2.ユリアヌスの決意

ユリアヌスは、「事情」を以下のように語った。




「イスタサラビナ姫は、妊娠中に体調を崩し、オッツの東にある、別荘で静養していましたた。医師と侍女が付き添って。父は…あえて『父』と明言させて頂きますが、当時は、アレクサンドラ女帝がコーデラを訪問することになり、その準備で、あちこち飛び回っていて、留守でした。


その日、姫の医師から連絡があり、父が留守だと告げると、私に、


『緊急事態です。私の一存では決めかねますので、カオスト公以外に知らせないように、直ぐにこちらに来てください。』


と言いました。私はまだ年少の身でしたが、供を連れずに、直ぐに向かいました。姫がお亡くなりでは、と、思ったからです。それで誰も駆けつけないのは、後で問題になります。


会議中の父には、


『一人で姫のお見舞いに行きます。姫は公爵にも会いたがっていました。』


と伝言を残しました。私と姫は挨拶程度の仲なので、一人でお見舞い、と言うと、父は悟ってくれると思いました。


行ってみると、姫は薬で眠っていて、医師達は、双子の胎児を囲んで、途方にくれていました。


双子くらいで大げさな、確かに、どちらを長子とするかは医師の一存では決められないが、と思いましたが、双子は、息をしていなかったのです。


先に出た方は、直ぐに死んでしまいました。後から出た方は、数時間で、これまた死んでしまいました。


子供達は、真っ青になっていてよくわかりませんでしたが、テスパン似とも父似ともつかない容姿でした。赤ん坊なので当然ですが。


姫は、何度か「流産」していて、今度、同じ事があれば、子供はもう無理だろう、という話を父から聞いていました。予定日より早く、姫の腰が細過ぎ、胎児は普通よりやや大きい双子だったから、と、医師は言っていまた。


私はこの言い訳を聞いて、やりきれないものを感じました。屋敷の侍女に、姫よりずっと細く、小柄な女性がいますが、王都の病院で三つ子を生み、母子共に元気です。


また、クーベルに行った時、寄った食堂の亭主が、今の一人息子をさずかるまで、妻が三度流産したが、今ではと女将と跡取りとして、自分も顔負けなくらいに元気だ、と言っていました。


さらに、知り合いの役人は、妻がアレガの山岳地方の実家にいる時、雪崩の事故に会い、それで早産したが、イゼンシャの名医のお陰で、なんとか妻も子供も助かった、と言っていました。


以上は、都会の病院や、医療に力をいれている所の例です。ただ、姫の出産場所は田舎でしたが、医師本人は北クシウスの、大きな病院の跡取りで、王都で教育を受けていました。回復魔法も得意という話でした。


あらかじめ出産が近いことが明らか、双子の見当もつき、姫の体調に関する知識も充分にあったのに、『お付きの』医者の言い訳にしては、あまりにも未熟です。しかも、別荘は姫のために、王都の産院並みに改装されていました。それで、これは無かろう、と思いましたね…。


しかし、私が口を挟む前に、父がやって来ました。父は子供の父親が自分でない、と明言する事はしませんでしたが、自分の子でない事は『悟って』いました。ただ、子供には期待していました。このため、死産と聞くと、かなり落胆していましたが、姫がまだ知らないと聞くと、


『姫には、私から直接話すから、それまで内緒に。』


と居合わせた全員に約束させました。


私は、直ぐに王都に戻りました。


それから数日後、父は、『イスタサラビナ姫が、男子を出産した。』と発表しました。


姫の健康状態を考慮して、前から準備していたのかもしれません。


侍女は、高齢だった事もあり、二年後に倒れて、病院で死亡しました。医師は、故郷の病院は人に任せて、父の出資で、王都に病院を建てましたが、クーデター時に死亡しました。…藪で有名、二度、派手な裁判をしたので、殿下もご存じでしょう。他にも色々あり、父がそのたびに、示談金を提供していました。ですから、『秘密』を知っているのは、今は父の他は、私だけです。」


そして、彼が秘密を喋ったので、俺達もだ。


「タッシャ叔母様は、その事は?」


いち早く、グラナドは冷静になって尋ねた。


「最初はご存じないようでした。私たちも隠しましたから。ただ、父は、就学準備を理由に、エクストロスを早々、母親から引き離しました。これは、姫がルミナトゥス陛下に訴えたので、姫が夫の家で過ごすことを条件に、幼いうちは、一緒に過ごせるようにはなりました。ですが、ある日突然、また別居し、姫は息子に会わなくなりました。たぶん、悟ったのでしょう。医者と侍女から何か聞いたのかもしれません。


