3.フローレス

両手剣の剣士は、片手剣・盾装備の剣士に比べ、死亡率が高いという、迷信があった。


水魔法使いの俺は、騎士団の医師レディ・ダストンから、水魔法の騎士は、耐性を過信して、麻痺ガスや毒霧に突っ込み、後から倒れるのが多いから、気を付けなさいよ、と、よく言われた。水魔法でも慎重な奴もいるので、これも迷信かもしれない。


風魔法使いの場合は、エレメントから物理攻撃力と素早さの補正を受けるので、盾を出すより先に、まず切り込んで勝負する者が多い。


アクティオスの傷は、処置が早かったのと、凶器が護身用のものだったため、結果としては軽傷ですんだ。転送魔法で出る位置が、少しずれていれば、それでも危なかった、という。


怪我をさせたドルンは、すっかり狼狽えていた。彼は、グラナドをガラドスだと思い、逃げ出すのだと勘違いしていた。刃物は脅すつもりで、怪我をさせるつもりはなかった、と言っていたそうだが、人に向かって振り回した時点で、言い訳にはなるまい。相手が王子でなくても。


だが、しばらく処分は保留になるようだ。少なくとも、俺達がアックルを発った三日後(巻き込まれて伸びた。)の時点では、ドルンは拘留されていたが。


俺達は、アクティオスの完全回復の前に、予定より、もっと地味な船で、そっと出発した。騎士は連れずに、八人だったため、船はやたら広く感じた。


道中は晴天に恵まれ、パーティ内には船酔いも無く、のどかだった。


俺は、連絡者が接触してくる可能性も考えて、一人でいる機会も作ったが、そういう事はなかった。今回は守護対象のグラナドにばれているため、連絡を取りに来ても、それほど問題はないはずだが、文句を言われると思ってるのだろうか。確かに山ほど文句はあるが。


到着前日の夜にも、甲板に出ていたが、何も起こりそうにないので、取り合えず外を一周してから戻る事にした。後部に行くと、何かが光っていた。細い歌声も聞こえる。


「レイーラ。」


儚い無数の光、その中心に彼女がいた。声にゆっくりと振り向く。蛍のような儚い光は、散開して行った。


最低限の照明しかなかったが、髪が、虹色に輝いて見えた。


「声を、聞いていたの。」


彼女は言った。


「船旅、無事で良かったわ。」


淡い明かりの中、優雅に微笑む。


「色々、有りすぎたからね。」


俺は彼女の笑顔に合わせて、少し笑った。


それから彼女とは軽く雑談をした。アックルの話になった時に、彼女が


「あの騎士の方、大丈夫かしら。グラナドと親しかったみたいたから。気にしてたようだし、本当は、回復するまで、付き添っていたかったのじゃないかしら。」


と言った時には、内心、焦った。彼女は、騎士と王子と言う立場からからくるものではなく、個人的な友情の事を指して言ったのだと思う。アクティオスが倒れた時、グラナドは、当然、驚愕していた。


サロンスは、落ち着いてから、まず、自分の身内の責任であることを謝罪し、


「騎士は殿下の盾になれるなら本望。まして、そんなにお気づかい頂けるとは。」


と、アクティオスの件での、グラナドの精神的負担を減らそうと、声をかけていた。


グラナドは表面は、「自分のために傷を負った騎士を労う王子」の像を崩さなかった。彼が見舞いに行った時は、常に俺とファイスが付き添っていた。医師と看護師もいた。二人きりにはならなかった。最後の日だけ、一度くらいはと思い、病院の職員がいなくなった隙に、俺達は席を外し、廊下に出た。


ファイスとは、アクティオスの件については、話さなかった。そもそも彼は無口なので、雑談に興じるということは、ほとんどない。


色々と説明したいことも溜まっていたので、一度はじっくり話したほうが良いとは思っていた。しかし、無口な上、忘れたように振る舞っている相手に対して、今さら切り出しにくい。


