[4].海の薔薇

1.ロサマリナ

ラズーパーリ南西、リンスク伯爵の治めるカタゴラ地方、首都のロサマリナは、もともとは小さな漁村が、海岸や島々に点在する、静かな土地だった。岩勝ちの海岸、速い潮。大小の島々。ここの漁師達には、厳しい条件の海での航海術に長けた者が多く、獲物も、ほぼモンスターのような海獣や鮫、角や牙の鋭い大魚や、素早く攻撃的な海鳥を相手にしていた。数百年前、南から来た(とされる)「海の災厄」と呼ばれるモンスター(自然複合体という説もあり)との戦いで、この地方では、彼らの組織した水軍が活躍した。その長が、貴族に取り立てられて、この土地を正式に与えられたのが、コーデラ領としての始めである。


海路としての便利さや、港の規模はラズーパーリには及ばなかったが、南方の島国群や、サイウァ国、ネオヒンダ国と言った、遥か南への窓口はここになる。


しかし、いまやリンスク領は、機能していなかった。


約百年前に、「最後の武人戦争」といわれる、エルダサイバ国(現在のサイウァ国の前身で、戦後は革命で倒された)との戦いの時、当時のリンスク伯は、「表向きは」参戦しなかった。「近すぎる」ので、中立を装ったほうがいい、と、コーデラ本国の判断だったが、結局は、「裏向き」でも非協力だったため、戦後は政治的立場は悪くなった。


自主的に「海賊」を名乗り、協力する領民はかなりいたため、「領主は腑抜け、海賊は勇敢」て揶揄されることもあった。


伯爵の遠い身内に、エルダサイバの皇太子の後宮にいた者がいるから、彼女を通じて繋がりがあったんだろう、賄賂を受け取っていた、という噂があった。しかし、その「側室」の女性は、革命後にもリンスク伯爵の所に戻った様子はなく、実在かどうかも確認されていない。


そして、これを引きずりながら何年もたち、やがて、統治能力を問われる、有名な事件が起きた。


ホプラスの死の一年前の事だ。現在のリンスク伯が、ある「悪行」をやらかした。


彼はまだ、領主のただの次男坊だったが、従者たちと、盗賊のふりをして、領地の女性を襲う、という、悪質なゲームをしていた。


最後は、領民に捕まり、吊るされる所だった。実際、領民の中には、領主の息子とわかった上で、吊るしてしまおうという者がいたが、「腐っても領主の息子だ。くたばる直前まで痛め付けるだけにしてやろう。」で「落ち着いた」。漁師と農民は伝統的に仲が悪かったが、これがきっかけで、協力体制が出来た。


しかし、当時のリンスク伯、つまり彼の父親は、これを組織的な内乱扱いにし、騎士団に出動要請をしてしまった。しかし、地元の大農場主の一人が、元騎士(ホプラスの同期で、エイラスといった)で、騎士団に真相を訴え出たため、事情がわかり、事件は「解決」した。領主には厳重注意、次男は謹慎。甘すぎるという批判はあったが、真面目な跡取りの長男と、しっかり者の三男が、必死でとりなし、領民に謝罪したため、表面は収まった。


ルーミが即位したすぐ後になるが、領主が亡くなり、長男が跡を継いだ。彼は観光産業に力を入れ収益を伸ばし、港を整備し、養殖を取り入れて漁業を安定させた。一方で、孤児院や病院の規模を拡大して、都会から溢れた分を広く受け入れるなど、地元以外でも活躍した。このため、評判は良かった。


しかし、長男は、丁度、ルーミが死ぬ直前の時期、来客と夜光魚の見物船に乗っていた時に、夜中に船から落ちて、死亡した。遺体が見つからないため、本来は行方不明扱いではあるが、夜光魚は速い海流に乗ってくるため、流されてしまったのだろう、と推測された。爵位の譲渡は、子供がまだ幼いため保留にされたが、遺言は公開された。


