3.コラードとは
領主の中身が「一度死んだ物」と聞いて、俺がまず考えるのは、俺達(新型守護者)を形作る技術を真似て(どうやったかは別にして)、「精神体」を「空」の肉体に宿して作られた物、だ。だが、これを行う技術は、各ワールドにはない。超越界だからこそ、出来る事だ。
精神を空にしたまま、器を作る技術が特殊で、俺も詳しくは知らないが、ごく最近実用化された新技術になる。
仮に肉体が死亡しても、別の器に移り、再び「甦る」事は出来る。また、精神が出てしまえば、肉体は動かなくはなるが、物理的には死亡にはならない。ただ、各ワールドに空の器が放置されるのは困るため、精神が長くまたは永遠に離れる場合は、何等かの形で、肉体は改修・消去される。
昔の俺とホプラスのような、「融合」の場合は、宿主は、瀕死でもよいから、生きている事が条件で、完全に死んだ肉体には入れなかった。
ルーミ達と共に戦った、人工的な複合体は、高等生物に、大量の強力なエレメントを宿らせて作られた物だ。とは言っても、強大なエレメントの制御には、しっかりした意思や思考力が、なければならないため、適当な高等生物は、人間のみということになる。しかし、複合体になると、増加していくエレメントに取り込まれていくため、最終的には、制御できなくなってしまうが。
自然複合体の場合は、鳥や獣が、宿主になる。理論的には、植物にも宿るが、目撃情報は皆無に近い。もともと植物は動かないため、気付かれないのだろう。
自然の物は、人工の物に比べて弱いが、猛獣や大型の海獣、モンスターに宿ると、凶暴化して厄介な事になる。
ファイアドラゴンに火のエレメントを入れたり、水のエレメントを入れた海獣を、わざと魔法で大型化すると、「ボスクラス」の「モンスター」ができてしまうが、自己制御どころか、作成者の言うことも聞かないため、人間以外の生物を、人工的に複合体にするメリットはない。
エレメント単独で、無生物や死体を動かす現象もあるが、一時的なものであり、長期に渡り、継続して動く事は、まずなかった。
つまり、勝手に暴れたり、近くの生物に襲いかかったりしない、「安定した実用的な」物を作るには、高等生物の宿主が、生きている事が大前提になっている。
昔、エパミノンダスは最終的に、これを越えようとして、結局は失敗した。
しかし、チブアビ団の時は、死体、または意識のない者がベースだった。一度死んだ物、とは、死者の「魂」(適当な表現が他に見当たらない)なのだろうが、「入りやすくするため」のベースであり、動力源になっているのは、恐らく暗魔法だろう。意思のある行動はできないようだった。
グラナドは、操っている者が近くにいる、といい、カオストの庶子の魔導師ユリアヌスが、近くに来ていた。実際、彼は昔から、暗魔法の研究を進めている。ファイス達を使って、エネルギーを集めていた。が、今回は彼はいない。
王都に居る協力者が見張りを新しくつけたので、動きがないことは確認済みだ。
「リンスクの側に魔導師がいただろ。たぶんあいつだと思うんだが、そのわりに、あっさり側を離れたからなあ…。暗魔法に限った事じゃないが、何かを魔法で操る時は、近くにいたほうが確実だ。リンスク伯爵は動作も自然だった。正直、田舎の魔導師が使う技としては、高度すぎて疑問だが…。」
グラナドは考え込んだ。俺も疑問は色々ある。グラナドは技術的な面に関心があるようだが、俺は、死体を操るメリットがわからなかった。リンスク伯爵を操って権力を得たいのだろうが、操る側に政治力が無さすぎる。
「まあ、今考えても仕方がない。まずは、『コラード』を連れだそう。何か知ってるだろうし。」
俺はグラナドを促し、庭に回り込もうと外に出た。
グラナドは昼間来た道だから、暗いなかでも、スムースに動いた。「受付」を通すようには言われていたが、具合の悪そうな(?)レイーラに、シェードが付き添って引っ込んでしまった。様子がおかしかったから、直接来た、ということにしよう。
