5.ローデサの人
当然の事ながら、チブアビ団は解散した。本来なら全員、皇都に連れ帰るはずだが、リーダーの死亡が確認されると、後の連中はどさくさに紛れて四散した。
俺は、思いもかけず、ホプラスの母方の祖父に再会した。彼は、ルーミ達と初めてラッシル入りしたホプラスを見ていたが、父方の祖父、ホプラスに似ていた、悲劇の皇太子パシキンの若い頃の顔は知らなかったため、気づかなかった。
「皇都を離れ、ここに来ることにした時、ラール様から聞いた。ラール様は、皇帝陛下から、ネレディウスさんがお亡くなりになった時に聞いたそうだ。肖像画をじっくり見ると、確かに、私の末娘の面影があった。」
祖父はこう語った。俺は「恐らくパシキンの父親の、愛人の子の系列」としたが、彼はホプラスの隠し子だと考えている、と思っていた。
ルーミ以外に恋人がいたと思われるのは不本意だが、本当の事を言うわけにはいかない。彼の娘の面影まである事だ。
「スパイ」は、少女をつれた、親子連れ三人だった。しかも、娘役の少女(実は30代)がリーダー格だった。
彼らはコーデラ人だが、カオストの出資している、ラッシルの民間企業に雇われていた。この地域の請け負っている騎士団の制服の事業を、「頂け」ないかと暗躍していた。
カレニンと皇都を往復している途中、偶然遺跡の件を知って、カオストに連絡した。すると、そちらを中心に調査しろ、と言われたが、このメンバーでは限界がある、やってやれないことはないだろう、とやり取りが続き、そのような中での手紙の一つをチブアビに盗まれた。
はっきりとは書かず、仄めかして書いたため、チブアビは政治的なスパイと間違ったが、彼は遺跡には詳しく、「暗魔法を使って死者を蘇らせようとした、昔の研究施設跡がある。」ともとから考えていたらしい。
彼らは、グラナドがピウストゥスだとわかったら、リュイセント伯やラッシル皇室が背後にいると「考え」、全て喋った。
ユリアヌスは魔法院で「無属性魔法」の研究をしていた。それには全属性の研究がいるが、暗魔法だけは人間の使い手が極めて少ないため、研究材料集めに苦労していた。
属性の分を魔法の威力に回し、魔法剣のような使い方をするのが目的だが、純粋に魔法だけでこれを行おうとすると、属性が消えるだけで、属性付きより弱くなってしまうので、そこが課題だった。
しかし、近年、魔導師は「強さのインフレ」で、2つの属性で攻撃、回復、補助が一通り出来る者が、増えてきた。全て最強技まで、という者は滅多にいないが、これに伴い、無属性の魔法研究は収束していた。が、研究成果を飛び道具に反映し、魔法剣のような使い方ができないかの研究は進められている。
ラッシルでは、属性を消さずに飛び道具を強化する方法を開発したが、魔法の盛んなコーデラでは、このパターンは流行っていない。
「ユリアヌスとは魔法院で一緒だったけど、お互い無視してた。10歳の時に初めてあったけど、その時の挨拶を含めて、数えるほどしか話した事がない。俺は属性の強化と合成のほうが興味あったし。
あいつは、今は水と土だが、昔は水と暗魔法だった。声変わりは早かったんだが、その時に、喉をやたら腫らして、暫くしゃべれなくなったと思ったら、魔法属性が変わって、水と土になった。暗魔法程じゃないが、強弱関係のある二属性を、一定以上のレベルで使えるのは珍しい。
研究分野は無属性だったが、本当は暗魔法の力を取り戻したかったんじゃないかなあ。
こう言うと身も蓋もないが、無属性の追求ってのは、魔法院でやることなのか疑問だ。魔法院は、『世界を構成するのは四大エレメントと、その派生』という思想に立脚している。『属性のない構成要素と、無の空間からエレメントが派生している』という、研究者的な考え方のほうが、たぶん正しいんだろうけどな。
魔法院は中退してるはずだ。クーデターの時は知人の見舞いでクーベルにいたが、その間に魔法院が襲われた。テスパンでなく、カオストが黒幕と言われる理由の一つがそれだ。」
