8.虚空の結末

結局の所、首吊りに失敗し、一応助かったレイホーンは、密輸の罪で裁かれる事になった。姉の四位夫人は事実上、宮廷内部では「失脚」にはなるが、シーチューヤは近代化政策のため、「連座」は廃止していた。


本当かどうか怪しいが、レイホーン自身が、後遺症で記憶がないばかりか、言葉も喋れなくなっている、という話だった。密輸はレイホーン一人でやれるはずもなく、採掘や流通を一任していたとはいえ、鉱山自体は二位夫人の実家の所有だ。本来は貴金属の鉱山で、カムフラージュになっていた。そこは詳しく事情聴取の必要があると思うが、レイホーンからは「無理」だった。


なんとも後味がすっきりしなかったが、密輸はシーチューヤでは、品物にもよるが、決して軽い罪ではない、ということだ。




ユーノとフーロンは、メイランに戻った。辞表と休暇届を一緒に出していたそうだが、警察は人材不足のため、辞めなくて済みそうだ。


ユーノとは、メイランで別れる前に、話す機会があった。彼は、勇者王の「友人」であるホプラスに憧憬を持っていた。俺は、ホプラスの「甥」か「従兄弟」らしい、という話を、死んだ両親からそれとなく聞かされた、という話をしておいた。ユーノはそれで納得した。


「やっぱり、そう変わるものじゃ、ないですよね。」


少し嬉しそうにも聞こえた。彼から見れば、「堂々と貫き通した」ホプラスに、子供がいると思いたくなかったようだ。


彼からは、グレーネとフーロンの話も聞いた。


子供のころから、三人一緒で、成長してお互いを思い合うようになった。フーロンはグレーネを、グレーネはユーノを、そして、ユーノはフーロンを。


「グレーネに告白された時、これは、最後のチャンスかもしれない、と思いました。今までの自分を捨てて、新しく生まれ変わる。傍らには、幼馴染みのグレーネ。よい未来でしょう?


でも、僕は、断ってしまった。


グレーネは、


『やっぱりね。断られるだろうなって、思ってた。』


と言ってました。微笑んでくれましたが。


フーロンに、後から、絞られました。彼は、僕の気持ちは知りません。彼がグレーネを思っているから、僕が断った、と考えていたようですが。


否定はしました。


『いつも一緒にいた人だから、姉か妹のようなものだ。例えば、お前、いきなり、俺に告白されたら、どうだ?『友人だけど、恋愛はできない』と思うだろ?』


と言ったら、少し考え込んでから、


『そうだな。一方的に、怒鳴って悪かった。』


と言われました。…あれは、堪えましたね。」


そう言って、寂しそうに微笑んだ。


彼は、ヤーインに「憑かれて」いたわけだが、わざと俺たちに隠していたわけではなかった。実際に、レイホーンがすぐそこにいる、と感じた時点で、ヤーインの意識が沸き上がってきた、と語った。


「同情してしまったんです。グレーネに対する罪悪感なんか、欠片ももっていない奴だったのに。」


憑依は、少しだけ、融合に似ている。フーロンには言えませんが、と呟くユーノに、昔の自分を重ねてしまった。




コーデラからは、騎士団副団長に就任した、孤児組の同期のアダマントが、使節としてやってきた。(彼は、俺の顔を見て、こっそりだが、少し涙ぐんでいた。)


副団長はガディオス死亡後は空白だったが、先日、やっと後を決めた、という。


アリョンシャも正式ではないが、騎士団の使節に、一緒についてきた。彼は俺と入れ違いに、セートゥに向かう。「調査と後始末」というやつだ。


「混乱期でまだ二年、失踪扱いにはなっていたけど…。いつまでも副団長が空席という訳にはいかないしね。副団長は、名目上は、二人体制にするんだ。」


俺達はポゥコデラに一泊した。転送装置の使用許可を取りたかったのだが、ユーノ達を送るついでもあり、メイランからポゥコデラ回りで帰る事にした。


注目のある俺達と、秘密に行動するアリョンシャの宿は違ったが、夜に俺の宿の、静かな酒場で会い、自然、ガディオスの話になった。


アリョンシャは、団長に続き、上層部に自分達の同期が多いが、君も知る通り、前後は人数が少ない年で、特に俺達の後、三年は新入生無し、よって旬の人材は、同期に集中している、と語った。


ホプラスは三年スキップだが、年齢通りだったら、同期無しだった、と、昔、誰かから聞いた話を思い出した。


「死亡は確実なのか?その、遺体がないから、行方不明扱いなんだろ?」


俺が尋ねると、アリョンシャは、言いにくそうに語った。


「うん…。完全な遺体はないんだけどね。後から捜索をした時に、庭に墓をいくつか見つけたんだ。テスパン一味の中にも、そういうことはきちんとしたがる連中がいたらしい。ガディオスの名前の墓には、遺体はなかったけど、彼の割れた盾が埋まっていた。

あの時、左肘を故障して、暫く盾を持つな、と言われてたんだ。だから、特注で、軽く薄いのを作って、持ってた。一目で、それとわかるやつだよ。


剣の方は、クーベルの闇市で回収した。名前が入っていたわけじゃないが、騎士団副団長の剣なんて、一般の売り物じゃないからね。


盾の方は割れたし、売れないと見たんだろう。他には、頭文字入りのプラチナのボタンと、愛用の短剣とベルトが、ラズーパーリの骨董市に出ていた。こっちは、僕が偶然見つけて、びっくりしたよ。」


アリョンシャは、見つけた遺品は奥さんから娘さん達にわたされたが、上のお嬢さんは、一部を、ガディオスの姉と妹に譲った、と話した。上の娘さんは、そういう、筋を通す所が、ガディオスに似ている、と付け加えて。


