[8].夢見る蕀(いばら)(前編)

1.いばらの中から

結局、アリョンシャとは、オリガライトの話にはあまりならなかった。彼も情報が少なかったのだと思う。


それについては、なぜか、アダマントが、意外に詳しかった。彼は、出身地域に貢献したい、と、ずっと、地方勤務に着いていた。そのため、ながらく、王都には騎士を除く知人はいなかった。妻になった女性は、王都の魔法院にいたが、魔法医師の道を選び、これまた故郷に帰っていた。二人はそこで出会った。


アダマントはクラリサッシャ姫の仮即位時に、王都の勤務になった。その時、密輸取り締まり担当になった。


普通の酒や宝石、珍しい動物の毛皮などは、警察の担当だが、薬物や魔法関連は、魔法院と騎士団で担当する事になっていた。


確か、本人も魔法理論に興味があって、魔法剣の原理について、熱心に学んでいたな、ということを思い出した。


彼から、簡単にオリガライトの特徴について聞けた。


採掘したばかりの鉱石の状態では、属性魔法の吸収力より、暗魔法の蓄積、放出の性能が高い。しかし、この時点では、探知に引っ掛かる。


カモフラージュのため、一度溶かして、不純物を取り、改めて他の金属(銀や銅、鉄)と混ぜると、探知には引っ掛かりにくくなる。不純物が除去されたせいか、属性魔法の吸収力が上がるが、密輸の場合は混ぜ物を多くして、全体的に性能を緩和させる。


この後、純粋なオリガライトを混ぜ物と分離して取り出すのだが、この時には、採掘したての状態と比較すると、暗魔法に関する力は少しだが弱くなり、生では弱かった、属性魔法への力が上がる、という。


数回溶かすことになるから、そのせいだろうと言われている。また、精製した状態での安定度は、方法が同じでも差がある場合が多く、意図によっては加工前に密輸し、使う者が混ぜ物を工夫する。ただ、混ぜ物の配合によっては、吸収限界に大きな差が出来るらしい。


セートゥで、ファイスに回復魔法をかけた時の事と、メイランで攻撃魔法を使った時の事を比較して思い出した。


セートゥでは、通信でユリアヌスと話す機会があったので、アダマントの話の確認と、チューヤで見たことを話した。


グラナドの意見も聞きたかったが、彼は、俺が連絡した時は、不在だった。


もうすぐ会えるんだから、別に焦らなくてもいいか、ハバンロやレイーラも、個人的な通信は控えていることだ、と、考えていた。



だが、あんな別れ方をしたのだから、個人通信がないのを、おかしく思うべきだった。



 ※ ※ ※


ポゥコデラからナギウ、ナギウから王都を目指す予定だったが、ナギウで待っていたクロイテスに連れられ、再びシィスンに来た。ナギウで彼が言うことには、実はグラナド達は、まだシィスンにいるから、という事だった。