窓に付いた。運良く、シェードとレイーラが二人でいる。明かりがついていて、カーテンは閉めておらず、窓があいている。グラナドが、
「さっきとは別の部屋だな。彼等の私室みたいだが。一階の部屋でよかった。」
と言った。
しかし、随分、無用心だ。ここらの風習かもしれないが。
ともあれ、窓に近づく。シェードは少ししんどそうで、長椅子に半分横になっている。レイーラが彼の頭にタオルを乗せながら、浄化魔法を唱えていた。シェードの顔は少し赤い。
「抜けにくいわね。」
とレイーラが、困った様子で言った。
「ごめんなさいね、シェード。」
「姉さんが飲むより、ましだ。」
その答えに、レイーラは優しく微笑み、
「あら、久しぶりに、『姉さん』と呼んでくれたわね。」
と、シェードのタオルの位置を直すため、彼の前髪を上げた。彼も「姉さん」か。少年少女達は、みな、「姉さん」と呼んでいるようだ。全員、孤児院出身なのかもしれない。
「もう、子供じゃないんだから、寄せって。」
シェードはそう言って、姉の手をそっと避けた。
「ねえ、シェード。」
レイーラは優しく微笑みながら、避けた手を取った。シェードの顔の赤みが増した。
「例え血が繋がってなくても、貴方は、私の、大切な弟よ。これから先、何があっても。」
姉の笑顔に反して、シェードはややぶっきらぼうに、
「わかってるよ。」
と言った。
「俺の事より、そっちはいいのかよ。眠れないんだろ。夜中に熱が出てるんじゃないのか。」
「眠れないっていうより、眠ったような気がしなかったの。メドラとタラが同じ部屋で休んでくれるようになってからは、だいたい平気よ。でも、今度は、クミィも眠れなくなったみたい。だから、メドラだけ、クミィの部屋に時々戻るわ。メドラが私達の部屋に来た夜は、眠れないらしいわ。」
「…早く言えよ。オーラの風邪が軽く移った程度に思ってた。そういうことなら、俺が姉さんの部屋を見張るよ。クミィの所は、コンドランにでも。」
「まあ、それは良くないわ。貴方は私の弟だから、同じ部屋で寝ても問題ないけど、コンドランは…。」
「だ、誰が同じ部屋で寝るなんて言った?!見張る、と言ったんだ!」
レイーラは、
「あら、そうなの、ごめんなさい。」
と、さらりと答える。シェードは、赤くなり、黙りこんだ。何となく、声をかけにくいが、せっかく二人揃っている。思いきって、呼び掛けて見ようとした所に、クミィが入ってきた。おどおどしながら言うことには、
「ごめんなさい。邪魔するつもりじゃなかったけど、ハギンズさんが、『どちらか一人だけでも戻ってくれ。』って。メドラが『レイーラはまだ休まないと。オーラの風邪がうつったから。』って言ってたから、その…私と一緒に…。」
と、後は聞き取れない。シェードは、
「メドラ、さすがだな。」
とやや明るく言った。わずかだが、クミィの表情が曇った。
「レイーラはオーラの様子見て、休めよ。俺は暫くしたら戻るよ。」
レイーラは、弟には、ちゃんと着替えてね、と、クミィには、ありがとう、と言い、部屋を出てしまった。この上、シェードがクミィと戻ってしまったら、困る。
クミィは、すぐには出ていかない。シェードは、彼女に背を向けて、ため息を付いた。無視しているのかと思ったが、気がついてないらしい。立ち上がってタンスを開けて、着替えを取り出した。そして、着替えようとした時に、クミィに気がついた。
「後で戻ると言ったろ。着替えるから、出ろよ。酒のせいで、汗になったんだ。」
クミィは、真っ赤になって、慌てて出ていった。
シェードがシャツを脱いだ時、腹から背中を貫く、古い刺し傷が見えた。槍か何かだろう。背中には、右肩から左の腰まで伸びた、切り傷もある。これは剣の物だ。