姫は風変わりな人だと見なされていたので、『もう飽きたんだろう』と言われましたが、テスパンと別れた訳ではないのですから、その子供を見捨てるというのは、ありそうにないですからね。」


子供が自分にも、心当たりのある男性にも、それほど似ていなければ、気づくだろう。


「なんで、その秘密を、僕たちに?君は、立場から言っても、カオスト公爵の主張を支持しているんじゃないか?」


俺は質問してみた。恐らくだが、彼は、父親に狙われているかも知れないと思い、いざという時のために、俺たちに秘密を共有させたかったのだと思った。


「私は、エクストロスへの王位継承には反対です。即位しても、実際は父が後見します。ですが、父は、後見で終わる気はないでしょう。


もし、エクストロスが即位まもなく『都合良く死亡』などし、父が王になったとして、その先はどうなりますか?味方になる有力者がどれだけいますか?こう言っては何ですが、貴方の嫡出の否定でさえ、支持を集めきれないのですよ。


確かに、クーデター前は、貴方の人気はありませんでした、王子。ですが、今は事情が違います。今の父には、その判断力がないのです。」


グラナドが『見つかった』今となっては、エクストロスへの継承は困難だ。クーデター後に、一応建て直しに努力した(本当は黒幕だが)カオストより、逃亡中だった王子の人気が上昇しているのは、考えようによっては理不尽だが、それだけカオストの欠点が目についている、とも取れる。


さらに、ユリアヌスは、自分の見解を述べた。


クラリサッシャ姫は恐らく独身で通すだろう。年齢的にエクストロスを婿に、というのは無理がある。だから、カオストは、即位を前提として、王家の養子にさせたがっていた。ディアディージナ姫は体が弱いことを考慮すると、養子にイスタサラビナ姫の血が流れていれば問題はないので、おそらく通ったはずだ。


しかし、もしエクストロスが王位を継ぐ事になれば、表向き、血縁者である以上、『一代限りの王』にはならない。ザンドナイス公家には子供がいない。カオスト家も、今の公爵は直系ではない。


「ディアディージナ姫がこれから娘を産んで、エクストロスと結婚し、二人の間の子供が王位を継げば、血統的には問題ありませんが、そうならない場合はどうなりますか?


私は庶子や養子の相続を、真っ向から否定する気はありません。しかし、財産はともかく、王位となれば違います。国民が知らず知らずのうちに、王家が『変わっている』、しかも、一人の野望のために、では、聖女の恩恵は、二度とないでしょう。」


ユリアヌスが語り終わると、暫く静けさが辺りを支配した。部屋の外は騒がしかったが、中の静けさの方が勝つ。


「それは、お前が父親の意思に背いて、俺を支持する、と受け取っていいのか?」


グラナドの問いに、ユリアヌスは「そうです。」と答えた。


ユリアヌスは現在、魔法院は「辞めて」、カオストの為に働いていた。魔法院は段階があり、彼は最上級に進む前に辞めた事になる。このため、多大な特権のある宮廷魔術師にはなれなかった。つまりは、「支持する」とは言っても、彼に協力な基板があるわけではない。


しかし、カオストの身内に、協力者がいることは大きい。


だが、エクストロスの血筋について、連絡者が黙っていたのは何故だろう。確かに、グラナドよりは継承順位が低いし、年齢も若すぎ、対象外と言えば言える。二人とも、父親が正当でないことは周知の事実だが、母親を比べても第一王女のディニィと第三王女のイスタサラビナ姫の差がある。第二王女のバーガンディナ姫にも娘が二人、順位としては、彼らの間にいる。


さらに、囁かれる実の父親についても、歴代最優秀の成績で魔法院を卒業し、最年少で宮廷魔術師から宰相にまでなり、国政に貢献したエスカーと、本人ではなく姉の功績で爵位と領地をもらい、無軌道な若者を煽り、クーデターを起こして、国を荒らして失脚したしたテスパンとでは、天地の差だ。