それなら、シィスンへの転送装置を使えばよかったのに、と言った所、クロイテスからは、


「転送装置は、当分の間、使用停止だ。転送魔法も、シィスン付近では、極力使用しないように、とお布令がある。」


と聞かされた。


「色々あって、とりまぎれてしまったけど、あの空間転送、どんな原理なの?」


カッシーが質問した。クロイテスは、


「それについては、ミザリウス院長が説明されます。」


と答えた。レイーラが、


「そんな方が来てるの?」


と目を丸くしていた。


現魔法院長ミザリウスは、グラナドの師匠だ。ただ、彼の属性は水と風なので、土と火は、現副院長のヘドレンチナにも師事していた。


魔法院長は代々、宰相を兼任してきたが、彼は政治家になる意志はなく、またルーミが宰相を置かなかったので、魔法院の仕事に専念していた。




恐らく、こういうケースは前例が無いので、院長自ら出向いたのであろう、と思っていた。それは、単純にはそうだった。




シィスンで、俺たちは、あの道場の「跡地」に連れていかれた。


道場を囲むように、布張りの壁が張られ、騎士と魔法官が、即席の小屋に詰めていた。神官もいる。


俺たちに付き添ってきた隊は、交代して市街の宿に戻る。物々しいが、空気は何故か軽かった。


だが、何かあった。


「これは明らかに…。」


ハバンロが口に出して言った。クロイテスは、「部屋」に入る前にと、「説明」をしてくれたが、歯切れの悪い物だった。


「すまない。君達が、チューヤにいる間は、伏せておいた。この事は、表の団員たちも知らない。アダマントとアリョンシャにも口止めした。王都でも、クラリサッシャ様、ザンドナイス公、議長のオルタラ伯と…カオスト公は立場上、お知らせしないわけには、いかなかった。」


俺たちは、「部屋」に案内された。


ラールがいた。ミザリウスらしき人物と、熱心に話している。ユリアヌスの姿も見える。


ラールは、俺とハバンロの姿を見ると、ミザリウスに示した。ミザリウスは、金色の頭を、くるりとこちらに向け、クロイテスの姿を認めた。


もう一人、白髪の女性がいた。彼女には見覚えがある。ディニィの後に神官長になった、リスリーヌという女性だ。髪は真っ白だが、神官だからであり、まだそれほどの年ではない。彼女は、レイーラを見て、名を呼んだ。


ハバンロが、ラールに答えていた。ファイスが、俺に、


「これは、どういう事だ。」


と言った。


俺は、ラールを通り越して、その背後にあるものに、釘付けになっていた。


陽炎の蕀に囲まれた、三人の、透き通った「残像」に。


 ※ ※ ※


シィスンに戻った夜、俺は、一人で、連絡者を待った。だが、それも直ぐ止めた。


この期に及んで来ない、のではなく、来たくても来れないのだと悟ったからだ。




「空間」が「歪んで」しまったからだ。




「事件」の直後、ミルファとシェードは「消えた」。グラナドは無事だった。彼は、「二人の影が見える。」と言った。




道場主のヤンジェインは姿を消していた。いつ消えたかは解らない。弟子の少年三人は、事件の早朝、彼の指示(メモによるものだが)でグラナドを誘い出した。彼らは詰問されたが、指示された内容以上の事は知らなかった。道場は壁が一部崩れていて、屋根は安全のため、一部取り外されていた。仮の囲いがしてある状態だ。これは飛ばされた時に吹き飛んだらしい。少年三人は、危うく死ぬとこだったらしく、すっかり目を冷ましていたので、嘘はついていないようだ。




他の師範や弟子の話から、ヤンジェインは、もともとは清廉な人物だったが、最近は不審な行動が目立っていた。真面目な弟子はどんどん他所に移り、資金難だったはずだが、金回りが良かった。別居中の彼の妻は、お金の苦労をしたことがないせいか、人が変わったことには不審感を抱いていたが、金回りには疑問を持たなかった。




グラナドは、道場封鎖の指示を出し、クロイテス、ミザリウス、ヘドレンチナ、ユリアヌス、そしてクラリサッシャ女王に次々と連絡した。


ハバンロとレイーラから連絡が入った日、グラナドは書き置きを残して、「消えた」。


書き置きには、道場主本人が命がけで(彼の生死は不明だが)かけたか、誰かに利用されたかは解らないが、「空間を歪める魔法」が使われたらしい、と簡潔に説明があった。自分は彼等を連れ戻す、仮にすぐ戻れないとしても、失敗したわけではない、特に、三人(俺とカッシー、ファイス)が先に戻って来るなら、自分達も戻れる、ラズーリがある程度なら詳しい筈だから、…と、細かく指示していた。




俺達から連絡があった日に、三人の「影」が、道場に時々、出現するようになった。


出ている時間はバラバラで、色濃く見えるのは一瞬、大抵は薄く、漂うように揺れる。動きから何をしているかまではわからない。こちらに気づいているかもわからなかった。




リスリーヌは、グラナドが行ったのは、「死者の国」のような物だと考えていた。だから、事態を国民には伏せ続ける事を主張した。公になれば、「死者を冒涜するな。王子は安らかに眠らせろ。」という声が高くなるだろうから、との事だ。彼女は、この状況で、神官にしては「政治的な」死生感の持ち主だった。


