4.虚空の戦い(前編)

盾を引っ込めて、魔法剣を構える。距離は近い。何時もなら余裕だ。だが、俺は祈っていた。これが効かなかったら。いや、効いてくれ!


願いを込め、全力で放った。




  ※ ※ ※ ※ ※




虚しさだけではなかったが。




  ※ ※ ※ ※ ※




屋敷の扉の前で、ユーノが声をかけると、中から、黒髪の男性が出てきた。曲刀を持っている。彼がシャランだった。


「夕食でソースに仕込んどいた。みな、肉料理に当たったと思ってるが、予想通り、『薬を飲んで、今夜は医師を呼ぶな』とのお達しだ。ヤーインは肉が嫌い、シントンはソースは使わんから、奴らは無事だが。


あと二人、ヤーインの部下で肉嫌いなのがいて、そいつらは無事だが、看病で疲れたから、うまく言いくるめて、早寝させたよ。」


護衛がほぼ伏せってしまったら、怪しんで『中止』にされるかもと、ヒヤヒヤした、とも言っていた。


「ナン達はさっき奥に行った。奥は探知魔法が、効きにくいようだ。出来ないわけじゃないが、急ごう。」


俺達はシャランの案内で奥に進んだ。入ってすぐの所は、コーデラの古い教会風の、ステンドグラスの大きな窓があるホールだった。祭壇のような物もあり、「儀式」なら、そこの方が適当にも思えた。だが、案内先は、敷地の奥、庭に建てられた、箱のような、石造りの別棟だった。夜目に白い壁が、他より新しく見える。ユーノとシャランが筒型のライト(魔法動力の物とは違うようだ。)で照らすが、照らせる範囲が狭い。


シャランは、鍵束を取り出したが、ハバンロが、


「私が気功で開けましょう。その方が早い。」


と、進み出た。


その時、内側から、扉が勢いよく開き、金髪の女性が二人、飛び出してきた。一人はレイーラだ。もう一人は、レイーラより明るく、赤みがかった金髪の、かなり小柄な女性だ。彼女がナンだろう。レイーラを支え、咳き込みながら、引きずるように出てきた。


レイーラは、ぐったりしていたが、僅かに意識はある。俺は彼女とナンにに、水の回復魔法をかけた。ガスの浄化は完全には出来ないが、レイーラは少し具合が良くなったようで、俺を見て、笑った。上手く喋れないようだ。ナンは顎に掠り傷があったが、直ぐなおった。


「煙を避けようとしただけなんだけど、右も左もわからなくなって。」


ナンは、レイーラは、自分をかばって、余計に煙を吸ったようだ、と付け加えた。


「煙?どういうこととだ?探知しにくい事と関係あるのか。」


と、シャランが質問した。


「私にも分からないわ。毒や麻痺ガスじゃないようだけど、やたら煙いし、吸い込んだら吐き気がする。火で払おうとしたんだけど、効きにくい。照明魔法も霞んじゃって。床に屈んでも、濃さは変わらなかったから、普通の煙とは違うわ。ヤーインとシントンがまだ中にいるけど、入り口は取り合えず塞がないと。」


「逃げられたらどうするんだ。装置、中にあるんだろ。」


「ないわよ。それらしいのは、何も。窓があったから、そこから単純に出すだけなら、裏組が…。」


「まさか、それはないだろうよ?第一、それじゃ、本来の…。」


言っている端から、障気が溢れだした。障気の癖に、妙に清々しい、真昼の藤棚のような色をしている。


シャランが慌てて閉めた。


「どうしたの?何があったの?!」


建物の裏から、カッシーが飛んできた。彼女一人だ。


「カッシーさん!」


シャランとナンが、彼女を見て同時に叫んだ。そしてすぐ、同時に「しまった。」という顔をした。


「あたしのギルドの知り合いよ。名前の発音が少し違うから、直ぐ分からなかったけど。彼は土、彼女は火よ。」


そういうことか。冒険者ギルドは、国境を越えて活動する代わりに、政治的な権力争い、内乱、国際紛争に関わる依頼は、引き受けない。王室からの依頼で、騎士団や魔法院に協力して、戦闘に参加する場合はあるが、それは複合体事件のような、世界全体が平等に標的になる場合の特例だ。今回は、犯罪捜査協力、政治色ははっきりしないから、冒険者ギルドでも、セーフとも取れる。が、恐らく、依頼の背後には、カッシーのギルドを選んだ、「黒幕」がいる。ユーノが、セートゥの情勢に妙に詳しかったわけだ。


