[6].ダイヤモンドの傷

1.インクルージョン

俺達は騎士団と共に、クーベルの、ラマルティス伯爵の別荘を借りていた。クーベルまで戻っておきながら、足止めをくらったわけだ。




ラマルティス伯ハンナクヴィア嬢には歓迎された。彼女は、ディニィの兄クリストフの婚約者で、本当はコーデラの王妃になるはずの人だった。クリストフの死亡した事件で、彼女の兄も死亡し、伯爵家は彼女がついだ。彼女は独身だが、従姉妹の嫁いだ男爵家から、養子を取っていた。彼女が名付けた甥の名は、クリストフと言った。


「ああ、やっぱり、ディアディーヌ様によく似て…。クリストフ様の面影もおありだわ。」


ハンナクヴィア嬢は、グラナドの顔を見て、涙ぐんでいた。


「サングィスト様、貴方のおっしゃる通りでした。やっぱり、直接お会いすると、わかるものですわ。利発な、しっかりした王子様。私達に出来ることがあれば、遠慮なく言い付けて下さいませ。及ばずながら、お力になります。」


グラナドは殆ど挨拶しかしていないので、少し面食らっていた。だが、ディニィに似ているとはよく言われても、伯父のクリストフに似ている、と言われた事は無かったようで、少し嬉しそうだった。


サングィスト元騎士団長は、傍らで笑っていた。彼はラズーパーリからホプラスが流れてきた時、話を聞いて会いに来て、騎士になることを勧めてくれた人だ。


ラマルティス領の教会の息子で、両親が亡くなったため、一度ラマルティス家の運営する学校の寄宿舎に引き取られた。素質があったため、騎士団養成所に入り、騎士団長にまでなった。庶民出身の騎士としては、初めての例である。


今はラマルティス領の隣に領地を得て引退し、身分は伯爵になっていた。五年前に夫人が他界したが、子供はいなかった。夫人は教会の隣にある、歴史資料館の女性司書の娘で、二人は幼馴染みだった。彼女の家は母一人子一人で、母親同士が友人のため、ほぼ兄妹のように、子供時代を一緒に過ごした。


彼は首席で卒業し、騎士になったが、翌年、地方勤務を希望して故郷に帰り、二人は結婚した。その二年後、彼女の母が、数年前から患っていた病で死亡した。彼は当時の団長の要請で、妻を伴い、王都に復帰した。


つまり、ホプラスと「似て」いた。そのせいか、妻と「弟」の差こそあれ、騎士をやめてルーミと共に行く決意をしたホプラスを、身分は騎士のまま、ギルドに貸出しの形にしてくれたりなど、色々と計らってくれた。


当然、彼も、俺の顔を見て、驚いた。彼やクロイテスは「常識人」のため、風変わりなアリョンシャと違い、俺を「ネレディウス」とは呼ばなかった。


「必死でご説得させていただいた身としては、少し複雑ですが。」


と、元団長は、ハンナクヴィア嬢に言った。


クロイテスは今、王都からきたベクトアル伯爵夫人(元副団長ベクトアルの未亡人)を出迎えに行っている。俺とグラナド、ファイスは、居間でそれを待っている。


ベクトアル夫人は、カオスト公の使いとして、やってきた。グラナド宛の書状を持って来る。場所を提供するハンナクヴィア嬢、立ち会いとしてサングィスト元団長。俺とファイスは、グラナドの護衛だ。


到着したベクトアル夫人は、挨拶の後、一同を見渡して、


「ミルファ・ライサンドラ嬢はどちらかしら。同席の上で、とのお話なのですが。」


と言った。皆は、隣の部屋にいた。メイドがすぐにミルファを呼びに言った。


ベクトアル夫人は、書状を開封した。内容は彼女も知らなかったようだ。


中身は、ある意味、簡潔だった。


オリガライトの密輸を、より厳しく取り締まる法律が可決されたが、狩人族の一部には、輸入制限下でも、もともと規制の緩和を要求していた一族がいた。彼らがようやく折れたので、提携を見直す(歴史的事情から、狩人族にコーデラの法律を適用するには、合意による提携の調印が必要だった。)事になった。ただ、その場でまた反対に回りそうな勢力もあるため、狩人族の英雄キーリの娘である、ミルファに立ち会いをお願いしたい。母親のラールとラッシル政府には、こちらから連絡するから、なるべく早く向かってもらいたい。ジンガフまで船で来てくれれば、シイスンまで迎えをだす。


