3.墓参
調査は、あっさり片付いた。犯人は、狙撃に失敗して自殺、と言うことになった。
犯人は、狙撃の後、何かを飲んでいた。飲んだ時に「死んで」いたようだが、いつ飲んだかはわからない。狙撃を行った時は「生きて」いたと思われる。
捕まえた時は、目が虚ろで動作は鈍く、喋らなかった。尋問を開始した時に、係りの騎士が着席を促した。大人しく座ったが、質問には答えず、反応がない。無視したのかと思ったが、様子が変なので、医師が健康状態を確認するため、脈をとった。その時に、「死んでいる」のに気づいた。だが、まだ体は動かせるようだった。
丁度やって来たレイーラが、浄化魔法をかけると、狙撃者は力を失って倒れ、本当に死んだ。
ポケットには、小瓶が入っていたが、中身は空だった。中に毒素は残っていなかった。
死ぬつもりで飲んだのか、逃亡用の薬(一時的に転送魔法が使えるなど)と言いくるめられていたのかはわからない。
彼は、ナンバス近郊の比較的大きな「組織」にいた、中堅クラスの「構成員」だった。組織同士の派手な争いがあり、その余波で摘発を受けて、一度捕まっていたため、記録は残っていた。護送中に逃亡し、指名手配されていたが、混乱期に乗じて、うまく逃げおおせたらしく、そこから今の狙撃までの消息はない。おそらく、治安の良くない、大きな都市を転々としていたようだ。
ユリアヌス達は、彼の顔は手配書で見た以上の記憶はなかった。カッシーが彼女の「ギルド」に問い合わせたが、「該当なし」だった。正直に言うわけはない、と思ったが、彼の前歴は華々し過ぎて、かえって使い辛い、そういう人物は、「組織」のお抱えになるのが主流だ、と説明された。
また、同じ組織に、リンスクに雇われていた、魔導師デマリオが、一時属していた事が直ぐにわかった。
デマリオという男は、昔、クーベルの魔法院にいて、一時は冒険者ギルドにいたが、どちらもすぐ辞めた。密輸業者や人身売買組織を転々としていた。当時は、かなり悪どい人身売買を担当していたようで、彼も抗争の時に捕まったが、司法取引で直ぐに釈放されている。。
リンスク領に来る前は、シイスンの南の港町ジンガフにいた。前の組織と対立していた密輸業者にいたようだが、そこから、突然、ロサマリナまでやって来た。
ジンガフは、例のオリガライト鉱石の密輸ルートと見なされる地域と、一部重なった。
しかし、リンスクで『活用』されたのは、暗魔法だ。それと、魔法を無効にする鉱石とが、うまく結び付かない。
これについては、ユリアヌスが、
「暗魔法は、オリガライト鉱石の影響を受けにくいのです。『回復がない魔法体系』『物理的変化を起こす要素が強い術』だから、と言われています。が、詳細は研究途上です。」
と説明した。彼の集積器は、魔法院で使われる伝統的な器具を改造したものだが、一時はオリガナイトの使用も検討したそうだ。
しかし、禁製品というのもさることながら、扱う彼の現在の属性が水と土、影響を受けるため使いにくいので、候補から外した。
ユリアヌスは、一足先に、コロルとケロルをつれて王都に戻った。クロイテスが、護衛に一部隊つけた。グラナドは、通信でクラリサッシャ姫と話し、ユリアヌスと護衛隊長に、彼女への手紙を託した。通信で話した事を書いたのだが、「王子の使い」として無事に帰すためだ。
「あいつは、あいつなりに、父親を止めたいんだろうな。」
とグラナドは言った。
俺は、出発前の早朝、一人でエイラスの墓に参った。代々続く豪農だったので、墓も立派だったが、後に続く者は、もういなかった。
エイラスとは、養成所時代に数回口を利いただけだった。俺は孤児組、彼は貴族組寄りの庶民組で、はっきり言えば良好な仲ではなかった。しかし、孤児組、貴族組、庶民組は、養成所時代の特徴で(同期毎に宿舎が違い、上下とあまり交流のない、ある意味閉塞した環境なので)、騎士になってしまえば、ほぼ気にしなくなる。俺が復帰した時には、エイラスは引退していた。彼は、貴族組のリーダーだったタルコース(クロイテス夫人の兄に当たる)を非常に尊敬していた。彼の部隊が全滅した時、同じ隊にいた。しばらく地方勤務していたが、タルコースが土のエレメントの宿主にされた事件の顛末を、クロイテスから聞いた後、引退した。実家の家業を継ぐという話だったが、タルコースの事がショックだったんだろうと思う。
彼が、なぜそこまで、タルコースに心酔していたか、解らなかった。タルコースはカリスマ性のある人物だったが、それにしても、幼馴染みで義理の弟にあたるクロイテスより、衝撃が露骨なのは、正直不思議だった。
リンスク領に来て、理解できた。エイラスのイメージでは、貴族、というと、長らく、素行の悪い次男坊を、猫可愛がりするだけで、威張り散らしている先々代の事だった。それが、タルコースに会い、「領民に対する義務のために、努力する、理想的な貴族」を初めて知ったのだ。
墓碑銘は特になく、生没年と名前だけだった。彼の家族の名も刻まれている。