カッシーは、


「裏の窓から、煙が急に出始めて。一緒に、シントンとかいう人が、飛び出して来たわ。彼一人だけ。医者がいたから、任せてきた。みんな、明かりは押さえて、すぐ下の、川の所に潜んでいたけど、安全な距離に退避したわ。」


と説明した。指し示す方向には、いくつかはっきり、明かりが見える。


で、いったいこっちでは、何があったの、と言いかけたが、発言はフーロンとシャランの声に飲み込まれた。


フーロンは扉を開けようとしているが、シャランに止められている。


「開けないと、窒息する。生きて捕まえないと、意味がないんだよ。」


とフーロン。


「ここまでで、証拠不充分だ。最低でも、人身売買関与罪にならなきゃ、厳罰は難しい。それなら、このまま死んでもらおう。」


とシャラン。


生きて罪を償わせたいフーロン、証拠がないなら、始末したいシャラン。彼は、


「おい、君からも説明してくれ。中は、入れる状況か?」


と、ナンとユーノのいる方を見た。ユーノは、シャランとフーロンを交互に見ている。フーロンは、ナンからユーノに視線を移した。


ナンは、どちらに賛成とは言わずに、場の状況を早口で説明し始めた。


太子は彼女とレイーラを、部屋の中央に立たせた。大きな香炉の蓋を開けると、スパイスみたいな香りがし、すぐ、紫の煙が出始めた。


「予定」と違う、と判断したナンは、太子に火魔法をぶつけたが、シントンが短剣を投げて来て、避けようとした影響か、上手く打てなかった。香炉に当たったらしく、倒れて一気に煙が溢れだし、レイーラが聖魔法を唱えた。それで「直撃」は免れたようたが、太子がどうなったかは分からない。中はそれほど広くなく、香炉と壁に据え付けたランプ、香料が入った木箱(香炉と同じ香りがした、という。)くらいしか、「調度品」はない。


「でも、視界が悪いのね。煙をなんとかしなきゃ。只でさえ、夜で暗いし。…一度、扉をあけて、煙が出た隙に、太子を引き摺り出してくるのはどう?」


と、カッシーが言った。


「火魔法を食らった時に、死んでいるかもしれないけど。死体が『消えて』しまう事もありうるから。それは避けたいでしょ。中は玄関のホールよりは狭いみたいだし。」


「じゃ、僕が行くよ。」


俺は、口を開きかけたユーノが、何かいう前に、申し出た。一斉に注目を浴びる。


「水魔法使いだから、魔法にしろガスにしろ、耐性があるかららね。太子を担いで出てくる事を考えると、僕が適任だろう。」


俺は、軽く水の盾を出してみせた。しかし、ファイスが、自分の盾を構え直して、


「いや、俺が行こう。」


と言った。


「今まで上手くいって、今回だけ『失敗』したのは、レイーラが神官だったからかもしれん。彼女は、高度なエレメントの浄化は使えないそうだから、ぶつけたのは回復魔法かガス用の浄化魔法だろう。それで多少効いたなら、暗魔法の可能性がある。」


続けざまにカッシーが、


「じゃ、ファイスが中に入って。あたしが明かりを差し入れるから、ラズーリは入り口で、一緒に待機。」


と言った。俺達は、その提案に従った。


カッシーは、ナンとシャランの方を見て、


「後は気にしなくていいわ。多分、ギルドも予想外でしょ。」


と笑顔混じりで続けた。ナンは、火なら自分も、と言ったが、ダメージが完全に抜けていないので、ここで盾を作って、シャラン、ハバンロと皆を護衛してもらう事にした。


「入り口から真っ直ぐ奥に行けば、香炉があるから、近くに太子もいるはずよ。窓は奥の壁にある。シントンが飛び出たなら、ガラスが割れているかもしれない。躓かないように気を付けて。」


