[1].新たな旅立ち
1.柘榴の邂逅
もともと俺たち守護者は、対象を背後から守護し、彼等の前に選択肢を提供し、計画者のプランにのっとり、状況を作り出すのが仕事だ。融合して直接対象を操作するのは、あくまでも例外である。しかし、28年後の今、ホプラスの体から作ったコピーに、俺の魂だけを入れた新型守護者が、町を歩いている。
これは複雑な気分だ。前回、やむなく融合した時、直接関わるなんて下手な手段だ、とさんざんに言われた。あそこでホプラスに死なれても困るはずの計画者にまでもだ。
しかし、俺が眠っている間に新プロジェクトが発動し、各守護者と相性のよい「入れ物」をいくつかキープしておき、それに守護者の魂を入れ、守護対象に相談役として直接つける。
「君は釈然としないだろうがね、君の融合時の行動、結果、分離にかかった費用と時間を考慮すると、こういう方向に持っていくしかなかったのだよ。」
と計画者は言った。
まあそれはわかる。しかし何だって、関係者が生きているうちに、同じ体のコピーなんて使うのか。本人が生還したと言い張るには若すぎ、隠し子だと言い張るのは、ホプラスに関しては無理だ。
「今回は諸事情で、昔の仲間、特にパーティ仲間には、ある程度ばれてもいいことになっている。」
これには仰天した。前のシステムでは、同じ守護者が降りるには、関係者が生きているうちはそもそも不可だった。家族やパーティ仲間には、看破される可能性が増えるからだ。バランスの秤も片寄りやすくなる。
その事情とやらは、「行けばわかる」と説明を濁された。
二年のリハビリ期間のうちに、何故か毎日見舞いにきた連絡者から、ディニィについていた守護者は、有能な奴だったが、ワールド別、個人別の対応に柔軟性が無かったので、無理が出て、結局、子供が産まれた後は、暫く手を加えないほうがいいだろう、という結論になったと聞いた。
ようするに、その辻褄あわせを、そもそもの「原因」を作った俺に回したのだろう。
ポケットから身分証明書を取り出す。バイア湖岸のオッツの発行になっていた。王都の二年の混乱で、騎士団長のクロイテスがヴェンロイド領から第一王女を連れて戻るまでの間、テスパン伯やカオスト公を嫌って、辞職する騎士や、養成所を辞める見習いが、かなりいた。彼らは、クロイテスが戻った後、騎士団に復帰したが、何人か戻らない者もいた。そのような者の一人、という事にしたらしいが、証明書の氏名は、「名:ラズライト 姓:ユノルピス」となっている。
ラズライト(青金石)は、俺の本名だ。ユノルピスは、「ホプラス」(最後の希望)と同義の言葉だか、ラッシルとの隣接区域で、たまに見られる姓だ。だが、南方の異民族の影響の強い、南西コーデラの一部で使われている古い方言になる。「ユネランシャ」「エルピナンシャ」という姓があるが、その語源でもある。民族系統が異なり、地域が離れているのに、言語に共通性が見られるのは、民族学のミステリーと言われている。
いかにも後からつけた感じの姓だが、魔法剣を使うなら(獲得形質の技能をコピー体に継承した事になるが)、少なくとも養成所出の必要はあるし、かと言って、ありそうな姓をはっきり書いてしまうと、追究された時に困る。また、オッツには、騎士の人数を増やすために、新しく第二養成所が置かれた時期があるが、、ヘイヤントの養成所と異なり、現在は休校している。俺にとっては、「訳ありで、偽名使っています」としたほうが、「紛れやすい」わけだ。
真の出身を聞かれた時は、ラッシルの一地方で、コーデラと隣接した地域にある、ローデサ市の名を上げる事になっている。ホプラスの実母の姉が嫁いだ街で、偶然にも、実の曾祖父である、ラッシル皇帝エフゲンの、お気に入りの避寒地でもあった。「そら似」の言い訳も準備されていた。
年令は、ホプラス死亡時の「26」となっているが、実際は、数年若い肉体になっているようだ。魔法剣の他、威力の上がった、高レベルの水魔法も使えるようになっている。守護者特権のようなものか。
さて、冒険者ギルドについた。建物は建て替えられている。
ホプラスの魂は抜けているが、記憶は残る。昔の家に行ってみたくなったが、今は取り壊され、数階建の独身者用の宿舎が出来ている、と聞いた。
ギルドの前には、紅と白の、「咲き分け」の梅が咲いていた。
ギルドの紋章は、相変わらず梅の花だが、中心に、地図の巻物のようなマークが加わっている。「冒険者ギルド」を示すものだ。昔はなかった「傭兵ギルド」「暗殺者ギルド」「盗賊ギルド」(これらは公式の物とは言いがたいが)が乱立しているため、区別しているのだろう。
夕方になっていた。
ギルド受付で「グラナド・クレマノス」に面会を求めるが、