廊下に出たのはいい機会だし、取り合えず会話しようとと思ったが、廊下の向こうから、人が来たので、きっかけを無くした。


騎士一人と、年配の男性と女性、そして若い女性が一人。騎士は、俺達を見ると、


「アクティオスの婚約者の女性と、そのご両親です。」


と説明した。俺がどうしようか考えて挨拶をしている間に、ファイスが、すっと進み出て、病室のドアをゆっくりと叩く。


「殿下、ファイスですが、アクティオスさんの婚約者の方がお見えです。」


グラナドの声で返事があり、比較的直ぐに、彼は出てきた。


婚約者とその家族は畏まったが、グラナドは、


「午後に出発なので、見舞いにきただけです。」


と言い、アクティオスの献身と、彼等の心配について、二言三言のべた。


入れ違いに入った婚約者は、泣き出し、


「良かった。心配したのよ。」


と言っていた。


何となくだが、融合の初日、意識を回復した俺に、サヤンが泣きながら言った様子を思い出した。


俺達三人は、そろって静かに廊下を進んだ。グラナドが、アクティオスの話を持ち出すことは、以降、無かった。


レイーラは、アクティオスの婚約者が飛んできた事は知っていた。顔は見ていないと言うことだ。


「大切な人が側にいてくれるのですもの。直ぐに良くなるわ。」


優雅に微笑む。


「私も、大変な時に、シェードやみんなに、支えられわ。ほんと、まだまだ子供だと思ってたけど。」


「子供はあっと言う間に成長するからね。肉体的にも精神的にも。」


「でも、あともう少しなのよね。あの子、鈍い所があるから。」


と溜め息。


これは、と俺はよい意味で驚いた。シェードの気持ちは一方通行では無さそうだ。グラナドから見て、母親と同じ神官のレイーラ、父親と同じ金髪碧眼のシェード、計画の上で心配していた、フラグも二つ無くなる事になる。


「情緒未発達、と言うのかしら。メドラもクミィも、シェードの事を好きなのに、全然、気がつかなくて。18にもなるのに、まだ女の子より、男の子の友達と楽しくしているほうがいいのね。グラナドはもてるみたいだから、『女の子との付き合い方を教えてもらえばいいのに。』と言ったら、照れてしまって。このままでは心配だわ。」


同情しながらも苦笑。シェードはレイーラの両親の孤児院から海賊の首領に引き取られたが、孤児院には一番長くいたため、レイーラにとっては、本当の弟のようなものだ、と聞いている。だがシェードがレイーラに、それ以上の物を持っているのは明らか(グラナド談)だ。鈍いのは、シェードではない。


「他の可能性はないのかな。いつも一緒にいる、貴女とか。」


気の毒になって、つい言ってみた。だがレイーラは明るく笑い、


「あら、私は姉よ。」


と、言った。その表情には、正直なものしかない。少なくとも、俺に判断のつく範囲でだが。


「ミルファとは気が合うみたいだけど、彼女にはグラナドがいるものね。」


まだ確定事項ではないが、周囲がそう見なしているのなら、そういう事にしておいた方がいいか。


「でも、グラナドも大変そうね。ミルファも『鈍い』そうだから。花火の事とかね。」


「花火?」


「あら、聞いてないの?グラナド、魔法で花火が出せるんでしょ。」


それは見せてもらったからわかる。あの時はレイーラはいなかったが、後から聞いたのだろう。


「その『花火』、小さい頃に、『ミルファにしか見せない』って約束したそうよ。『自分からあんなに念押した癖に、忘れてる』って言ってたわ。」


「へえ…。」


それは、一応は嬉しい初耳だった。言われてみれば、花火の話をミルファが出した時、グラナドは、なんだか複雑な表情をしていた。


「王都にいた頃、私が殿下をお見かけしたのは、ほんの数回で、私的な席ではなかったわ。だから、それだけで断言はできないけれど…笑った顔を拝見した事がなくて。


でも、今は違うわ。もっと、笑わなきゃ。殿下には、未来があるもの。」


「そうだな。」


返事をしてから、改めて気づいた。高位の神官は、体内に大量の魔法結晶を入れるため、早死にする、という「迷信」がある。実際は、「独身」であればそうはならない。昔は早くから大量の魔法結晶をいれたため、引退して結婚、妊娠、出産で死亡する者が目だった。今は、それを避けるため、中級までは少しずつ入れ、上級に進む決心を確認してから、大量に与えるようにしている。


