[2].忘れえぬ人

1.雪国

雪の紋章のラッシル帝国。コーデラすら遅い雪の残る季節に、訪れるのは無謀だろうか。




大使として皇都に滞在中のリュイセント伯には、ラッシル人の愛人がいた。本国にいる、彼の夫人には、ばれていない。その愛人の実家の田舎の町が、「雪賊」(冬の間だけ、北東から流れてくる、レジスタンス色の強い山賊のようなもの。)に襲われ、愛人は実家と連絡がとれなくなっていた。


しかし、リュイセント伯もラッシル国内では、それを何とかする力はない。また、ラッシルはコーデラとは異なり、この季節は、そういう「細かい被害」は後回しにする所がある。


愛人の実家は、皇都近郊の、カエフ伯の別荘のある地域に近かった。このため、カエフ伯が、ギルドメンバーを呼び寄せる事になった。


俺たちは、ギルドを通じて正式に呼び寄せられる前に参上し、解決に力を貸す、という狙いだ。


現在、コーデラ在中のラッシルの大使は、高齢のハガリア伯になる。後任者はカエフ伯の親戚の、地方領主オルゴ家が昇格をかけて希望している。だが、元皇太子が、張り合うように希望している。カエフ伯はリュイセント伯に恩を売り、希望を通したい。


俺たちは、それに「乗る」ために、船に乗った。




冬のラッシルには、「凍らない港」から船で行き、転送装置を乗り継いで進むか、コーデラの特定の転送装置から、ラッシル国内に入るかの、どちらかの方法でしか入れない。


全体的に雪が深いため、陸路での移動には制限があった。以前はもっと緩かったが、今は安全基準が新しくなったらしい。


国境を越えるので、モラルチェック(飲酒可能年齢や裸体許容度などの確認)を済ます。


この時、始めて、ハバンロが14歳だと知った。これは驚いた。


「こいつは二人、兄さんが


いるんだけど、兄弟の中で、一番老けてる。10歳位までは、普通に子供に見えてたんだけどな。どこでこうなったのか。」


「グラナド、いくら貴方でも、人の気にしている事を…」


「悪い、悪い。だが、今から老けとくと、年をとってからは、ギャップが少なくてすむぞ。」


「…そういうもんでしょうか。」


「そういうもんだって。」


談笑する二人を見て、これからミルファに会わせると考えると、昔のホプラスとルーミを思いだし、連絡者の言い捨てた台詞もあり、心配になった。だが、グラナドの、


「それに、大人っぽく見える方が、パトナも好みだろ。」


に、ハバンロが真っ赤になったので、ひとまず安心した。


港町から、皇都を目指す。転送装置を2つ乗り継いで、近郊のカレニンの町まできて、最後の転送装置に向う時、通行人が、皇都行きの転送装置が一部故障して、しばらく待たされる、と会話していた。ハバンロが、彼らを呼び止めて話を聞いた。


その時、グラナドが急に警戒し、俺の手を引っ張り、足を止めさせた。


「装置の所に、カオストの私兵がいる。」


見ると、確かに、四人ほど、ただの旅行者には見えない人物がいた。


「あの若い魔導師が、ユリアヌス。今のカオストの部下だが、実は庶子という話だ。土と水を使う。腕は並みだけど、強弱関係のある2つの属性を使えるやつは珍しい。」


黒いマントに、白い文字で、頭文字が刺繍してある。議会資格のない下級の宮廷魔術師だ。上級であれば、文字は赤くなるはずだ。エスカーがそうだった。


「やせっぽちの男は、コロル。文官だ。自己流で火魔法も少し。横の、今立ち上がった大柄な男は、ケロル。コロルの弟だが、こっちは用心棒だ。鎖に鉄球のついた武器をつかう。もともとは南のギルドで、活躍していたらしい。最後の一人は、新顔かな…。」


その最後の男性は、盾を背負っていた。腰には剣を下げている。剣は片刃の、少し刀身が反ったタイプだ。東方の刀ほど細くはなく、南方の曲刀ほど反ってはいない。盾は大きめで、中央に魔物の彫刻がある。髪の毛が蛇になった、牙のある若者の顔だ。


