第29話「お披露目パーティー」


そうしてやってきたエリオットくん 公爵位継承のお披露目とパーティー当日。


私は形式上エリオット君の妻。


愛想笑いを浮かべ、エリオット君に寄り添い 、訪問客に挨拶をして回っていた。


公爵就任と結婚を祝って、オドタツ侯爵から祝福の舞を披露され、ウラウラ伯爵に祝福の呪文を唱えられ、カサカサ子爵から傘の上でボールを回す芸を披露された。


その他にもカルディス伯爵から王都に新しくオープンしたお店の話を聞かされ、公爵家からも新商品を出品しないかと提案された。


ウルフリック子爵は船を購入したらしく、処女航海のチケットを購入した先着百名にアヒルのマスコットのぬいぐるみを配った話をされた。


ナガナガクドクド侯爵からは、当主としての努めがいかなるものかを延々と聞かされた。





「アメリー、疲れましたか?」


「大丈夫ですよ。旦那様」


「アメリー様」「エリオット君」なんて呼び合っていたら、 夫婦に見えない。


なので今日だけはエリオット君は私のことは「アメリー」と呼び捨てにし、私も彼のことを「旦那様」と呼んでいる。


年下の彼に呼び捨てにされるのはなんだか新鮮だ。


「喉が渇いていませんか?

 今飲み物を取ってきます」


彼はパーティーの主役である。


きっと私以上に疲れてるだろう。


疲れていても、妻への気遣いを忘れない優しい夫である。


私は今でも、彼には私なんかよりふさわしい相手がいるんじゃないかって思ってる。


身分が高くて、お上品で、若くて綺麗な女の子。


彼の隣にそんなご令嬢が立っている姿を想像する度に、なぜか胸がモヤモヤして、心がズキズキと痛んだ。


「久しぶりね。

 アメリー」


エリオッㇳ君の帰りを待っていると、誰かから声をかけられた。


この声は聞き覚えがある。


「ロクサーヌ!」


そこにいたのはエリオット君の実姉で、私の旧友のロクサーヌだった。


彼女は腰まで届く艷やかな銀色の髪と、藤色の瞳を持つ、清楚な美人である。


「会いたかった! 久しぶり〜〜!」


学生時代のテンションでロクサーヌに抱きつこうとして、私はハタと気がついた。


エリオット君のお披露目パーティーの最中であることに。


いけない、いけない人目があるんだった。


このパーティーの間は淑女として振る舞わないと!


「グランツェル辺境伯夫人。

 本日はようこそおいでくださいました」


私がカーテシーをすると、彼女はキョトンとした顔をしていた。


だがすぐに状況を理解したのか、ロクサーヌも優雅に挨拶を返してきた。


「こちらこそ、本日はお招きに預かり光栄です」


そして彼女は他の人に聞こえないようにひそひそと話し始めた。


「どうしたのアメリー?

 いつものあなたらしくないわね」


「だって今日はエリオット君のお披露目パーティーなんだよ。

 いつもみたいに振る舞えないって」


「それじゃあまともにお話もできないわ。

 そうだバルコニーに行かない?

 あそこなら人気がないから」


「行きたいのは山々だけど、今エリオット君が飲み物を取りに行ってるところなんだよね」 


「時間は取らせないわ。

 さあ行きましょう」


ロクサーヌは私が待たせているのがエリオット君だとわかると、「弟のことは待たせておけばいいのよ」と言って私を連れ出した。


ごめんね、エリオット君。


ちょっとだけ席を外すね。


私は心の中で彼に謝った。





 


バルコニーは少しひんやりとしていた。


会場内はどこを見ても、人、人、人……で熱気がすごかったので、冷たい風が心地いい。


「久しぶりだね、ロクサーヌ!