ユリアヌスは、「王都を離れられない」公爵の使いとして来たが、彼からは「王子のご病気が悪化した」とだけ聞いていたので、驚いた、と言っていた。彼はリスリーヌとは反対に、「よく解らない病気」で「王としての職務は無理」、で国民のイメージが定着する前に、正しく発表したほうが、と考えていたようだが、時空云々の下りを、一般市民に上手く説明できないことはわかっていた。


クロイテスは、王都に留まっていたが、女王の勅命で、シィスンに遣わされた。土地柄の微妙さも考慮し、周辺住民の避難に(類を見ない魔法事故には違いないので。)、団長自らが当たった。


ラールが呼ばれたのは、ミルファの母親だからだ。




ミゼリウスは、魔法院長という立場上、グラナドが受けた物が、風魔法の転送ではなく、「時空」に関する魔法、というのは、理解していた。が、なにせ実例がほぼ無い。それらしい民間伝承などはある。


当然、専門の研究者やエキスパートなどはいない。


エスカーが書いた「空間転移と外的要因」という、長距離転送の重力の影響についての論文が、理論としてなら一番詳しい資料になるが、これは厳密には風魔法の研究の応用に当たる。


しかし、今回、ミゼリウスとグラナドが、対策の元にしようと考えたのは、この論文だ。


これはエスカー一人の作では無かった。ミゼリウスも、共同研究者として論文に名は連ねていたが、彼が担当したのは風魔法の拡張理論だ。そして、同じく共同研究者の、イオヌア・ロサとヌリウス・カレイドス、アベル・キオノスの三人は、既に「故人」だった。


カレイドスは、ちょうど騎士団養成所に講義に行っていた、副院長ヘドレンチナについて、ヘイヤントにいたのだが、王都の自宅が最初に占拠された地域にあったため、急いで戻った。幸い、妻と子は、郊外の姉の家に出掛けていて、なんとか助かったが、カレイドスは帰らなかった。現在は、行方不明扱いになっている。


キオノスは、クーベルで知人の葬儀に出席中のミゼリウスに代わり、魔法院で行われる試験の監督を勤めていた。そのため、当時は魔法院に泊まっていた。彼は中庭で若手と共に「見付かった。」


イオヌアの名前は覚えていた。女性の宮廷魔術師で、ホプラスが死ぬ時に、ルーミを連れ出して貰った人だ。彼女は、クーデターの前の年に、海難事故の救助活動中に、死亡していた。




「からくり」に詳しそうな人物が、現在、全員「いなくなって」いる。海難事故のイオヌアはともかく、男性二人の死は、怪しむな、というのは、無理がある。だが、怪しい事は解っても、今さらどうしようもない。




俺は、ミゼリウス達に、はっきりと、


「グラナド達は、本来はここと繋がっていないはずの、別の空間に、向こう側から『引き込まれた。』可能性が高い。」


と伝えた。


誰がどうやって、という説明は出来ない。


魔法院は、この場のエレメント値を定期的に測っていた。以前、複合体のいた地域だからだ。今、改めて計ると、季節からしたら水が強いはずだが、「均等に」減少していて、土地柄から来る土が僅かに高い程度になっていた。俺達が向かう直前の観測では、不審点はなかったそうだ。




しかし減少と言っても、まったく零になった訳ではない。普段の半分程度だ。が、平均値の遥か下には違いない。周辺地域は通常値のため、明らかにここだけ、おかしい事になる。




エレメント値が低いと、属性魔法の効きが悪くなるが、半分だからと言って、効きが五割に下がる訳ではない。術者のレベルにもよる事だ。


値には一日の中でも、時間により、増加と減少の「波」があり、グラナド達が見えるのは、増加する流れの時だ。




俺は、エレメントは、「向こう側」に吸収され、動力に転換されていると見た。減少の時は引く力が強く、グラナド達の影も消える。増加する時は、恐らく吸収の反動で、向こう側から流入し、自然の状態に戻ろうとしているのだろう。


