第22話「エリオット君の覚悟」
妹たちはまな板の上に乗った鯉同然。
さてどうやって料理しようかしら?
「お姉様、何とかおっしゃってください!
何故私の作った刺繍を、ご自分のものだと言って発表したのですか?」
ヘレナはキーキーと騒いでいる。
「それについては俺も聞きたいです! 俺の描いた絵を、自分のものだと言って発表するなんて最低です!
あなたが家を飛び出して三週間!
何の音沙汰もないと思ったらこんなことをしていたなんて!
俺や両親がどれだけあなたのことを心配したと思ってるんですか?」
人の婚約者を奪い取って、私をそいつの愛人にして、自分だけ幸せになろうとしていたくせに……。
カシウスめ、よくそんなことが言えたものだ。
「私のお菓子のレシピを盗んで作ったんですね!
酷いわ!
許せない!」
そう言いながら、クラリッサは皿のケーキをむしゃむしゃと食べている。
許せないのはこっちの方だよクラリッサ。
領地経営や、甥っ子のお菓子作りや、洋服作りで忙しい私を、フシアナ伯爵家で一日拘束してお菓子作りさせた。
あの時の恨みを、私は忘れてないからね。
「私の詩を盗むなんて!
お姉様はどういう神経をしていますの?」
それはこっちが聞きたいよ? イザベラ。
一番最初に私の物を盗んで発表したのはお前だ。
しかも、私がその詩を作成したことを黒歴史だと思ってるのを知り、『あの詩をお姉様が作ったと、ばらされたくなければ私の言うことを聞きなさい』と言って脅してきた。
彼らの罪状を並べてみると、改めて怒りがこみ上げてきた。
「メンクーイ侯爵夫人は刺繍が盗作されたとおっしゃり、
フシアナ伯爵夫人はお菓子のレシピを盗まれたとおっしゃり、
ミエハリ子爵夫人は自分が作った詩が盗作されたとおっしゃり、
ハリボーテ伯爵令息は自分の書いた絵が盗作されたとおっしゃった。
ご自分の発言に責任を持てますか?
このパーティーにいる方々が証人です。
皆様、ご自分の発言を取り下げるのなら今ですよ」
後で言い逃れができないように、念には念を入れておかなくては。
「もちろんですわ!
あの刺繍は私のものです!」
「もちろんだとも!
あの絵は俺が描いたものだ!」
「このお菓子が、私のレシピを元に作られているのは間違いありません!」
「あの詩を書いたのは私よ!
自分で作ったんだもの!
間違えるわけないわ!」
よしよし、認めたわね。
絶対に後で言い逃れなんかさせないんだから。
「そうですか。
皆様はあくまでも、自分の作ったものだとおっしゃるんですね?」
「だからそう言ってるじゃない!
さぁ早く罪を認めて謝罪して!
兄弟だから土下座して謝れば許してあげるわ!」
さすが侯爵家に嫁いだだけあってヘレナは強気だ。
「早めに謝罪した方が良くてよお姉様。
こんなことが夫に知れたら、あなた酷い目に合わされるわよ。
今なら私のこの胸一つにとどめておいてあげるわ」
クラリッサの嘘つき。どうせすぐフシアナ伯爵に告げ口するくせに。
「私も夫にこのことは黙って差し上げますわ」
イザベラ、お前の言うことが世界で一番信用できない。
長年姉を脅迫してきた妹の言葉を、信じる間抜けはどこにいる?
「お姉様今すぐ罪を認めて家に帰ってきてください。
家出したことも含め、今なら両親も許してくれますよ。
さあ早く家に帰って、グッズー男爵家の愛人になる用意をしてください」
弟の幸せのために、なぜ私がゲス男の 愛人になって、子供を産まなければならないの?
冗談じゃない一昨日来やがれ!