事件を解決した俺達は、カエフ伯の屋敷に招かれて泊まった。明日はリュイセント伯に会い、明後日は王宮に行く。そして、夜はラールに会いに行く予定だ。
ミルファは、自宅に戻った。グラナド、ハバンロ、俺の三人は、カエフ伯の屋敷で、グラナドに当てられた寝室で、話していた。
グラナドが、つまり王子が全属性使える事は、俺以外は皆が知っていた。
身分を隠しているため、目立たないように、二属性のみということにしていた。
「黙ってるつもりはなかったんだが。」
とグラナドは言いにくそうにしていた。そこから魔法の話と、今後の話になった。
少しばかり予定が狂ったが、ばれた以上、王都には近づかず、周辺で活動しながら、向こうから公式に呼び戻さなくてはならなくなるような状況を、「王子として」作る。
「付き合わせてすまない。」
とグラナドが言った時、ハバンロは、
「貴方はディアディーヌ様の血を引き、ルミナトゥス王も認めた、正式な跡継ぎ。もっと堂々としなくては。」
と言ったが、グラナドは、冷静に答えた。
「俺は父様の血は引いてない。外見も能力も、ヴェンロイドの血筋だ。これは事実だ。」
「しかし例えは悪いが、コーデラでは、愛人の子が王になった例もいくつか、あるのでは。」
「古代に、力で制圧した例が一つ。中世に、本当は正妻の子なのに、愛人の子扱いされたのが一つ。離婚に関する規定が、今と違っていたからな。一番新しいのは二百年前のクレマンティス三世だが、従妹に当たる、王家の女性と結婚して王権を確定した、一代限りの王だった。父様とおなじ。彼も暗殺されたよ。病死になってるが、たぶん。」
現在、民間では庶子であっても、親が認知するか、教会か役所の証明(信用できる証人や、厳密な調査がいるが)があれば、財産は継げる。ただ嫡出子がいた場合、遺言がなければ、争いになって、負ける場合が多々ある。確実に庶子に残したいなら、「養子」にしておくか、遺言書で名指しで贈与するほうが確実だ。
庶民でも貴族でも同様だが、貴族の場合、純粋な私有財産はともかく、爵位とそれに伴う領地を庶子に継がせるのはまず出来なかった。「王家から与えられた地位の譲渡は勝手にできない。」ため、「第三者への名指し」ができず、養子よりも遠い身内が優先されるためだ。
グラナドの場合、従妹二人は両親の再婚により、姉になっている。義理なため、結婚は可能だが(教会と議会の許可がいるが)、クラリサッシャは神官、レアディージナはすでに婚約している。レアディージナとグラナドの話も一時出たそうだが、彼女は体が弱く、世継ぎの誕生を期待される立場に立たせるのはどうか、という周囲の意見のもと、早々に立ち消えた。
他に、王権の確定という意味で、ちょうどよい女性の身内はいない。
「例えこの調子で、うまく有力者や民衆の支持を集めても、俺には完全に正統な権利はないんだから、それは忘れる訳にはいかない。」
ハバンロはまだ何か言いたそうだったが、俺は、
「それはそれとして、今までの事は、アリョンシャかロテオンに早く連絡したいね。ここで通信装置を借りてもいいが、連絡先は、まだカエフ伯には知られたくないし。」
と話題を変えた。
「それならラールさんの所にあるはずです。彼女は『協力者』ですから、そっち方面は問題はないかと。」
じゃあ、あとは明日にするか、と、ハバンロと二人で、グラナドの部屋を出た。
が、俺は直ぐにグラナドの部屋に戻った。聞いておきたい事があったからだ。
グラナドは、面食らったようだが、そのまま俺を招き入れた。
「グラナド、君自身の気持ちはどうなんだ?王になりたいのか?」
王位には積極的に見えたので、改めて聞いてなかったが、話ぶりからすると、王にはなりたくないように思えた。カオストは彼に取って、テスパンの裏にいた「敵」に当たる。それをこのままにしておきたくはないだろう。だが、自分が王になりたいかどうかは、別だと思う。
「なりたくない、と言えば、カオストが王になってしまう。それは嫌だ。…テスパン伯はともかく、クーデターの黒幕がタッシャ叔母様ってのは、無理があるだろう。軽率な方だが、大それた方ではないからな。」
