2.レイーラ
ロサマリナ中心部は、港の周囲以外は、静かだった。というより、殺風景だった。市の花、ローズマリーが咲き誇っていたが、それ以外に「華」がない。港町独特の活気にも欠ける。宿をとっていた所は、外れに当たるが、そこのほうが賑やかなくらいだ。
「街中は物騒だけど、取引はあるので、商人は出入りしますから。彼らは、今は街中には泊まりたがりません。わざわざラズーパーリに泊まる人もいます。大きな農家が、宿を提供してた時もあったけど、エイラスさんの所が、ああなってからは。」
女の子を探して、宿の女将が部屋に顔を出した時、話を聞けた。
アリョンシャは新参の商人を装い、街中の宿に泊まったが、かえって目立ったようだ。女将の所にも、「墨野郎(領主の渾名。)のスパイかもしれんから気を付けろ」とすぐに連絡が来た。
「まさか王子に仕えてる人だとは思わなかったけど。」
女将の弟は、一時王都にいて、魔法院の近くの店で働いていた。魔法院に納入する文具を扱っていた。クーデターの時に逃げてきたそうだ。
弟は街中から、姉の宿に行こうとするアリョンシャに、帰るついでだからとついてきた。茶を運ぶおり、グラナドを見た。姉に、あれは王子だと話したら、姪に聞かれた、と説明した。
「丁度、品物を納める時間に、事務所の横を、次の授業に向かう殿下が、決まって通りかかるので、覚えてました。」
と弟は言っていた。
女の子はロレッタと言った。一昨年、孤児院から引き取った、という。
「墨野郎の作った条令で、子供がいなければ、妻や兄弟姉妹がいても遺産はもらえません。税金が膨大になるからです。島に住んでる人は、そんなのは無視しますが、陸に住んでいると、そうもいきません。粛清前は役人も味方だったので、条令を無視して、コーデラの法律で処理していたのですが、粛清後に、役人は入れ換えになりました。どこにでも、そういう時に役人になりたがる、裏切り者はいます。
私たちは何年も子供ができなかったので、夫の提案で、孤児院から女の子を一人、引き取りました。その二月後、夫は海の事故で亡くなりました。予感、ていうやつでしょう。」
ロレッタは、孤児院で、レイーラに面倒を見てもらっていたそうだ。
「『ロレッタ』って名前は、院長夫人が着けたんですよ。院長は『金髪ならオーリか、オーロラか、ルミナ』みたいな名前の付け方をする人で、院長夫人は『少しは考えてつけないと、『マロン』と呼んだら、『マローネ』でも『マローン』でも、茶色の髪の子が、全員振り向くじゃないの。』とこぼしていました。『ロレッタ』や『レイーラ』は、小説からつけた、といってました。レイーラさんは、引き取られた後も、ロレッタのことを気にしてくれました。私からもお願いします。レイーラさんは、墨野郎に脅されてるんだと思います。街の人をただじゃおかん、とか何とか。助けて上げてください。」
グラナドは、少し考えた後、
「そうですね。では交換条件として…『墨野郎』の意味を教えてください。」
と笑った。女将は笑い転げたが、真っ赤になっていた。弟は、言いにくそうにしていた。だが、無邪気なロレッタが、
「お歌があるの。
《墨野郎 墨野郎
足の間が真っ黒だ
真っ黒棒切れ
奴が出したら
娘っ子は逃げろ》
って。女の人をさらうお化けでしょ。」
と説明してしまった。
昔、次男を捕まえた男性達は、顔を隠しても、もう女達に悪さが出来ないよう、すぐに解るようにと、『入れ墨』をしてから解放したのだ、という。
「腫れが一週間も引かずに、苦しんだそうですよ。男としては、同情しますが…。」
と、弟は、姉に聞こえないように、小声で言った。
グラナドはミルファから、
「女の人にあんなことを聞くなんて。」
と言われていた。グラナドは知らなかったからだと弁解していた。
これで、思わぬ所で支援者が出来、女将の弟コラリオのつてで、服屋から、衣装も借りられた。
集まる芸人は、余所からきた連中ばかりだから、内部にはつてはないけど、と言っていたが、それは予定のうちだ。
カッシーの顔で、中に入る。南方から流れてきた者が多いようだが、ちらほらコーデラ系も見られた。
宴会が始まる前、他の芸人と話す機会があった。カッシーは、二人組の女芸人達に話しかけていた。ミルファはグラナドを連れて、屋敷の中で、迷ったふりをして探索に行った。
俺はハバンロと二人で、三人組の軽業師と話した。彼らは二人が東方人の男性、もう一人が北方の顔立ちに、黒髪の若い女性…に見えたが、女装した少年だった。