遺言に従い、弟の三男が、長男の子供の後見(夫人は亡くなっていた)になった。が、これには次男が抗議した。


これは順番という見方からすると、次男にも言い分があったため、領主としての権利は長男の息子と後見の三男夫妻が仕切るが、次男に渡す収入の配分を上げる、という条件で、一度は丸く収まった。


だが、三男夫妻と、彼等の娘と、長男の遺児は、まもなく食中毒で亡くなった。遺児の世話を見ていたメイドもだ。


死因は、猛毒があって、調理の前に特殊な処理のいる特産物の貝を、不十分な処理のまま、間違って食べたからだ、と判断された。その日は使用人達の休日で、世話係のメイドだけ残っていた。そのメイドは料理が苦手で、このため、三男の夫人が自ら料理を作った。夫人は土地の人ではないので、間違えたのだろう、という話になった。


だが領民は、これを疑った。夫人は嫁いで何年にもなる。料理は好きだったため、地元の食材には詳しかった。その日は、夫人は市場に行ったが、貝は買っていなかった。一方で、市場の者は、


「前の日に、次男の屋敷の使用人が、あるだけ買っていった。」と口々に証言した。


さらに、その日の昼、次男が今月分の収入を受け取りに来て、普段はすぐ帰るのに、夕方まではいた、と、最後に屋敷を出た家人(長男の家庭教師)が言っていた。


領民は、前述のエイラスを中心に、王都まで訴え出る準備をしたが、出発日の前の日に火事があり、一家全員が焼け死んだ。


農地が広いため、隣家までの距離があり、確かに異変に気づくまでは時間はかかった。だが、別棟に住んでたエイラスの妹の一家まで、母屋の、しかも居間で発見されており、大家族がこの人数で、誰も助からなかったことに、人々は、さらに疑惑を確信に変えた。


しかし、そこまでなってしまうと、正面から追求するものは、表立っては、誰もいなくなってしまった。


ただ、「海賊」だけは別だった。


ここの「海賊」は、そもそもは、初代伯爵の直属の水軍から始まった。呼称は海賊でも、実態は自警団で、南方からの密漁者の監視と威嚇を行っていた。


彼らは強かったので、領主に収まった次男は、手を焼いた。海賊は、近くの大きな島を本拠地にしていたので、船で島まで近づき、海戦で彼らに勝つことは、用意ではなかった。本来、陸で正式な自警団になるべき領民も、影では大半が、海賊に手を貸していた。


ところが、最近、領主の雇った部下に、「優秀な」者がいて、海賊を一掃してしまった。


そして何を思ったか、次男はリンスク伯から「リンスク公爵」に名乗りかえ、「王国の正統な後継者」を担ぎ出して来た。




「…『偉大な勇者王ルミナトゥスには、王女より前に秘密結婚した相手がいた。彼女の名はパイドラ・デラ・リンスク。我がリンスクの遠縁にあたる女性である。


彼女は亡くなっているが、二人の子供を儲けていた。


長女レイーラ・デラ・セレニス、


長男コラード・オ・ル・セレニス。


血筋の証、生まれながらに聖魔法の聖女、そしてルミナトゥス王に瓜二つの、金髪に緑の瞳の王子。




不当な血筋を一掃しよう。




ここに彼らの正統性を主張するものである。』」


リンスクの宿で、俺たちはアリョンシャと夜に落ち合った。彼は、「リンスク公爵」の出した声明文を、淡々と読み上げた。


ハバンロが、グラナドに、


「気にすることはありませんぞ。」


と言った。ミルファも、複雑な表情で、グラナドを見る、


しかし、当のグラナドは、


「気にはしないが…突っ込んでいいか?」


と呆れ顔で言った。アリョンシャは、好きなだけどうぞ、と答えた。


「そもそも、父様は『一代限りの王』なんだから、父様の血だけでは、王位は継げないんだが。『セレニス家』が貴族になった訳ではないから、『オ・ル・セレニス』『デラ・セレニス』という言い方はしない。だから、父様が、私文書に署名する時は『ルミナトゥス・セレニス』、公式文書なら『国王ルミナトゥス』だ。


