4.村の戦い

ウゴリは軽傷だが怪我をしていたので、ジェーニャにまかせ、俺とグラナド、ハバンロは、急いで町に戻った。


すでにイーリャの隊は到着し、ミルファ、カッシーは応戦していた。


暴れている「物」の中に、人間はいなかった。そうかと言って、動物でもなかった。作りかけの彫刻みたいな、大きい人形、肉屋の屋台に吊るした、羊か何かのトルソ。動きは素早くはないが、弾や矢の攻撃は、計算したように、よく避けていた。


ミルファとカッシーは二人組で、一人が攻撃を避けさせ、もう一人が反対側から当てる、という作戦をとっていた。しかし、倒しても倒しても切りがない。


一体を倒すと、別の物が動き出す場合があり、一定数以上にはならないが、なかなか減らない。


俺たちが来たので、範囲攻撃の手数は増えた。グラナドは火魔法、ハバンロは気功、俺は魔法剣で、数を減らす方向で攻撃した。


イーリャは、俺たちが攻撃している間に、飛び道具の効果の大きい範囲まで部下を下がらせ、最後に一斉射撃で攻撃し、なんとか終了した。


ミルファが、


「これが複合体というやつなの?」


と言ったが、グラナドは、


「いや、違うな。結果として土のエレメントを活性化させているが、ベースに別の物があって、それが利用しやすいエレメントを使っている。その別の物とは…一度、死んだものだ。」


と解説する。


「暗魔法が混ざっている。ということは、魔導師が影にいるな。操っている者がいる。」


グラナドは周囲を見渡した。俺も見渡したが、今、暴れていた者は全て静かになっている。


ジェーニャがウゴリを連れてもどってきた。ザパンは怪我をして、イーリャの部下に治療を受けていた。ウゴリはザパンの元に急いだ。


グラナドは、二人に、


「お前達の中に、上級の魔法使いはいるのか。コーデラの魔法院にいた、とか。皇都で学んだ、とか。専門知識のある奴は?属性は問わない。理論だけでもいい。とにかく魔法に強い詳しい奴だ。死んだチブアビは除いて。」


と尋ねた。ザパンは少しびくりとしたが、


「ボスも含めて俺達は、魔法はからっきしだ。だからジェーニャに協力させていた。…宿の客で確か…」


と、宿を示した所に、新手が飛び出てきた。


これは明らかに人間だ。だが、意識がない。なのに、動いている。


子供の姿をしている。頭は意識がないからか、ガクンと前後に動作し、顔が分かりにくい。


ハバンロが気功を当てようとしたが、グラナドが止めた。


「この子は、生きてる。全力は不味い。意識がなくなったか、薬か魔法で深く眠ってたから、入り込まれただけだ。」


「それでは、腹か胸に当て、動きを止めて拘束しよう。その上で意識を戻せば、なんとかなろう。」


そう言って、ハバンロは弱い気功を、ミルファは銃で足元を狙い、まず動きを止めようとした。


「打たないで!」


宿から女性が駆け出し、子供と俺たちの間に入った。さっき、発作を起こしていた子供と、その母親だ。


「動きを止めるだけだ。危ないから、そこを退いて。」


と言ったが、当然、無駄だ。しかし、子供は両手で、母親の胴を締め上げ始めた。元が幼い子供の力とはいえ、強化されている。腕にまとった土のエレメントが、急に複合体並みの強さを出し始めた。


しかしこのため、足は止まったので、ミルファが、風の魔法矢を放った。彼女は「避けられた」と言ったが、掠めた攻撃に子供の腕は怯み、母親を放した。母親は、気絶したようだ。


土属性の効果だと思うが、こちらの命中率を下げるのか、探知魔法の逆を行って、的を誤認識させるのか。


ミルファは、今度は命中率重視で、土の矢を撃った。腕に当たることは当たったが、表面で弾かれた。


「火魔法は不味いわね。誰か、風の上の魔法は、使えないの?」


カッシーが俺に尋ねたが、返事は待たずに、ベタだが、何か大きな音か火花で、目覚めさせて意識を戻せないかしら、と言った。


その時だった。


どこからか、風魔法の気流が飛んできた。最初は縄のように、次に雲のように、緩やかに子供を包む。土のエレメントが、急速に弱まる。


グラナドだった。風は使えないはずだが、これは間違いなく、風の技だ。


「説明は後だ。今は…」


と子供を指し示した。


子供はまだ動いていたが、主な攻撃手段を奪われたせいか、膝を折る。


ハバンロがすかさず飛んで行き、気功で活を入れ、目覚めさせる。子供は咳き込んだが、咳と同時に、色の濃い霧の塊が飛び出した。それらは、一度出た物の、再び子供の体を狙い、入り込もうとする。しかし、子供の意識があるせいか、うまく入れず、周囲に余りが溜まっていく。元々呼吸器の弱い子供は、意識がない時より苦しそうだ。