上級に進まなければ、神殿務めは長く出来ないが、回復魔法は取得できるため、中級まで取得してから、故郷や王都の教会や病院、孤児院で働く者もいる。だが、大抵の者は、神殿に残りたがる。


レイーラは故郷があり、帰ってから、やりたいこともはっきりしていた。髪や目の色の変化具合を見る限り、魔法結晶との相性に限界があったのかもしれない。


彼女が「未来」と口にした時、ディニィの「運命」を思い出した。ルーミとの間に、すぐ子供が出来なかったのは、ルーミが彼女の体を思っての事だったのではないか。だとしたら、そこまで大切にしていた妻を、妊娠させた弟と、その子供をどう思っただろう。


俺は心持ち首をふった。レイーラが、「そろそろ部屋に。」と言ったので、その否定と受け取られない程度に。


《お前がどうしても辛いなら、私も引退するから、ラズーパーリかヘイヤントあたりで、二人でのんびり暮らそう。》


ルーミがグラナドに言った台詞を思い出した。一対のペンダント、想い出の形見として身に付けていたものを、グラナドに渡した時の言葉だ。


レイーラが、いぶかしげに俺の顔を見上げていた。戻ろう、と言ったのに、俺が動かないためだと思う。


俺達は船室に戻ろうとしたが、直ぐに足を止めた。甲板の消化装置(避難具?)の陰に、誰かがいる。レイーラも気づいたらしく、軽く緊張が走る。


人影は、俺達の緊張を悟り、静かに出てきた。


グラナドとシェードだった。取り合わせとしては意外だった。


「姿が見えないから、探しに来たんだよ。シェードも。」


グラナドはそう言うと、シェードの背中を軽く押した。


「あ、ああ。…姉さんも、もう休んだ方がいい。」


促されたレイーラは、


「お休みなさい。」


と、シェードと一緒に船室に向かった。


俺も戻ったが、船内の廊下で右と左に別れる時に、俺は右に、後の三人は左に進んだ。グラナドの部屋は俺と同じく右手にあるはずだが、彼は


「少しシェードと話があるから。すぐ戻る。」


と、俺から離れた。


しかし、しばらくその場で待ってはいたが、一向に戻る気配はない。様子を見に行くと、廊下の角に、二人の姿が見えた。二人は何か、真面目な話をしているように見えた。グラナドが、シェードに言う言葉が聞こえた。


「…それを言うなら、一番、好みなのは、お前なんだけど。」


かけようとした声を引っ込め、曲がり角に隠れた。なんてことだ、今度の計画にも、これか。


「え?!そうなのか?!」


「ああ。本物だ。」


シェードの驚いた声が響く。


「心配はしなくていい。あいつは、昔からずっと、好きな人がいて、他は目に入らないから。お前に似てるとはいっても、大体の髪と目の色だけだ。真面目な奴だし、パーティ内でどうこう、はないよ。」


ああ、なんだ、俺のことか。ならいいか…と立ち去りかけて、決して良くはない事に気がついた。


シェードが、「それだと…」と、さっきよりは小声で、話を続けようとしていたが、俺は角から出て、二人に声をかけた。


シェードはかなりビクッとしたが、グラナドはやや目を見開いただけだった。


シェードと気まずくなるのは困るので、一応は聞かなかったふりをして、


「もう遅いよ。戻らないから見にきた。」


と、それなりににこやかに言った。シェードは素直に、挨拶をして、船室に向かった。


だが、グラナドに関しては別だ。


「寝る前に話したい。」


と言うと、


「じゃあ、お前の部屋で。」


と、あっさり着いてきた。俺に聞こえた事に気づいていないのだろう、と思ったが、入るなり、


「さっきの事は仕方なかった。悪いとは思ったが。」


と、彼から切り出した。


俺は別に、謝ってほしい訳ではなかった。今のところ、俺がホプラスだと言うことは(正確には違うが)、グラナドの他は、ミルファが薄々、感づいているくらいだ。「ホプラス」と認めるなら、ルーミとの事は、「公然の秘密」という奴だから、隠しようはないが、知らないメンバーに、「中途半端」に伝わるのは、居心地が悪い。