ハバンロが軽業師だと思ったらしく、最初は芸風が被ることを警戒していたが、ハバンロは武道を元にした舞踊、カッシーは南方の歌と踊り、グラナドも新米の手品師だと話すと、警戒を解いて話し出した。
「俺、本当は金髪なんだけど、ここの領主、少女好きの金髪フェチだっていうから。鬘なんだよ、これ。」
「まあ、こいつは、アシストで、激しい動き、ないからな。
どうしようかと思ったけど、報酬が破格だし。今夜の宿は屋敷に、食事も提供だよ。て、これでよく続くよなあ。高い貝の養殖と、外国に持ってる小麦か何かの畑の収入で、黙ってても金が入ってくるらしいが。」
これを聞いたハバンロが、
「それだけ潤ってるのに、未亡人から遺産を取り上げるような真似をするとは。勇敢な水軍で名を馳せたリンスクも、昔日の面影はない、ということですか。嘆かわしい。」
と、やや響く声で言ってしまった。これは慌てた。ハバンロが正しいが、俺たちは、そのリンスクに芸を売りに来ている。話し相手になっているグループだってそうだ。一瞬、空気が悪い意味で冷えた。
しかし、鬘の少年は、
「声が高いよ。」
と注意した後、
「裏で地元に協力してる奴らばかりじゃないんだから、気を付けないと、ばれるよ。」
と小声で素早く言った。
そういう事か。俺達は協力してもらったほうで、引き換えに協力は要請されなかったが、治安の悪くなった土地に、これだけ芸人が集まっている理由がわかった。
彼らは、話題を変えて、美人と噂の姉弟の顔を見るのが楽しみだ、先週は中止になったから、と話し出した。
「騙りでも、『女顔の美形』で有名な王様に似た姉弟っていうから、楽しみにしてたのに。領主は貧相なひょろっとした奴だし、養女連中は、さっき入り口で見たけど、なんか田舎臭いのばっかり。」
「だけどさ、コラード王子のほうは、たぶん、まだほんのガキだよ。先週もだが、宴会用の食料と一緒に、ガキ用の、ほら、青い星印の有名なやつ。あれを運び込んでるのを見た。」
ハバンロがこれを受け、俺にこっそり、
「意外ですな。現在、レイーラが二十歳なら、弟役は、若くて十二、三ぐらいだと。…青星マークは幼児用の食品ですぞ。」
とささやいた。
リンスク伯はリアリティは追及しない主義のようだ。そもそも、正当性を主張するのに、グラナドより年下では、不味いと思わなかったんだろうか。もちろん、問題はそれだけではないが。
俺たちは、順番が早かったので、彼等とは別れ、早々袖に入った。だが、グラナドとミルファが出番直前まで戻らなかった。危うく俺が歌うとこだったが、ぎりぎりで間に合った。しかし、今日は人数が多いから、一組の持ち時間が少なく、ハバンロとカッシーの舞踊に、ミルファがタンバリンで伴奏する事になり、グラナドの出番はカットになる、と、これまたギリギリで言われた。
前の組がそれで少し揉めていて、かえって遅れぎみだ。
俺は、グラナドに促され、宴席で待つことになった。
宴席に領主がいた。痩せた顔色の悪い男性だ。昔、父親と兄に会った事があるが、二人ともずんぐりとしていた。彼は似ていない。髪は黒い。
傍らに、白髪の男性と、領主より顔色の悪い、魔導師の男性がいた。白髪の男性もどことなく見覚えがある。いわゆる「じいや」で、次男の世話係だった。
魔法使いの方は(マントが、魔導師が好んで着るタイプだ)、
コーデラ系のようだ。髪は剃っていた。眉は太い。髭はやや茶色いが、眉の色に比べたら濃い。髭を染めているのでは、と思った。他は特に特徴のない顔立ちだが、目付きだけは、妙に印象に残る。くるりとした目だが、何故かハ虫類の目のようで、人間味を感じない。
彼が粛清を決めた部下だろうか。
彼は宴会に来たわけではないらしく、領主と何か会話して、すぐ引っ込んだ。入れ換えに、白髪の男性が奥の扉を空け、女性が四人、入ってきた。俺の隣の席の男性が、「やっとお出ましだ。」と言った。
まず、三人はミルファくらいの少女で全員金髪、先頭の一人は、地元らしく、浅黒い肌をしている。他は、北西コーデラ系の色白の少女が二人。片方は、不自然なほど真っ直ぐな髪をしている。もう一人は、やや赤毛気味の金髪を、細かくカールさせてリボンでくくっていた。三人とも、だいたいミルファより少し下くらいか。
その三人に続いて、レイーラが出てきた。レイーラと分かったのは、資料の説明と容姿が一致し、かつ成人に見える女性は彼女しかいないからだ。