 元気にしてた?」


人目を気にしなくてよくなったので、私は学生時代のノリで友達に話しかけた。


「元気よ。

 そちらも相変わらずね」


彼女は気品のある微笑みを見せた。


「ロクサーヌは、パーティーが始まった時はいなかったみたいだけど?」


「途中でトラブルがあって馬車が遅れてしまったのよ。

 それで今会場に着いたところなの」


「辺境伯とお子さんたちは元気?」


「夫は会場内で取引相手とお話ししてるわ。

 子供はまだ小さいから領地に置いてきたの。

 上の子は三歳、下の子はまだ一歳だから」


「そっか、ごめんね。

 そんな大変な時に招待状なんか送って」


ロクサーヌは結婚してすぐに子供ができた。


それから子育てと出産で、しばらく辺境伯領地から出れなかったみたいだ。


「いいのよ。

 弟の晴れ舞台を見逃すわけにはいかないし、久しぶりに王都の風も吸えたし、こうして親友にも再会できたんだから」


それからしばらく私達はとりとめのない話をした。


こうしてロクサーヌと話していると、学生時代を昨日のことのように思い出す。


「でも驚いたわ。

 あなたがエリオットと結婚したと知った時は。

 そして一カ月も経たないうちに、弟の公爵位の継承でしょう」


エリオット君の実姉であるロクサーヌには、結婚したことを手紙で知らせていた。


「それにはまぁ色々ありまして……」


私はこれまでのいきさつを彼女に話した。


「弟が男子寮でセクハラされてた?

 それで家から通うためにあなたと結婚した?」


エリオット君には口止めされていたけど、ロクサーヌになら話していいよね。


「最初はそう聞かされたんだけど」


エリオット君の初恋相手が私だったことを踏まえると、もしかしたらこの話は……。


「エリオットにいっぱい食わされたわね。

 きっとセクハラされたって話は嘘よ。

 弟が寮に入ったなんて話、聞いたことないもの」


「やっぱりそっか……」


薄々そうではないかと気づいていた。


王太子のいとこで、公爵家の嫡男である彼にセクハラする猛者はそうはいない。


エリオット君の性格を考えると、セクハラした相手を生かしておくとも思えない。


「エリオットにとってあなたは初恋なのよ」


「それは本人の口から聞きました」


聞いた時はまさかって思ったけど、エリオット君が恋したのは、ピチピチの十代の学生だった頃の私なわけで……。


その当時なら惚れられた可能性もあるかもしれない。


「私が学園を卒業して間もなくの頃、あの子が『アメリー・ハリボーテ伯爵令嬢と結婚したい!』って言い出して、『ハリボーテ伯爵家に婚約の打診をして欲しい』って、両親に直談判したことがあったの」


エリオット君はあの頃から行動力があったんだね。


「説得というより泣き落としに近かったわね。

 両親は弟の泣き顔に弱いから、すぐにほだされて、あなたに婚約の打診をすることを許可したの。

 だけどその時にはあなたは別の人と婚約していて、結局この話はうやむやになってしまったんだけど。

 あれから四年も諦めなかった所をみると、あの子はよっぽどあなたに惚れてるのね」


他人にそう言われると照れくさい。


「弟は念願叶ってあなたと結婚したのね。

 婚約も、婚約式も、結婚式も、すっ飛ばして、いきなり結婚なんてすごいじゃない!」


「それについてはご家族の方には申し訳なく思ってます。

 私は契約結婚のつもりだったから、みんなの前に姿を現すつもりはなかったんだけど、成り行きでこんなことに……。

 契約期間が終了したら、速やかに離婚して家を出て行こうと思ってたんだけど……」


「エリオットのことだから公爵位就任したことと一緒に、あなたと結婚したことをみんなに言って回ったのでしょう?

 こんなに大事になってしまったらもう離婚は無理ね」


まあ私達が結婚してるって事は、妹たちを断罪する時に一部の貴族に知られてしまった。


今日はその時よりたくさんの貴族がパーティーに来ている。


こうして皆に結婚してる事実を伝えてしまったからには、契約期間が終了したからといって、すんなり離婚できるとは思えない。


「エリオット君に外堀から埋められてます」


王太子の誕生日パーティーの時、エリオット君に「外堀から埋めていく」と言われた。


それがいま現実になっている。


「観念してこのまま婚姻関係を継続したらどうかしら?

