[7].弾けた虚空

1.弾かれた三人

焚き火の火が虚空に弾けた。寒くはないが、獸と、獸系のモンスター避けのための炎だ。


「火を見て、誰か来たら、街まで案内してもらえるかもね。」


とカッシーが言った。山の中から、街は見えていたが、夜中に歩き回る危険は避けて夜営した。


俺は、火を見つめていた。


「で、本当に問題はないの?その火吹き鳥狩りを理由にして。」


俺が黙っていたせいか、カッシーは、ファイスに尋ねた。


「ああ。本来は終わりの時期だが、今年は寒い。『いつもより、一ヶ月ほど遅いと噂があった。』と言えば、コーデラ人なら、疑われないだろう。」


ファイスは、答える時だけカッシーの方を見た。カッシーは、俺に、


「根拠ないけど、多分、平気よ。残りのほうが、バランスも良いし、強いくらいだわ。」


と言った。


カッシー、ファイス、俺。ここには三人しか居なかった。


 ※ ※ ※


シイスンでの会合自体は、驚くほどあっさりと終わった。狩人族の族長は、キーリの「弟分」だったという話で、ミルファとの対面を、目を細めて喜んでいた。


俺たちは、サヤンの宿・老舗の料理旅館「ビョルリンク」に泊まり、公式行事にいくつか参加し、ユッシの見舞いにも行く予定だった。


ユッシは、クーデターの直後に倒れ(卒中らしい。)、持ち直したが、専門医の治療が必要となり、シイスンの病院にずっと入院中だった。


流石に、あの壮健だったユッシが、と思ったが、会えるのはやはり楽しみにしていた。


しかし、宿に移動する直前、アクシデントが起きた。


武道家姿の少年が数人、ハバンロの姿を見つけて、人垣を抜けて駆け付け、


「助けてください。」


と、俺達に訴えた。


彼等は、前にハバンロがいた道場の後輩だった。


彼等の道場の最高位の師範が、修行場に籠って、出てこない、と言う。


少年達は弱り果て、半泣きだった。


グラナドの隣にいた市長のサイアン氏が、


「そういう事なら、後で市の職員をやるから。殿下に申し上げるようなお話ではないだろう?」


と、口調だけは柔らかく言ったが、返事は待たずに、俺たちを促して、去ろうとした。だが、少年達は、咄嗟に近くにいた、ハバンロの服を掴んだ。足を止めた間に、


「閉じ籠ってるのはわかっている。今日も姿を見せないくらいだからな。」


と、脇から、男性の大声が聞こえてきた。


恰幅の良い男性が、話に割って入ってきた。


「今日の事は、あいにく、こっち側で、片付けた。好きなだけ、閉じ籠っているといい。」


彼は、警察署長のライソン氏だった。


「お父様、何もそんな。」


傍らにいた、長い黒髪の女性が、口を出した。だが、ライソンは娘を一睨みし、


「お前はさっさと家に戻れ。奴が忘れ去ってる息子の所にな。」


と、黙らせた。彼女の横にいた、派手な帽子の女性が、


「ねえ、おじ様、メーナに当たってもしょうがないでしょ。」


と非難めかしく、だが上品な口調で言った。もう一人、チューヤ風の髪飾りの女性が、


「後で、警官をやっては。」


と穏やかに言った。しかしライソンは、


「そんな事で警官は使えん。」


と、冷たく言い放った。


「…話題の道場主は、あの署長さんの、下の娘の夫なんだけど、今、子供つれて、別居中なのよ。ちなみに、上のお嬢さんは、あの、花の髪飾りの人。市長の甥の奥さん。」


カッシーが、俺にささやいた。


「詳しいね。」


「化粧室では、その話ばかりよ。…道場主はヤンジェインって言うんだけど、今度の法案に反対だから、『ハンスト』をしている、だから、法案が成立したら、離婚かもしれない、法案と離婚は関係ないんじゃないの、でも父親が別れさせたがっているから、…こんな感じ。法案の反対勢力の裏には、密輸業者がいるらしいわ。それがあのお父上、職業倫理からも、引っ掛かってるみたい。」


密輸に関わってるのは狩人族の一部だと思っていたが、確かに、彼等だけでは成り立たないか。


反対派のハンストで引きこもり、というのは気になるが、やはりグラナドに訴えかけるのは、筋が違う。


「お願いします、水も食べ物も切れて一週間で、鈴はなるけど、僕たちでは。」


と必死になる姿は気の毒だが。


「鈴?」


とミルファがハバンロに尋ねた。ハバンロは、


「意識確認のためのものですな。一日数回、決まった時間に鳴らし、それが出来なくなったら、途中でも中断します。」


と説明した。


市長は、警察署長が答えている間に、グラナドを連れて行こうとしたが、当のグラナドは、少年たちについて、様子を見に行く、と言い出した。


「調印式まですっぽかしてハンストってのが気になる。今日は出るつもりだったけど、中で何かあって、出られなくなったかもしれん。意識のない体に、うまく紐が引っ掛かって、鈴を鳴らしているだけ、という可能性もある。」