ミルファは、当然驚いていた。ベクトアル夫人は、書状を持ってきただけなので、余計な意図はないが、


「まあ、貴女のお父様の土地なのね。」


と言った。ミルファは、小さく、


「お父さんの…」


と繰り返した。クロイテスは、騎士団は海路の準備をしていないから、すぐは難しい、と言った。だが、彼らには、王子の護衛をして、王都に戻るように、との要請状があった。議会のものである。


「わかりました。それでは、私が同行します。」


とグラナドが言った。


その場の全員が驚いたが、グラナドは、ミルファの肩を軽く抱き寄せ、


「ミルファ嬢は、私の側から片時も離さない事を条件に、ラッシルからお預りしています。ご存じとは思いますが、女帝陛下はミルファ嬢の事を、『身内』として、先を気にかけておいでですから。彼女が行くのであれば、当然、私も行きます。」


と言い切り、笑顔で、ミルファに、


「そういう事でいいね?」


と言った。


ポカンとしていたミルファは、素早く悟り、


「ええ。私も、殿下をお護りするように、母から言われていますし。お側を離れませんわ。」


と、笑顔で返した。普段の二人を知る俺からしたら、この笑顔は、とても胡散臭かった。しかし、こういう場合、なんて息の合う事か。


ベクトアル夫人は、感動して


「まあ、そうでしたの!」


と言った。サングィスト伯爵は、素で驚いていた。クロイテスは、ここまで同行して、だいたいの人間関係を把握していたので、複雑な表情で、代わる代わる二人を見ていた。


ハンナクヴィア嬢が、気をきかせたのか、ベクトアル夫人を、長旅でお疲れでしょう、と連れ出してくれた。


「いつまで抱きついてるの?」とミルファが、言い、グラナドは離れた。


「人聞きの悪い。そっちこそ、お護り、てのはなんだよ。」


「何よ、間違ってないでしょ。『おもり』のほうが、よかった?」


サングィスト伯爵が吹き出したので、二人とも黙った。クロイテスも堪えきれずに笑った。


「ですが、さすが、考えて来ましたね。うまく王都から遠ざけられた。」


と、サングィスト伯爵が、笑顔を崩さないまま言った。クロイテスは真顔になり、


「殿下に行け、とは言えないでしょうからね。ですが、海路には準備がいります。それを口実に、一度、王都に戻られては。」


と言った。


「いや、俺達は、少し戻って、アックルの港から、ナギウまで行き、陸路からシイスンに向かう。飛び飛びだが、転送装置も使えるし、言われたルートを通るよりは安全だろう。クロイテスは、一度、王都に戻り、部隊を入れ換えて、陸路からシイスンに向かってくれ。シイスンの手前くらいで合流出来るだろう。…ここまで来たら、王都は目の前だからな。いきなりシイスンでは、皆も気の毒だ。」


「お心遣いは感謝しますが、騎士団は殿下の為なら…。」


「ああ、すまない。作戦上、必要なんだ。議会の文書は本物だろう。ミルファへの要請の事は、たぶん議会は知らない。恐らく姉上も。通信で確認してもよいが、行かないことで、提携の失敗を押し付けられては困る。


ベクトアル夫人を守って、というより、ぎりぎりまで、傍から見たら、俺達が一緒だと思わせるように、あまり彼女を外部と接触させないようにして、王都に戻れ。彼女には、カオストには先触れを出した、と言っておいてくれ。彼には、ミルファがなんと返事したか、直ぐに知られないようにしたい。」


「…そういう事でしたか。わかりました。遂行いたします。」


その夜は、ベクトアル夫人を招いて、ハンナクヴィア嬢主催の元、晩餐を取った。サングィスト伯爵とクロイテスも列席した。グラナドはミルファと一緒に出た。俺は列席せず、他の仲間と別室で食事した。