王都なら、魔法医で簡単に消せるレベルだと思うが、この辺りでは無理なのか。綺麗な肌をしているだけに、痛々しい。
少女のような顔に似合わず、しっかり鍛えた、よい体つきをしている。二刀流の人間は、両方の腕のバランスがよいが、彼もそうだった。
「行くぞ。」
シェードが短剣を止めているベルトを外し、椅子の上に置いた所で、グラナドが、俺を軽くつついた。
「着替え終わるまで待ってやろうよ。」
と俺は言ったが、
「武装解除した今がチャンスだ。本来の目的、忘れるなよ。『覗き』に来たわけじゃないんだから。」
と、俺より一足先に出る。今夜は、さっきから、何かひっかかる言い方をする。気がたっているだけなら良いが。
シェードは、俺達の登場に、少し驚いた。やや足元がふらつき、近寄ったグラナドの方に、倒れかかった。俺は間に入り、素早く彼を支えた。
「悪い、広間で見てたからわかると思うが、墨野郎が、あの酒に薬を仕込んでて。まだふらつく。女性用だから、俺にはたいして効かないけど…。」
シェードがそう言って、体勢を建て直し、俺から離れようとした。だが、また急に、俺の方に倒れこんできたため、抱き止める形になってしまった。
「いきなり、何しやがる!」
これは、俺の事ではなかった。グラナドが土の拘束魔法を使い、俺ごと縛り上げたからだ。
「お前は水だから、よく効くな。」
皮肉に笑ったアンバーの眼が、俺を見ている。
「何だよ。馬鹿野郎、放せよ!」
シェードは暴れたが、俺の腕が枷になって、身動きが取れない。ここまで計算していたなら文句は言えないが、
「しっかり抱いてろよ。得意だろ。」
と、又しても刺のある言い方をされた。
これは一言言おう、とグラナドを見返した時だった。
「シェード!」
「コラード!」
レイーラとメドラが部屋に入ってきた。二人とも、状況が掴めずにいるのか、騒ぎもせず、俺たちを見ている。
まずい。俺は縛られていて身動きが取れない。メドラは小降りの曲刀を持っている。レイーラは聖魔法は回復だけだが、特殊な術が使えると聞く。グラナドは強力な魔法使いだが、攻撃魔法の利点を生かすには、相手と距離が近すぎる。
グラナドは、拘束を解くかどうか迷っているようだ。解いたらシェードが反撃してくる。誘拐しようとした奴らに、容赦はないだろう。
俺は、シェードをしっかりとホールドした。俺のほうが、彼に比べて、力がある。グラナドが拘束を解いても、逃げられないようにした。
メドラが我に返り、叫ぼうとした。だが、レイーラが、グラナドを見て、
「ピウストゥス殿下!」
と言ったため、短く「えっ」と言っただけで、叫ぶのは止めた。シェードも、俺の腕の中で、身動きを止めた。メドラは、「本物?」とレイーラとシェード、グラナドを交互に見ている。
神官なら、顔は知っているか。グラナドは覚えていないようだ。彼から見れば神官は多数、彼女から見れば、王子は一人。レイーラは、紫色の瞳を(彼女の瞳は、アメジストのような紫色だった。)大きく見開き、呆然としている。
グラナドは、落ち着き払って、拘束を解いた。シェードは身動き一つしない。
「別に捕まえに来たわけではありません。」
とグラナドは、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
「貴殿方の身分が本物であれば、保護する目的でした。そうでないとしても、お話を聞かせて頂きたいと。神官であれば、聞いているかと思いますが、私には、人の『中心』がある程度見えます。リンスク伯爵を動かしている物は、とても質の悪いものです。貴殿方は、利用されているのではありませんか?」
流石に王子、優雅な物腰で、巧みに言い逃れた。魔法で縛り上げている所に出くわしたのに、もうそんな雰囲気はなかった。
「それならお願いします。シェードを連れて逃げて下さい。」
