、病気にかかってしまった人がいる。医者が治療を要求したら、引き換えに協力しろ、という話になったからだ。


そういうことなら、「今」しかない。春先とはいえ、まだ寒い雪のラッシルの、田舎道を進むのは困難だが、雪道は初めてではないし、窃盗団の持っていた雪道仕様の角馬や、地図がある。それに、グラナドが火魔法と土魔法を使えるので、暖も取れるし、探索も出来る。


俺達はチブアビ団の本拠を、直接目指す事にした。


カッシーとは、ここでお別れ…の筈だったが、俺たちに同行する事になった。


「『女を捕まえてきた』といえば、何かと便利でしょ。あたしは、火魔法も使えるから、役に立つわよ。」


ただの旅芸人ではないな、と思ったが、俺たちもただの旅行者ではない。


チブアビ団はラッシルの騎士団の制服を着ていたが、騎士団とは無関係だった。占拠された町は、騎士団の制服の装飾を加工する地域で、ほぼ完成品の制服が手に入ったから、最初は防寒と防御のために着ていたらしい。


コーデラの神聖騎士の制服は、濃紺の地に銀と空色の糸の織り込み、ラッシル騎士団は藤色の生地に白と金の糸の刺繍で、それぞれ装飾が施されていた。コーデラは全てヘイヤント市内の職人だけで作っていたが、ラッシルは、近郊の幾つかの都市で分業になっているらしかった。


その三人分の制服を、男三人で着こんだ。ラッシル人は大柄なので、グラナドには一番小柄な男の物でも大きかった。外套の上から羽織らせて丁度だ。ハバンロには丈はちょうど良かったが、彼は格闘家らしく、冬でも軽装だったので、幅はやや余った。この二人はラッシル人には見えないので、帽子を上手く利用して頭部を隠した。


俺は自分のコートは脱いで、カッシーに着せた。


乗客の中に、皇都の役人が一人いて、俺達の「勇気」に感動し、自分が責任を持って、捕まえた連中を皇都に連行し、応援を呼ぶから、後は心配しないでくれ、と言っていた。


俺達は乗客の歓声を受けて、出発した。(多少、後ろめたかった。)


今年の冬は暖かいと言われていて、雪は浅かった。ただし早春の花が咲くほどではない。だが、道中、鳥の声が聞こえる。


俺は先頭を進んでいた。続いてグラナド、カッシー、ハバンロの順だ。探索の使えるグラナドが先頭の方が良かったかもしれないが、ラッシル人に見えるのは俺だけ、さらに、先頭は狙われやすい事を考えると、この順番がベターだ。


男三人は、クエストや修業、任務で雪道は経験ずみだが、南国出身のはずのカッシーが、意外に慣れているのは少し驚いた。


途中、急に、俺の乗っている角馬が、早足になった。グラナドが背後で止まれ、戻れ、と言う。俺は角馬を止めて、背後を振り返った。


上空をひゅんと唸らせ、矢が飛んできた。先頭の俺と、しんがりのハバンロの角馬を掠める。グラナドが土魔法で、直ぐに巨大な盾を作り、俺達はその下に入った。矢が降り注ぎ始めた。


「チブアビ団なの?味方の格好をしているのに。」


「いや、たぶん、これは、敵対者だと思う。」


カッシーの質問には、グラナドが答えた。俺は、盾の下から乗りだし、魔法剣で、矢を凪ぎ払って見せた。


攻撃が止み、盾の外側が騒がしくなった。


「お前達、コーデラ人か?」


太く低い女性の声がする。続いて、少女の声が、やや遠くで、


「なんでいきなり打つのよ。女性に当たるじゃないの。」


と言った。答える声は、子供のようなきんきん声で、


「チブアビ団がラッシルの騎士の格好をしているのはわかってるんだから、こんな所に騎士がいるはずないし、すぐ打って正解だろ。」


と言った。少年か子供のようだ。


先の少女が、


「でも、今のは、コーデラの魔法剣よ。」


と言ったので、俺は、そうだ、と答え、先に盾の下から出る。


外の三人、一人はカッシーと同年代くらいの女性。ハバンロの実年齢くらいの少年が一人。


そして、最後の一人。


16,7くらいだろうか。ミルクに血を垂らしたような、色合いの良い、滑らかな頬。墨のような黒髪の対比が美しい。くっきりとした、黒褐色の大きな瞳。髪は毛のもこもことしたヘアバンドで纏めている。弓の邪魔にならないようにしているのだろう。カッシーほどではないが、背はあった。グラナドより、少し低い程度か。


小枝のようにほっそりした脚で立ち、


「コーデラ人なら、その服と角馬は?。」


と、さらに細い腕に「銃」を構えていた。


昔、霧の鉱石で使った物にくらべ、小型で細く、軽そうだ。彼女は、小降りの弓も背負っていた。矢筒は持っていたが、中に入っている矢は、通常の物より極端に短い。普通の矢ではないようだ。


背後の盾を見る。矢襖になっている矢には、矢尻の所に、目立つ穴があった。盾に当たらず、地面にも刺さらず、横様に落下した矢では、同じところに、小さな石がはまっている、石は赤、青、緑、黄色など、色とりどりだ。


