[5].海を後に
1.急襲
リンスク伯爵家は、先々代の従姉妹の嫁いだ、ランドッシャ男爵家から、跡継ぎを迎える事になった。
ランドッシャ家は、代々続いた貴族ではあったが、今は土地はあっても財産はあまりなく、地代で慎ましい生活をしていた。リンスク家とは殆ど交流はなかったが、先代が跡を継いだ時には、一度、リンスクまで来た事があった。当主には子供は三人いるので、本人ではなく、そのうちの誰かが継ぐかも、と言うことだ。
ランドッシャ家の現当主は、嫁いだ先々代の従姉妹の養女と、当時の当主の弟の息子が結婚し、生まれた娘の孫に当たる。そして、その養女とは、昔、ハギンズが、下級貴族の女性との間に作った子供だった。
女性の親族が反対し、別れさせ、子供はリンスクの親戚に引き取らせた。子供の存在は、ハギンズには隠されていた。リンスク側にも記録はなく、ランドッシャ家の記録にあった。相手の家の名は伏せられ、母親の消息も記載がない。
皮肉な事に、ハギンズ本人が、生きているうちに手に入らなかったものは、死後に、彼が存在を認識していなかった子孫が受け継ぐ事になったのだ。
孤児院は再建が計画されているが、子供達は、それまで、ラズーパーリの孤児院(運営元は「ホプラス基金」と言った!)に引き取られた。メドラとクミィがひとまず付き添って行った。
「クミィは、少し、土地と離した方がいいと思ってな。俺がメドラに進めた。」
とグラナドが言った。
「レイーラのグラス、覚えてるか?あれ、薬入りだったが、領主もハギンズも、女性用の興奮剤を、レイーラに飲ませる動機はない。たぶん、クミィだ。」
「彼女にだって、動機はないよ?」
俺は疑問を挟んだ。グラナドはため息を付き、鈍いな、と呟いた。
「クミィは、シェードに惚れてる。メドラが撃たれた時、クミィの回りには暗魔法が僅かに感じられたから、操られたと思った。だが、ミルファとシェードが、仲良く話している時、クミィの回りに、『見えた』んだよ。ミルファに向いた『感情』が。暗魔法も混ざっていようだが…影響を受けやすい体質、というのはある。だが、『思い詰める』だけで、魔導師でもない人間が、あそこまで『気』を貯めるなんて、相当なもんだ。とっさに、らしくないことしてしまったよ。」
説明を受けて、クミィの『気持ち』は理解できた。だが、それにしても、何故、レイーラに薬を?質問すると、グラナドは呆れ顔になった。
「だから、シェードが、レイーラ以外、眼中にないからだよ!奴の態度で、丸解りじゃないか。レイーラが、領主とくっついてくれたら、と思ったんだろ。『王子』の他に、『王女』が必要な理由、俺達の推理と同じ結論、クミィも出したんだろ。」
グラナドは、この後、散々、俺に鈍い、鈍い、と言い続けた。
海賊島は、無人のため、当分は半閉鎖される。海賊達の遺体は(利用された兵士の遺体も)丁寧に埋葬され、惨劇の現場は整理されていたし、地方に逃げた仲間は、大半が戻ってくるという話だが、戻ってきたとしても、若手だけで「水軍」再興は難しい。移民を募る話もあるが、悲惨な事件のあった土地だけに、それも難しかった。ただ、墓があるため、完全に閉鎖されるわけではない。定期船は出入りするようになる。
海上自警団は陸に本拠地を置いて再建される。コンドラン、ガンラッド、タラは、それに入る事になった。孤児院が再建されたら、そちらも手伝う、と言っている。
そして、レイーラとシェードは、俺達に同行する事になった。
同行を申し込んだのは、こちらからだった。レイーラは、完全に公営になっても、孤児院の再興を手伝いたい気持ちもあったようだが、迷った末、「私の力がお役にたつなら。」と引き受けてくれた。
シェードは、当然、抗議するものと思ったが、一応は、黙って見送るつもりだっらしい。だが、仲間達から「追い出され」た。
「いくらあんたが、『俺はコラードだ。だから、海賊島を再建する。』って言っても、実績がないと、人は集まらないわ。人だけ集めて観光地にでもするなら、新しい領主様に頼めばなんとかなるかもしれないけど、水軍を再興したいんでしょ。広い世界に出て、名を上げて、男振りを上げてから、戻っておいで。」
と、メドラに言われ、仲間達はそれに大いに頷いた。
