5.底の洞窟

ロサマリナ市の名前の由来は、街や島の至るところに生えている、ローズマリーの花だった。記憶を繋ぎ止める作用があると言われているが、それとは関係なく、郷土料理には、ふんだんに使われていた。




   ※ ※ ※ ※ ※




慣れてるから、と、言ったシェードの息は、苦しそうだった。




   ※ ※ ※ ※ ※




屋敷は大変なことになっていた。昨夜の『誘拐』のせいで、宴会はお開きになったが、招かれた連中の半分は、今さら宿がないので屋敷に泊まった。


昨日、話した三人連れのうち、少年と大柄な方の男性は、外の宿屋に泊まった。一人だけ、ギャラの交渉のため(中止になる前に芸を披露してしまった者達には、約束どおり全額払うべきだ、と主張。)、屋敷に残った。


だが、彼は一晩帰らず、今朝になって迎えにいったら、屋敷の中に入れなくなっていた。


鍵がかかっているだけだが、呼んでも人が出てこない。二人が驚いて、近隣の住人に言って回ったため、屋敷の回りには人だかりが出来ていた。


集まった住民達は、大半は門の外にいた。先の二人の軽業師も。そこで彼等に話を聞いた。


「鍵をこじ開けた人がいるけど、どうも何か魔法がかかってて、扉が開かないらしい。騒ぎになったんで、役人と警官も来てるけど。どうするかで揉めてるみたいだ。」


男性が数人、開いた門の入り口にいる。一人は、早口で、


「あんたたちも、入れよ。いいか、あのじいさん、必ず朝一に持ってきてくれ、と、念押しで、何度も言ってたんだぜ。それが、この時間まで、いくら呼んでも出ない。明らかに変じゃないか。」


と、警官たちに、まくしたてた。大きな貝の入ったバケツが傍らにある。他に、牛乳と野菜を積んだ車があった。


シェードとレイーラは、フードを被っていた。屋敷には忍び込もうと思ってた手前、それまでに目撃されて、面倒になるのを避けるためだ。


シェードが一歩進みでて、


「『あんたたちも』ってことは、誰か、入った奴がいるのか。」


と、フードを取って顔を出して聞いた。門の所にいた数人は、一斉にこっちを向いた。


その中に、ユリアヌスの部下の、コロルとケロルがいた。


役人風の男が、


「なんだ、外にいたのか、シェード。何か知らないか。さっき、この人達の仲間が入っていったんだが。」


と言う中、


「あ!」


と、俺達は同時に叫んだ。


コロルは火魔法を使うが、魔導師ではなく、ケロルは重い武器を使う大男だが、総身に知恵はない。こっちの方が人数も多い。彼等二人は、びくついてはいたが、武器を構える。俺は魔法剣の構え、シェードも雰囲気につられて、鉤剣を構える。背後のグラナドが、ハバンロ達に声をかける。緊張が俺たちを支配した。


すると、レイーラがすたすたと進み出て、


「お知り合いだったんですね。私はレイーラ・マリナトスと言います。宜しく。」


と、コロル達に挨拶した。優美な姿に、毒気を抜かれた二人は、「こちらこそ。」などと答える。


「あなた達の仲間が、先に入ってるんですか?」


「あ、ああ、俺たちの主人と、剣士のファイスが。ここの領主が借りた金を返さないから、取り立てに…。」


ケロルはつられて喋ってしまったが、コロルは弟を軽く小突いて、黙らせた。だが、レイーラは、


「じゃ、ご一緒しませんか?私と、弟のシェードは、中を良く知ってますわ。」


と、二人に言い、確認のためにグラナドを振り返った。彼は、複雑な表情をしていたが、「そうだな。」と言い、カッシーを見た。


「こっちを優先してくれ。」


「了解。」


カッシーは、微笑んで答えた。彼女は、理由は確認していないが、ファイスを追っていた。考えてみれば、ファイスがいるから、ここにいたのではないか。だが、ユリアヌスには、動きはない、筈だった。途中、情報が交錯していたのは、過失か偶然か気になる所だ。