花は、花屋にはあれこれ派手な花が多く、墓参りに良さそうなのは目につかなかった。花屋に聞くと、
「お墓参りなら、これですよ。」
と、ローズマリーを手早く束にしてくれた。
「『物思いを、忘れないための花』ですよ、昔から。」
と説明を添えて。
墓に供えた、追憶の花は、海風に揺れていた。
「ここにいたのか。」
振り向く。グラナドがいた。
「こんな所まで、一人で来たのか。危ないだろう。」
「そこまで、ファイスと来た。…そういうなら、俺を残して、出るなよ。」
それはそうだ。見渡せば墓地の入り口にファイスが見える。俺はグラナドに謝ったが、後でファイスにもお礼を言っておこう。
「あいつの、ここ数日の毎朝の散歩コースらしいよ。」
「墓地がか?」
「ローズマリーが好きらしい。ここには沢山、供えてあるし、入り口までの道にも、いっぱい、生えてただろ。花屋のとは、ちょっと種類が違うみたいだが。」
自生しているのと同じだと、売れないからな、グラナドはそう付け加えた。
グラナドがファイスと、自然に接しているのは、よく考えれば意外だった。初対面の時に、「中身があっていない」と言っていた。暗魔法の使い手であることを考えると、「人ならざるもの」とも考えられるが、彼は、今までの言動からすると、理性に問題があるようには見えない。むしろ極めて冷静で理性的に思える。
同業者かもしれないが、もう一人降りているなんて聞いていない。だが、上が内緒にしている可能性もある。周囲に人のいない所で、さりげなく仄めかして見るか。
俺は、そろそろ戻ろうか、と、グラナドの方を見たが、彼はさっきまで立っていた場所にはいない。いつの間にか、俺のすぐ横に立っていた。
「あの洞窟で。」
風は暖かいが、少し声がくぐもっていた。
「ハギンズは、何のためにローズマリーを焚いていたのかな。記憶を繋ぎ止めるため?利用しているだけの相手の。」
人間らしく動かすためには、記憶は必要だった筈だ。利用しているだけとしても。だが、
「忘れないで欲しかったのかもしれないな。自分の事を。」
と答えておいた。
不意に、正面に回り込んだグラナドは、手を伸ばし、俺の左肩に触れた。当たった場所は服の下になるが、もう痕すら残っていない。
「すまなかった。盾も回復も出遅れた。」
わざわざ、これを言いに来たんだろうか。
「結局、大した事はなかったし。気にしないでくれ。君が無傷で良かったよ。」
あの場合、仮にグラナドが、回復魔法をかけてもほとんど効かなかった訳で、状況からして、彼が責任を感じる事ではなかった。魔法盾も、物理防御力に優れた土の盾でも、魔法を無効にする矢なら、貫通していた可能性もある。ただ、俺に当たった矢は、魔法剣で勢いが弱められていたせいもあるが、上着に阻まれた程度で止まり、肉体を貫き通すまでには至らなかった。
「結果論だろ、それは。もし、頭に当たってたら?例え魔法が効いても、助からない。」
そうなったとしても、俺は死なず、肉体から離れるだけだが、新しい体でもう一度すぐに、という訳には、いかないだろうな。流石に、そこまで人間離れすると。
グラナドは、俺の目を、じっと見ていた。飴のような透明な瞳。
「大丈夫だよ。結局、怪我したのは僕だけだったろう?もう、どんなものか解ってるし、次は、防げると思う。…心配してくれたんだ、ありがとう。」
「…お前が間に入らなかったら、俺に当たってたかも知れないし…気を付けろ、と言いたかっただけだ。どうせ、もう、ああいう事はするな、なんて言っても、無駄だろうからな。無効化に強い盾のアイデアもあるから、次は俺も…。」
俺は、思わず、笑ってしまった。
《俺なんか庇うなって言っても、聞かないだろ。》
ルーミに、似たような事を言われた時の事を、思い出したからだ。
グラナドは、笑われた事で、少しムッとしたようにも見えた。俺は慌てて、
「ごめん、君を笑ったわけじゃないんだ。思い出したら、思わず。」
と言った。
「思い出す?」
「ルーミに、前に同じことを言われたから。」
少し強い風が吹いた。一瞬目を閉じ、開くと、グラナドの顔が、すぐ近くにあった。
「間抜け面だな。」
直ぐには事態を把握できなかった。
「呆けてないで、戻るぞ。」
「え、ちょっと待って!」
グラナドは俺に背を向けていた。ファイスに合図する。俺はその後を追いかける。
「『気合い』を入れただけだ。」
「気合い、って…。」
「別に深い意味はないから安心しろ。深刻に取られても困るぜ?」
グラナドは呆けた俺を置いて、すたすたと、早足で戻っていく。
俺の動揺をよそに、風は穏やかな物になっていた。
俺達は、海を後にし、クロイテス達騎士団と共に、王都に戻るはずだった。
ところが、そのルート、まっすぐなはずの路は、曲げられる事になってしまった。
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