それに、俺達なら、勘違いで立ち入っても、おとがめなんてないし、と、早口で付け加えた。




あの時、止めればよかった。後悔先に立たずだが、困っている少年達、しかも、ハバンロの知り合いなのに、気がすすまなかったのが予感だ。


反対派に恩を売ると思えばいいが、仇になる可能性もあったのに。




道場は立派な物だった。むしろ道場というより、安上がりな神殿の舞台セットのようだった。


ハバンロが目を見開いていた所を見ると、彼のいたころは、こんなに派手ではなかったのだろう。


俺はグラナドに、中に入る前に、魔法で鍵を壊すように進めた。オリガライトの気配を察知するためだ。


だが、魔法は普通に使え、おかしな気配もない。


まず、俺とファイスが入った。入り口に分かりにくい段差があり、危うく転びかけた。


中に声をかけたのだが、返事はなく、鈴の音はしない。朝は鳴っていた、という話だったが、今は静かだ。明かりもない。カッシーが入ってきて、照明魔法を使った。


人が何人か倒れている…と思ったが、人形だった。カッシーが大きめに声をかけると、微かに鈴が聞こえた。中は広く、こもりきり、と聞いていたのに、生活の臭いが一切しない。人形しかないように見える。


ハバンロとレイーラを呼んだ。どうやら、道場主は自由に話が出来ないくらいまで、具合が悪くなっているようだが、修行の道具がごちゃごちゃとしていて、勝手がわからない。見つけたら、まず回復がいると思った。


ハバンロが、分かりにくいが、祭壇の近くでは、と言った。分かりにくいってなんだ、と、シェードが入り口から問いかけた。


「伝統的な修行場の作りとは、全然違いますので…。大きな祭壇が修行場にあるのが、そもそも特殊ですな。気功術は、元はチューヤ発祥なので、本来はチューヤの武道の神を道場に奉るのですが、コーデラ式の場合は、修行場には神の場所は作りません。伝統の名残で掛け軸や像は飾りますが。」


無くていいものを、わざわざ作ったのだから、その近くにいる、と思ったらしい。


レイーラが、人形の横で、何か動いた、と言ったので、ハバンロが彼女に近寄った。


その時、背後で、ミルファが叫んだ。少年の声が、すいません、ごめんなさい、と言う。シェードとグラナドが、何をする、と大声を出した。


俺は振り返った。三人は、中に向かって転んでいた。ドアが閉まろうとしているが、シェードがいち早く、ドアに向かっている。


背後で、レイーラが叫んだ。さらに振り向く。何か白いものが彼女に向かっていた。ハバンロが間に入っていた。


「避けて!」


俺は、カッシーに腕を捕まれた。彼女は右腕でファイス、左腕で俺を引っ張った。白いもの、何かが、俺たちを掠めた。


掠めた、のではなく、霞んだ。真っ白な視界、続いて、衝撃。固体ではなく、気体がぶつかったようだ。天地が不明、重力に切り離された感覚が一瞬、気が付いたら、屋外にいた。


カッシーが、俺の上から退いた。ファイスは、すぐ横で、立ち上がった所だった。


「何が…皆は?!」


見渡す。三人しかいない。周囲は林、遠くに山が見える。稜線は、シイスンから見た、チューヤとの国境の山脈に似ているが、少し違和感があった。山の中腹に、隕石跡のような、大きな削れがある。


「反対側か。」


ファイスが山を見ながら、呟いた。




俺達は三人だけ、チューヤ側に飛ばされてしまったのだ。


 ※ ※ ※


このワールドには転送魔法がある。その原理を利用した転送装置もある。だが、出てきた場所には何もなかった。


俺達の中には風魔法使いはいない。飛ばされた時に受けたものが風魔法だったとしても、術者が外から対象だけを飛ばすのは、非常に困難だ。術者が一緒でも、出る場所のイメージが掴めないと、とんでもないところに出てしまう。


グラナドが俺たちを助けるため、取り合えず飛ばした、という可能性もあるが、それは少なく思えた。


ファイスが、


「俺は以前、チューヤにいた。削れた山の景観で有名な街から、南に出て、海路でコーデラに入った。意識はしていなかったが、飛ばされた時に、イメージしたのかもしれん。珍しい景色だったからな。」


と話した。転送魔法を彼が使ったのであれば、それで合っているが、この場合は異なる。かと言って、俺も正しい答えはわからない。


「まあ、海の上とかじゃなくて、良かったわね。」


カッシーは、続けて、街も見えてるし、と明るく言った。


俺は考え込んでいた。


明確な「時空魔法」に該当する物はないはずだ。ただ、エパミノンダスの事件の時には、個人で融合を実現しようとした、「オーパーツ」的な術者は確かに存在した。


今回もそれ相当の「不測の事態」なのか。


そもそも、今回の敵は「死者を蘇らせる」(厳密には異なるが)。それは、別の世界、異なる時空にあるものを、ここに召喚すること、同じと言えないか?