グラナド達は、例えて言えば、


「急流に巻き込まれた人が、途中で木や岩に捕まりながら、上流に進もうとしている。」


ようなものだ。ミゼリウス達にも、そう解説をつけた。




彼らは、俺が詳しい事に驚いていたが、俺も、実際に、ワールド間を直接つないだ物理移動なんて、見たことがない。理論的には可能なので、知識として習っただけだ。


守護者が複数ワールドを掛け持ちし、体ごと移動する必要があるなら便利だろうが、現在はそういう必然性がない。そもそも、ワールド間の物資の移動は、いわゆるオーパーツの存在を促すし、移動時に目撃される可能性が高いので、禁止されていた。


今回のは、安定した経路を作って自由に行き来するレベルではなかった。一方的に引き込むだけのようだが、道場主のような協力者がいることを考えると、何らかの働きかけをする事は可能なようだ。




ミザリウスは、そういう事なら、一時的にエレメントを「零」にすれば、吸収する力が弱まり、反動で戻れるのでは、と言った。


ユリアヌスは、それを受けて、押収したオリガライトで、早速「装置」を作り始めた。




実作業になってしまうと、手が空いてしまった。これは仲間も同じだ。


「あんたの落ち着きは見習うべきね。」


ある夕方、ラールが言った。


「私は魔法理論は全然だから、そのせいもあるけど。複合体の時に、ディニィやエスカーから聞いた話とは、また別世界だわ。」


昼下がり、昼食のために、みな食堂にいた。


食事の順番は、グループごとに決まっていて、魔法官、騎士、俺達の順だった。ミゼリウスとユリアヌスは魔法官と一緒、クロイテスはその日は、市民の避難先に行っていて、いなかったが、居れば騎士と一緒だ。


俺はラールと一緒のテーブルについていた。


ファイスは、ユリアヌスに付いてきた、コロルとケロルと何か話していた。すぐ横に、レイーラとカッシーがいる。


ハバンロだけ姿が見えないが、彼は食堂の補助をしていた。シィスンから、彼の長兄のジョロクが、手伝いに来てくれたからだ。


母のサヤンは、旅の後、ナギウの料理の学校に行ったが、そこでクーベルから来た、エッジオという青年と出会った。結婚したのはホプラス死亡後だったので、彼には会ったことがないが、北西コーデラ系で背が高く、ハバンロは彼に似たそうだ。ジョロクは目は明るい茶色だったが、色白で、背は高かった。サヤンが小柄な事を考えると、彼も父親に似たようだ。


「他の二人はサヤンに似よ。二番目のペパードはアレガノスで医者の勉強をしてるわ。末っ子のラペニョは、少し体が弱くてね。まあ男の子は、子供のうちは女の子より、よく病気するし。まだ十歳だからね。」


ペパードは、ハバンロと一緒に、気功術をやっていて、師範を目指していたそうだ。ところが、彼等の師匠が道場の資金を不正に使用していた事が明るみにでて(今の事件を起こした道場主が告発側だっが。)、辞める事になった。


ペパードは真面目にやっていただけあり、一時は呆然自失の状態だった。


「『医者になれる頭があるか解らないけど、ようやく気力を取り戻してくれた。』と言ってたわ。」


ハバンロは入門して日が浅いこともあり、別の師匠について、暫く続けていたが、最終的にはロテオンの所で、やり直す事になった。


ロテオンの流派は、気功はやっていない。シィスンからカメカまで来て、得意な気功とは異なる流派に入門した理由が、やっと解った。


「サヤンは、若い頃のヤンジェインを知っていて、


『とにかく真面目で融通が利かない性格だった。彼に賄賂を受け取らせるより、なまくら包丁でサザエの殻を千切りにする方が簡単。』


と言ってたわ。…言われてみれば、あのテスパン伯、


『享楽的なわりに小心で、イスタサラビナ姫の結婚の時も、結局、自分との事を押しきれない人だった。』


と、アリョンシャから聞いてる。シスカーシア…クロイテスの奥さんで、グラナドの子供の頃の教育係りをしていた人だけど、彼女からも、似たような評価だった。ディニィも昔、