コロルとケロルは、しぶしぶだが、承知せざるを得ない。


「でもよお、魔法で施錠されてるらしくてさあ。旦那とファイスが『待ってろ』って、中からまた、掛けちまったらしい。」


ケロルが言うので、グラナドが探知魔法を使った。


「魔法は解除されてる。でも、開かないな。」


これを聞いてコロルが、殿下でも開けられないのなら、中に入れない、まさか窓を破る訳にもと、弱りきった声を出した。俺達は、裏から回る予定だったから、窓を破るくらいは考えていた。これだけ人が集まると、やりにくいのは確かだが。


転送魔法なら、昨日、シェード達のいた部屋には行けるはずだ。そう提案しようとしたが、


「閂じゃないのか?細目のやつが二本ある。」


と、シェードが不思議そうに言った。それを聞いて、直ぐ、グラナドが魔法、ハバンロが気功、ケロルが鉄球を振り回し、閂を砕いた。背後で歓声が上がっている。


中はしばらく、長い廊下が続くだけだった。逸るシェードを、後ろがついてこれないから、とペースを落とさせる。戦った軌跡が途中にないため、急いでも問題はなさそうだが、焦ってはいけない。


レイーラが、コロル達に色々と話しかけていたが、彼等二人も、「金の取り立て」以上の事はわからないようだ。


「金は『協力する』っていうから貸したんだが、急に『協力しない』と言い出した。話が違うから、と言ったら、連絡が途絶えた。だから直接やってきた。」


と話していた。


貸したのは暗魔法の道具で、俺たちや騎士団に見つかる前に、回収に来たんじゃないのか、そう言いたかったが、言った所で、二人にはわからないだろう。


まず、昨日の宴会の広間に寄った。廊下の突き当たりから、最近改装したという地下室を目指していたが、先に芸人達の様子を確認したかったからだ。広間を抜けると、確か、反対側に、彼等用の宿泊棟に当てた建物があったはずだ。


広間に入ったとたん、ミルファとレイーラが、叫び声をあげた。人が大勢倒れている。昨日の三人組の、細身の青年の姿を見つけた。彼はすぐ意識を取り戻し、魔法で動けなくされた、と言った。


「朝食と支払いのために、全員広間に集められた。そしたら、何かよくわからんが、気絶していた。」


拘束魔法ではなく、意識を失わせるか、脱力させるタイプの魔法のようだ。回復魔法をかけなくても、起こしたら、意識は直ぐに戻り、動けるようになった者が大半だが、数人、まだふらついている者もいた。


グラナドは、コロルに、


「彼等を誘導して、外に出てくれ。」


と言った。コロルは、意外に素直に、「すぐ戻る」と言い、命令に従った。


俺達は、さらに廊下を進んだ。


最奥に、豪華な扉が二つあり、開け放たれている。


「こっちの鳥の彫刻の扉は、領主の部屋と屋上に繋がってるが、今は墨野郎は使ってない。貝の模様の方は、俺たちの部屋がある。奥に地下室と宝物庫がある。今は墨野郎が寝室にして、中で寝泊まりしてる。」


と、シェードが解説をつけた。それと同時に、貝の扉の奥から、メドラとコンドランが、子供を引き連れて走ってきた。コンドランは利き手を怪我したらしく、左で剣を持っていた。メドラはシェード、レイーラの姿を認めて、次にクミィを探したが、灯台に置いてきた、というと、「彼女は安全なのね。」とほっとしていた。


「タラがハギンズに連れていかれて、ガンラッドが追っていったわ。じいさんの癖に、変に強くて。たぶん、地下だと思う。それから、魔法使いと剣士の二人組がやってきた。役人にも警官にもいない顔で、ここらの人じゃ無かったけど、墨野郎に用があって来た、と言ってた。階上にいなかったが、奴らはどこだ、と聞くから、たぶん、地下だ、と言うと、『お前達の仲間は、ついでに何とかするから、子供達をつれて、早く逃げろ』って、剣士の人が。」