とナンが注意した。ハバンロは、レイーラに対する責任を感じて、


「私も行きます。」


と言ったが、やはり彼は残らせた。中に転送装置がないことがわかり、逃げられる心配はないが、「飛び出てくる」心配はある。ナンとシャランがどれ程かは分からないが、恐らく、正面からの戦闘には慣れていない。ナンは、見た目の年齢からして、初任務かもしれない。ユーノが落ち着いているのが気になるが、チューヤ人の彼とフーロンは、多分、魔法戦闘は経験がないはずだ。


扉を開ける。煙が一斉に出てくると思っていたが、それほどでもなく、予想より薄くなっていた。窓が開いているのだから、当たり前だが、香炉の「中身」も出尽くしたのだろうか。カッシーが照明を出すまでもなく、香炉の位置を確認できた。奥に、箱とは違うシルエットが見える。


ファイスが盾を出しながら、中に入った。暗い中、銀色に瞳が輝く。ナンが、「その目…」と言ったが、言う間に、素早く太子を担いで出てくる。


紫の煙が、綿ぼこりのように、太子にまとわりついていたが、扇ぐと直ぐに消えた。


太子は、あらかじめ聞いていた年齢より、若く見えた。丸顔で鼻と口は小さく、起伏のない顔をしている。体はやや太めだ。


ファイスは、戻りつつある銀灰の、鋭い目を見開き、太子の顔を注視していた。そして、


「彼は違う。」


と言った。シャランが、


「どういうことだ?彼は、確かに太子だ。」


と言った。ナンも、


「シントンも、彼を太子と呼んでたわ。人相もあってる。」


と、一枚の紙を取り出した。墨かインクか、一色で描かれたチューヤ式の人物画だ。写実的とは言えないが、珍しく薄く色が簡単につけられていて、チューヤ文字とコーデラ文字の書き込みがしてある。


「太子は街まで外出することはなかったので、僕達は顔を知りません。事情聴取の時に、当時の似顔絵係りによって、描かれた物は見ました。


これと似てますが。違うのですか?」


傍らから、ユーノが棒読みのような声で言った。カッシーの明かりが彼の顔を照らすが、心から驚いているようだ。


「一連の事件を起こした本人だったとしても、ヤーイン太子ではない。彼は、トエン系が入っていることもあり、鼻が高く、細い顎をしていた。かなり色白で、コーデラ人に見えなくもなかった。この男も、チューヤ人の中では、色白ではあるが…。髪は、『皇族髷』という形に纏めていたから詳しくはわからないが、チューヤ人にしては、かなり明るい色だったと思う。目の色はわからない。


だが、当時は14、5だったろう。それだと成長期もあるし、太っているので、様変わりはして当然だ。が、他はともかく、高い鼻が、こうは低くはならないだろう。それに…。」


ファイスは、太子の髪を分けて、耳を出した。


「ピアスの穴がない。チューヤには、男性がピアスをする習慣は、もともとあまりないが、太子は開けていた。陶器やガラスの玉を繋いだ、凝ったデザインの物を着けていた。長く吊り下げるタイプだ。珍しかったから、仕事仲間にたずねたら、説明してくれた。母方の習慣だそうだ。」


穴は開け方によっては塞がってしまう場合もあるが、明かりを出して、じっくり見ても、太子の耳には、それらしい跡はない。


「替え玉?影武者?上太子でもないのにか?こう言っては何だが、後継者争いから落ちた太子に、そういうものを着けるのか?替え玉にしては、やることが目立ちすぎてると思うが。」