『タッシャには、頼りになる、落ち着いた人がいいと思うんだけど。』


と言ったことがあった。


疑問だったけど、中身が変わる、異世界から移動する、という話を聞いてみると、意外だと思ってた事に、解説がつく気はするわ。」


ラールは、それでも、すべてがそれで片付くとは思わないけど、と付け加えた。


彼女は、ミルファの事は覚悟して出した、と、コーデラ側を責める言葉は口にしなかった。俺の事を冷静と評価したが、彼女こそ、それだ。ただ、現在のカオスト公が、どこまで関わっていたかは気にして、場合によっては、ラッシルの公式の立場がどうであれ、「ただでは済ませない」と語った。


「どうだろうね。彼は、魔法官ではないし、ここまで出来るかはわからない。」


俺がそう言うと、


「あら、昔から、『計画者には専門知識は不要』というでしょ。実行する人間を動かせばいいから。」


と答えた。「計画者」という表現には、には内心、どきりとした。


食事が終わると、ユリアヌスが、俺を呼びに来た。装置が完成したから、見に来てくれ、と言われた。


「部屋」には、ミゼリウスとユリアヌスがいた。リスリーヌもだ。


金属製の鏡のようなパネルが、円形に並べてある。この中心は、グラナド達が、一番良く出る所だった。今は見えていない。


ミゼリウスは、計測値の表を示しながら、明日の正午に、「実行する」と言った。


夕食後、食堂に集められ、皆に発表されたが、騎士の一部から、


「クロイテス団長は明日の夜にお戻りです。それからでは。」


と声が上がった。エレメントの「波」を考えると、明日の正午、とミゼリウスが説明した。大半はそれで納得したが、尚も拘る騎士がいた。ピウファウムという、若い騎士だ。


「魔法院の方が中心なのはわかっていますが、騎士団としても協力させていただいたわけで…なんとかなりませんか?」


と言った。すると、彼らの上司に当たるライオノス(この場の騎士では、一番高い地位だった。)が、


「魔法の事は、お任せしよう。殿下の事が第一だ。」


と遮った。


「それなら、今から団長にお知らせに行っては。」


と、ハバンロが言い、自分が行こう、と進み出た。すると、ナウウェルという、これまた少年のような若い騎士が、


「貴方は、まだ14でしょう。夜に外に行かせる訳には。」


と言った。ピウファウムも、騎士以外の人に、頼むわけには、と言ったが、ライオノスが、


「お前たちヒヨッコが心配する事ではない。」


と、不機嫌な声で言い、続けてナウウェルに、


「じゃ、お前達二人が、明日の朝一で、団長の所に行け。団長は早起きだから、問題なかろう。だから、お前たち二人は、さっさと休め。」


と命令したので、二人が出て、その場は収まった。


ハバンロを出したくないのなら、ファイスや俺でもいいので、俺が今から行こう、と言ったが、ライオノスは、断った。


「いや、失礼しました。あの二人は、片田舎の金持ちの次男坊でしてな。二番目の常で無意味に上に逆らいたいのか、親元でのびのび育ちすぎて、縦の関係を解ってないのか、従順さに欠けていまして。


昔は、養成所で、そういう方面もしっかり教えていたのですが、最近は…。これも、教育のうちです。」


と、豪快に笑った。


騎士は「長」以外は歳上でも、姓を呼び捨てにする。横を広げるためだ。それからしたら、ライオノスの言い分の方が伝統的ではない気がするが、確かに、隊長クラスの者を差し置いて、「拘り」を主張し続けるのは、「問題」だろう。