少し諦めたような口調が、皮肉ではないが、冷めた感情を露呈していた。
「なんでそんな事、聞くんだ?お前は、俺を王にするために来たんだろ?」
厳密に言えば、彼とミルファの娘を女王にするためだが、そのためにはグラナドが王になっていた方が簡単だ。
しかし、そこまで教える訳にはいかない。
「それはそうだけど。」
俺は自分の問いかけを、「しまったかな」と思いつつ、上手い台詞を考えた。例えば、もし、ホプラスなら、どう言うだろう。
「勘違いだったら悪いけど、真相の究明と王位とを、別々に考えてるかと思ったんだ。僕は君に王位についてほしいと思うけど、例えば君にそう身分の高くない恋人がいて、王位を継ぐために、別れなければならない、なんて事があるなら、そこまでさせていいものかと思うし。」
俺の言葉に、彼は急に笑いだした。俺は自分が笑われているという感覚がなかったので、ぽかんとしていたが、自覚したら、急にひっかかりを感じた。
「安心してくれ、そういう心配はない。」
と、まだ笑いの収まらないまま、続ける。
「気を使わせて悪かったが、サッシャ姉様が正式に即位するとなると、結婚しないわけにはいかない。神官は出産で死亡する。例が少ないから必ずとは言えないが、死ぬ確率が高いとわかってて、そういう立場につけるのはあんまりだろ。ディジー姉様は、お体が弱いし、サッシャ姉様ほどしっかりした方ではない。たぶん、公務には耐えられない。消極的かもしれないけど、俺は王位につく気は充分にあるから。それに…。」
急に笑うのを止め、首もとから、例のペンダントを取り出した。
「最後に父様と話した時、約束した。これをくれた時だ。父様は、『お前がどうしても辛いなら、私も引退するから、ラズーパーリかヘイヤントあたりで、二人でのんびり暮らそう。王様になったお陰で、自分のお金は使わなくてすんで、貯金も貯まったし。』って言ってくれたけど。」
これを聞いて、ルーミの様子が目に浮かび、思わず微笑んだ。
自分の子ではないとしても、ルーミが、グラナドを慈しんで育てた事が、ありありと解った。
彼の手の内で、なつかしい二つの飾りは、一つにくくられて、揺れている。
記憶のせいだろうか。ルーミが、ずっと持っていてくれた事が、自分の事のように嬉しかった。
「父様の事を、思い出しているのか。」
ペンダントをしまいながら、グラナドが言った。顔に出ていたらしい。
「でも、お前は『上の人』なんだろ。まったく別物じゃ、ないのか?」
これもしまった。どう説明しよう。しどろもどろに躊躇っていると、グラナドは勝手に判断し、気を回して、
「もう寝るから。気にしないでくれ。」
と、俺を追い出した。
だが、まさに部屋を出ようとした所で、カエフ伯に出くわした。
「遅くなって申し訳ないのですが、個人的にお話したいことがあるので、少しだけ時間を貰えませんか。」
と言われた。俺は再び、グラナドの部屋に戻った。
「今はローデサにいるので、ここにはいませんが、妹のトゥルイデの事で、お礼が言いたかったのです。」
トゥルイデ孃には、まだ若い娘時代、パーティで会った。華奢で内気そうな女性で、少し足が不自由だった。子供の頃、乗馬で事故にあった、という話だ。
彼女はアレクサンドラ女帝の双子の弟で、当時の皇太子イーヴァンと婚約していたが、皇太子が「病気」で皇位継承出来なくなったため、婚約は解消された。代わりに、慰謝料として、ローデサ男爵の位と領地を与えられた。
お礼を言われることはしただろうか。「病気」ということになったのは、彼が好きだったラールと、ルーミの仲を疑った
皇太子が、ラールと秘密結婚をしようとし、それを俺達が阻止する過程で、父親の皇帝にばれて(他にも色々と)しまったせいだ。どちらかと言うと、文句を言われても仕方がない。
彼は、グラナドに、
「お母様に、よく似ていらっしゃる。」
と言った。グラナドは、よく言われます、とかなんとか、答えた。