かなり背が高い。微妙に後ろを向いているので、顔は見えないが、アッシュブラウンと呼ばれる、緑味の入った、珍しい髪の色をしている。後ろ髪は短く、左右の髪を伸ばし、それを後ろに回して、くくっていた。どこの風俗だろう。


彼は、いきなり振り向いて、こちらに歩いてきた。俺たちに気づいたのではなく、脇の案内所に、用があったようだ。


「たいして変わらないよ。」


と、案内所の職員が大声で答えた。


グラナドが、俺の袖を掴んだ。剣士を注視し、微動だにしない。緊張している。


俺は、グラナドを守るように背後に隠すと、あらためて、剣士を見た。


彼は案内所から戻るときに、周囲を見渡した。目が合い、顔がはっきり見えた。20代後半から30代前半くらい、体格のわりに顔が痩せていて、目が鋭い。長身だがラッシル系ではない。


色味のない明るいグレーの目をしている。最北系と呼ばれている人々に、よく、こういう「銀の目」している者を見かけるが、彼らほど色白ではない。


「どうかしたのか、その子、俺に、何か用か?」


彼は静かに聞いた。


「いえ、うちの坊っちゃんが、貴方の盾を、少し怖がって。あまり遠出した事がなく、田舎から出たばかりで。」


俺はグラナドが顔を出さないのを不自然に思われないよう、とっさにごまかした。魔物盾の青年は、


「そうか。これからは、町では裏返して持つことにする。」


と答えた。


「ファイス!勝手に離れるな!」


ケロルが彼を呼び戻した。彼は、転送装置の修理待ちより、陸路の方が、早いかもしれないから、確認しただけだ、と説明していた。


彼が去ったので、俺はグラナドに、大丈夫か、と声をかけた。


「ああ、大丈夫だ。怖かったわけじゃない。驚いたけど。」


と言いつつ、手は震えていた。「中身が、見えたんだ。彼の。体と中身が合わない。それだけじゃない。別の物が混ざっていて、それは、この世界の物じゃない。」


俺は驚いた。まさか、俺以外に、守護者が?しかも、融合?融合した魂を、別の肉体に?そんな事が、このワールドで可能なのか?


「ああ、あんたとは違うよ、多分。『上から』来た物じゃない。もっと、得体の知れない、不気味なものだ。」


「それにしては随分、落ち着いた青年だね。」


「制御が得意なのか、無自覚なのか。…だけど、人工的にああいう状態を作り出す技術は、今の魔法院にもない。ユリアヌスが作ったとも思えないし。」


丁度ハバンロが戻ってきたので、カオストの手の者がいる話をした。


「ユリアヌスがいるなら、グラナドの顔はわかりますな。転送装置は避けて、陸路にしましょう。」


カレニンから皇都までは、鉄道と大きな道があり、列車か、魔法動力の馬車か、角馬で行く事も出来る。ただし、馬車と角馬の道は、昨日、途中の宿場に「雪賊」が出たため、一般人の立ち入りは禁止になっている。


列車はこのため、途中駅には止まらず、皇都直通になる。いずれ派遣される地域に直接行くには途中下車の方が近いが、先ずは雇い主となる、カエフ伯に会う。皇都にノンストップなのはありがたい。