茶色に近い金髪は、ルーミの髪に比べると、色みが暗い。ゴールデンブロンドというより、ダークブロンド、ゴールデンブラウンと言われる色だ。光沢が美しく、艶やかに波打っている。顔色は、最初の少女よりは薄いが、小麦色の肌をしていた。高すぎず低すぎずの鼻、大きくも小さくもない口。こういうと個性がないように聞こえるが、その中庸の部品が集まり、「美人」を作っていた。
目は伏し目がちなため、色ははっきりしないが、明るくはない。茶色系でもないようだ。背は少女達より高いが、ミルファほどはない。
薄い紫の、裾の長いゆったりした服を着ている。宝石類はつけていなかったが、耳の所が少しきらっとした。ピアスかイヤリングのようだ。
ルーミとは髪の色以外は似ていないが、「王女」の役を降られたのはわかる。全体的にどことなく気品のある、優雅な雰囲気の女性だ。その雰囲気だけならディニィに似ていなくもないが、これは神官の女性に共通して見られるものだ。
そして、四人の後に、さらに三人、今度は少年が続いた。
「王子と王女のおなりです。」
との老人の声に、慌ててレイーラから目を反らし、彼女の後を注意して見た。
三人は幼児ではない。
一番手の少年は、髪はハバンロより薄目のライトブラウンで、短く刈っているが、前髪は残している。目は小さいためはっきりしないが、明るい色をしているようだ。彼は一度、宴席を降りて、反対側からレイーラの左隣に回り込んだ。すぐ近くを通ったので、目の色がややはっきり見えたが、一応、青か緑のようである。日焼けしていて、オーソドックスな片手剣を持っている。盾はない。かなり痩せている。
二人目は、レイーラの右隣に立ち、周囲をキョロキョロ見渡している。出っ張ったギョロ目で、大きく見開いているので、色もはっきり見えた。茶色だが、無理すれば濃いめのオリーブグリーンと言えなくもない。髪は明るい赤毛だが、金に近い色合いだ。玉ねぎのように頭頂で結んでいる。顔色は赤い。小柄で、自分より大きな三ツ又の槍を持っている。先の少年が仮に16だとすると、彼は14くらいに見える。
三人目は、レイーラの背後にいた。少年達の中では、一番年上のようだ。背は三人の中で一番高く、体格も鍛えてがっしりして見えるが、先の二人が細く小柄なため、そう見えるのであり、ハバンロよりは小柄で細い。もちろん魔法使いのグラナドよりは、大柄で筋肉質だ。右に一本、左に二本、変わった形の短剣を下げている。髪は、銀に近いアイスブロンドだった。波のない真っ直ぐな髪のようだが、段の付いた髪型(最近の流行りらしい)のため、やや跳ねて見える。髪に隠れた耳に紅いものが見える。ピアスのようだ。七人の中で、耳に飾りをつけているのは、レイーラと彼だけだった。
席に付いたレイーラに、領主がグラスを渡す。だが、レイーラに渡る前に、その少年が、背後から手を伸ばし、グラスを引ったくり、自分で飲んだ。豪快な飲みっぷりだ。
「まあ、シェード。」
と、レイーラがたしなめるように言った。落ち着いた柔らかい声をしている。
シェード、影という意味だろうか。
彼は領主とレイーラの間に入り込み、領主に背を、俺たちの方に顔を向けた。目が合った。
海辺の人間にしては色白だ。酒のせいか、上気した頬がほんのり桃色になっている。くっきりとした大きな瞳は、色合いのはっきりとした、鮮やかなエメラルドグリーンだった。
しげしげと見たせいか、不審そうな様子になったので、慌てて目を反らした。
三人のうち、ルーミの子供を名乗らせるとしたら、彼だろう。
似てないのは残念だが、他の二人の容貌には、明らかに無いものが備わっている。だが、
「レイーラは病み上がりだから、酒は駄目だと言ったはずだ。」
と言った彼に対し、片手剣の少年が、
「姉さん、まだ具合悪いのか。熱、下がったんだろ、タラ。」
と、最初の地元の少女に言っているのが聞こえた。そのタラが、彼に、説明する時に、「コンドラン」と呼び掛けていた。
「シェード」と「コンドラン」なら、「コラード」は後者かな、と思った時だ。
「まだ具合が悪いなら、休んでいたほうがいいわ。」
と、二番目の少女が言ったのに対し、三人目の少女が、
「先週もいなかったから、今週も中止じゃ困る、って話しだったわ。クミイ、あんた、さっきと言うことが違うじゃないの。」
と、文句を言い出したため、少し揉めた。それで、