「今日は宿舎にいるから、緊急ならそっちに行ってくれ。」
と、ギルド宿舎の方に回される。
宿舎は、昔の家の辺りだ。ギルドメンバーの多い借家街だったが、最近は二人組でも一人ずつ宿舎に住み、家を借りたりしないらしい。数件分の広いスペースに、大きな五階建ての宿舎が建っていた。一階が受付と食堂になっている。
俺は身分証明書を出して面会を申し入れたが、
「今日は開放日だ。丁度、そこのカウンターの所にいるから。」
というので、案内なしで行こうとしたが、受付けた男性が、
「グラナ!グラナド!王子様!お前に、身なりの良い紳士の面会!」
と、後ろ姿に呼び掛けた。
「王子様は止せよ。」
彼は、やや斜めに向いただけで答えた。隣で、すっかり酔ったカップルの女性のほうが、
「そうよ、いくら似てるからってさ。一緒にされたら、嫌よねえ。」
と笑う。片割れの男性が、グラナドに対して、
「しかしなあ、テスパンは論外だったが、新カオストもなあ。真面目に、どうよ、王子が生きてれば。」
と話し出した。グラナドは、「さあな。」と一言言うと、俺を振り替えって、
「悪いが、そっちはやってないんだ。仕事の話なら、明日、ギルドで改めて…」
と言いかけ、驚いた顔で、俺を見て、黙った。
俺も黙った。
グラナドは、顔はディニィ似だった。男と女なので、完全とは行かなかったが、ディニィを知る者には、一目で充分だ。髪は、黒っぽい赤毛で、グラナド(柘榴)はここから来たのだろう。癖は少ない。
そして、目は琥珀色、肌は赤銅色だ。
ディニィはプラチナブロンドに空色の瞳、ルーミはゴールデンブロンドに、オリーブグリーンの瞳。二人とも色白だ。ディニィは、神官になって、魔法結晶を体内に入れるまでは、茶色い髪と目だったという話だ。実際にグラナドを見るまで、たまたま変化する前のディニィ譲りの髪と目が、誤解を生んでいるだけで、ルーミの子の可能性もあるのでは、と考えていた。
だが、違う。
これらは、エスカーのヴェンロイド家の特長とされている物だった。
グラナドは、アンバーの瞳で、俺を見上げていた。ディニィとそう代わらなかった、小柄なエスカーよりは大きいが、ルーミよりは小さい。ラールより少し低いくらいだ。
ギルドの登録は、魔法院出身の火と土の魔法使い、最高技は使えないが、上級の攻撃魔法と、火と土の回復、土固有の探知魔法、火固有の照明魔法が使える、となっている。今は魔導師は強さにインフレがあり、二属性にここまでの能力があっても、魔法官なら「ギフト」とは呼ばれない。ただし、優秀なギルドメンバーではある。
エスカーは全属性の最高技と、暗魔法の基本技が仕えた。しかし回復は出来ず、エレメント属性の恩恵は、火の魔法攻撃力と、水の魔法防御力しか受けられなかった。風の転送魔法は苦手だった。ルーミは、火魔法で、攻撃も回復も得意だったが、基本は剣士なので、上級魔法は発動率が悪く、まず使わなかった。ディニィは、神官のため、属性魔法は使えなかった。聖魔法は、最強技まで使える、当事はたった一人の神官だった。
ヴェンロイドの特長さえ出なければ、どうだったろうか。
「上に、俺の部屋があるから、来てくれ。」
俺が自己紹介も出来ずにいるうちに(しかし何と言ったものだろう)、グラナドは俺を案内し、自分の部屋に連れていく。カウンターの青年が、「あれ、そっちは無しなんじゃないのか。」と、背後に声をかけていた。
グラナドの部屋は、実に簡素だった。昔、ヘイヤントで、団体部門にいた頃の、ルーミの部屋に何度も行ったが、それに比べて手狭だ。
彼はベッドに座り、俺には傍らの椅子に座るように促す。テーブルには何もなく、壁には黄バラの絵が一枚かかっていた。
「下で飲み物かってくればよかったな。」
と、小声で呟く。
俺は、気遣いなく、と答え、
「ラズライト・ユノルピスと言います。初めまして。貴方のお父様の昔の友人です。」
と自己紹介した。今の外見の年齢からしたら、昔の友人、と云うのは無理があるかも知れないが、他に言いようがない。
はたと気づいた。連絡者がピーチクパーチク喋るから聞き損なっていたが、行けばわかる、と言われただけで、他は未確認だ。俺は、今は身を隠して、それなりにギルドで平和に生きている少年を、王位を目指して戦わせる事になるわけだ。説得はどうしよう。
だが、俺の悩みを尻目に、グラナドは静かな目で、俺を少し皮肉に見やり、
「友人?恋人だろ。」
と言い放った。
「だが、中身は違うようだな。ネレディウスと呼ぶのも何だな。ラズーリ、でいいかな。」
――そう、これが、彼の「ギフト」だった。
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