早くはないか、転送装置がアクシデントで、止まり、混んでいるため、切り替える旅人もいた。


俺達は、ちょうどすぐ出る便、最後の個室を確保できた。


レトロな雰囲気の列車で、運賃も、転送装置より割高だ。雪景色を見ながら、贅沢に走るための列車なのだろう。


ハバンロは豪華な室内に慣れず、そわそわとしていた。グラナドは、落ち着いたものだった。


前にラッシルに来た時は、こんな物はなかったな。あったら、ルーミは乗りたがったかも知れない。


「懐かしいな。」


グラナドは、列車が走り出してから、やや明るい声で言った。


「俺が7つになった年に、父様に連れられて、皇都に来た時に、乗った。」


柔らかい表情はいつもと違う。


「ひょっとして、これに乗りたかったのか?早く言ってくれればいいのに。」


俺が言うと、グラナドは、少し照れて、「そういう訳じゃ…」と口ごもった。


「しかし、ユリアヌス一行は、皇都に何の用事ですかな。私達の動きを見張ったり、調べる余裕もないはずなので、正直、グラナドの存在に気づいているとは思いません。」


ハバンロが、先程の一行の件を話題にした。確かに、こちらに気づいた気配はなかった。


「余裕がない、とはどういう意味かな?」


俺はハバンロに聞いたが、答えたのはグラナドだった。


「テスパンから取り上げて、カオストの直轄領になった地域が不穏だし、カオスト領でも小競り合いがある。カオストは、内乱扱いにして、騎士団を介入させたくないから、大規模な窃盗団とか、海賊とか、言い抜けるのに苦労している訳さ。」


前のカオストに比べると、「維持」につたない面が目立つ。全部本人のせいではないだろうが、テスパンとイスタサラビナを排除する時の手際に比べて、後々の計画は練り込んでいなかったのか。


いきなりドアが空いた。


「あら、ごめんなさい。おかしいわね。」


と女性の声。


背の高い、成人女性が一人。冬の旅姿だが、派手なコートを着ている。細かい巻き毛の豊かな黒髪。紫黒色と表現される、茶色味のない黒だ。目の色は黒、ではなく、濃いダークグレー。南方系のようだ。


「おかしいわね、一本、間違ったかしら。」


小首をかしげる艶やかな様子に、俺は警戒を強くした。


しかし、グラナドは、


「構いませんよ、どうぞ。」


と、中に招き入れてしまう。女性は礼を言い、俺の隣に座った。


女性は「カッシー」と名乗った。南国の香り高い花の名だ。旅芸人で、芸人ギルド(昔はなかったが、暗殺者ギルドができるくらいだ、芸人ギルドは出来て当たり前だ。)に属し、歌や踊りで各地を回っているという。芸人ギルドは、冒険者ギルドに比べ、まだ体制が定まっていないので、ギルドの仕事のない時は、自由に仕事を探して受ける。今回はラッシルのローデサで仕事を終えて、コーデラに戻るつもりだったが、彼女は行方不明の夫を探していて、手がかりが皇都にあるらしい、と聞いて、向かうことにした、と言う。


彼女は話が上手く、自分の話をする合間に、俺たちの話も引き出した。グラナドはある貴族の縁者で、俺とハバンロはその護衛、ラッシルの親戚に会いに行く、というストーリーを用意していたので、喋りすぎる事はなかったが。


「元は季節ごとに貴族の用心棒をしてたわ。たまたま傭兵で勤めて、東方で、行方不明。派遣先が難しい人で、負けたのを契約不履行だと傭兵ギルドに言いたてていたの。それで帰って来ないんだと思うけど、ギルドが勝訴したから。色々あったから、うまく伝わってないんだと思うわ。」


グラナドは、見かけたら気を付けるから、人相を教えてくれ、と言った。


「最北系と北西コーデラ系に、少し東方系ってとこかしら。目はシルバーで最北系、髪は緑味のある茶色で、北西コーデラ系としても珍しい色ね。顔立ちは、コーデラ系に東方系が少し入った感じの。この人みたいに、柔らかい感じじゃなくて、きつい感じ。名前はファイストス。」


俺は、顔には出さないつもりだったが、動揺した。ハバンロは細かくは知らないので、頷いていた。グラナドは、動揺すると思いきや、


「それなら、カレニンの、皇都行きの転送装置の所に、よく似た人がいました。珍しい剣と、魔物の彫刻の盾を持ってましたよ。」


と、平然と答えた。カッシーは、驚き、一瞬、喜んだが、この列車が、皇都まで止まらないと聞くと、がっかりとした。


「皇都に行くのは確かなようだったし、転送装置の出口で待ってみればどうですか。」


とグラナドが薦めると、


「その手があったわ、ありがとう。」


と、喜んだ。


彼女が、髪を直してくる、と、個室を出ようとした時だった。


列車がいきなり止まった。俺はよろける彼女を支えた。


「ノンストップのはずじゃ…」


と、ハバンロが、窓の外を見ながら言った。


駅ではない。単に停車したようだ。


“只今、ラッシル騎士団より、停止要求がありました。”