 弟はあなたにぞっこんよ。

 あなたを悲しませることはないと思うんだけど」


「それは申し訳ないよ。

 エリオット君は顔も綺麗だし、頭もいいし、スポーツもできるし、領地経営の仕事も頑張ってるし、スタイルだっていいし、身分は公爵だし。

 私みたいな四度も婚約破棄された、彼には六歳も年上の女じゃなくて、もっとお淑やかで、美人で、傷のついてない、高位貴族のお嬢さんがお似合いだと思うよ」


実際問題、今日招待客に挨拶回りした時も、「なんてこんな女と結婚したの?」って露骨に嫌な顔をする招待客もいた。


「アメリーったら、学生時代より自己肯定感が低くなってるわね」


「そりゃあ四度も婚約破棄されればね。

 しかも婚約者を奪っていったのは妹や弟だし」


愛に性別の壁はないと言えど、弟にする美しさや女性らしさで負けるとは思わなかった。


「もうプライドずったずただよ」


「エリオットのことも信用できない?

 弟も他の男たちと同じようにあなたを捨てると思ってるの?」


「それは……よくわからない。

 エリオット君はいい子だし、優しいし、私を大事にしてくれる……だけど、もし彼を本気で愛して、心変わりされたらって思うと怖いんだ。

 そんなことになったら……今度こそ立ち直れない」


エリオット君が初恋の幻想が解放され

他の女の子を選んだ時、なるべく傷つかないようにしておきたい。


「状況を整理してみましょう。

 全部一度に考えてはだめよ。

 まずは何がダメで何がOKなのか、そこを整理していきましょう」


まさかここで慰めの言葉ではなく、状況整理が来るとは思わなかった。


ロクサーヌの行動はは読めない。


「まず一番目、公爵夫人になることはあなたにとってストレスですか?

 耐えられないことですか?」


「公爵家の領地経営は楽しいし、やりがいもあるし、公爵家の使用人も優しいし、公爵夫人としての振る舞いは疲れるけど、やれないことはないわ」


「公爵夫人になるのは、嫌じゃないってことね。

 では丸にしておきましょう」


三角よりの丸だけどまあ、丸でいっか。


「二番目、弟との六歳の年の差について。

 これについてはどう思う?

 どうしてダメだと思うの?」


「いやだって……エリオット君は美少年だし、学生だし。

 彼にはもっと若くて可愛い子の方が似合ってると思うから……」


「あら?

 あなただって若いわ。

 十分子供の生める年齢じゃない」


「まあそうなんだけど……」


「万が一子供ができなかったら当家から一人養子にあげるわ。

 それじゃあこれも解決ね」


「ええ……」


跡継ぎは貴族にとって大切な問題だ。


そればっかりは……その、あれを……何してみないとわからない。


まあ親戚から養子をもらえるなら問題ないか。


「これで二つは解決ね。

 じゃあ三番目、最後の質問です。  あなたはエリオットのこと愛してますか?

 仮に今弟に抱いているのが恋愛感情じゃなかったとしても、これから恋愛感情を抱くことはできますか?

 弟に恋愛感情を抱く可能性は、ゼロではありませんか?」


「えっと……」


どうなんだろう。


凄い難しい問題が来た。


私はエリオット君のことをどう思ってるんだろう?


最初は弟みたいに思ってた。


次はペットみたいに懐いてきて可愛いなって……。


でも今は……彼のことをどう思ってる?


「質問を変えましょう?

 ズバリ弟とキスできますか? できませんか?」


「ふぁっ……!」


いきなりなんて質問をぶっこんでくるんだ!


「キスはいまいち想像できなかったかしら?

 それじゃあまぐ……」


「ストップ!

 ストップ!

 お願い、それ以上言わないで!」


学生時代、男性と手を握っても顔を赤らめていた深窓のご令嬢だったロクサーヌが、このような話をすることになるとは!


結婚怖い! 既婚者怖い!


「……エリオット君には、キスされたことあるよ」


「あらまあ弟もやるじゃない!」


「ほっぺに……だけど」


「前言撤回!

 あの子ったらヘタれね」


ロクサーヌのエリオット君に対する言動は辛辣だ。


あのか弱くて、弟思いで、可愛らしかった彼女はどこに行ってしまったの?