メドラは無傷だった。彼女は、広間で何があったかは知らないようだ。


レイーラは、コンドランに回復をかけようとしたが、外傷が無く、血が出ていないため、どうしたのか聞いた所、


「捻られた。折れてはないみたいだが、よくわからん。」


と答えた。そう言うことなら、回復魔法より先に、医者に見せた方がよい。


グラナドは、ケロルに、


「彼等を連れて、外に出ろ。住民には、屋敷から離れろと伝えろ。コロルにも、戻らなくていいから、住民を誘導してくれ、と言え。」


と言った。ケロルは、グラナドの命令に一瞬、むっとしていたが、言うことを聞くと決めたら、直ぐに、小さい子供を三人ほど抱えて走り出す。


残り、俺達は、地下室に向かった。廊下に比べて道幅が狭く、先頭は俺とシェード、次にハバンロとカッシー。グラナドが土と水の盾を作り、レイーラはその後ろ、ミルファは最後尾で、銃を構えた。


俺は魔法避けに、水の盾を出して進んだ。中は暗く静かで、人の気配がしなかった。途中、広い宝物庫があったが、「宝」に当たる物はほとんど無かった。寝室にしているという話だが、寝台はない。


スライド式の本棚があったが、本は無い。ガラスケースに標本のような物を入れて置いといたらしいが、ケースは床に落ち、割れている物があった。


俺は本棚を動かしてみたが、ちょっと力を入れただけなのに、一気に半分が崩れた。


ユリアヌスが、魔法で無理矢理開け、進んだようだ。中は緩い階段になっている。奥から物音はしない。


再び狭い道を行く。仄かにスパイスのような香りがしていた。奥に行くほど、だんだん強くなり、潮の香りが混ざってきた。


「海藻の加工でもやってるんですかな?」


とハバンロが言った。冗談ではなく、そうでも言わないと、表現しづらかった為だろう。


俺は、ホプラスの記憶の中から、手が滑ってマトンの煮込みに、スパイスを一瓶、ぶちまけてしまった時の事を思い出していた。横でイカを切っていたルーミが、指を少し怪我したため、そちらに気を取られたからだ。


「何か香木を焚いてるな。魔法院の儀式用の香に、少し似てるが。」


とグラナドが言った。俺は、


「それじゃ、吸い込まない方が


いいね。」


と、盾を厚くしながら尋ねたが、


「魔法院のと同じなら、式典用だから、問題はない。」


との返事だった。


「ローズマリーだろ。ここらじゃ、教会のお香も、普段はこれだよ。」


と、シェードが言った。


「慣れてるから気にならなかったけど、言われてみれば…。」


微かに「変だな。」と苦しそうに言いながら、彼は倒れた。


「どうした?!」


背後でグラナドも叫んでいた。彼は、倒れたミルファを支えている。意識はあるようだ。カッシーはなんとか立っていたが、ハバンロは座り込んでいた。レイーラは彼等に浄化魔法をかけていた。俺とグラナドは、水のエレメント属性で、魔法防御力強化と、麻痺や毒の状態異常耐性がある。レイーラは神官なので、暗魔法は効きにくい。


支える腕の中で、シェードが動いた。


「悪い。むせただけだと思うが、慣れてるから…。」


と苦しそうに言う。むせた、なら咳が出るはずだ。俺はシェードにそれを伝え、


「お香に魔法効果が付いている。浄化してもらうから、じっとして。」


と言った。しかし、耐性が強化されていないわりには、影響が少ないようだ。レイーラが浄化するまで、ふらついてはいたが、ハバンロやミルファほどは効いていない。


「風だな。」


言うが早いか、グラナドは魔法盾を引っ込めて、風魔法で気流を作り、防護幕にした。


「メインは暗魔法だが、風属性を取り込んでる。蘇生の術なら、土だと思ってたが。」


それなら、火のカッシーと風のシェードより、土のミルファによく効く訳だ。


ミルファが、体勢を立て直しながら、


「ごめんなさい。」


と言った。


「謝るような事じゃない。俺が気付くべきだった。」


グラナドは、続けて皆に、


「大丈夫、毒ガスではないし、たいした物じゃない。無防備な所に吸い込んだから、くらっときただけだ。広間の連中もこれでやられたのかもしれないが、効果は、こっちの方が弱いようだ。それでも長時間は吸わない方がいいが。」


