第36話「目を覚ますとそこは」
アメリー視点
目を覚ました時、私は椅子に座っていた。
両手は椅子の後ろに回され拘束されていた。
足も縄で縛られていた。
床がグラグラと揺れている感覚がある。
部屋にある丸い窓から海が見える。
私の三半規管がおかしくなっているのでなければ、ここはおそらく船の上だろう。
状況を整理しよう。
パーティーで私はイリオス侯爵令嬢に声をかけられた。
彼女の手には赤い石のついたペンダントが握られていた。
そのペンダントを見た後、体が私の意思に反して勝手に動いていた。
私はイリオス侯爵令嬢に導かれるまま パーティー会場を後にした。
そして会場があるフロアと同じ階にある控室に連れて行かれた。
そこには黒髪に赤い目の十六歳ぐらいの少年がいた。
イリオス侯爵令嬢も彼に操られてるようだった。
男が指をパチンと鳴らすとイリオス侯爵令嬢は、意識を失いその場に倒れた。
私は男に頭から麻袋をかぶせられた。
男が再び指をパチンと鳴らした後、私は意識を失った。
おそらく私が眠っている間に、少年は私を屋敷から連れ去り、船に乗せ、体を椅子に拘束したのだろう。
誘拐犯に連れ去られ体を椅子に拘束され、船の上……絶望的な状況だ。
幸いなことに衣服は乱れてなかったし、体に痛みもなかった。
よかった。乱暴なことはされてないみたい。
そして何より猿轡をされていなかった。
犯人は私に危害を加える気はないのかもしれない。
喋れるのなら犯人と交渉も可能だ。
なるべく時間を稼いで、助けが来るのを待とう。
エリオットくんはきっと助けに来てくれる。
私は彼を信じてる!
その時部屋に人が入ってきた。
部屋に入って来たのは黒い髪に赤い目をした少年だった。
イリオス侯爵令嬢に手を引かれ、連れて行かれた部屋にいた男だ。
「目を覚まされたのですね。
椅子に縛られて窮屈でしょう?
しばらく辛抱してください。
船が動き出したら拘束を解いてあげますから。
最も部屋から出すことはできませんが」
少年はそう言ってニコッと笑った。
まだ幼さの残る笑顔だった。
こんなあどけない顔した少年が、誘拐犯というのだから世の中は恐ろしい。
少年の話からわかったことがある。
やはりここは船の中だった。しかももうすぐ出航するらしい。
逆に言えば、船はまだ港に停泊している状況だ。
上手くいけば、拘束を解いて逃げられるかもしれない。
誘拐犯と交渉するなら船が港に停泊してる今しかない。
「あなたは誰?
どうして私を攫ったの?」
私は相手の顔色を伺いながら話を切り出した。
ここで相手を怒らせるのは得策ではない。
「酷いな。
アメリー様は忘れてしまったのですか?
俺はあの日から一日たりとも、あなたのことを忘れたことはないのに」
彼は一日も忘れないほど私を思っていたようだ。
そんなに私に執着してくるのだから、関わりの深い相手に違いない。
なのに私は彼のことを覚えていない。
そんなことってあるのだろうか?
うーん、まだ彼についての情報が足りない。
「あ、もしかしてアメリー様なんて他人行儀な呼び方をしたから怒ってます?
それじゃあ子供の時のようにアミーって呼びますね」
アミーというのは、私の小さい時の愛称だ。
とは言っても、私をその名前で呼んでいたのは父と母ぐらいだが。
今の会話で分かったことは、私は彼と幼い時に会っているということ。
もう一つは両親のどちらかといる時に、彼に会ってるということだ。
だめだ……全く記憶にない。
これほどの美少年なら、記憶に残っていても良さそうなものなのだが……。
「君の名前を教えてくれる?
じゃないと呼びかけることもできないよ」
彼の名前を聞けば思い出せるかもしれない。
「俺に興味が湧いてくれたんですね!
嬉しいな!」
私に名前を聞かれた犯人は、機嫌が良さそうだった。
このまま彼を調子に乗らせられれば、私の縄をほどいてくれるかもしれない。
「あの時はあなたに名前を告げることもできませんでした」
彼は幼い頃、私に会ったことがあるが、自分の名前を告げなかったらしい。
……ということは、私と彼はそこまで深い関係ではなかったということかな?
名前も知らない相手なら、私が覚えていないのも無理はない。
「僕の名前はゼイン。
苗字はないのでただのゼインです。
やっとあなたに自分の名前を伝えることができました」
彼は嬉々とした表情で名乗った。
名字がないということは彼は平民の可能性が高い。
六つくらい年下の平民の男の子……そんな子と接点があったかな?
「そっか君の名前はゼインっていうんだね。
ゼイン君はさ、私とどこで会ったことがあるのかな?
