5.虚空の戦い(後編)

「強引に解釈すると、太子の性癖につけこんで、上手く騙して、自分と中身を入れ換えようとした奴がいた、みたいだけど、あってるかしら。多分、『自分だけ助かっている、もう一人』が黒幕。」


「よくそこまで理解できたね。」


「ほとんど、勘よ。でも、どうする?セートゥを回った方がいいのかしら。暗魔法がらみなら、オリガライトも出そうよ。」


そうはしたいが、やっぱりグラナドの所に、一刻も早く戻らなくては。


そう言いかけた時、ファイスが、一言、


「レイホーン。」


と、やや大きな声で、はっきりと言った。


「何でその名を。」


と、ナン、シャラン、そしてヤーインが同時に言った。


「シャラン、あんた、喋ったの?!」


「馬鹿、喋るか!」


ナンとシャランは、いかにもしまった、と、顔を見合わせた。俺はファイスを見たが、彼はヤーインを見ている。フーロンもヤーインを見ていて、


「誰だよ。それ。」


と呟くように言った。


ユーノが、溜め息をつき、


「四位様(皇帝の第四位の側室)の、末の弟君だ。宝石商のソン家の。


太子がメイランに来た時、『代理人』やってた男性が、いただろ。フーロン、君が、『ラッシル人みたいな大男』と言ってたうちの、若い方だよ。グレーネが、礼儀正しい、と誉めてた方だ、覚えてるだろ。付き添いの中では、一応、一番最後まで、メイランにいた奴だ。」


と、諦めの口調で言った。カッシーの溜め息が重なったが、それはシャラン達に向けられたもので、


「あんた達、まだまだね。」


と小声で呟いていた。ヤーインは、


「彼の使いなのか?君は、新しく、ソン家の護衛になっていたのか?成功してないんだ。でも、迎えに来てくれたのか?」


と、全体を見渡したが、なまじ理性のあった彼は、悟った。胸元のボタンを握りしめ、うなだれ、呻きだした。


男子禁制のはずの後宮に、側室の弟が出入りし、太子と親しくなる機会があるのかは疑問だ。話だけ聞いていると、言い逃れのようにも聞こえる。


が、確か、シーチューヤはソウエンに比べて、近年は「近代化」の波がある。婚姻不可能な実の弟が、姉に会いに行くくらいは、出来るのかも知れない。後宮の外側に面会スペースでもあったか。豪族の護衛で宮廷に通っていたファイスが、太子と顔を合わせていたくらいだ。イメージより、自由は効くんだろう。


むしろ、イメージより自由すぎて、この結果か。だが、先程のカッシーの推察を考慮すると、四位の側室の弟が、七位の側室の太子にすりかわっても、大して権力が増すとは思わない。野望の成果と、リスクが釣り合わないので、疑問は残る。


「太子。」


ユーノが、一歩進み出た。


「お言葉が真実であっても、『義兄弟』に当たる方との『悪事』がわかれば、皇帝陛下は厳罰になさるでしょう。


さらに、そのお姿では、太子を殺してすり代わった従者、と思われても仕方ありません。母君のご寵愛がいくら厚かったとはいえ、お亡くなりな上、今の貴方には、その面影すらない。あったとしても、前回の事件の時も、皇帝陛下は、貴方にお会いにならなかったでしょう?レイホーン様が、直接対面しないように根回しした、とも考えられますが、それは皇族に対する呪術が、ばれないように、です。貴方のためでは、ありません。


ご存じないかも知れませんが、第四位様は、最近は第二位様にすり寄っています。第二位様の遠縁の方と、弟君のお一人との、縁談が進んでいます。それがレイホーン様かどうかわかりませんが。