と説明した。レイーラもいることだし、浄化も回復もそれほど心配はしていなかった。それに、土地柄にもよるが、今は初夏で、春に強まる風のエレメントは弱まり、風より属性上強い、火のエレメントが増幅しつつある季節だ。


さらに進むと、まだ新しい、簡素な扉に突き当たる。ここまでは慎重に進んだせいか、長く感じたが、実際は、屋敷に入ってから、数十分程度だろう。


俺は、利き手の右と、魔法手の左で、剣をしっかり握り、魔法剣の準備をした。グラナドが、魔法盾を大きくし、ハバンロに気功で扉を開けてくれ、と言った。


「いきなり吹き飛ばすの?」


とミルファが言った。グラナドは、


「ノックしても、『どうぞ』とは言われないだろうからな。」


と答えた。カッシーが、「へえ?」と、試しにノックしてみたら、開いていた扉は、内側に向かって、すんなり開いた。


中の様子が、あっさり見える。


地下室は自然の洞窟のようだった。屋敷が上にあることを考えると、地震の時はどうなんだ、と思うくらい、だだ広い。敵に攻められた時は、いい隠れ場所になるとは思う。


「ボス」は、大きな渦巻きだった。「白く光る黒雲」のような、気流が渦になり、中心に向かい、回転している。吸引しているように見えるが、風魔法のウィンドカッターに近い、ブーメランのような、黒い刃を飛ばしてもいる。ウィンドカッターであれば、白っぽいはずなので、恐らく暗魔法のカッターだろう。


カッターの飛ぶ先には、ファイスがいた。左手に魔法盾を出している。一見、風のようだ。右手には剣を持っているが、積極的には切りに行かず、飛んで来るウィンドカッターを凪ぎ払うだけだった。