レイーラが言ったとたん、シェードは強引に俺の腕を振り切った。姉に駆け寄り、
「駄目だ。俺は逃げない。姉さんが逃げてくれ。」
と言った。
「私は子供達を見なくちゃ。貴方は、自由に生きて。」
「じゃあ、残る。『自由に』選んでいいんだよな。」
グラナドが小声で、「孤児院の子供達は、ここにいるようだな。」と囁いた。宴会の前に聞いた、幼児用の食品の意味が理解できた。
「二人で、逃げなさいよ。」
メドラが言った。
「子供達の事なら、心配しなくていいわ。ぎりぎり宴会が終わってから、二人が逃げた、と報告するから、その時、どさくさに紛れて逃がすわ。計画は立てていたの。『四人』でね。
内緒で悪かったけど。レイーラに話したら、クミィに伝わるかもしれないし。
受け入れ先として好意的なアレガノズは遠いし、近いラズーパーリは、市長が消極的。でも、王子様が後押ししてくれるなら、ラズーパーリ市長も、いやとは言えないわ。子供たちも、街も救える。だから、心配しないで。二人で逃げて。」
レイーラは、「まあ、メドラ。」と言ったきり、なにも言わなかった。紫色の瞳が、潤んで輝いている。シェードは、
「俺はコラードだ。首領の遺志を継いで、必ず街を助けて、水軍を再興して、海賊旗を揚げる。そのために、墨野郎の言うことを聞いてでも、ここに残った。お前たちだって、そうだろ。なのに、逃げるなんて、冗談じゃない。」
と、感情を露に異を唱えた。だが、メドラは落ち着いて、話を続けた。
「首領は、あんたが、自分を犠牲にしてまで、水軍を再興してほしいなんて、考えてないと思う。…あたし達は、ここから離れられない。ここ以外には住めない。でも、あんた達は違う。うまく言えないけど、外に出ていける人達だわ。だから、お願い、外に希望を繋い…。」
だが、メドラは、皆まで言わず、急に倒れた。
シェードが彼女の元に飛んで行き、首に小さな吹き矢を発見した。レイーラが毒を消す魔法をかける。
矢が飛んで来たのは、入り口の方からだ。まさかミルファ、と思ったのだが、反対に窓の方から、彼女の、
「動かないで!」
と、いう声が聞こえる。同時に、何かが飛んだ。銃の弾だ。
振り替えると、ミルファが窓にいた。それなら、吹矢は誰だろう。
シェードがミルファの弾の後で、素早く入り口に飛んで行き、犯人を捕まえた。クミィだった。
「何を考えてる。仲間を撃つなんて。」
「え、私、私が?」
彼女は動揺し、ミルファの弾で足元に落ちた、吹き矢の道具を見る。手には弾の擦り傷がある。
「操られてみたいだ。たぶん、彼女の意思じゃない。落ち着かせてくれ。騒がれると困る。」
とグラナドがシェードに声をかけた。シェードは、それを聞いて、クミィの背中を撫でて、「大丈夫か。」と声をかけ始めた。メドラがレイーラの魔法で回復し、弱々しくだが、
「…最近、様子がおかしかったのは、そのせいなのね…。」
と言った。
ミルファは、簡単に状況の説明をした。
「宴会場で、自称予言者が、占いをして、『宝物が盗まれている。』みたいな詩を作って、披露したの。だから、その女の子が様子を見に行った。グラナド達と出くわしたらまずいし、合図がないのも気になったから、慌てて様子を見に来たの。そしたら、吹き矢で狙うのが見えたから。…弱い魔法弾で、武器だけ狙ったわ。」
吹き矢には大抵、毒が塗ってあるが、クミィの矢にも麻痺効果があったようだ。メドラは、レイーラの魔法で回復したものの、かなりしんどそうだ。
グラナドは、ミルファの腕を軽く褒めた後、一人か、と聞いた。
「カッシーとハバンロは、乗り物の準備をしてるわ。宿屋のウェザさんとコラリオさんが、回してくれたの。取り合えず宿屋に。」
「いや、宿屋は避けたほうがいいな。」
「でも、他に当てなんて。」
俺は、
「取り合えず脱出だ。その子が操られているなら、術者から離さないと。」
と、脱出を促した。