「じゃあ、姉さんとクミイだけ、休んだらどうだ。旦那がいれば、中止にしなくてすむし。もともとタラとメドラのアイデアだろ。」
と、槍の少年が言った。彼までもが、姉さんと呼んでいる。
二番目の少女・クミィは
「そうは言ってないけど…。パーティには出ないといといけなし。主賓がいないと。」
と、レイーラとシェードを見た。コンドランも二人を見て、どうする、と尋ねた。
シェードは、奥で少し休ませる、と、決めるが早いか、レイーラを伴って、さっさと奥に入ってしまう。
クミイも後を追おうとしたが、白髪の男性が、ドアを閉めたので、席に引き返した。
彼らの会話を聞き、最初の歌手が出てから分かったが、領主たちのいる壇上は、話し声が響いたのに、芸をする場所は、音響が悪く、歌声が良く聞こえない。
結果として、彼らの会話が良く聞こえたので、俺たちにはプラスだが。
カッシー達が出る前に、グラナドが俺の手を引っ張り、廊下に連れ出した。大きな屋敷なのに、見張りらしき者はいない。
「一人選ぶとしたら、誰にする?」
とグラナドが言った。小声で「好みの話じゃなくて。」と付け加えた。最後の一言が引っ掛かるが、答える。
「レイーラの後ろにいた子かな。グラスを取った…。『姉さん』と呼んでなかったし、槍を持ってた少年の名前だけ、今の所はわからないけど、レイーラの目は緑ではないようだ。それで『金髪に緑の目』の見た目を強調するなら、細かい事がどうでも良くなるくらい、インパクトがないと。」
「そうだな。そういう意味なら
美形は、彼だけだしな。」
何か誤解があるようだが、弁解するのも変なので、
「で、どうするんだ。」
と聞いた。連れ出したからには、何かする気だろう。
先程、グラナドは、ミルファと恋人同士を装い、「ロマンチックな」場所を探す口実で、あちこちうろついた。庭から荒れた庭園(野生のハーブ庭園?)に出たら、女性の争う声が聞こえた。声のした窓から、部屋の中をこっそり覗くと、メドラ(三人目の少女)が、クミイに激しい口調で何か言っていた。
クミイは泣き出したようだが、そこにコンドランとシェードが入ってきた。メドラが「コラード」と呼び掛けた。どちらにかはわからない。
四人の会話によると、領主に金を使わせる計画をたてたが、クミイだけが「蝙蝠」を決め込んで何もしないので、メドラが文句を言っていたらしい。
「クミイが泣いて部屋を走り出て、コンドランが追った。メドラは、
『大事な事はクミイには話さないほうが、いいんじゃないの。あれだけ頼りないと。』
と、言った。シェードは、
『秘密にするのも、難しいだろ。レイーラは反対すると思う。クミイも墨野郎の事は嫌ってる。奴に味方している訳じゃないんだから、お前も少しは妥協しろよ。ああいうのは昔からだって、わかってるじゃないか。』
と言い、メドラは『それもそうね。』『あんたがそう言うなら。』とかなんとか言って、部屋を出た。
どうやらシェードがリーダーのようだし、都合良く彼だけ残して、皆が部屋を出たので、思いきって話しかけて見ようかと思ったが、気づかれていたらしく、向こうから声をかけてきた。
俺とミルファが、連絡係りのようなものだと思ったらしい。地元に活動資金を流す目的みたいだな、宴会は。
『今は余裕がないけど、宴会の後で、部屋割りの事でコラードに話を聞いてもらう事になっている、という口実で会いに来てくれ。』と言われた。『ガンラッドっていう、玉葱みたいな髪型の奴が最初に受け付けるが、話は通しておく。』って事だ。この言い方だと、たぶん、シェードが『コラード』だな。コンドランは、さっき女の子から『コンドラン』と呼ばれていた。『シェード』はレイーラからは『シェード』と呼ばれていたが。『コラード』は敬称みたいなものかも知れない。
俺は手早く『できればレイーラさんとも話したいので、頼む。』と言い、理由を聞かれる前に戻った。
ミルファには、『うまくいったら、魔法で合図する』と言ってあるから…。」
「ちょっと待って。『うまくいく』って、いきなり拐うのか。」
「ああ。あれは、早く引き離したほうがいい。あの領主、ただの阿呆かと思ったが。」
グラナドは当たりを憚るように見回し、声を低くし、険しい顔で言った。
「あれの中身は、たぶん、『一度死んだ物』だ。」
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