ユリアヌスが、盾の陰に蹲っていた。タラも傍らに倒れている。


先頭の俺とシェードが中に一歩入ると、ダークカッター(こう呼ぶ事にした)が、ファイスから俺たちにターゲットを変えて、飛んできた。俺は魔法剣で凪ぎ払った。


グラナドがシェードを押し退けて、風と水の盾を出した。シェードは盾は作れないようだった。


「おい、シェード。お前、脚は早そうだな。援護するから、あの、ファイスの、タラ達を護ってる、男の所まで、走れ。」


シェードは、「わかった。」と一言、直ぐに走り出す。


カッターは彼を狙ったが、狙いが彼に集中している間に、背後からハバンロの気功と、俺の魔法剣でカッターを威嚇しながら、ファイスの所までたどり着いた。


ファイスは、俺達に気付き、特にカッシーを見て、少し目を見開いたが、彼女の


「一時休戦で。」


に、「そうか。」と一言だけ言った。


ファイスの目は、銀色に光っていた。彼は以前見た時は、銀灰色の目だったので、たまたま光って見えたと思ったが、見直しても、確かに銀色だ。やはり光っている。


一瞬驚いたが、別ワールドには、魔法を使うときだけ、目の色が変わったり、髪が伸びたりする種族もいる。このワールドで見るのははじめてだった。


レイーラが、ユリアヌスとタラを回復する。タラは意識を取り戻し、ユリアヌスは生気を取り戻した。


「おい、しっかりしろ。もとはお前が何か仕掛けたんだろ。自分で嵌まる奴があるか。」


グラナドはユリアヌスに声をかけた。


「私は、暗魔法収集の道具と、資金を提供しただけだ。『地下に、溜まっている場所があるらしい。』と、アゼリア師にも言われていたので。」


「アゼリア師?」


俺は口を挟んだ。ユリアヌスでなく、グラナドが、


「引退された、火魔法の教官だ。クーデターの前年に、お亡くなりになった。ロサマリナ出身とは知らなかったが。」


と短く言った。


続いてユリアヌスは簡潔に状況を説明しようとしたが、彼にしても、


「中に入ったら、いきなりこうなった。」


以上の事は言えなかった。


「暗魔法が集まっている。」


と、グラナドとファイスが同時に言った。


「中心に人が、一人いる。彼が媒介になっている。一度彼に集まってから、一部が放たれているみたいだ。領主か?ハギンズか?生きているようだが。」


とグラナド。


「神官がいるなら、話は早い。中心を撃て。気流が弱くなれば、媒介を切る。」


とファイス。


レイーラが、直ぐに浄化魔法を放ったが、一時は弱まった物の、直ぐに復活した。グラナドが、火の上級魔法を当てたが、これも同様だった。


暗魔法は、エレメントではないので、神官の最上級魔法でなくても、浄化魔法が効くはずだ。風魔法は、火の上級魔法なら、ぐっと弱める事が出来る。


「暗魔法を飛ばすと風が、風魔法を飛ばすと、暗魔法が、それぞれ損失を補ってる。同時に当てよう。」


グラナドとカッシーは火を、レイーラは聖魔法を、同時に放った。気流は一度は完全に消し飛んだが、また戻ろうとする。


そこに、ミルファが空かさず、魔法弾を当てようとした。


一瞬だが、人の姿が見えた。椅子に座っていたが、本人はぐったりして、意識はないようだ。


「ガンラッド!」


タラが叫んだ。ミルファは、ためらったのか、手が滑ったのか、狙いを逸らしてしまった。


「最初の体が耐えられなくなって、新しいのを必要としたらしいな。」


グラナドが、戻りつつある気流に、火魔法を当てながら言った。シェードが、


「それがガンラッドだっていうのか?あいつは、水魔法だ。」


と反論する。タラが、


「ガンラッド、あたしを突き飛ばして、代わりに。」


と、苦しそうに言った。シェードは、


「お前、魔法は駄目だろ。」


と訝しげに言った。


「暗魔法は属性魔法とは強弱関係はないが、聖魔法と属性魔法が共存しない事から、属性魔法が弱い方が、暗魔法を取得できる、と信じている一般市民は多い。それに…どうやら、暗魔法が肥大しないように、別の魔法を集めていたようでもある。エレメント溜まりほどではない所を見ると、人から集めた物かもしれん。効果は怪しいが。」


ユリアヌスが解説していた。


「姉さん、寝苦しいって言ってたな。クミィも確か…。人がよく消えたのは、そのせいなのか。あの死体兵は?」


シェードが尋ねた。ユリアヌスは、「死体兵までいたのか。」


と呟いてから、続けた、


「さっきは土の魔導師がいた。彼が最初から協力していたのかもしれないが、私が貸したのは、あくまでも集める道具だ。別の目的に使用して、そこまでできたのなら、たいした者だが、結局は失敗したのだろう。それで風のエレメントが、そこそこ集まったのではないか。複合体になるほどではないのが幸いだが。」