「妹に貴殿方の事を連絡したら、お会いできないのを残念がっていました。先月、キエファの令嬢の行方不明事件の犯人が、いきなりローデサで捕まりまして。対応に追われて。直接、お礼が言いたかったようですが。」
「チブアビ団の事でしたら、弓部隊の方達に、助けていただいたからこその結果です。」
「そのことだけではありません。貴方のお父様達は、昔、私の妹に、『強さ』をくれました。」
「妹は子供の頃、乗馬中に馬から投げ出され、片足を痛めました。私の故郷では、女性でも貴族の趣味は狩りや乗馬、ダンスも激しい動きの物が多く、もとは活発な子供だっただけに、その様子は不憫でした。父は厳しい人で、不自由になる前に出来た事が、今、なぜ出来ないと叱責する性格の人でした。母は、妹を表に出すのを嫌がりました。気の毒だと考えていたのもありますが、自分の不行き届きと噂されるのを嫌がったためでしょう。
娘時代、妹の味方は、私一人だけでした。ただ、私も、領地でなく、皇都にいることが多かったので、充分ではありませんでした。
そのような妹に、いきなり皇太子殿下との婚約が持ち上がりました。自治領の領主からしてみれば、破格の縁談なので、両親は有頂天でしたが、私は、ラール様の噂を聞いていたこともあり、内心は反対でしたが、仮に両親も反対だったとしても、断る事は出来ません。
父と私は、妹を領地から連れ出し、皇都で、改めて皇帝と皇太子にお目にかかりました。その結果、喜んでいた父すら、渋面を作りました。
皇帝陛下は、息子の態度を叱り、皇妃様は『まだ子供っぽい所が抜けなくて。』と、結婚に成長を期待している、とお話しされました。
妹は特に変わった様子がなかったのですが、それは諦めていたからでした。最初は彼女も、期待はしていたのだと思います。
皇太子殿下は、子供の頃は小柄で脆弱、と言われていましたが、当時は立派な若者に成長していました。ただ、中身は小さなままだったのでしょう。
結婚が決まった若い娘は華やぐものですが、妹はより暗くなり、流石に父も気の毒に思い始めました。母だけは舞い上がり、『いつもにこにこしていれば、大丈夫よ。そう暗いのがいけないの。』『貴女のような娘がお妃なんて、幸福に思わなければ。』とずれた発言を繰り返していました。
そのような時、パーティがあり、私たちは皇太子の婚約者と身内として、初めて公に披露されることになりました。
それは勇者ルミナトゥスとディアディーヌ王女の歓迎パーティでした。
貴方のご両親のご一行は、あらゆる意味で、『美しい』方々でした。特に、ルミナトゥス陛下がラール様やディアディーヌ陛下と踊る姿は、それだけで神々しく、皆の目を釘付けにしたものでした。
『私も、脚が悪くなかったら、あんな風に踊れたかしら。』
妹が言いました。私は、
『踊りたいなら、楽団に頼んで、一番ゆっくりした曲をやって貰うが。』
と言いましたが、妹は
「いいえ、私なんかのために、そんな事は迷惑だわ。」
とかたくなに断りました。後で少しゆっくりした曲の時、ヴェンロイド男爵がさりげなく誘ってくれたのですが、婚約者の皇太子とまだ踊っていないから、としどろもどろに断りました。
私は、妹が皇帝のお妃になるということを考えると、こういう面は直さないと、謙虚というより卑屈に思われるだけでは、と思いました。昔は人の中心にいるタイプだったのに、脚の事くらいで、自分に価値がないと思い込ませてしまった事には、兄の私にも責任があります。ラストは私が妹を誘おう、と思っていた時です。
ルミナトゥス陛下が、妹を誘ってくれたのです。
あの方は、『最後は私とお願いします』とだけ言い、にっこりと笑いました。妹は返事もそこそこに、手を差し出しました。
二人が中央に進み出ると、一斉に注目が集まりました。会話は聞こえませんでしたが、妹が人々の中心で、心から笑っているのを、久しぶりに見たような気がしました。
最初、ルミナトゥス陛下は、曲を無視してゆっくり、妹に合わせて踊ってくれましたが、楽団がだんだん二人に合わせ、周囲の人々も踊りを止め、ただ二人に見とれていました。