グラナドは、
「シスコンはどうせ着いてくると思った。」
と憎まれ口を叩いていたが、ミルファから、
「そんな事言って、心配してたんでしょ。」
と突っ込まれていた。
グラナドは決して口には出さなかったが、自分と同行させる事で、レイーラとシェードが「潜称者」と断罪される事を防ぎたかったのだと思う。それを言うと、
「はあ?レイーラはともかく、何であんな生意気なガキを庇わなきゃならん。」
と反論した。
「ガキって、彼は、やや童顔だが、もう18だよ。君より二つ上だ。レイーラが言ってた。」
「知るか。ガキはガキ何だよ。」
膨れた様子が面白く、もう少しからかって見たかったが、止めておいた。
騎士団は遅れはしたが、比較的早くてやって来た。カオストが「ゴーサイン」を出さないので、クロイテスが独断で(とは言っても、彼は騎士団長なので、クラリサッシャ王女の許可があれば、権限はあるのだが。)率いてきた。
ロサマリナの中央広場で、晴天の下、邂逅した。
彼は、グラナドがいる事は知っていたが、ユリアヌスと「仲良く」一緒にいる姿を見て、驚いていた。しかし、彼をもっと驚かせたのは、当然、俺の顔だった。
クロイテスの他、見知った顔も何人かいる。任務中なので、私語は無かったが、彼等はやはり驚いている。
彼等の考えている事が何となくわかり、ホプラスの名誉のためには、引っ掛かる物を感じたが、全員に真実をばらす訳にもいかない。
単純に、ルーミの、グラナドの育ての親の「噂」を払拭出来ると考えれば、悪い事ではないが。
まあ、いい、グラナドのためだ、そう思って、クロイテスと会話するグラナドの姿を見た時だ。
「何か」が、グラナドとクロイテスに向かって、高速で飛んできた。俺は、
「危ない!」
と叫び、グラナドを突き飛ばした。「何か」は、細く短い槍、投擲武器だった。
シェードは、レイーラとミルファを守り、前に出ている。カッシーが、
「あれよ、あそこの、蔦の建物の三階の窓。」
と指を指した。ハバンロが、人の頭を飛び越えて、三階の窓を目指して走る。
続いて、もう数発。纏めて魔法剣で叩き落とした。人がいるので、派手に払いのける訳にはいかない。槍は勢いを失い、直角に地面に落ちる。さらに二発、遅れてきたのはかわせなかった。
一本は、ユリアヌスの供で、俺と並んで近くにいたファイスが、盾の裏で止めてくれた。少し派手に飛んだが、人には当たらなかった。暗魔法は使っていない。ユリアヌスは、コロルとケロルに守られていた。
ハバンロが、勢いで二階まで飛び上がったが、すでにミルファの銃が、撃った男に命中した。
騎士達が口々に騒いでいる。
「建物は確認したはずだろ。」
「あそこは市庁舎だ。地元に任せたから…。」
「探知魔法は掛けたはずだぞ。」
「言ってる場合か、殿下、団長、ご無事ですか。」
「ああ。私は、魔法剣で叩き落とした。」
クロイテスを狙ったのか。グラナドを狙ったのか。ユリアヌスが、後れ馳せながら、土の盾を出していた。
クロイテスは、「殿下、ご無事ですか。」と言った。俺はグラナドを見た。無事なようだ。
だが、グラナドは叫んだ。俺の名を。
残り一本は、俺の左肩に刺さっていた。貫通はしていない。体を動かすと、外れて落ちた。何故か痛みはない。当たった感触はあったが、グラナドの無事に気を取られたため、気が付かなかったのか。
「毒だわ。」
駆け寄ったレイーラが、地面に落ちた槍を見て、言った。柄は黒い木で、先は金属だ。その金属の部分が変色している。
レイーラとグラナドが、回復をかけようとした。だが、クロイテスに止められた。
「回復魔法より、まずこれを飲んでくれ。」
と、解毒剤らしき物を渡す。直ぐに飲む。
傷口は、痛まず血が出ずだったが、薬が直ぐに効き、傷口から血と毒が吹き出すと、急に痛みだした。
俺は騎士団の医者に応急措置を受けたあと、教会に運ばれた。歩けない訳ではないのだが、
「なるべく動かないで。」
と医者が指示したためだ。
ここの教会は、粛清で病院がいくつか焼けてしまったために、病院も兼ねていた。というか、聖職者が不在になったため、ほぼ病院だった。
二階の奥まった部屋に運び込まれた。調度品などはほとんどないが、もともと、来客用の部屋だったらしい。使われていない暖炉には、凝った彫刻があった。