魔導師は、入れ替わり立ち代わりした。その事を言おうかとおもったが、ファイスが、


「おい、後にしろ。今は、あの少年を助けるのが先だ。」


と最もな意見を言った。ハバンロが、


「でも、確か、こういう場合、宿主を傷つけずに、エレメントだけ取り出すのは、できないはずでは。」


と言った。レイーラが、絶望的に「ああ、なんて…」と消え入る声を出した。


「こういう事態を想定して、集積道具は持ってきたが、これでは焼け石に水だ。吸収力が強すぎる。こちらに対する攻撃は、『はみ出た』ような物だからな。」


とユリアヌスが抑揚のない声で言った。


「でも、早くなんとかしないと、そのうち、吸収仕切れなくなったら、あの子は?」


とカッシーが問いかけた。俺は、


「せめて放出量のほうが多かったら。」


と、仕方のないことを、呟いた。


「それだ!」


グラナドが叫んだ。


「カッシー、レイーラ、さっきと同じことを繰り返すぞ。ハバンロは、気功で、意識を戻せ。意識があれば、吸収力は弱まる可能性がある。チブアビ団の時がそうだった。ファイス、あんたは、ハバンロと一緒に行け。シェードもだ。ハバンロが着くまで、援護しろ。で、意識が戻ったら、守ってやれ。」


ユリアヌスは、


「ファイスがいないと盾が。」


と言ったが、グラナドは、


「盾はお前が水で作れ。本調子じゃないのはわかるが、ラズーリが手伝えばなんとか持つ。俺も、攻撃が終われば手伝う。」


と引き受けた。


「ミルファ、お前は、あのカッターを、打ち落とせ。ハバンロに当たりそうになるやつだけでいい。大半はファイス達が受けるが。…それから、もし、『霧』が晴れた時、ハギンズか誰か、術者らしい奴がいたら、撃て。余計な事が出来ないように、当てるだけでいい。」


俺は左手を剣から離し、出来るだけ大きな盾を出し、ユリアヌスを促した。彼は、水と土が使えるはずだが、水に集中して、合わせる。


自分の右手の剣を見ながら、考えた。魔法剣を使う時は、魔法手が剣に触れていなければならず、右利きの俺は盾が使えず、武器は両手剣になった。そういう騎士は何人かいたが、騎士と言えば片手剣と盾だ。物理防御が弱くなるが、こういう場合は、魔法盾を出しながら、武器を使えるので、便利だった。


俺達の盾の準備が出来たので、ファイスは盾を引っ込めた。とたんに、目の光が元に戻った。普通の銀灰色の目だ。


彼の盾は、純粋な魔法盾だと思ったが、違った。彼の手には、以前見た、魔物の彫刻のある、薄い金属製の盾が残った。風の盾とは少し異なるようだとは思っていたが、魔法で普通の盾を強化していたようだ。だったら土魔法か、と考えたが、土のようには見えなかった。


彼は裏返しに盾を背負うと、


「寄越せ。」


と、ユリアヌスから、これも以前見た、鏡のような道具を受け取った。


「俺は暗魔法耐性があるから、援護は、あとの二人を優先してやれ。」


とミルファに言い、合図と共に、三人揃って走り出す。


距離は大した事はないが、やはりカッターが飛んで来る。風魔法のシェードは、エレメントから、素早さと物理攻撃力の補正を受けるので、ハバンロより動きが素早く、彼の道を作りつつ、一発も当たらずに、鉤剣で巧みにカッターを落とす。こういう戦闘は慣れていないと思っていたが、大したものだ。


ファイスも負けず劣らず素早く、盾は背負ったまま使わず、時には片手、時には両手で、細めの剣を器用にふりまわし、カッターを弾いた。騎士団では、メインの剣術として、片手剣ならコーデラ剣術、両手剣ならラッシル剣術を教わる。細い剣なら古式剣術というのもあるが、それらのどれにも当てはまらない。


ハバンロは、気功を溜めているので、途中攻撃ができなかったが、二人の活躍で、ミルファの援護の必要なく、中心に近づいた。


タイミングよく、グラナド達の魔法で、再び、霧が吹き飛んだ。


ガンラッドは、さっきと同じ姿勢で、椅子に座っていた。ハバンロが、気功を軽くあて、意識を戻させる。ぐったりとはしていたが、微かに動いた。目を開けて、ハバンロを見た。


霧は、二つに別れた。暗魔法の暗い霧は、紺や紫に色を変えてうねりながら、ガンラッドから一気に出た。それらは、手前にいたファイスの持つ道具に、流れを変えて吸い込まれて行った。