シントンは、結局は、貴方を置いて逃げました。


分かりますか、貴方の味方は、いないのです、誰も。


潔い決断を、なさってください。」


全員がしんとなった。フーロンが、


「お前…。」


とだけ、ユーノを見上げて言った。ユーノは、彼にだけ微笑んだ。フーロンは、泣きそうな顔をしていたが、レイーラの、


「ユーノさん、それでは、真実を明らかにして、裁きを受けさせる、という目的は、果たせませんわ。」


に、はっとした。


「その通りです。太子に自害されてしまえば、そのレイホーンとかいう、元凶の裏切り者の、一人勝ちになりますぞ。」


と、ハバンロが、口添えした。だが、シャランが、彼らに反対して意見を述べた。


「当初の予定通りていいだろ。実行犯が太子なのは認めたんだ。黒幕の策略は知らないふりをして置かないと。俺達はコーデラに戻るからいいとして、残る人は?」


ナンは彼の言葉に賛成はしたが、いわゆる思案顔をしていた。続いてカッシーが、


「提案だけど。」


と言ったが、ファイスの「危ない!」に遮られる。


レイーラが、「まあ、太子!」と叫んだ。ハバンロが彼女を引っ張り、引き離す。


太子の体は、爆発した。


いや、爆発したかのように、紫の煙を吐き出した。


「何だ、どうした?!」


俺は水の盾を作りながら、レイーラに質問した。


「ペンダント?ブローチかしら、ボタン?太子が引きちぎった途端に、煙が。」


レイーラは、太子の方を示したが、煙に覆われて見えない。


全員、さっきまで太子のいた部屋の方に後退する。ドアを開けたが、煙は出ないので、中に入る。先程とは逆のパターンだ。


カッシーとナンは明かりを出したが、外でだした物より、弱い。上手く出ない、と口々に言う。


シャランは土の盾、俺は水の盾を出してみた。普通に出せた。シャランは、三回挑戦して、なんとか出せた。盾はあまり、と言ってはいた。


中には、香炉と木箱。煙はない。銀色の香炉は空で、出尽くしたようだ。ファイスは、香炉に近寄り、倒れたものを起こしてから、蓋を閉じた。


途端に、火魔法の二人から、大きな、と言っても、通常の大きさよりは小さめの、明かりが出た。


「内側、オリガライトか。」


俺は言った。


「底に敷き詰めてあるだけとは思うが。恐らくは。」


とファイスが答える。なんだ、それ、とフーロンが問うので、


「暗魔法で使う、特殊な金属だ。吸収して溜め込む事ができるようだが、他の属性魔法は、単純に弱めてしまう。希少だから、性能はわからない部分が多い。」


と説明した。かなり省略したが、要点はあっている。


「じゃ、この、辛子みたいな匂いは?」


ユーノは鼻を不快そうに動かした。ファイスが、


「祭礼用の香だろう。足りない成分を辛子で補ってるようだが、東方の物に似ている。」


と言った。リンスクのローズマリーに比べて強く、木箱からも漂ってくるので、苦手な香りでなくても、つらい所だ。ユーノとナンは、どうやら苦手らしく、鼻と口を押さえている。


「窓から出るか?」


俺は言いながら、窓から外を見た。川がある。高さは、上から見たら、そうでもなさそうだが、足掛かりがわからない。


「おすすめしないわ。シントンは怪我をしていた。」


カッシーは、一度上ってきているはずだが、それで止めた方がいい、と言う。


しかし、このままここにいる訳にも行くまい。煙の発生源は太子で、香炉は溜めていただけと見る。今、太子がどうなっているかわからないが、チブアビとリンスクを思い出すと、嫌な予感しかない。誰かが異変に気付き、先程のカッシーのように上がってきたら、「相性」にもよるが、最悪、別の体で逃げられる。


シャランが、少し扉を開けてみたが、煙は勢いを増していた。ナンが反射的に、照明を盾に切り換えた。僅かに中に入った煙は、じゅっと音を立てて、火の盾に消えた。だが、シャランが慌てて扉を閉めたにもかかわらず、わずかな残りが隙をついて、ナンの体に、埃みたいにまとわりつく。レイーラが浄化した。


恐らく太子は動いていない。ダークカッターのような術も、今のところは使っていない。煙だけのようだ。待っていたら勢いは治まるかも知れないが、この部屋の窓は壊れて空きっぱなしだ。扉とは反対になるので、一応は、煙は入っては来ない。


俺は、香炉の蓋を開け、中を確認した。ファイスの言う通り、オリガライトらしき鉱物が、いくつか入っている。直接触りたくないので、香炉を引きずり、奥から運んだ。


「どうするんですか?」


とユーノが尋ねので、


「これの中身を外に出す。」


と答えた。



煙が暗魔法で、太子が発生源なら、香炉は溜め込み目的だろう。ナンの話からすると、太子には、溜め込んだ物の放出を、コントロールする能力があるようだ。道具にせよ、自分自身の能力にせよ。だから、どれだけ効果があるかは自信がないが、シャラン達の仕事を尊重するにしても、フーロンの希望を優先するにしても、煙をセーブして、太子を押さえつける必要がある。


シャランが、太子をこの部屋から出さなければ、と言った。結果論ではあるが、その通りか。


ナンが、今さら、仕方ないわよ、と軽く言った。


そして、ファイスと俺とで香炉を素早く外に出した。隙を見て、また煙が入ってくるが、カッシーとナンの盾に防がれた。


「火属性を帯びてるな。」


俺は火の盾に消える煙、その消え方を見て、そう判断した。


今まで、暗魔法と土、暗魔法と風、と、季節柄、弱くなるエレメントを取り込んでいた。今は水が強くなり、火が弱まる時期だ。それで何かメリットがあるかどうかわからないが。