それに、聖魔法の能力を持ち出すなら、少なくとも母様の血筋でないと。それでも、聖魔法は、魔法結晶を体内にいれて、適正とを確認した上で、訓練してから、ようやく使えるようになる物だ。属性魔法とは違う。生まれながら、や、習っていなくても素質があれば、ある程度使える、という事は、まずない。…これじゃ、カオストも無視したがるはずだ。」


その通りだ。地方だから、これで通ったのだろうか。署名の事は俺も初耳だが、俺もグラナドと同様に呆れた。何よりも、「ルーミが秘密結婚」という所で、吹き出しそうになった。


「でもねえ、はっきりと『敵は誰』と書かない所は、意外に賢いかもしれないわよ。追い落としたいのが王子…グラナドなのか、カオスト公なのか、どっちにも取れるでしょ。


それに、少なくとも、今は、聖魔法、使えるのよね。一応、神官だったんじゃない?神殿に記録とか、ないの?」


と、同行する事になったカッシーが言った。


アリョンシャが、それに同意を示してから、神殿からの資料を元に、説明を始めた。


姉のほうだけは、素性がはっきりしていた。地元の孤児院の、院長夫妻の一人娘で、名前は『レイーラ・マリナトス』。現在は二十歳。元神官で、13の時から三年間、王都にいた事がある。魔法結晶の投与前は「黒髪、黒い目、南方系の特色の容姿。」と記録されていた。三年後の時点の容姿の記録は「金髪(暗い。茶色に近い)。濃い瞳。薄目にはなったが、まだ濃い小麦色の肌。変化度低し」だ。


神官になる時期が遅いように感じるが、王都近郊出身ではなく、貴族でもなく、地方出身の一般人の神官としては、このくらいが普通だ。


短い期間で、中級まで進んで、回復魔法は全部取得したというから、かなり優秀な方だろう。


上級に上がる前に止めた理由は、故郷に帰って、両親の孤児院と学校を手伝う事にした、というのが主だ。


もう一つは、聖魔法より、継続したい魔法があったため、である。


彼女は「人魚族」(本島に人魚な訳ではない)と呼ばれる、水泳と潜水の得意な種族の血を引いていて、「シレーヌ術」という、独特の魔法を使えるらしい。そういう他の魔法能力がすでに高いと、聖魔法の上級技は取得しにくいものだ。


「人魚族」は、「狩人族」と異なり、伝統を固辞して自分達だけで特定の地域に住む、と言うことがなかったため、「純血種」は残っておらず、時々、南方系の血を引く者に、先祖帰りのように、特色が出た。


最終的には、希少価値のある方を選んだという所か。


「両親の孤児院は、建物は残ってたが、閉鎖されていた。院長夫妻は、死亡している。盗賊にやられた、ということになってるが、本当は、次男坊の『粛正』で、殺されたようだ。院長夫妻は、海賊を支援していたんだろうね。近所の人から聞いた話を寄せ集めると、こんな、感じかな。でも、彼ら、一定以上は喋りたがらないから、そのあたりの事は、詳しくは分からなかった。それに、孤児院自体は教会の物で、民間委託とはいえ、領主でも勝手に閉鎖したりは出来ないはずなんだけどね。