グランツェル辺境伯領地で何があったの??


「それでどう?

 弟にキスされた感想は?」


「どうって言われても……」


心臓がドキドキしてたのは覚えてる。


彼も男の子なんだなって、意識して……。


「わ、悪くはなかったよ……」


ってなんで上からな感想なんだ!?


「それじゃあ弟が、あなたの唇にキスしたいって言ってきたらをする?」


「そ、それは……」


エリオット君が私の唇にキスを迫ってきたら、私はどうするんだろう?


エリオット君のアメジストの瞳に見つめられると、動けなくなる。


多分避けられなくて……それで……。


私の頭がプシューと音を立て、湯気が出ていた。


想像したら私の頭に熱が集まっていた。


「投げ飛ばす?

 それとも殴り飛ばす?

 それとも頭突きをする?

 足をヒールで踏んづける?

 エルボーをかます?」


「いや、そんなことはしないけど……!」


ロクサーヌは私を何だと思ってるんだ!


「じゃあ、受け入れるね?」


「た、多分だけど……」


エリオット君が本気で迫ってきたら、彼の口づけを拒むのは難しいと思う。


「あーもう、エリオットのヘタレ!

 アメリーはもうは受け入れる準備が出来ているのに、あの子ったら何をしてるのかしら?」


「いや、受け入れる準備ができたわけじゃ……」


拒まないのと、受け入れる準備ができているのはまた別の話だ。


「それじゃあ?

 あなたの元婚約者があなたにキスを迫ってきたらどうする?」


元婚約者が私にキスを……?


「ロクサーヌ、気持ち悪い質問しないで……!」


私の全身に鳥肌が立っていた。


「そんな顔にカメムシと毛虫がついたような、露骨に嫌な顔をしなくても」


彼女が苦笑いを浮かべる。


「ほらその反応だけでも、エリオットが今までの婚約者と違うって証明になるでしょう?」


「うん」


そう、エリオット君は今までの婚約者とは違う。


今までの婚約者が他の女を選んでも不誠実な対応にイラつきはしたが、別に悲しいとか、悔しいとかそういう感情はなかった。


だけどエリオット君にそんなことをされたら……。


私はきっと立ち直れない。


「ロクサーヌ、色々と教えてくれてありがとう。

 私は多分怖いんだと思う。

 彼の気持ちを受け入れて、その後彼に心変わりをされたり、拒否されたりすることが……」


だからエリオット君のことを、弟みたいに思ってるとか、ペットみたいに可愛いとか言って、自分の気持ちをごまかしてたんだ。


とっくに答えは出てるのに。


彼の気持ちと向き合うのが怖かった。


弟やペットだって思ってれば、エリオット君を他の女に奪われても、それほど傷つかなくて済むから……。


エリオット君に執着してるのは私の方だ。


「そこは私の弟を信じてと言うしかないわね。

 幼い時から一途にあなたを思い続けた弟の恋心を信頼してもらえないかしら?」


「うん、そうする」


「百万が一、弟が浮気した時は私に言って!

 夫と一緒に公爵家に殴り込みに行くわ!」


ロクサーヌ、たくましくなったね。


馬車に泥を跳ねられて、スカートが汚れただけで泣いていたか弱い彼女はもういない。


今私の目の前にいるのは、辺境伯爵家を守る若き伯爵夫人だ。


彼女は変わった。それぐらい辺境伯爵家の領地を守るのは大変なんだろうな。


「うん、頼りにしてるね」


「任せておいて!」


そう言って彼女はウインクした。


「ロクサーヌ、一つ問題があるんだけど」


「何かしら?」


「私がエリオット君に執着しすぎて、彼を構い過ぎたらどうしよう?

 彼に嫌われちゃうかな?」


「大丈夫、心配いらないわ。

 そんなことになったらエリオットはむしろ喜ぶと思うわよ」


そう言ってロクサーヌはクスクスと笑った。






ロクサーヌと話して気持ちに整理がついた。


私はエリオット君のことが好きだ。


多分……初恋。


初恋だって伝えたら、エリオット君はどんな顔するかな?



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