彼らを口汚く罵ってやりたいところだが、私は今エリオット君の妻だ。
公衆の面前で暴言を吐き、公爵家の名誉を傷つけるわけにはいかない。
優雅にエレガントに奴らを追い詰めなくては。
「お断りします。
だって刺繍も、お菓子も、詩も、絵も全部私の作品ですもの。
自分で作ったものを、そうではないと言うことはできません」
私はヘレナ、クラリッサ、イザベラ、カシウスの目を見ながらそう伝えた。
「お姉様、調子に乗らない方が良くてよ!」
「そうだよ、家を飛び出して帰るところもないくせに!」
「あまりに強情を張るようでしたら、旦那様に頼んで酷い目に遭わせますわよ!」
「お姉様、もっとご自分の立場を考えた方が良いですよ。
四度も婚約破棄された行き遅れの言葉など、信じるものはいないのですから!」
妹達が額に青筋を浮かべて、私を罵ってきた。
ついに本性を表したわね。
私がいつまでもそのような脅しに屈すると思ったら大間違いよ。
いいよいいよ、もっと罵って。
背中に特大のブーメランが刺さっているよ。
自分の吐いた言葉で、窮地に立たされるのはそっちだからね。
「俺の妻を、そのように悪く言うのやめていただけますか!」
おっとここでエリオット君の登場だ。
本来はもう少し後で登場する予定だったけど、彼は待ちきれなかったらしい。
もしかしてエリオット君はせっかちさんなのかな?
「アメリー様、飲み物をお持ちしました。
俺が離れている間に、絡まれていたようですね。
申し訳ありません」
エリオット君は、優雅な所作で飲み物の入ったグラスを渡してくれた。
「ありがとうございます。旦那様」
私が旦那様と言うと、エリオット君は頬を赤らめた。
私がエリオット君のことを「旦那様」と呼んだのも計画のうちだ。
彼と夫婦であることを、妹たちに分からせるためにそう呼んだ。
エリオット君は、私に「旦那様」と呼ばれ頬を赤らめた。
純情なのは彼の魅力だけど、私に「旦那様」と呼ばれる度に、いちいち照れてしまうと、夫婦っぽく見えないんだよね。
「エリオット君、少し登場が早いよ」
「すみません。
あなたが罵られてるのを見たら、我慢できなくて……」
私達は相手に聞こえないように、小声でやり取りをした。
「嘘? ベルフォート公爵令息ですの?」
「なんで彼がここに?」
「彼は今、お姉様のことを『妻』と呼んだのか?」
「お姉様も彼のことを『旦那様』と呼んでいたわ。
一体何がどうなってるというの?」
妹たちは、エリオット君の登場に困惑しているようだ。
完全にこっちのペースだ。
「あら、言ってませんでした?
私、ベルフォート公爵家のエリオット様と結婚しましたの」
そう言って私は彼の腕に自分の腕を巻きつけた。
エリオット君がボッと音を立て耳まで赤くした。
腕を組んだぐらいで照れないで!
頼むから自然な演技をして!
「なっ! 何ですって!」
「そんなことありえないわ!」
「嘘よ!」
「お姉様が他の男と結婚していた!?
それじゃあ困るんだよ!
俺がゲッス様と結婚するためには、お姉様をゲッス様の愛人にし、お姉様に両家の血を引く子を生んでもらうしかないのに!
子育ては俺とゲッス様でする!
領地の経営や難しい仕事はお姉様がする!
そういう計画だったのに……!
俺の将来はどうなってしまうんだ!」
カシウス、時と場合を選んで言葉を発した方がいいよ。
その時、私の隣からブチブチブチブチブチっ!と何かが切れる音がした。
横を見るとエリオット君の額に無数の血管が浮き出ていた。
ほらほら、エリオット君を怒らせちゃったじゃん!
「ハリボーテ伯爵令息、今の言葉は聞き捨てなりませんね。
今あなたは私の妻をグッズー男爵家の愛人にし、グッズー男爵令息の子供を生ませると言いましたか?