計画者は、エクストロスが障害になるとは思ってなかったのかもしれない。


「とは言っても、いきなり言っても、信用して頂けないでしょう。私は立場が立場です。暗魔法の研究を続けていたのは事実ですし。」


「だが、お前も、堂々と俺につく訳にもいかないだろう。これから王都に戻るなら、尚更だ。」


すると、ユリアヌスは、一呼吸置いてから、


「ファイスをお貸ししましょう。彼は、暗魔法が使えますから、これから先、役にたつでしょう。」


と言った。


ファイスは、少し驚いたようだが、「そうか。わかった。」と一言、言った。グラナドは、


「それは非常に助かるが…。」


と答えたが、迷っているようではあった。


「一つ明らかにしてほしい事がある。カッシーが、さっきの女性だが、彼を追っていたようだ。理由は何だ?」


それは俺も気になっていた。しかし、カッシーがこの後も俺たちに同行するとは限らないため、俺たちも理由は聞いていない。向こうから見たら、事情を知らずに先に彼女を仲間にしている事になる。


そこを追求されたら、どうしようか、と思ったが、ファイスは、


「知らん。あの女が、俺を見かけると切りかかってくるだけだ。今は殺す気はないようだが、俺も捕まる気はないだけだ。」


と簡潔に言った。そして、


「本人に直接聞いたらどうだ。ドアの影にいる。」


と、目でドアを示した。


カッシーは、影から、悪びれもせず、微笑みながら出てきた。


「聞いてたのか?」


とグラナドが尋ねた。カッシーは、笑顔のままだった。


「ああ、心配しなくても、もう狙わないわよ。あたしの『ギルド』に連絡したら、依頼は完全に取り下げられたって話しだから。」


続けてカッシーは、


「喜びなさいよ。」


と言ったが、ファイスは眉根を困ったように寄せた。彼にしてみれば、「依頼」内容さえ知らされていないのだから、無理もないだろう。


「ファイスはある街で、職人を四人切りつけて逃げたんだけど、そのうちの一人が死んだの。死んだ男の恋人が、最初の『依頼』を出したんだけど。



「…あのような真似をする男達に、そこまでしてやる恋人がいるとはな。」


「最初は真相を知らなかったんだから、仕方ないでしょ。まあ、それで、『わかった』から、最初の『依頼』は取り下げられたわ。だけど、死んだ男の身内と、生き残った連中が、誰が主犯だったか揉めて。被害者の女性は『無事』だったけど、腕と足に怪我をしてたから。あんた、運んでやったんだから、知ってるでしょ。『障害事件』にはなるから、『証言に呼ぶ』事になったのよ。次の依頼は、死んだ男の親から。」


「俺が行っても、たいした話が出きるとは思わんが。悲鳴が聞こえたから助けたまでだ。」


ファイスは、一言、殺す気はなかったが、と小声で付け加えた。カッシーには聞こえなかったようだ。


「それはそうね。あんたが来なくても、裁判は決着がついたわ。『計画をたてたのが誰だったかは問題ではない。』って、判事がね。まあ、表ルートに完全にうつったら、あたしの『ギルド』では、対象外だから。」


カッシーは、続けて、やや細かく説明した。


「『主犯』は死んだ男だったようだけどね。怪我した女性は、町一番の美人と評判の娘で、大きな工房の一人娘。町の若手で一番の職人と婚約したんだけど、彼は孤児出身だったの。襲った連中は、代々職人だったけど、彼に比べて、腕はあまり良くなかった。同年代の職人同士で比べても、見劣りがしたそうだから、『彼と比較すれば』ってだけの話じゃないようね。


自分達より『階級が下』の奴が、自分達より『美人』の恋人を手に入れて、親方の跡継ぎの座まで約束されたのが、気に入らなかったらしいわ。」


ファイスが、やや不思議そうに、


「それで、なぜ、その女性を?親方の娘なのだろう?『気に入らない』のは、その一番の職人の男性ではないのか?」


と言ったが、カッシーは、


「さあ、それはあたしに聞かれても。とにかく、あんたは、自由の身よ、ファイストス。」


と、あっさり結んだ。


「そのお嬢さんは、どうなさったかな?」


とユリアヌスが聞いた。


「婚約者と町を出るそうよ。一人娘だし、やがては戻るでしょうけど。彼の『修行』ってことで。」


ユリアヌスもだが、グラナドも少し、ほっとした顔をした。


「じゃあ、そういう事だから、心置きなく、同行できるわね、宜しく。」


俺は、君もくるのか、といいかけたが、グラナドが、


「まあ、仲良くやってくれよ。」


と言ってしまった。


その時、コロル達が、慌てて戻ってきた。


「犯人が、死にました。」


とコロル。死にました、つまり自殺しました、と言いたかったのだと思ったが、少し違った。


「逃げ出さないで、あっさり捕まったと思ったら、死んでました。捕まえた時は、死んでたんです!」


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