この辺りは、エレメントの事件の時は無事だったから、余所から孤児を集めて保護していて、人数はかなり多かった。


王都の混乱中は、外部からの受け入れが途絶えてたけど、最後の段階で、子供は十二人いた。役所で記録を見たら、行方不明扱いになってた。


レイーラは、その後、海賊に保護されてた、という話を、酒場で聞いた。でも、そのレイーラが、このレイーラかどうかと言う話になると、みんな、知らぬ存ぜぬの一点張り。」


アリョンシャは、町に来てから調べた事が、あまり無くてすまないけど、と続けた。グラナドは、


「ここまで調べてくれたら充分だ、ありがとう。」


と言った。ハバンロが、


「で、弟の方は、何者なのですかな?レイーラという女性は、一人娘なんでしょう。」


と尋ねた。


「うーん、それがわからなくてね。孤児院の子かもしれないし、レイーラとは縁がない、金髪で緑の目の男の子を、引っ張ってきただけかも。」


しかし、それなら、その男の子だけで、用は足りる。このワールドには、写真は一応存在したが、白黒の解像度が悪い物に、後から色を着けているため、現在での再現率は、肖像画より低い。動画のほうが、動きがある分、まだましだが、レイーラに関しては、写真も動画も、まして肖像画などはない。実物は未確認だが、髪の色意外に、ルーミとの共通点があまりない女性を、引っ張り出してくる意図は何だろう。


「たぶん、リンスク『公爵』は、将来はレイーラと結婚するつもりなんだろうな。一代限りで終わる気はないから、わざわざ自分も『公爵』を名乗ったんだと思う。」


グラナドが解説を追加した。ミルファが、


「こう言っては何だけど…どうして、みんな、発想が同じなのかしらね。」


と、眉を苦しそうにひそめて言った。


俺はふと、昔、ラッシルで先代の皇帝に言われた事を思い出した。


《君、アレクサンドラと結婚して、ラッシルを治める気はあるか?》


皇帝は、ホプラスが、彼の兄の孫だと悟っていた。だが、彼には、不出来と言われていたとはいえ、皇太子が既にいた。


既に権力の頂点にいる者と、権力は持ちながら、微妙に頂点から外れた立場の者とを比較するのもなんだが、少なくとも、リンスクもカオストも、王者には向かないような気がした。


「で、芸人として潜り込むとして、目的は?暗殺?」


と、さりげなくカッシーが爆弾発言をした。


「無傷で拐ってくる方向で。」


グラナドがいう前に、俺が口を挟んでしまった。


「偽者と認めさせればいいだけだから。」


と付け加えた。


「俺もその積もりだ。」


とグラナドがすぐ同意したので、後の話は彼に任せた。


「レイーラは、両親の経歴もはっきりしているし、まず『偽者』だろう。『本物』であれば、父様が王都に呼び寄せたと仮定して、王都にいる時に、そういう話が、噂すら出なかったのは変だ。出る時に引き留めなかったのもおかしい。でも、コラードの方は…万が一、ということもある。それなら、きちんと保護しないと。」


ルーミの性格からして、そんな事は、まずないが、一応、王子を名乗っている以上、謎を残したまま死なせるのはまずい。


「じゃ、リンスク伯爵を始末…なんとかするより、弟の保護が優先、でいいのね?」


カッシーがやや物騒な確認をした。グラナドはそれでいい、といい、解散しようとした。だが、カッシーが、続けざまに、


「芸風の打ち合わせがまだでしょ。」


と笑いながら、引き留めた。


アリョンシャだけは、ラズーパーリで、騎士団の使いと落ち合うからと、今夜のうちに移動する、と宿を出た。


「君達は、まだ、ラズーパーリの宿にいる事になってるからね。使いの人は、ここに居ることは知らないだろうし。」


「なら、会ってから移動しても良かったな。君も楽だったろうに。」


「向こうはこっそり来るわけじゃないから。待ってたら出にくくなるし…でも、そういう所、相変わらずだね。」


これにはギクリとした。言葉を継げずにいる間、アリョンシャは飄々と出ていった。


「残念ね。貴方が一番、器用そうなのに。」


という、カッシーの言葉に見送られて。


そして打ち合わせになった。


カッシーは、歌も踊りも、楽器も得意なので申し分ないが、問題は俺達だ。


ミルファは、ハープが弾け、ちゃんと音楽を習っていたので音楽的には、残りの中では一番まともだ。が、旅芸人の竪琴とは異なるため、ラッシル語でラッシルの民謡を唄う事にした。