弾の跡らしき物も幾つかあったが、ほとんど盾に防御されていた。


魔法矢や魔法弾を放つ技術のようだ。魔法矢は、狩人族のキーリが、たまに使っていた。


当時のは、魔法剣と違って物理攻撃の要素はなく、魔法だけを、属性が残ったまま放つだけなので、矢が切れた時には便利だが、弓使いが使うレベルだと、普通の盾にあっさり防がれてしまい、貫通力が期待できなかった。盾を使わないモンスターや動物には効いた。


魔法の使える弓使いが、魔法の命中率が悪く、コントロールが苦手でも、方向や軌道を意識した魔法が打てるというメリットはある。


弓が得意でなくても打てる、魔法弾の研究がされたこともあったが、魔導師や魔法剣士の活躍するコーデラ中心部では、ほとんど需要がなかった。


現在のは、属性の結晶を使った、新しいの技術のようだ。コーデラほど魔法が盛んでないラッシルで、独自に開発されたものだろうか。


すると、この人達は、ただの雪賊でも、一般の村の自警団でもなさそうだ。三人とも、いわゆる軍服には見えないが、白地に黒(黒地に白地?)の、揃いの上着を着ている。


「ラッシルの『応援』の方ですか?俺達は、この地方の『責任者』に雇われた、ギルドの者です。」


俺は、唯一、ギルドメンバーであるグラナドに、「リーダー」として、身分証を見せるように言った。グラナド達は、盾を解いて、出てきた。グラナドは、イーリャと名乗った、隊長らしき女性に挨拶した。魔法剣を使う年長の俺より、「リーダー」が若いことに、驚いているようだった。


「グラナド!」


銃を構えた、少女が、急に叫んだ。隊長を見ていたグラナドは、声に驚いて、少女に向き直り、しげしげと彼女を眺めた。


「お前、ひょっとして、ミルファ?!」


ミルファ、今回の宿命は、驚きのあまり、銃を降ろすのも忘れていた。


「どうして、ここに?!」


二人は同時に叫んだ。




ミルファは、母親のラールの元で、「ガード」(皇族の護衛)になるため、訓練所(ラールが教官をしている)にいたが、遠い親戚で、幼馴染みにあたる女性の住む村が、チブアビ団に占拠されたため、地元からイーリャの弓部隊が派遣される時に、皇都から有志として参加した。


ラールには、私情で参加し、実戦経験のない子供が出ても、足手まといになるだけ、と反対されたので、飛び出してきた、という。


「自分は、私くらいの時は、あちこち飛び回ってたくせに。」


と、可愛らしい口を尖らせていた。


「まあ、そりゃ、そうだろ。ラールさんは別格だから。」


とグラナドが答えた。


「どういう意味よ。」


「別に、実戦経験がないのは、本当だろ?魔法盾は土で作る場合が多いんだから、矢にしろ玉にしろ、選べるんだから、最初は風のを打っとけ。得意だから、つい、土で『そのまま』、何も考えずに打ったんじゃないか?そういう単純な所を、ラールさんは指摘したんだよ。母親に心配、かけるなよ。」


「…相変わらず、口の悪い子ね。」


「『子』ってのは何だ。単純バカと言いたい所を、単純でとどめてやったのに。」


言い合いの合間に、ハバンロが、「久し振りに会ったんですから、二人とも。」と止めに入るが、聞かない。


「誰、その可愛い子。グラナドの彼女?あたし達にも紹介してよ。」


カッシーがにこやかに割って入る。二人は顔を見合わせた。「彼女」に抗議して、言い合いが悪化するかと思ったが、グラナドは、すらすら答えた。

「こいつはミルファ。ハバンロと同様、親同士が友人で、年に何回か、『旅行』でコーデラに来るたびに会ってた。俺より一つ上だ。俺の父が、死んでからは、会ってなかったけど。」


「あら、それじゃ、暫くぶりなのね。感動の再会、にはならないの?」


「…無理だろ。そんな情緒、ないし。」


「…無事でよかった、て言いたかったけど、撤回するわ。」


また言い合いになりかけたが、カッシーが、俺に、


「あんたは、初めてあうの?」


と聞いたため、うまく俺の自己紹介になった。


「ラズライト・ユノルピスです。ラズーリと呼んでください。よろしく。ミルファさん。」


「あ、私も、ミルファでいいです。よろしく。」


少し余所行きになったミルファは、俺の顔を、じっと見ていた。


「あ、すいません。母の持ってる、叔父の肖像画に、似てらしたので。」


驚いたが、平静を装い、


「グラナドにも言われました。」


と答えた。


ホプラスとラールは、腹違いの姉弟だが、ホプラスの生きているうちには、名乗りをあげたことはなかった。二人は顔は似ていないが、ホプラスのほうは、祖父にあたる、「悲劇の皇太子パシキン」によく似ていた。パシキンの若い頃の肖像画はないが、その弟にあたる先代の皇帝は、一目で気がついた。兄の若き日の姿を、はっきり覚えていたからだ。


恐らく先帝が話したのだろう。覚えているかぎり、ラールに気づいた様子はなかった。


若死にし、生前は名乗らなかった弟の肖像画を、ラールはどのような気持ちで飾ったのだろう。記憶の切なさに、胸が痛んだ。


「さて、目的が同じなら、協力してもらいたいのだけど。…そろそろいいかな。」


とイーリャが、言いにくそうに言いだした。




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