再び扉を開ける。煙は、かなり薄くなっていた。太子は倒れている。火なら、カッシーとナンが盾を使えるが、香炉に近寄ったら、出なくなるかもしれない。俺とファイスで外に出る。


香炉は煙で一杯になっていた。蓋を閉めたが、時々、ガタガタと持ち上げようとする。俺は、動く蓋を凍らせてみた。予想に反して、意外に安定しているが、やはり持ちは悪いようだ。


「おい、見てくれ。」


ファイスが、足元の太子を示した。


太子は、「砂」になっていた。人の輪郭を留めた、砂。足と腕は半分、崩れている。右手首の部分は、胸の所に残っていた。さきほど、レイーラが言っていた、ペンダントを持っている。ファイスは、それをそっとつまみ上げたが、吊られて砂は崩れ、顔だけになってしまった。


ペンダントの土台は、オリガライトではなく、銀かプラチナのようだった。中心には石がはまっていた。黒ずんではいるが、元は白っぽい透明の、水晶か何からしい。ひび割れて、黒くなった所が、崩れている。


部屋から皆がでてきたので、カッシーに見せてみた。


「多分、オパールね。」


オパール、こんな石だったか。確か、多色が漂う、もっと鮮やかな石だった。昔、ディニィが耳飾りにして着けていた物を思い出したが、これは違う石に見えた。色が飛び、割れているからだろうか。


「このタイプは、南の方でしか、取れないのよ。普通のと区別するために、『アクアオパール』『泡オパール』って呼んでるわ。こういう部分が、『アクアドラゴンの玉子』に例えられるのよ。」


僅かに残った色の部分を、カッシーが指し示した。


「オパールは、熱に弱いから、運ぶのも大変で、砂漠を突っ切って密輸したら、ただの石になった、て話もあるわ。セートゥのような内陸の、寒暖の差の激しい所じゃ、持ってるだけでステータス、じゃないかしら。」


宝石商のレイホーンが、太子に送ったのか、皇帝が太子の母に送ったのか。どちらにしても、送られた時に、石に込められていた物は、淡く儚く、蒸発してしまった。


俺は宝石から目を放し、太子の亡骸の方を見た。フーロンが、横に立っている。ユーノに両肩を支えられて。二人の表情は見えなかった。


ハバンロとシャランが、


「これでは証拠が。」


と、ほぼ同時に呟いた。ユーノが、シャランと話すためか、フーロンを支えたまま、彼の方を見た。


俺は、扉に近い位置にいた、レイーラとナンに、何か影響がないか気になって、振り向いた。


背後で、叫び声がした。


香炉の蓋が飛ぶ。煙、いや、うねる気塊が、勢いよく飛び出した。


ハバンロが、素早く気功を当てる。うまい具合に四散する。再び、集積したが、大きさは半分になっていた。


再び当てようとしたが、学習機能でもあるのか、畝って避け、人魂のような形になる。


人魂は、ナンとレイーラの方に向かったか、カッシーが盾を出して防いだ。盾に消える分、弾かれる分。弾かれたものに、ハバンロがまた気功を当てる。


さらに半分になったが、薄くベール状になって面積を増す。


そのベールは、ユーノを狙って飛んだ。ユーノは、そばにいたフーロンを突き飛ばす。フーロンは、叫びながら、ユーノに、彼を包んだ煙に飛びかかったが、弾き飛ばされた。ファイスが、素早く彼を助け起こす。たが、彼は、ファイスを振り切り、ユーノに向かう。


「返せ!」


霧の人魂に叫んでいる。ファイスは、


「近寄っては駄目だ。」


と、必死で止めている。盾が出せない。ハバンロが気功を当てようとするが、抵抗しているユーノの動き、合わせる霧の動きが、偶然か、気功を避けてしまう。


レイーラが飛び出した。自分にターゲットを移そう、というのだろう。しかし、彼女に霧が延びたのは一瞬、後は再び、ユーノに戻る。


「乗っ取られてしまうの?」


カッシーが聞いてくるが、俺にもわからない。


「さっきまで、あたしたちに取り付こうとしてたのに。」


と、ナンが言った。相性があるのか、人魂に意思があって、選んでいるのか。


シャランが、拘束しようと、土魔法を使ったが、弾かれたのか、香炉の方に当たってしまう。俺の水魔法はまっすぐ届き、僅かに掠るが、決定打にならない。カッシーとナンの火は、追尾するほどよく当たるが、効果がない。