その日から、妹は変わりました。何につけても積極的になり、乗馬にも再び挑戦し、『歩くよりいいわ。』とまで言うようになりました。
皇太子殿下との婚約が解消された時、母は取り乱し、『娘の人生は終わった』『王位につけなくても、頼んで結婚させて貰いましょう。私が土下座してもいいわ。』といっていましたが、妹は毅然と、
『その必要はないわ。』
ときっぱり言い、家を出て、与えられたローデサ領に移りました。
法の規定はないのですが、皇族から婚約を破棄された場合、別の人とは縁付きにくいものです。母も、それが不憫で言ったことだったようですが…。
両親はすでに亡く、私は父のあとを継ぎ、地方領主の生活です。ローデサ暮らしの妹とは、年に何回か会います。あのパーティの話になる事はあまりありませんが、今の妹が、人生を楽しく生きているのは、貴方のお父様たちがくれた『きっかけ』の賜物です。」
グラナドは初めて聞く話だったようだ。カエフ伯が出ていった後、
「それで俺に味方してくれているのか。」
と納得した後、
「お前は覚えているのか。」
と尋ねてきた。
「うん。ルーミは意外に人見知りするタイプで、あの時はパーティ仲間の他はアレクサンドラ王女くらいだったかな、踊ったのは。皇太子はダンスが嫌いで、ラストだけ母親と踊ることにしていた。ディニィは皇帝陛下と踊る予定になっていて、ラールとエスカーは躍り疲れ、ユッシとキーリはダンスが出来なかったから、飲み食いしてたな。僕はサヤンと踊った。ルーミは『皇太子の奴、なんで婚約者を誘わんのだ、ほったらかして』と義憤に刈られていたっけ。皇太子はラールと踊る相手、特にルーミの事を睨み付けてたから、それで引っ掛かってたのもあったけど。」
トゥルイデ孃は黒っぽいドレスを着ていた。ルーミは明るい色調の上着を着ていた。両者の色が対比になり、照明の光が、二人を、特にルーミの純金色の髪を輝かせていた。
ラッシルのパーティは、皇室の物といっても、コーデラのものより、雰囲気は庶民的だった。雪国ということもあり、料理や酒類の豊富さが強調されていて、全体的に酔っぱらいが多いせいか、会場の広間は陽気で、騒がしかった。
ルーミの姿は、その中で、宗教画のように、清々しいものだった。
「本当に、父様の事が、好きだったんだな。」
我に返る。どうやら、また顔に出ていたらしい。
「お前には責任がないのはわかってるが、もし会えたら、土礫の一つもぶつけてやりたいと思ってた。うんと文句を言ってやろう、ともな。だが、そんな顔されたらなあ…。」
グラナドの表情は、どこか寂しげだった。
もし「俺(ホプラス)との事は青春期の気紛れで、本当に愛していたのは君の母親のディニィだ。」と言ってやれたなら、どんなに良かっただろう。だが、そう言おうとする口は動かない。
「心配しなくても、俺はわかってる。父様が本当に好きだったのは、母様じゃない。結婚したのは国のためだ。仕方ないさ。お前の事があったとは言え、父様の価値をわからず、口の上手い弟に乗り換えるような人だから。俺の本当の父親は誘惑者の裏切り者。父様は俺を可愛がってくれたが、それは、父様が立派な人だったからだ。」
「それは早まった見方だ。」
グラナドは反論しかけたが、俺は
「ルーミにとっては、ディニィもエスカーも大切な人達だった。ディニィとエスカーにとってのルーミもだ。君の…ご両親達は、みな、立派な人達だった。」
と言った。
俺たちは沈黙した。
やがてグラナドは、「遅いから、もう寝る」と短く言った。俺は、不消化な気持ちを抱えていたが、促されて部屋を出た。
一人で部屋に戻ると、なんだか切なくなってきた。融合してから初めてルーミを見て、ホプラスの気持ちを悟り、泣けてきた時の気持ちに似ている。
ルーミへの気持ちはホプラスの物、俺の中に残っているのは、その記憶に過ぎない。
だが、それなら、この気持ちは何だろう。
次の朝は早かったが、これで、俺は眠れなくなった。
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