「この方が気楽でいいわね。遠慮なく飲み食い出来るし。」


とカッシーが言っていた。そうは言っても、彼女はそれほど食べる方ではなかった。酒は強いと言っていたが、今日は飲んでいない。


比べて、レイーラは、よく食べる方だった。明るいピンクの飲み物を飲もうとしたが、


「それは、見かけによらず、強い酒ですぞ。」


とハバンロに言われたので、やめた。


「名前だけは、『淡い恋の思い出』と、可愛らしいのですが、ベースはラッシルの地酒とほぼ同じでしてな。私の実家で作っている、『初恋の思い出』の、類似商品です。」


「それはどんなお酒?」


「ミントとハーブのソーダをベースに、ロゼワインと蜂蜜を合わせた物です。『秘めた恋の想いに』というのもあって、蜂蜜を抜いて、金色のワインに変えた物もあります。」


「金色?」


「白ワインの、色の濃いタイプですよ。ちと辛口だそうです。こちらは、アルコール抜きの物の方が有名ですかな。ソーダのみで、色付けのオレンジと、香り付けのベルガモットを多目に使います。」


ハーブとミントのソーダは、ホプラスの好物だ。サヤンが試作品を送ってくれた時の事を思い出す。あの時は、「燃える恋の想い出」という仮の名前がついていた。


それを持って、ルーミが、俺の元へ来てくれた。短かく波乱に満ちたホプラスの人生の中で、安らいだ最後の数年、幸せな日々の始まりだった。


「シイスンって、貴方の故郷ですよね?ひょっとして、久しぶりなのかしら?」


レイーラが尋ねた。ハバンロは、修行中だが、年一回、新年は帰っていた、両親は秋に、長兄は春に、食材を見にクーベルまで来るから、その時に会っている、と答えた。


ふと気がついた。


ハバンロはサヤンと同じ流派で、気功術を使う。彼の師匠ロテオンは、気功は使用しない。彼と同系列の格闘を学んでいた、ガディオスもだ。気功術であれば、地元でサヤンと同じ道場に入らなかったのは何故だろう。


やがて晩餐が終わったらしく、ミルファがひょいと顔を出した。


「グラナド、来てると思ったけど。」


「もう、寝ちまったんじゃないか?」


とシェードが答えた。俺は、グラナドが休む時は、部屋に戻ったのを見届けないと、と思ってたので、皆に言ってから、その場を抜けた。


しかし、彼は部屋にいなかった。とりあえず、部屋から晩餐会場まで歩いていく。すると、廊下の向こうからやって来た、ファイスに出くわした。彼は、さっき、食事の場にはいたが、喋らず、塩もかけずに野菜サラダをパクついていた。


「丁度良かった。グラナドが、庭の方に行くのが見えた。」


そう言って、俺を促し、何ヵ所かある庭への道から、一緒に外に出た。出口に魔法ランプがあったので、明かりにと一つ借りていく。


「こういうのは、よく有るのか?」


「何が?」


「夜に歩き回る事だ。」


「どうかな…うん、無い、かな。眠れなくてベランダに出たり、宿のロビーに行く事はあったけど。」


グラナドとは、墓地の一件以来、実は少し気まずかった。だが、それは俺の側から見た心理的なもので、彼の態度は普通だった。お互い、あの時の事は持ち出さなかった。グラナドにとっては、深い意味はなかったんだろう、そう思う事にして。


しかし、一度、暗殺されかけているのに、夜に、一人で(俺なしで)出ていくとは。騎士団もラマルティスの護衛もいて、警戒中の敷地の中、この前の広場より、安全は安全だが。


ここの庭園は、東屋に人口の湖水のある、古代風の情緒あるものだった。その東屋の所に、明かりが見えた。ランプか照明魔法か。人影が見えた。


グラナドが、騎士の青年と一緒にいた。彼の顔には見覚えがある。


昨日、グラナドのピアスを買いに行った、アクセサリー店で会った。


グラナドは二属性使える事を示すため(本当は全属性だが、ギルドの登録では火と土のため)、流行りに合わせて、赤い石と茶色の石をピアスにしていた。そのうちの一つ、茶色の方が、いつの間にか外れて、なくなっていた。