残りの毒を浄化魔法で消し、医者が骨と筋をチェック。金属の尖端が、中に残っていないことを確認。それから回復魔法をかけられた。
「団長、貴方が薬をお持ちで、早かったですね。」
と医者はいった。
「ああ。妻が出掛けに。」
クロイテスは、短く返事をした。クロイテスの妻は、グラナドの教育係りだった、シスカーシアという女性だ。勝ち気でしっかりした女性と聞いている。
クロイテスは、俺に、
「魔法、使って見てくれ。」
と言った。俺は左手で、軽く水の盾を出した。普段より少し出にくいようだ、と伝えると、
「このくらいであれば、まだ痛みの余韻が残っているでしょうから、そのせいですよ。」
と医者が答えた。
「このような街で何故…。まさか、公爵が…。」
と、ユリアヌスは呟いた。俺には聞こえたが、他の者には聞こえなかったようだ。
丁度、カッシーが駆け込んで来て、
「ハバンロが犯人を捕まえたわ。丁度いいから、現場検証も兼ねて、市庁舎で尋問するって。騎士の人達が、団長に来てほしいと言ってるわ。」
とクロイテスに伝えにきた。
クロイテスは、医師と部下にここを任せて、市庁舎に向かった。医師は、暫くしたら、普通に魔法が使えるようなる、と言った。
「どういう毒だったんですか?」
と俺は聞いてみた。魔法を封じる毒らしいが、聞いたことがない。
「毒は麻痺系のヒュプンで、それほど強い薬ではありません。ですが、槍の先に、魔法を無効化する金属が使われているのです。これも、そのままでは大した効果はないのですが、傷口から麻痺毒と一緒に、体内に入ってしまうと厄介で。
ラッシルの魔封環、あるでしょう。あれに使われていた、オリガライト鉱石ですよ。ラッシルの鉱脈は殆ど枯渇し、今では採掘は行われていませんが、チューヤで新しい大きな鉱脈が発見されて、コーデラにも入ってくるようになりました。ラッシルの昔の物と比べたら、効果は弱いのですが、こうやって悪用する者がいるので、困ったものです。」
今は一般市民は購入できず、魔法院の研究目的と、指定された医療機関以外には取り扱いは禁止されているが、チューヤとの隣接地域を介して、密輸されている、という。
魔封環には、不快な思い出と、爽快な思い出があった。昔、ラッシルの皇太子(アレクサンドラ女帝の弟。)の「焼き餅」のため、ラッシルの騎士団に捕まった事があった。騎士団の一部に、皇太子の親衛隊と自称している連中がいた。彼らに捕らえられた時、魔封環を魔法手に嵌められた。一緒にルーミとエスカーも捕まったが、奴等はルーミの左手に魔法封環を嵌めた。だが、彼の魔法手は右だった。利き手も右で、片手剣を使っていたが、魔法を放つ時は持ち変えた。この癖があるため、盾は持たなかった。だから、ルーミの魔法手も、俺と同じ左だと思ったらしい。
ルーミが、「自由な」手で火魔法を放った。同時に、エスカーが、両手に嵌まっていた魔封環を、「魔法で」砕いた。悪党は、震え上がって逃げ出した。
その時、エスカーが、「これで押さえられるのは中級まで」と言っていた。
「幸い、専用の解毒剤が直ぐに開発されましたが、配布しても携帯を忘れる若手もいまして。そうしょっちゅう遭遇するものではないのですが。」
これを聞いて、レイーラが、薬を持ち合わせていない時の対処法を聞いた。医師の返事は、こうだった。
「効果が薄まるまで、動かない事ですね。戦闘中だとそうは行きませんが。
ヒュプン以外の薬とは相性が悪く、無効化してしまうので、例えば致死性のある速効性の毒などが使われる事はありません。
浄化魔法を大量にかけるという手もありますが、効率が悪く、効果は個人差が大きいので、薬の携帯が一番ですね。」
その時、階下が騒がしくなり、新しく怪我人が担ぎ込まれたようなので、医師は、後で殿下にも解毒剤をお渡しします、と言い、部屋を出た。
部屋には、俺、グラナド、レイーラ、カッシー、ファイスとユリアヌス達三人、後は若い騎士が残った。
「あの子達はどうした?」
と、ファイスがカッシーに尋ねた。もともと敵対していたはずの二人が、自然に会話するのもふしぎだが、緊急事態の賜物というやつか。