ガディオスには姉と妹がいて、妻との仲があまり良くない、年に何回かしか交流がないのに、どうしたもんか、という悩みを何度か聞いていた。彼はそういう話をする時も、冗談混じりに明るく話したので、当時は、それほど深刻なものだと思わなかった。また、妻と妹には会ったことがあるが、どちらも、大人しそうな女性だった。


まあ、形見分けや遺産相続なんて、仲が良くても、多少は揉めるものだが。


「僕は、ひょっとしたら生きてるんじゃないかって、思ったことがある。」


俺は驚いていて、アリョンシャの顔をまじまじと見た。連絡者から、そういう話は聞いていない。


「短剣は、ヘイヤントの名工の作品だったけど、クーデターの直前くらいに買ったものだ。剣も同時に新調した。ベルトは、同じくヘイヤントの手工品、ボタンもね。特製だし、一目でそれとわかる位にはいい品だったけど、新しい物だ。


剣が奪われてるなら、死亡した、と見るべきだが、剣だけクーベル、他は一緒にラズーパーリ、てのもね。遺体から奪ったものを、ラズーパーリまで逃げてきた残党が売った、と考えると、たぶん最後まで身に付けていた、指輪とペンダント、剣の鞘、コンパスなんか、が、一緒にないのも、気になった。


要するに、『思い入れ』のあるものは、見つかってない。


今はどうか分からないけど、暫くは、少なくとも、陛下の遺灰をラズーパーリに運ぶまでは、生きていた、ような気がする。」


アリョンシャは、ルーミの遺灰を運んだのは、ガディオスだと考えているらしかった。


墓碑銘からしたら、可能性はある。しかし、妻子もいるのに、あの責任感の強い男が、進んで行方を眩ますとは、思えなかった。


ガディオスは装飾品は好まなかったし、簡素なアクセサリー類なら、骨董市以外で売れたんじゃないかと思い、特徴を尋ねてみた。


「指輪は君も見たこと、あるよ。結婚の時に奥さんから貰ったものだ。細かい彫刻があった。裏に組み合わせ文字が刻んでた。いぶし銀で、文字は殆ど模様みたいだから、一見、東方のアンティークにも見える。


ペンダントは、娘さん達から、誕生日に。中が開くタイプで、ご両親の形見が入ってる。形見の方は、見せてくれたこと、あったね。焦げた小さな、ボタンの欠片だ。昔は、革袋に入れて、首にかけてたけど。


コンパスは、副団長になった時に、両陛下から貰ったものだ。クロイテスと揃いになる。貴重品ってことなら、これが一番か。


剣の鞘は…君の形見だよ、ネレディウス。」


俺は思わず、「え?!」と大声を上げた。俺の、ホプラスの肉体は火のエレメントで消失、剣は、魔法を使うから、もう必要ないと思い、傍らに投げたから、焼け残った、と聞いている。鞘は腰に下げたままだった。


「予備に家に置いていたやつだよ。両手剣用の物だったから、そのままでは使えなかったけど。


これは長く使ってたから、メンテナンスをしっかりしても、けっこう古めかしく見えた。骨董市なら、注目されたろう。


ベルトを売るときに、鞘だけ外したんじゃ、と思えたんだ。」


俺の形見を大切にして、一緒に、ルーミを守ってくれていたのか。


ガディオスは豪快な性格だったが、意外なほど、細かい心遣いの持ち主だった。養成所時代からの思い出が、記憶から、一気に溢れた。


ガディオスとアリョンシャは、ホプラスにとっては、長く親しい友人だった。彼等は、ホプラスが話す前に、ルーミに対する気持ちに気付いていたが、それで態度が変わることはなかった。


騎士団では、騎士同士の「恋愛」は禁止だが、それは死線に使命より、個人的な感情を優先させるのを避ける目的だった。兄弟や親子のように、終生関係の替わらないものなら、最初から同じ部隊に入れないように出来るが、恋愛だと、そうはいかない。


一般市民は、標準的なコーデラ人であれば、まず偏見はないが、それは、デラコーデラの教義に男色禁止がないからだった。


ただ、そういうことは、地方や民族の慣習も絡む。例えばラッシル人は、コーデラ風の教育を受けた、都会の上流人は理解を示すが、伝統的に許さない傾向があり、長く法律で禁止されていた。現在は撤廃している。チューヤは宗教的には規制はないようだが、女好きを男らしさとして誇る文化があり、身分の高い妻帯者が、遊びの一貫として行うなら、好ましくは思われないが、非難はされない。


身分の低いものだと「猿真似」扱いされ、独身者だと「男として不完全」と見なされる。


歴史上も、数は多くはないが、両性愛者の皇帝が、地位を追われる時の檄文に、あげつらって使われる事もあった。


一つでも「規格外」があれば、そこを高らかに追求されるわけだ。


「ねえ、ネレディウス。」


アリョンシャが改めて呼び掛けた。


「ガディオス、陛下の死に責任を感じて、出てこないのかもしれない。期待、と言ったら語弊があるけど、本当に、生きててくれたら、と何度も思った。」


俺は短く、そうだな、と答えた。


その後は、もう隠す気もなく(ネレディウスと呼ばれて、素直に頷いているわけだし)、しんみりとはしていたが、昔話を楽しんだ。


そして、翌朝、アリョンシャはセートゥに向かった。


「オリガライト密輸の件だけでも、完全解決しなくちゃね。」


と言い残して。




別れてから、もっと他に聞いておきたい事もあったな、と改めて思った。アリョンシャは王都を離れて飛び回っているから、仮に聞いても、詳しくは知らなかったかもしれないが。



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