「やっぱり暗魔法だ。まずい、神官でないと、完全には…」


とグラナドが言った時の事だ。


気流は急に方向を変え、弧を描いて素早く、俺達の後方に飛んで行った。


長身の男性が、右手に、暗魔法の気を集めている。濃い霧は、彼が右手に持つ、鏡のような物に、吸い込まれて消えて行った。彼は、俺達を見た。俺も彼を見た。


「君、ファイス?!」


思わず大声を上げる。彼は落ち着いていた。


「まさかここで会えるとは、殿下。」


そう言ったのはユリアヌスだった。驚いている。コロル、ケロルの二人もいる。さらに、町では見掛けなかった、ラッシル人の少年がいる。魔導師風の服を着ている。


コロルは


「生きておいでとは。再びお目にかかれる日がくるとは、思いませんでした。」


と、皮肉に言った。ケロルは、武器を構え直した。


俺は魔法剣を構えた。近くにいるのは俺とグラナド、残りの仲間は子供の側に、俺達から離れていた。


相手の実力が不明だが、コロルとケロルは、魔法剣の構えに怯んだ。それからすると、あまり強くなさそうだ。ユリアヌスは、意外そうな顔をした物の、さっさと水と土の盾を出した。強いかどうかはわからないが、護衛の二人より、慣れているようだ。


俺は魔法のみで戦うグラナドを、庇うように前に出た。一触即発の空気。


「帰るぞ。」


とファイスが、唐突に言った。俺は「え?!」と言ったが、コロルも「はあ?!」と言った。


「目的は果たした。任務終了。だから、帰るぞ。」


ファイスはもう一度言った。


「お前、この状況で帰るだと!」


「協調性のない奴だな!空気読め!」


コロル兄弟は口々にファイスを避難したが、彼の、


「お前たちの間に何があったか、知らんが、今、ここで、戦わなくちゃならん理由があるか?」


のもっともな言葉に、気勢を削がれた。少し落ち着いたユリアヌスが、


「ふん、確かに全属性使える魔導師と、騎士まで加わったら、わからんしな。戦う理由も、別に今の所は無いことだし。」


といい、引き始めた。


そこに、火魔法が飛んできた。グラナドではない。カッシーだ。彼女は、夫、ファイスを狙った。


「厄介なのに見つかった。」


「待ちなさいよ!」


ファイスは、少年の魔導師を促し、転送魔法で一同共に脱出しようとしたが、カッシーが、コロル兄弟を突き飛ばして、自分が転送魔法の中に入ろうとしたため、ファイスと少年、ユリアヌスは転送されたが、兄弟は残された。


カッシーは、ケロルを締め上げ、


「どこに言ったの?!」


と言った。


「カレニン、カレニンに戻るはずだ。魔法使いを借りたのはあそこの役所だから。」


とケロルが答えてしまい、兄に「言う奴があるか。」


と怒られていた。


カッシーは、俺たちに、


「悪いけど、あたしは彼を追うわ。短い間だったけど…。また縁があったら、会いましょう。」


と、にこやかだが短く言い、角馬に乗り、風のように去って行った。俺は辛うじて「元気で」と一言だけ言った。


「さて…。」


グラナドが、残された二人を睨みながら


「取り引きしないか。」


と言った。


「俺達はラッシルの身分のある方に、冒険者として雇われている。あの弓隊もだ。任務は、チブアビ団からの町の解放。お前達が、この事件に、いつから、どこまで絡んでたか知らないが、聞かないで置いてやる。そのかわり、ここから、すぐ、黙って立ち去れ。俺達の事は、カオストに言うな、とユリアヌスに伝えろ。」


これに、二人は、何か言いたそうだったが、あっさり角馬で出ていった。


「いいのか?彼等にああは言っても、ユリアヌスは報告すると思う。」


「俺たちも報告するから、お互い様だ。」


「え、さっきは…。」


「聞かないで置いてやる、とは言ったが、言わないで置いてやる、とは言ってない。…残ってられても面倒なだけだ。それに、さっきの風魔法使い、たぶん、カオストの名前を出して、町から借りて来たんだろ。奴らを残して、ユリアヌスが下手に戻ってきたら、『解決したのはカオスト』って事にされる。最後はあのファイスが、暗魔法を吸収して終わったからな。」


俺としては、奴らの目的や、スパイの問題に関係があるのか、とか、チブアビ団の背後に何があったのかを、追求したかったが、あの兄弟だけでは、確かに大した情報にはならないだろう。


ミルファが、俺達を呼びにきた。カッシーがいないのを不思議がっていたが、


「彼女はもともと、別の仕事で来ていて、そのため、終わったら直ぐに、カレニンに向かわないといけなくなった。」


と説明したら、一応、納得はしていた。


俺達は、子供の様子を見に、ミルファについて戻った。


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