当家に対する宣戦布告と受け取ってもよろしいですか?」
エリオット君は美しい目を細め、ギロリとカシウスを睨みつけた。
「ひぇっ、そ、そんなつもりは……!」
彼に睨みつけられ、カシウスは顔を真っ青にしている。
弟よ、泣きべそかいて逃げ帰るなら今のうちだよ。
でもできれば最後までここにいて、地獄を見てほしいかな。
「ベルフォート公爵令息、カシウスのことをそんなに怒らないであげてください」
「そうです。
カシウスはお姉様の弟。
これは身内のちょっとしたトラブルですわ」
ふーん、ヘレナもクラリッサも盗作騒ぎも、父とカシウスが私をグッズー男爵家の愛人にしようとしていた件も、身内のトラブルで済ますつもりね。
「それよりもベルフォート公爵令息。
今度うちのパーティーに来てくださらない」
イザベラに至っては、エリオット君に色目まで使っている。
この女は、イケメンに目がないんだから。
エリオット君の顔をちらりと見ると、彼は妹たちをゴミでも見るような目で睨んでいた。
よしよし、彼女たちにたぶらかされてはいないようだ。
エリオット君は年上の女に弱くて純情なところがあるから、妹たちの色仕掛けに騙されないか、ちょっと心配だったんだよね。
「あなた方は何か勘違いされてるようですね。
アメリー様とハリボーテ伯爵家の縁はとっくに切れています。
彼女はハリボーテ伯爵家と絶縁したあと、テダスケ侯爵家の養女となり、その上で当家に嫁いで来ました。
よって今のアメリー様はあなた方とは、一切無関係です!」
エリオット君が彼女達の目を見据え吐き捨てるように言った。
彼の言葉を聞いて妹たちは青ざめた。
私がハリボーテ伯爵家と縁を切った以上、もう盗作騒動は身内のいざこざで済む問題ではないのだ。
場合によってはベルフォート公爵家から正式に抗議され、慰謝料を請求されてもおかしくない事態にまで発展しているのだ。
「そんな……!
お姉様がそこまでしていたなんて……」
私のことを使用人のように扱う兄夫婦 と私の作品を盗作する妹と弟。
兄夫婦のことも、妹や弟のことも一切 叱らない両親。
妹たちを叱らないどころか、両親は彼らの側に立って私を攻め立てた。
そんな奴らと縁を切るのは当然だろう。
「よってあなた方の行為は、公爵夫人を侮辱したことになります。
つまりあなた方はベルフォート公爵家に喧嘩を売ったことになるのです。
あなた方の今までの発言に対する罪はきっちり追求しますので、有耶無耶になるとは思わない方がいいですよ!」
エリオット君が凛々しい表情で言い放った。
彼の表情は大人びていてかっこよかった。
ん、今彼は私のことを「公爵夫人」って言った?
私が公爵夫人ってことはエリオット君が公爵ってことになる!?
「ちょっとエリオット君、君は公爵令息じゃなかったの?
いつ公爵になったの?」
私は彼の服を引っ張り、彼の耳元でヒソヒソと囁いた。
「アメリー様、耳元で囁くのはやめてください。
そこだけは弱いんです」
彼は顔を真っ赤にしていた。
今はそういう可愛い反応はしなくていいから!
「俺が公爵位を継いだのは昨日です。
二週間両親が暮らす別荘に通い詰めて、ようやく両親の承諾を得ることができました」
そうか、だから彼はこの二週間、ご両親の暮らす別荘に通っていたのね。
「相手は侯爵夫人と、伯爵夫人と、子爵夫人と伯爵令息です。
彼らの後ろにはメンクーイ侯爵、フシアナ伯爵、ミエハリ子爵、ハリボーテ伯爵家がついています。
伯爵令息はともかく、各家の当主は公爵令息である俺よりも身分が上です。
彼らと戦うなら、こちらもそれなりの身分を用意しなくては、太刀打ちできないと思いました」
私のためにエリオット君はそこまでしてくれたんだ。
十六歳の彼が公爵家を継ぐのは、相当の覚悟がいったことだろう。
彼がそこまでしてくれたのが嬉しくて、私の胸はじ~んと音をたてていた。
「ありがとうエリオット君!
君のその覚悟を無駄にはしないからね!」
エリオット君が私のために、ここまで舞台を整えてくれたんだ!
絶対に妹達と弟にギャフンと言わせてやらなくちゃね!
◇◇◇◇◇
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