風は渦を巻いていたが、暗魔法が出た後を狙ったかのように、再び、ガンラッドとハバンロに集まり出す。ハバンロが気功で少し弾いた。


「代われ。」


とグラナドが、俺と素早く入れ替わる。俺はハバンロ達の方にすっ飛んで行き、魔法剣で凪ぎ払ってから、水の盾を出した。その盾に向かって、カッシーとグラナドが火の魔法を放ち、風を散らした。


一方、暗魔法は、八割ほど(主観だが)、ファイスの集積の鏡に、吸い込まれていた。だが、限度があったようで、急に吸収が止まり、ファイスの回りに溜まり出した。


レイーラが、浄化魔法を唱えようとしたが、ユリアヌスが何か言って、止めた。グラナドが、一瞬、驚いてユリアヌスを見てから、ファイスに向かい、


「鏡を持った手で、盾を使え!」


と叫んだ。


とたんに、ファイスの回りから、残った暗魔法が消えた。正確に言うと、彼が再び盾を構え、その表面に暗魔法が平たく集まった状態だ。


さっきの物より大振りで厚い。


「こんな手があったか。」


と、「銀色の目」を見開いていた。


俺は、彼に近づき、一緒に盾を持った。水の盾を出しながら。


「これで、大丈夫だろう。レイーラ、頼む。」


レイーラは、少し考えたが、グラナドに促され、浄化魔法を盾に当てた。ファイスは、自分の盾を通して、衝撃は伝わったようだが、俺の盾の防御があったので、暗魔法が消えた時点で、しっかり立っていた。


そして、また、目の色は戻っていた。


彼の「属性」は、暗魔法だったのだ。


グラナドはユリアヌスに


「早く言えよ。」


と文句を言ったが、返事をしたのはカッシーで、


「あたしも今、知った。」


と答えていた。レイーラが、ガンラッドの浄化に駆け寄る。シェードも彼に声をかけていた。


これで終わり、という雰囲気が漂った時だった。


ミルファの銃弾が、ファイスに向かって飛んで来た。暗魔法を使うから敵と見なしたのか、はたまた彼女が操られたのか、と思ったが、銃弾は、ファイスの肩すれすれに、背後の物を撃ち抜いた。


そこに「モンスター」がいた。


領主とデマリオの顔を、半分ずつ合成したような頭。剥き出しの筋肉の両腕と胸。下半身は細く、足は短い。肉の塊のようなモンスターだ。鎖に繋がれて、かなりぐったりしている。白髪頭のハギンズが、彼の鎖を解こうとしていたが、ミルファの銃に腕を撃たれた。腕は、老人の物と思えないくらい、太くてがっしりしていた。だが、魔法弾に撃たれたせいか、急に半分の太さに縮んだ。ハギンズはうずくまった。


「気がつかなかった。助かった。ありがとう…。」


と、俺はモンスターに驚きながら、呆けて言った。


レイーラが、


「すぐ浄化します。」


と言ったが、グラナドが、


「いや、暗魔法は残ってない。術に失敗して、こうなったから、芸人たちや、タラを必要としたんだろう。」


と首を振った。


「つまり、浄化しても駄目という事ですかな…。」


とハバンロが言った。グラナドは、頷いた。


「定期的に、『入れ物』を取り替えていたんだな。死体兵はついでに作ったか、失敗の副産物か。領主の態度がだんだん変になったのは、入れ換える度に、精神が少しずつ『劣化』して行ったのか。入れ物にされた体との相性もあったんだろうが。」


そう説明をつけて、ユリアヌスを振り返ったが、


「私もそのような例は…。暗魔法はまだまだ不明な部分が多いので、研究していたのですから。私が使えたのは、補助魔法にあたる物でしたし。殿下、貴方のほうこそ、そういった文献は?」