俺は自分に問いかけるつもりで、口を挟んだ。しかし、当然、ファイスも皇族の内情までは知らない。


「それは分からないが…暗殺しようと考える者がいるなら、何かあるのかも知れん。」


彼はあっさり口にしてしまったが、緊張が走る。


「太子の意識が戻るのを待って、聞いてみては。」


とハバンロが言った。ユーノが、


「どうでしょうか。太子本人と仮定しても、言えば殺されるかも、と思ったら、適当に嘘をつくかも知れませんよ。」


と言った。ナンが、


「でも、顔が違うんでしょ。だけど、依頼されたのは、この顔の人なんだけど。」


とファイスとシャランを交互に見た。


その時、フーロンが進み出て、太子の胸を蹴り飛ばした。


「起こして、白状させる。」


彼が二発目を入れようとしたので、ハバンロが慌てて止めた。


「眠っている訳ではないのですから。まずは…」


「…浄化、しないと…」


か細く、レイーラの声がした。彼女は、ユーノの近くに横たえられていたが、半身を起こして、俺達を見た。


「無理するなよ、俺が、蹴飛ばして起こすから。」


と、フーロンは言った。しかし、レイーラは首を降り、浄化魔法を使った。


ヤーインは、うっすら目を開けた。小さな瞳で、周囲を見渡す。フーロンがレイーラを引っ張り、ヤーインから離す。ハバンロが念のためにか、気功を構える。


ヤーインは、一同を見渡すと、自分の置かれた状況に気づいたのか、はっと身構えた。だが、戦闘の姿勢ではない。


「お前は!」


彼はチューヤ語で叫んだ。ファイスに向かって。ファイスは、一瞬、驚いていたが、


「私に、見覚えがあるのですか。では、貴方は…貴方の中身は、ヤーイン太子ですね。」


と落ち着いて言った。


どういう事、と数人が言った。この前と同じ、と誰かが言った。


「そういえば、そもそもは、そうだったな…。」


俺の呟きが、最後に響いたため、フーロン達は、一斉に俺を見た。だから、俺が説明した。


「死体に、別の魂を入れる『呪術』のような、魔法があるんだ。普通の魔法体系とは異なる『暗魔法』を発展させたものだ。


『暗魔法』自体は、悪いものではなく、役に立つ効果もあるんだが、とても珍しく、使い手は滅多にいないから、よく分かってない部分が多い。


それをさらに、『よく分かっていない』人が濫用すると、悪い結果を生む場合がある。…僕の知ってる中で、使おうとした人間…いや、使える人は十人弱いたが、きちんと理解して正しく使っていたのは、そこのファイスを含めて二人…三人かな。」


一人はエスカー、一人はユリアヌス。しかし、二人とも、俺が「呪術」に、例えたタイプの魔法は使っていない。


ファイスの経緯は知らないが、、彼は「呪術」の「被害」にあった結果、使えるようになったと見ている。それでも、自分に使用されたのと、同じ種類の物は、使えないようだ。彼は剣士で、魔導師ではないことを考えると、高度な技は使えないのかもしれない。


しかし、ヤーインは、どうやら、その「呪術」が、自分に、使えるようだ。ファイスを認識した様子から、『失敗』のようには見えない。むしろ珍しい「成功」に見えた。


チューヤはコーデラのような公式の魔法院はなく、魔法使いを育てる土壌もない。それを考えると、「高度」な物だ。


そうは言っても、「成功」したのは、最初の一回だけか。いや、自分で使えるものが、自分自身に適用した時は、「成功」になるのかも知れない。「失敗例」のチブアビやリンスクは、本人は使用者ではなかった。


これらを説明するのは難しいな、と悩んでいたが、質問は来ず、


「おい、お前。」


と、フーロンが、ヤーインを睨み付け、胸ぐらを掴む展開になった。


「女の人を集めたのは、乗っ取るためだったのか?」


ヤーインは、一瞬、固まっていたが、直ぐに首を激しく降り、弁解し始めた。


「違う!最初は、最初の一回は、そのつもりだった。成功すると言われたから!でも、失敗して、従者の体に入ってしまったのだ!だから、せめて、元の姿に近いものに、戻りたかった!」


「それじゃ、その体に、戻ればいいだろ!」


「消えてしまったのだ!私の体も、この男の魂も、その場にいた他の者も!残ったのは、二人だけ、二人だけなのだ!」


「わかるように話せ!」


首がしまるから、と、ユーノが、フーロンを宥めながら引き離す。


「おかしな方向になったわね。」


カッシーが、俺とファイスに言った。ファイスは黙っていたが、俺は二人に頷いた。


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