「お前が、レイーラと二人きりだったから、シェードが気にしてたんだよ。」


「…それにしても、明日から、シェードと顔を合わせ辛い。」


「今まで、お前とシェード、二人だけで話す機会、そんなになかったじゃないか。むしろ、もう、腹をくくれよ。…それとも、口説く気だったか?」


「その話は、前にもしたよね。そんな気はないよ。」


「少しは笑えよ。ユーモアだろ。」


「…悪かったな。俺はユーモア欠乏症なんだよ。」


しまった。つい、地が出た。グラナドは、目を丸くして、俺を凝視している。


俺は、慌てて、


「それじゃ、せめて僕が笑える物にしてくれよ。」


と、「何時もの」口調で言ったが、グラナドは、「ああ、うん。」とかなんとか、適当な返事をしただけで、依然、酒のような琥珀の瞳で、俺の顔を見ている。


僅な時間が長い沈黙に感じられた。グラナドが何か言いかけたが、ノックの音がし、時間は途切れた。


二人同時に返事をすると、ドアを開けて、ファイスが顔を出した。


「部屋に戻ってないようだ、と言いに来たんだが。」


と俺に、


「こちらで、お休みになりますか?」


とグラナドに、表情も変えずに言ってのけた。俺達は、これもまた、二人同時に


「戻るよ!」


と、半ば叫んだ。


グラナドは、ファイスに着いて、廊下に出た。隣がグラナド、その隣がファイスなので、ファイスが寝る前に話に行っても良かったが、やたら脱力してしまい、倒れるように寝台に転がった。


眠れない、というより、眠りにくかったが、落ち着きたくて目を閉じた。




明け方には、ルーミの夢を見た。俺は直接は知らないが、ホプラスの記憶にある夢だ。




騎士団の任命式か卒業式か。講堂の演壇の舞台袖から、皆で様子を見ていた。


成績上位者は、家族用に桟敷席を当てがわれるが、ホプラスの桟敷には誰も居なかった。


隣のタルコースの桟敷には、何故かドレスアップした若い女性が沢山いて、始まる前から注目を集めていた。

『ああ、婚約者候補だね。妹さんが、気をきかせて、友達を連れてきたらしい。』


とアリョンシャが言っていた。


『だが、あれだけ詰め込んだら、本物の身内は入れないんじゃないか?』


ガディオスが呆れ顔だった。


『タルコースの妹は、クロイテスと正式に婚約してるからな。親戚は妹さん以外、クロイテスの桟敷にいるよ。』


アリョンシャが説明した。俺は、賑やかな両隣に挟まれて、空の自分の桟敷を、寂しく眺めていた。


そこに、ルーミが入ってきた。ギルドの用事で来れない、と言われていたので、彼の姿を見た時は、嬉しくて、思わず袖から飛び出しそうになった。緊張したのか、飲み物にむせている。


『な、やっぱり、来てくれただろ。』


『嬉しいのはわかるけど、落ち着きなよ。まだ出ちゃ駄目だよ。』


俺は判ってる、とかなんとか、適当に答え、桟敷のルーミから、目を離さなかった。首席の桟敷に一人きりのせいもあり、死角になっている両隣を除き、人々は、ざわめきながら、皆、ルーミを見ていた。


そして、桟敷から、彼も、俺を――。




金色の光が、瞼を刺した。港が、という声が聞こえる。カーテンが開いて、光が丸い窓から溢れていた。


「護衛が寝坊して、どうする。起きろよ、きびきびと。」


グラナドがいた。扉の近くにはハバンロとミルファもいるようだ。グラナドは、ミルファに声をかけ、部屋を出る。


ピアスのダイヤモントが、朝日に煌めき、金色に輝いた。




俺は覚醒し、船は港に到着した。




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