やり取りを聞いたコラードは、決心したらしく、
「一つ、当てがある。案内する。」
と言った。メドラは、
「誘拐された事にして、『相手の要求を聞くまで動かないほうがいい。』と時間稼ぎするから、あたしは残るわ。」
と、同行は断った。
入り口まで転送魔法で戻ろうとしたが、予定より人数が多い。グラナド一人で二回往復か、と思ったが、
「入り口までなら、俺もなんとか使える。」
とシェードが申し出たので、シェードにはミルファ、グラナドにはレイーラとクミィと俺を運んでもらった。
シェードにミルファをつけたのは、念のため、逃げられないようにしたかったからだ。
グラナド組は一回で入り口に付いたが、門の内側に出てしまった。すでに鍵は外されていたため、問題はなかった。
シェード組はその後で来たが、二人は走ってきた。使いなれないためか、途中までしか行かなかった、という。
転送魔法は、意外に向き不向きがあり、土の探知魔法や、火の照明魔法にくらべ、上級の風魔法使いでも、苦手な者もいる。そうかと思えば、あまり魔法が得意でないのに、転送魔法だけは使いこなせる者もいる。
途中で出たときに、屋敷の護衛に出くわさなくて幸いだったが、どうやらそういう者は雇ってないらしい。あえていうなら、シェード達がその役割を担っていた事になるだろう。
成り行きで連れ出したクミィを乗せると、乗り物はいっぱいだった。魔法動力ではなく、燃料で動くタイプのため、コラリオが運転した。
途中、港と町外れに分岐する道で、降りた。コラリオは商工会議所でアリバイ作り、俺達は隠れ家に向かうためだ。
コラリオは、レイーラとは知り合いだったが、シェードとクミィとは、あまり面識はなかったようである。シェード達はレイーラの両親の孤児院から、「海賊」に引き取られたらしく、コラリオがロサマリナに来た時は、市街を出て、すぐ近くではあるが、島で暮らしていたらしい。道中なので、それ以上詳しくは聞けなかった。
俺達はシェードの案内で、港に向かった。
港の近くに、放棄された養殖小屋でも、と思ったのだが、彼らは舟を出した。
「岬の所に、灯台と、漁のための汐見小屋がある。今夜は夜間の航行はないし、夜漁もないから、人はいない。いても垂れ込んだりはしない奴らだが…。十人程度なら、余裕だ。」
シェードはこう言ったが、舟は二艘、小型で、これも魔法動力ではなく、漕いで動かす物だ。一艘はシェードが扱うにしても、もう一艘はどうするのだろう。俺は湖畔のオッツにいたことになっていて、別ワールドでの経験もあるが、夜に明かりのほとんどない、波のある水面を進むのは初めてだ。
体力的にはハバンロと一緒に漕げばなんとかなるだろうが、彼も初めてだろう。
グラナドとカッシーが、照明魔法を準備したが、シェードは、
「ああ、必要ないよ。レイーラ、頼むよ。」
と言った。
レイーラは、
「分かったわ」
と言い、先の舟に乗り、静かな声で、歌詞のない歌を歌い始めた。
水面が光る。空の星より、明らかに大粒で、数の多い、光の玉
が、水面に集まり、舟の周囲を支える。舟は、揺れもせず、滑らかに動き出した。
「これが、シレーヌ術というやつですかな…。」
と、ハバンロが俺に聞いたが、答えたのはシェードだった。
「ああ。これは『海で死んだ物に呼び掛ける術』だ。」
「死んだ物?」
グラナドは驚いて聞いた。死んだ物、に引っ掛かったのだろう。
「そう言われてる。夜に、海上や海岸でしか、使えないけどな。」
シェードは、グラナドに答えたが、目は、儚い灯火に、煌めく髪を風に揺らし、静かに歌い続ける、レイーラを見ていた。
光の玉が一つ二つ、水面から上がり、レイーラに触れ、すうっと消えていった。
俺達は、人魚に導かれ、海を渡った。
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