「ところで、念のため、確認させてもらうけど。」


火の粉の、パチ、という音、カッシーの声に重なる。


「この事、あんたは、関わってるの?ラズーリ。」


俺は火から顔を上げて、カッシーを見た。


「彼なら、グラナドと離れる選択はしないだろう。」


ファイスが、火から目を離さずに答える。


「それはそうだけどさ、本人の口から聞きたいのよ。…関わってても、別に悪いとは思わないし、単に、正直な所をね。」


だが、彼女は、口調とは裏腹に、問い詰めるような目で、俺を見ていた。彼女の前で、正体を匂わせる言動を取ったつもりはなかった。その上、ファイスまでも、「何の話だ」というか疑問すら出さない。


「違うよ。俺は、俺自身は、こういう事態になるとは、予想もしてなかった。今の俺の役目は、グラナドの手助けだ。」


「それは、君に役目を与えた連中が、別の方針に切り替えたとしてもか?」


ファイスが口を挟んだ。


俺が驚いて、彼の顔を見ているうちに、カッシーが


「あたしは、グラナドの味方よ。」


と笑顔を向けてきた。


「ニルハン遺跡。」


彼女は、懐かしい場所を口にした。


「あたしの母、九つの時まで、ニルハン遺跡の村に住んでた。エレメントの爆発で、なくなった村よ。その時、遺跡の調査に来てた、騎士団と、ギルドメンバーに助けられた。その助けてくれたのが、ルミナトゥス陛下。」


思い出す。俺がルーミを「見つけた」時、小さな女の子が、確かにいた。九つには見えない、痩せて小さな子供だった。


「母は、親戚に引き取られたけど、家出して、旅芸人になった。座長と結婚して、16か17であたしを産んだ。でも、たぶん、座長は本当の父親じゃないわね。自分の娘と言っても同然の、年端もいかない女の子に、手を出すタイプじゃなかったから。『座員はみな、家族』って考え方の人だったわ。


母も座長も、昔の事は殆ど話さなかったけど、『昔、国王陛下達に助けられたから、生きている』って、その話だけは聞いた。


母は、『リボンの天使』という、空中芸が得意だった。リボンというより、ベルト見たいな紐を、段差をつけて、数本張り、その上で跳んだり跳ねたり、回転したり。あたしは、背が伸びすぎてダメだったけど、母は小柄だったから。


普通は、よちよち歩きのころからやらないと、怖くて身に付かないんだけど、母は10歳越えてから始めた。あたしを産んだ後、しばらくして復帰したわ。まあ、花形だったんだけど。


あたしが17の時に、事故を起こして、落下して死んだ。それで座長が心臓発作。で、後は座長の実の弟が継いだ。奴が、とんでもない事を言い出した。


…いけすかない奴でね。母の空中芸の仲間の一人で、つまりは、そいつの、ありえないミスで、母が死んだ。座長も。


気が付いたら、そいつを刺して、飛び出してた。


今のギルドに入る前も、入った後も、『片付け』損なったのは奴だけだわ。…あんたも、ある意味、『失敗』だけどね、ファイス。」


カッシーはファイスを見た。次は彼に話を促したのだろう。だが、彼は、


「俺は、東方の島…国にいた。国が…国王、領主に取り入った魔導師のせいで、滅びた。敵の魔導師を追って、あちこち旅をしたが、とっくに死んでいて、残党も倒された、と聞いた。


チューヤでは、俺の人相は、変に目立って、やりにくいから、南を回って、コーデラに入った。一時は冒険者ギルドにもいたが、合わなくてな。混乱期だった事もあり、日雇いで旅をしていた。ユリアヌスとは、父親の領土の街で、護衛の仕事をした時に会った。…暗魔法が使える所が、合致したらしい。


敵と思っていた、魔法使いの事は、ルミナトゥス陛下が始末してくれた事になる。だから、グラナド殿下に仕えるのは、一向にかまわない。」


色々、すっ飛ばした話だ。話の魔導師がエパミノンダス、島国がヒミカ国だとしたら、ファイ

スは、いったい、幾つになる。ソウエンの皇帝達は、不老不死の妙薬という話に弱く、過去に何度も同等の「詐欺」に合っているが、最新がエパミノンダスだ。だとしても、年齢が合わない。


おそらく、彼の体は「借り物」だ。俺は理解できるが、カッシーはどうか、と彼女を見たが、笑顔だった。


俺は、無言で先を促され、


「上の方針が何であれ、グラナドの不幸に、手を貸すつもりは、ないよ。幸せにしてやろう、なんておこがましい気はないが、希望があるなら、全力で助けたい。」


と答えた。


口にしてから気付いたが、これは、俺の本心だった。


二人は、納得したのか、静かにうなずいた。


だが、もし、グラナドの希望と、幸福が一致しなかったら?


火を見つめて、自分の本心を問いかけた。




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