とアナウンスが入る。


ハバンロが、窓を開けたので、外を見る。確かに、ラッシルの騎士団の制服(昔の物とは色が違ったが、モデルチェンジしたらしい。)を着た男性が数人、車掌と話している。


再びアナウンスが入り、


“チブアビ団の構成員が潜入していると情報が、ありましたので、これから確認のため、お時間をいただきます。”


チブアビ団とは、例の雪賊の名前だ。公には当分、処置はない、という話の筈だったが、いつ方針が変わったのだろう。


これは、詳しく話を聞いておかねば。カエフ伯に会った時には全て片付いていました、では困る。


いきなり個室のドアが乱暴に開き、男性が三人入ってきた。ラッシルの騎士だ。


「ち、外れかよ。」


「そうでもねえぞ。」


この台詞には驚いた。ラッシルの騎士は、魔法剣を使用しない。このため、コーデラの騎士と違い、養成所での訓練や教育は受けない。以前は、吟味のない制度(武器を持たせて良い人物かどうかの判断なしの)があったこともあり、玉石混淆で、質はピンキリである。実際、以前、ラッシルに滞在した時、そのせいで苦労した。


騎士達は、チブアビ団は、女と宝石の密売をしているから、取り合えず宝石類を全部出せ、と言った。


俺もハバンロも、貴金属は持っていない。ハバンロは格闘家なので武器もない。俺の剣は、飾り気のない両手剣だ。グラナドは、右耳に赤、左耳に茶色の小さなピアスをしていたが、これは最近の習慣で、魔法使いが、使える属性を表す色の石をいれているだけで、宝石と言うほどの物ではなかった。現に、騎士達も、ちょっと見て、安物だ、と舌打ちをして、返却した。


「おっと、これは何だ。」


一人が、グラナドの首筋に素早く手を入れ、革紐を引っ張り出した。あまりに手際が良かったので、避けられなかった。


革紐には、飾りが2つぶら下がっていた。蒼いプレーンなガラス玉と、薄いオリーブグリーンの、泡ガラスの玉。子供の頃、ホプラスとルーミが、お互いの目の色で作り、交換したものだ。


「返せ!それは、駄目だ!」


グラナドは抵抗したが、背後から捕らえられた。


「それは、彼の親の形見です。素人の作ったガラス玉で、価値はありません。返してください。」


俺は、こっそり、剣に手をかけて、事に備えた。ペンダントを吟味していた騎士は、「本当、ただのガラスだ。」と、悔しそう言って、返した。


何かおかしい。制服は騎士だが、彼らの態度は、まるで盗賊だ。一歩譲って、俺達が疑われているとしてもだ。


ペンダントをとった痩せた男が、しげしげとグラナドを見ている。グラナドはペンダントをつけ直し、俺のほうに寄ってこようとした。


痩せ男は、俺達の間に入り、グラナドに、


「よく見ればお前、可愛い顔、してるな。」


と、嫌な口調で言った。


「それはどうも。よく言われる。」


彼が冷たく答えると、宝石の目利きをした男が、


「おい、止めとけよ。時間はないぞ。」


と、もう一人の大柄な男に、引きなはす様に促した。だが、大男は、


「俺も乗せて貰うぜ。女に目ぼしいのがいなかったんだから、これくらい。」


と、痩せ男に近寄った。


俺は剣を抜いた。こういう連中の目付きや口調、久しぶりで思い出した。本当の騎士かどうかは問題ではない。切ってしまおう。


しかし、俺が剣を抜いた時には、三人の騎士は、床に倒れていた。目利きの男以外は、意識がない。


気配のなかったカッシーが(騎士が入ってきた時から、いるはずの彼女の気配が、すっと消えていた。)、細い針のようなナイフを翻していた。足下の三人を見て、ラールと初めて会った時の事を思い出す。


「とりあえず、一番詳しそうな奴だけ、口が利ける状態にしといたわ。」


続いて、カッシーは、やや大きめのナイフを取りだし、「尋問」を始めた。


「正直に答えなさい。あんた達、何が狙い?」


「金が、資金が足りないから、集めて来いと言われただけだ!」


「誰に?」


「うちの首領だよ!」


彼らは、ラッシルの騎士団ではなく、チブアビ団だった。


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