「槍の投射器が、据え置き式の…チューヤかラッシルか分からないけど、外国の珍しいやつだから、飛び道具に詳しいミルファは協力を頼まれたの。一人じゃなんだから、シェードを付き添わせたわ。ハバンロもね。あの子達も、ラズーリを心配していたわ。それにしても、嫌な武器よね。」
これを聞いて、若い騎士の一人が、
「チューヤで城攻めや、砦攻めに使うタイプのようですね。『シアン将軍式』というやつでは。」
と言った。
「ああ、ミルファも、そう言うことを言ってたわ。」
とカッシーが言うと、ファイスが、
「あれは、細かい狙いうちや、方向の微調整には向かず、一度全部発射してしまうと、装填に時間がかかるから、人を狙うのには向いてないはずだが。大きさもかなりある。市庁舎の三階まで運ぶ時点で、誰か見咎めたはずだ。」
と静かに言った。すると、先程の騎士が、
「小型に改造して、組立式にしたやつだと思います。再装填の手間や、狙い撃ちしにくい欠点は解消されませんが、オリジナルより軽くなるので、発射台を回転式に出来ます。弓や銃に比べて、訓練もあまりいりません。ボウガンより、重い矢も飛ばせます。テスパンが王都を占拠する時に、あらかじめ要所に仕掛けておいた武器もこの系列で、あっさり…。」
隣に立っていた騎士が、彼を小突いた。喋っていた騎士は、はっとして、
「も、申しわけありません、殿下。」
と、平謝りに謝った。グラナドは、落ち着いて見えた。
「いや、重要な事だ。」
と、謝る兵士に語りかける。
「そういう武器は、一般市民が、個人で準備出来るものじゃ、ないだろう。テスパンの残党が裏にいる、とも考えられる。後で、詳しく聞かせてもらうことになると思うが、それをクロイテスに伝えてきてくれないか。ミルファは、そこまでは知らないと思う。」
若い騎士達は、露骨にほっとし、そそくさと出ていった。
王都攻めに使われた武器なら、クロイテスは熟知しているのでは、と思ったが、騎士がいない方が、「身内」だけで会話はしやすい。
「ああ、別に、お前は疑ってないよ、ユリアヌス。」
とグラナドは言った。
「カオスト公なら、お前がいるのに、命中率の悪い武器は使わせないだろう。」
ユリアヌスは、安堵していたようだが、複雑な顔をしていた。ユリアヌスは、カオストの長子だが、公爵がイスタサラビナ姫と結婚する前に、庶民の女性との間に作った子供だ。何人かいた愛人のうち、子供を作ったのは一人だけだった。表向きは部下という事になっている。
認知すれば、国から与えられた爵位と領地は勝手に継がせられないが、財産は堂々と残せる。だが、公爵は認知しなかった。イスタサラビナ姫と結婚するためだ。
姫の素行がどうであれ、王家の姫を貰うのに、既に別の女性との間に子供がいます、では不味いと思ったからだろう。しかし、よく考えてみれば、ホプラスのいたルーミは、ディニィと結婚し、王にまでなっている。カオストとイスタサラビナ姫の結婚の許可を与えるのは国王(形式的に議会の承認もいるが)、つまり当時はルーミだ。彼が反対するとは思えなかった。
結局は、イスタサラビナ姫の産んだ息子は、結局はテスパン伯の子供だった。
これらはワールドの住人にとっては、噂に過ぎないが、俺は事実と認識している。
ユリアヌスは、コロルとケロルに、様子を見に行って、犯人の顔をスケッチして来るように、言いつけた。コロルは絵が得意らしい。
彼らが出ていった後、何故かカッシーとレイーラに、
「良かったら、彼らと一緒に行って貰えませんか?」
と頼んだ。彼女達は素直についていく。部屋には俺とグラナド、ユリアヌスとファイスが残った。
ユリアヌスは、
「信用して頂けたのは光栄ですが、殿下。」
と前置きしてから、
「可能性は捨てきれません。」
と、俺たちを驚かせた。
「公爵、つまり私の父には、ある秘密があります。それを共有しているのは、今は私だけなのです。…弟のエクストロスは、父の子ではありませんが、イスタサラビナ姫の子供でもありません。姫の子供は、生まれて一日も持ちませんでした。あの子は、父が、どこからともなく、連れてきた、赤の他人の子供です。」
これは驚きを通り越した。
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