グラナドがいれば、風と水を合わせて氷霧を作り、範囲を広げられるが、今はいない。


「気功と聖魔法でやるしか、ないみたいね。」


とカッシーが言った。


「ファイスはフーロンを押さえるので精一杯。フーロンを、当て身で気絶させてしまうのは、不味いでしょ。」


意識の無いものは、入りやすくなる、か。しかし、ユーノもいい加減、持たない。フーロンを囮にして、ファイスのほうに行ってくれれば。


ハバンロが、


「見切られてるのではなく、気功と反対のほうに避けられています。」


と言った。レイーラが、私と同時に、と合図をした。右から聖魔法、左から気功、ついでに、俺は、水魔法を出した。


ユーノは、避けきれず、足を取られて倒れた。


聖魔法は回復浄化だが、気功と水は攻撃だ。全力で打つわけにも行かず、ハバンロが当て損なっていたのも、それだろう。


レイーラとフーロンが、倒れたユーノに、駆け寄る。終わったのか、と安堵しかけたその時。


散った空気塊が、砂の人型に集まった。顔しか残っていなかったのに、集まった砂は、太子の姿を取っていた。


ファイスは、近くにいた、フーロン達三人を、盾の下に素早く庇う。砂が触手のように延びるが、ファイスが剣で払うと、直ぐに散った。


だが、散った途端に、今度は、ユーノを目指してくる。レイーラ、俺、ハバンロで打つ、また砂に。繰り返しだ。


砂は散るので、体積は一回毎に減っているが、地面の土や木の皮を僅かながら削り取るようになり、勢いは変化がないレベルだ。。


カッシーとナンの魔法は相殺されてしまう。シャランは魔法は諦め、ハバンロと反対側から直接攻撃を試している。


レイーラが、ファイスに何か言った。ファイスが、「それは駄目だ。」と、珍しく怒声で返していた。


俺は、水の盾で防ぎつつ、香炉に近寄った。中にはオリガライトが一つだけ残っていた。


盾が一瞬弱まったが、役立ちそうな影響力は、ここにはもうないようだ。他の欠片は砂に紛れてしまったのか、砂に対する、属性魔法の効果が薄い。俺は水魔法なので、火属性に対する俺の魔法攻撃は有効なはずだが、砂が固まるたびに、だんだん効きが悪くなっている。


レイーラが、ファイスの制止を振り切り、砂に向かう。どういうつもりかは見当がつくが、それでは効果がないだろう。と思ったら、


「魔法剣で払って!」


と言われた。


その手があったか。無属性で中距離範囲攻撃が出来る。砂を広く散らして、中心に集まる時間を稼ぎ、集合場所に聖魔法と水魔法を置けば。


盾を引っ込めて、魔法剣を構える。距離は近い。何時もなら余裕だ。だが、俺は祈っていた。これが効かなかったら。いや、効いてくれ!


願いを込め、全力で放った。


砂は完全に四散した。カッシーが、さっきのペンダントを、中心に投げてくる。砂はもうないが、霧はペンダントを目指す。機転だ。


俺は切り替えて水魔法、レイーラが聖魔法を、ペンダントを狙って放つ。


そして、ペンダントが落下した時、霧はすべて消えていた。


ハバンロがレイーラと俺の所に飛んできた。


「無茶をしましたな。」


「でも暗魔法なら、聖魔法に弱いはずだから…。私なら、結局入れないから、乗っ取られないでしょう?」


「そうとは限らないよ。まだわからない部分が大きい。結果オーライではあったけど。」


ペンダントは完全に砕けていた。拾い上げ、カッシーの方を見たが、彼女は、ナンとシャランに声をかけていた。


ファイスもやって来た。俺は、怪我はないかと聞いたあと、


「解決したと考える事にしても、やっぱり後味がすっきりしないな。」


と言った。だが、ファイスは、静かに、自分が来た方を指し示した。


「そうでもないぞ。」


そこには、フーロンとユーノがいた。フーロンは、ユーノにしがみつくようにして、


「ごめん。」「悪かった。」「無事で良かった。」と並べている。泣き声だ。ユーノは、少し躊躇っていたが、フーロンの頭を撫でていた。


夜なのに、妙に明るいと思ったら、ここは人工の明かり(魔法動力のものではないようだ。)にライトアップされた、庭園だった。彫刻の施された、背の高い明かり、花壇は手入れなく、雑草だらけだったが。昔は美しい物だったのだろう。


俺は、ペンダントを光にかざしてみた。


かつて美しかった、「形見」の石は、欠片も残さず、消えていた。





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