と、驚きか衝撃で、抑揚の無くなった声で言った。グラナドは首を降っていた。


「でも、姿は同じだったわ。」


と、タラが疑問をのべた。


「俺も詳しくはないが、暗魔法には、確か、変身能力にあたる術があるだろ。領主は魔法はさっぱりだったはずだから、元から出来たとは思えないが、色々やってるうちに、『自然に』出たのかもしれん。そいつの腕もな。そうまでして、息子のように思っていた領主に、生きていて欲しかったとしても…。」


「そんな物があるか。」


さえぎったのは、ハギンズだった。


「私は先々代の遺言で、このバカ息子の世話をする間だけ、報酬が保障されていた。私の方が先に死ぬだろうから、問題はないと思ったんだろう。だが、このバカは、せっかくうまくやって、領主に収まったのに、後ろめたさに耐えかねて、自殺を図ったのだ。私は、人生をこいつのために無駄にした。どんなにしつけても、勉強させても、バカのままだった。かと言って、悪人にもなれない小心者だ。これがうまくいったら、大金を手に入れて、出ていけるはずだった。…まったく、最後まで、バカは使えなかった。」


あまりの事に、みな、二の句が告げなかった。


ミルファが、「そんな、あんまりだわ。」と呟いた。そして、グラナドが、ようやく、


「それで、ここまでやったのか…。」


と言えた。


「貴方に、何がわかるんですか、王子様。王妃の不倫の子とは言え、立派な王に実子として扱ってもらい、生まれながらに、すべてを与えられてきた。私は、先々代の腹違いの兄だ。だが、私は、実の父から、息子として扱われた事はない。ただの使用人。何が悪いと言うのです。私は忍耐強く、バカの世話をしたのですよ。」


シェードがつかつかと進み出て、思いきり、ハギンズを殴った。


「あんた、こいつに、信頼されてたじゃないか!あんたの言うことなら、聞いてたろ!今さら、そんな事を言うくらいなら、有り金持って、出ていけば良かったんだ!誰も死なずに済んだのに!」


シェードは、さらに一発殴ろうとしたが、レイーラが背後から抱き寄せるようにして、止めた。彼女は、なにも言わなかったが、シェードの背中に顔を埋めていた。


「…とりあえず、裁判とか、あるでしょ。鎖を解いて、拘束魔法か何かで。」


カッシーが静かに言った。


その時だった。


地下室に、慟哭が響いた。「モンスター」が鎖を引きちぎり、ハギンズに飛びかかった。目から血が流れている。叫びながら、ハギンズの体を捕らえ、極太の両腕で、彼を抱き潰した。


そして、そのまま、叫び続ける。


足が、上半身を支えきれずに、折れた。痛みのためか、叫びは嗚咽に変わる。


「おい、いこう。」


グラナドが皆に言った。


「これじゃ裁判は不要だろう。ここには、水も食べ物もない。時間の問題だ。『楽』にしてやる義理もない。」


俺達は、促されて、地下洞窟を後にした。


最後に、吹き飛んだ扉を、元通りはめる。振り替えると、「モンスター」は、育ての親に覆い被さっていた。


扉は、俺が閉めた。鍵の代わりに、少し周囲を崩し、扉の前に盛った。


外は、明るかった。屋敷から離れていた人々が、俺達を見て、駆け寄ってきた。


メドラと子供達が、レイーラ達を囲んでいた。


ファイスとユリアヌスは、コロル兄弟に迎えられていた。


例の三人組の少年が、芸人仲間と、ハバンロの姿を認めて、よってきた。


ミルファは、少しふらついていた。カッシーが、


「大丈夫?さすがに、きつかったからね。」


と、心配そうに覗きこんでいる。


グラナドは、それらを見ながら、少し、俺に寄りかかった。


「大丈夫か?さすがに、きつかったからな。」


俺は、カッシーの台詞を繰り返した。


「少しな。香りに、当てられた。」


ローズマリーは、そこらじゅうで薫っていた。潮の香りもする。だが、地下とは違い、ここには、光がある。


俺は、グラナドを支えながら、光を見上げた。


眩しい金色の輝きに、目を閉じる。光は、瞼の裏を、鮮やかに赤く輝かせていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る