宝石と言うほどの物ではなく、特に茶色のほうは、樹脂製の安物だと言っていたが、片方だけだと落ち着かないので、新しいものを買うことにした。しかし、王子が外出して外の店に行くとなると、騎士団が着いてくるし、外出しないとなると、宝石商が屋敷に詰めかけるだろう。大袈裟にして周囲に手間をかけたくないので、俺が代わりに買いに出掛けた。なぜか「ラズーリ一人だと心配だから」と、カッシーが着いてきた。


実際、俺一人だと、このワールドでの石の品質なんかはわからなかったので、助かった。


中堅クラスのアクセサリー店で、琥珀と煙水晶を見ていると、若い騎士が三人入ってきた。


三人は俺たちに挨拶した。彼らは、それぞれ恋人や婚約者に贈る物を買いにきた、と言った。中の一人が、


「お二人で、買い物ですか?」と不思議そうにしていた。カウンターに並べていたのは、カッシーには合わない、地味なタイプの物だったからだ。


「僕たちじゃなくて、グラナドにね。ピアスを片方、落っことしたらしくて。」


カッシーが、前のに近いのは煙水晶だが、琥珀のやつの方が品は良さそうだ、と小声で言った。だが、琥珀の物は、やや大振りだった。


その時、三人のうち、一番長身の騎士が、


「これはいかがですか。」


と、少し離れたケースにある石を示した。


小さいが、明るい茶色で、よく輝く石だった。


店員が、それはダイヤだが、その色だと、ここらじゃ、格安になるので、うちでも扱えるんですよ、と言っていた。一定以上上質の物になると、特別な許可がいるそうだ。


「確かに、グラナドなら、ダイヤで丁度いいわね。」


とカッシーが言った。


石は、その場で、しっかりとしたピアスに加工してもらい、夜にはグラナドの左耳に嵌まった。


「同じ物で良かったのに。」


とグラナドは言った。カッシーは、ここらじゃ、ナンバスと流行りも違うから、同じ程度の物を売ってる店がなくて、と説明した後、


「よく似合ってるわよ。あのアクティオスって騎士、趣味がいいわね。」


と言った。グラナドは、


「アクティオス?!」


と、かなり驚いていた。


「知り合い?」


「…魔法院の護衛を担当してた騎士の一人だ。そこの大隊長の名前が『アクタイオン』で、紛らわしかったから、名前だけ、印象に残っている。今、着いてきているクロイテスの部下には、居なかったと思うが。」


「ああ、今朝、着いたらしいわよ。ベクトアル伯爵夫人の先導をしてきた、とか。元副団長夫人なんですって?ちょっと大袈裟な気もしてたけど、そういう立場の人なら、そうなるわよね。」


俺は、いつの間にそこまで聞き出したんだ、と尋ねた。カッシーは微笑んでいた。


以降はばたばたとして、その騎士の話は忘れていた。


グラナドの隣にいるのは、そのアクティオスだった。


会話が聞こえる。ファイスが足を止めたので、俺も止まった。


「そうか、それは良かったな。確か、恩人のお嬢さんだろう。良い方か?」


「はい。とても、純粋な方です。私にとっては、妹のような存在です。


「何時だ?」


「冬になりますが。」


「お祝いを贈るよ。」


「もったいないお言葉です。」


グラナドが彼に背を向け、行きかけた所だった。アクティオスは、グラナドを背後から抱き寄せた。


「殿下、私は…。」


彼は、グラナドの耳元に、何か囁いた。グラナドは、緊張したのか、僅かに肩を震わせた。そして、ゆっくりとアクティオスの方を向いた。


俺は、一歩、乗り出した。足元の枝が音を立てる。


二人が俺を、俺とファイスを見た。アクティオスは、グラナドから離れ、騎士として畏まった。グラナドは、ややぎこちなかったが、やたら平然と姿勢を正し、アクティオスには、