ただ、「田舎の次男云々」には、ハバンロが眉を僅かに釣り上げたが。




そして、その夜の事だった。




俺は寝付けなくて、少し歩いていた。明日はグラナドに、と思うと、自然に装置のある「部屋」に足が向いた。


すると、部屋に人が入っていくのが見えた。騎士のようだった。見回りかもと思ったが、ファイスかもしれないし、後から俺も入り、声をかけようとした。


「今さら、何だよ。今しかないだろ。」


「でも、こんなことまで…団長にばれたら…。」


「それで正しければ、何と思われたっていい。人がなんと言おうと、何とも思わない。」


「…俺は止める。お前らだけでやれ。『国民のため』でも、もう、正しいとは思わない。」


「オネストス、何言ってる。馬鹿なのか、お前。」


「ああ、馬鹿だな。お前の伝家の宝刀、『皆のために』が、『金と力のため』に聞こえてきた。俺は耳がおかしいんだ。だが、ピウファウム、お前がおかしいのは、頭だ。」


「よくもそんな事が言えたな!まて、この…。」


そこから、大声。俺は剣を抜き、飛び込んだ。


ピウファウム、ナウウェルと、他に二人ほど、彼等と同い年くらいの青年がいた。一人は、明かりを持っていた。魔法官だ。確かテイトという、水魔法使いだ。もう一人は、騎士だ。オネストスと呼ばれていた、彼だろう。


ナウウェルは、テイトの背後にいる。ナイフを彼の首元に当てていた。ピウファウムは、両手剣を構えていたが、俺にではなく、こちらに向かって、立ち去ろうとしていた、オネストに向けていた。


明かりは、魔法動力ではないやつだ。すると、彼等の中に、照明魔法を使う者はいないのだろう。


俺は、彼らが、俺に驚いて、武器を構え直す前に、宙に向かって、魔法剣を放った。オリガライトがあるので、全力で放ったが、いつもより威力は弱い。


「腕はわかるね?武器を捨ててくれ。」


それでも、彼らを従わせるには充分だったようだ。


ナウウェルは、あわててナイフを捨て、片手剣の他、盾まで捨てた。オネストは、剣を抜く意志がないことを、両手を上げてしめした。


だが、ピウファウムだけは違った。


彼はテイトを突き飛ばし、魔法剣を放とうとしたが、突き飛ばされたテイトがぶつかったのか、とたんに装置が光り出し、びくついて、不発に終わった。ひっくり返ったテイトは、慌てながら、小さな水の盾を出していた。


「どうした!」


本物の見回りが来たようだ。ファイスとカッシーもいた。


俺は手短に説明した。カッシーは、「やっぱり」と言ったあと、見回りの騎士とファイスに、彼らを拘束するように頼んだ。


オネストスとテイトは、カッシーが先に連れて出た。ファイスはピウファウムを引っ張り、見回りに渡した。


俺は、戦意の無くなったはずのナウウェルに向かった。彼を立たせながら、ファイスに、


「装置の止め方がわからないから、さっきの魔法官、テイトに聞きたい。」


と言ったが、ファイスは、


「ラールさんがいたから、一足先に、院長を呼びに行ってもらった。」


と答えた。続く、感心したような、


「君も、やっぱり、怪しいと思っていたか。」


には、少し気まずかった。俺がここに来たのは、感傷に引きずられたからだ。


それを言おうかと思った時だ。


ナウウェルが、叫び声を上げて、装置を指差した。


影がいた。


グラナド、シェード、ミルファの誰かは、はっきりしない。俺は駆け寄った。


今度の出現は、明日のはずだ。自然のアクシデントか、装置のアクシデントか。


だが、よく解らないが、その時、俺は「掴まえなければ」と、手を伸ばしていた。捕まえられるはずもないのに。


触れた瞬間、ナウウェルか、ファイスか、叫び声が遠くに聞こえた。




俺の意識は、暗転した。


(後半は中編1へ。)









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勇者達の翌朝・新書(前編) L・ラズライト @hopelast2024

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