「メイドか集金係でいいんじゃないか?出せないものを、無理に表に出さなくても。」


とグラナドが言った。


「どういう意味よ。」


ミルファはむっとしたようだが、カッシーは、


「女の子がいると、『その子は何か芸をしないのか。』って事になるから。一応、あたしの弟子で修行中ということにするから、芸を要求されたら、ね。」


と解説をつけた。


ハバンロは最年長と思われて、座長の役をふられたが、


「いえ、私は実は一番の若輩で、拳法以外の取り柄はなくて。」


と焦っていた。カッシーは、


「拳法が出来るなら、それでいいから、宙返りや飛び蹴りの動作を連続で出して。適当にタンバリンでリズムつけるから。」


と、年齢の話はスルーした。


グラナドは、舞踏会で踊るタイプのダンスは出来たが、歌は苦手だった。骨格がやや細いせいか、胸声があまり響かず、一方、体格のわりに地声は低めで、高い音が出にくかった。ミルファには、


「私にはあんな事、言っといて。」


と言われる。


そういえば、ディニィも、声は良いのに、歌は苦手だったな。下手ではなかったが、音楽教師に、「筋はいいが、リズム感が欠落している。」と言われた事があり、トラウマになっていた時期がある、と言っていた。


エスカーは、ヴェンロイドに引き取られてから、楽器は数種類習わされた、と言っていた。歌は、グラナドと同じく胸声が響かなかったが、地声が高かったので、歌う時は、裏声で女声のパートを歌っていた。グラナドも鍛える時間があれば、と思ったが、


「音楽教師から、『筋はいいが、リズム感がないから、カスタネットも無理だ。』と言われたんだよ。だから、魔法院でもアイドラホルンしかさせてもらえなかった。」


と、ミルファに言うのを聞いた時、ディニィに似たなあ、と、少し微笑ましくなった。


「おや、でも、確か、昔はオルガンを弾いてませんでしたか?」


とハバンロが尋ねた。


「オルガンなら、音響効果のあるうちに次のキーを押せば、メロディが繋がって聴こえるから、多少はましだ、と別の教師の薦めでな。…古いことを覚えているなあ。」


「結果はいかがでしたかな。」「…聞くなよ。」


俺は少し考えて、


「魔法で何か出来ないか?」


と言ってみた。ミルファが、


「あ、ほら、グラナド、虹、出せるじゃない。」


と明るい声をだした。グラナドは、少し照れたように、


「お前も古いことを覚えているなあ。」


と言った。魔法で様々な形の、小型の虹が出せるそうだが、詳しく聞いてみると、水魔法で作った「レンズ」に、土、火、風の全属性の魔法を少しずつ使い、虹に似た色を浮かび上がらせる技だ。ただ、これだと、全属性が使える事がばれてしまう。グラナドはためらっているようだった。一応、例の姉弟に直接対面するまでは、隠しておきたいのだと思う。


「普通の人が見て、『魔法』だって解らなければいいんじゃないの?」


とミルファが言った時、グラナドは、少し妙な顔をした。


「覚えてないのか?」


「え、何を。」


「いや、何でもない…あれ、結構、集中力がいるんだよ。何年もやってないし、他人に見せられるレベルで、出来るかどうか。」


それでもミルファに促されて、披露してくれた。最初はうまくできなかったが、数回で勘を取り戻したらしく、簡単な花や星形、動物らしきものを作る。造形はともかく、彩りがよいので、インパクトはある。ただ、失敗もあった。