「もう戻れ。また明日。お休み。」


と言い、建物に向かって歩き出した。


俺は、すぐに後を追いかけた。丁度、さっき出た場所についた所で、グラナドに追い付き、肩を掴んだ。


「離せよ。もう休む。」


「待てよ、一体…。名前だけ記憶にある、っていうのは。何でそんな事を。」


「別に、お前に関係ない。」


「…それはないだろう。姿が見えないから、心配したのに。きちんと、説明してくれ。」


追い付いたファイスが、


「ここでは不味い。部屋で話せ。俺は、もう一回りしてくる。」


と声をかけた。俺達は、近い方、俺に割り当てられた部屋に入った。


《女性経験の方はたっぷりあるから。男性もあるけど。》


今さらながら、連絡者が言った事が、思い出された。


俺は、それでも、計画に関しては楽観視していた。グラナドは、ミルファが恋人だと誤解される状況でも、それを否定はしなかった。ミルファもだ。それどころか、恋人の降りは率先してする。今回は、時間の問題だと思った。


墓場での件はあるが、それは「からかわれた」「悪ふざけ」「遊び心」程度と思っていた。


だが、さっきのアクティオスの様子は、とても、「遊び心」の結果には見えない。


「お前の考えてる事だけど。」


品のない邪推だ、と言うつもりだろうか。こういう事に口を出す権利は俺にはないが、それでも、適当な言い訳では引き下がる物か、と思っていた。


「当たってるよ。」


あっさり言われて、絶句した。


「別に、そんなに深刻な物じゃない。俺は女より、男が好きなわけじゃないし。色々、面倒がないってだけの話だ。アクティオスだって、冬に結婚する。たまたま、一時的に『利害』が重なっただけだ。」


グラナドは表情を変えずに、平然としている。俺は気を取り直して反論した。


「彼の方は、『割り切っている』ようには見えないが?」


「さすが、同類は解るのか。」


「茶化すなよ。」


「茶化してないよ。だいたい、仮に、お互い真剣だったとしてどうだ?どうしようもないだろ。…お前も『宮廷人』だった事があるんだから、そこは、割り切れよ。」


俺の知っている宮廷人(このワールドの話ではあるが)は、みな「真面目」だ。例外はイスタサラビナ姫くらいだ。最も、最後に公式寵妃を持って、華やかに遊んでいたのが、ディニィの祖父で、グラナドの曾祖父にあたる王だ。たまたま続く世代が真面目なだけかもしれない。


「心配しなくても、父様は『一途』だったよ。俺の事で同情にかこつけて、目論見抱えた連中が、あれこれ勧めたけど、断ってた。」


「今はそんな話をしてるわけじゃない。」


だが、話は途中なのに、グラナドは俺に背を向け、出ていこうとした。思わずまた、腕を掴んだ。


「部屋に戻るだけだ。もう遅い。」


降りきろうとしたが、俺は離さなかった。お互い隠し事をしない、なんて約束はしていない。俺の役目は、護衛官のようなものだから、友人と同格の物を求めるのは筋違いかもしれない。だが、こういう嘘をつかれたのが、悔しかった。


「それとも、一晩中、離さない気か?俺はそれでも構わないが。」


からかうような口調。何時もなら、直ぐに離しただろう。だが、俺は離さなかった。


グラナドは、勝手が違うと思ったのか、やや本気で降りきろうとした。しかし、鍛えた騎士の力と、比べて華奢な魔導師の力では、差がありすぎる。


「痛いんだよ。離してくれ。折る気か。」


その言葉に、我に帰った俺は、弾かれたように、手を離してしまった。赤くなっている。


「ごめん…。でも、『知り合い』に会いに行くなら、それだけでも、言ってくれ。下手をすれば、全員総出で、探し回る事になってた。」


グラナドは、赤い腕を擦っていた。せめて回復をしようと手を延ばしたが、彼はそっと逃れた。何か小声で呟いたが、はっきり俺に向かって言ったのは、


「無断で出たのは、悪かった。不用心だったと思う。…お休み。」


の言葉だった。


彼は静かに部屋を去った。俺の手は、虚しく宙をつかんだ。


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