「ハバンロ、グラナド、あたしの順で披露しましょ。失敗しても、あたしがなんとかするわ。じゃ、後はそれっぽい服を準備して、明日の夜に屋敷に…」


とカッシーが解散しかけた。


俺は「え?」と言った。


「あら、ごめんなさい。言うのを忘れていたわ。あたしは、先週も行ったから、仲間を連れてきたと言えば、『予選』はパスよ。夜からでいいの。」


「いや、それもだけど、僕は?」


尋ねたとたん、グラナドとミルファ、ハバンロがほぼ同時に、驚いて口を出した。


「え、ラズーリさん、芸するつもりだったの?」


「お前は護衛…用心棒でいいだろ。」


「私が言うのもなんですが…貴方が舞い踊る姿は、想像できませんな。無理しないほうがいいのでは。」


まあ、それが妥当か。弦楽器は長いこと弾いてないし、そもそも独奏を人にじっくり聴かせるレベルではなかった。一人だけ何もしないのは心苦しいが。


「『歌は上手かった。』と、母が確か…。『チャフスクの子守唄』を良く歌ってた、って…」


とミルファが言ったが、言ってから、


「顔が似てると、声が似てるっていうじゃない。ラズーリさんと、叔父は似てるから。」


と、慌てて言い直した。純粋に間違ったのか、「知っている」のかはわからない。たぶん前者だとは思う。


少し焦ったが、カッシーが、


「あら、一応、聞きたいわ。」


と言ったので、歌ってみた。




《夜が終わるまで


そばにいるから


安らかにお休み


守ってあげる


愛しい子よ…》




チャフスクのオペラの中の歌だ。独立して歌詞が子守唄用の物になっていたが、元は、駆け落ちした姫と護衛の兵士が、暗い洞窟の中で唄う二重唱だった。


子供の頃、ルーミのために歌ってた時は、元の意味を知らず、ただ純粋に、彼を安眠させるために歌った。


元の意味を知った時は、複雑な気持ちになったが、その時は、既に、ルーミに子守唄はいらなかった。


たまに歌ってくれと言われる事はあった。ラールが聞いてたとは気付かなかったが。


歌い終わると、なぜか拍手がきた。カッシーが、


「その場の雰囲気にもよるけど、『お姫様』が、静かな雰囲気を好む人だったら、最後に歌って、決めてもらうわ。」


と、称賛の笑みを浮かべながら言った。


「先週はどうだったんだ?そういや、問題の二人の顔は見てないのか。」


グラナドが尋ねた。カッシーは、顔は見ていないといい、簡単に説明した。


「ああ、先週はね、『お姫様』は体調崩してて、宴席に入ってすぐに抜けたらしいわ。領主も彼女と一緒に抜けたとか。あたしは出番待ちだったから、その時は見てない。


遅いから見てみた時は、芸そっちのけで、何か揉めてたから、その時に経緯を聞いたの。


領主には養女が何人かいるんだけど、その子達の間で、父親の領主がいないのに、自分達だけで宴会を続けるか、お開きにするかで、揉めてたの。


結局、お開き。


…弟の『王子』らしい子は、いなかったわ。ミルファより少し年下くらいの、若い女の子ばかり。『王子』は、宴席に出られる年じゃないのかも。


機会のなくなった芸人達が、責任者らしいおじいさんと、報酬の事で揉めて、『来週は優先する。姫も大丈夫だ。』で収まったわ。あたしも彼らと一緒に、抗議に行って、その時に注意して見ておいたんだけど。」


すらすらと淀みなく出てくるカッシーの話に、どっちかというと、先に聞きたかったが、と思った。


ふと疑問が起きる。カッシーがただの旅芸人ではないこと、ファイスを追ってはいるが、「逃げた亭主」ではなさそうだ、ということは認識している。つてが欲しく、利害が対立しないようなので、深く追及しないことにはしている。


しかしこの先に、ファイスは居そうにない。彼がカオストの陣営だから、俺たちに協力する事にしたのだろうか。


疑問を抱えるくらいなら、思いきって聴いてみようか、と思った時だった。


部屋の戸を叩くものがいた。アリョンシャがもどったのかと思ったが、戸を開けると、子供が立っていた。7つか8つくらいの女の子だ。南方系のようだが、髪だけ明るい金髪だ。この辺りではわりと見る。


「王子様。お願い。」


彼女は真っ直ぐ、グラナドの所に進んだ。


「みんなを、助けて。」


そして泣き出した。


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