教えてほしいな」
できるだけ笑顔を浮かべ、優しい言い方で訪ねてみた。
犯人を刺激しないように気をつけながら。
「あーー本当にあなた何も覚えてないんですね」
犯人は酷く落胆していた。
やばい、彼の機嫌を損ねてしまっただろうかる
「あなたが僕のことを覚えていなくても無理はありませんね。
僕達が会ったのは、一回だけでしたから」
私が彼と会ったのは一回だけらしい。
いくら私が人の顔を覚えるのが得意とはいえ、さすがに幼少期に一回会っただけの、名前も知らない男の子のことまで、記憶してはいられない。
「僕があなたと出会ったのは、僕が六歳の時でした。
あの頃の僕は、養父に虐待され、毎日泣きながら花を売っていました」
養父に虐待されている花売りの少年……そういえばそんな子をどこかで見たことがあるような……?
うーん、どこだったかな?
私は何かを思い出しかけていた。
「十年前、夏のある日のことでした。
その日、僕は花が売れなくて、養父に殴られていました。
そこにあなたが天使のように舞い降りて、僕を助けてくれたんです!
あなたは僕が持っていた花を全部買ってくれました!」
少年は目をキラキラさせながら言った。
そういえば……昔、花売りの少年から花を買ったことがある気がする。
なんとなくぼんやりと思い出した。
「僕はその時、養父に殴られて顔から血を流していました。
あなたは僕の顔についた血を、ハンカチで優しく拭ってくれたんです。
そしてそのハンカチを、僕にプレゼントしてくれました。
僕はそのとき、神様が僕のもとに天使を使わせてくれたんだと思いました!」
少年はうっとりとした表情で言った。
彼の中で、思い出はかなり美化されているようだった。
私は彼が言うような、天使のような清らかな心を持った少女ではなかった。
多分当時の私にとって、他人の血がついたハンカチなど必要がなかっただけだ。
だから血の付いたハンカチを少年に押し付ける形で、その場を去ったのだろう。
「そのハンカチには、刺繍が施されていました。
当時の僕は文字を読むことができなかったので、後からその意味に気づきました。
ハンカチに刺繍されていた『A・H 』の文字は、持ち主のイニシャルであると」
人にうっかりハンカチをあげちゃいけないという教訓だね。
今度同じ状況になったら、ハンカチはきちんと回収し、焼却処分しよう。
「あなたはその時、赤いリボンを落としていきました。
僕はあなたにリボンを返そうと、あなたの後を追ったんです」
そういえば子供の頃、お気に入りだった赤いリボンがあった。
いつの間にかなくなっていたから、どこかに落としたんだろうと思ってたけど、そうかこの時無くしたんだ。
「あなたは大きな馬車の前にいました。
そしてあなたの父親と思われる男に罵られていました。
『わしは花なんて頼んでいない! お前はお使いもまともにできないのか!』と。
そうしてあなたは、男に頬をぶたれたんです」
そうか、彼に会ったのはあの日だったのか。
あの日のことは少しだけ覚えている。
出かけようとしたら妹たちに長袖の服は隠され、外出先では父親に殴られ、挙句の果てにお気に入りの赤いリボンをなくし、散々な一日だった。
その上こんな粘着質の男の子に一目惚れされ、十年後に誘拐されることになるなんて……あの日は私の人生で一番の厄日だ!
「僕はその時、殴られているあなたを見て胸が痛みました。
僕を助けなければ、あなたは父親に殴られることはなかったのにと……!
それから、あなたを助けられない非力な自分を呪いました……!」
彼はきっと父親に殴られている私を見て、養父に殴られている自分と重ねてしまったのだろう。
「その時僕は決めたのです!
大人になったら、必ずあなたをあの暴力的な父親から助け出すと!」
普通はそんなことがあっても、大人になる過程で忘れる。
だけどこの子は覚えていた。
律儀というか、健気と言うか、粘着質というか、ヤンデレ気質というか……厄介な子に執着されてしまった。
もしもエリオット君と出会う前に、この子が私を助けに来てくれていたら……私はこの子に惹かれただろうか?
いや、それはない。
エリオット君も強引なところはあるけど、素直で、優しくて、思いやりがあって、決して私を傷つけるようなことはしない。
そんな彼だから、私は好きになったんだ。
この子はエリオット君とは違う。
「でもあなたを探すのに苦労しましたよ。
当時の僕は字が読めなかったから、ハンカチに刺繍されたA・H の意味が何だかわかりませんでした。
貴族社会に友人などいるはずがありませんし。
手がかりは、茶色い髪に黒い瞳の十二歳ぐらいの、貴族の女の子というだけでしたから」
そんな少ない手がかりを元に、私を探し出したんだね。
この子の執念は本当に凄いな。
「十歳の時に養父に見世物小屋に売られました。
その時に師匠から文字を学びました。
そしてその時になって初めて、ハンカチに刺繍されていたのが、A・Hというイニシャルだと分かったんです」
努力家な子だったんだね。
ほんの少しだけ、道が違っていれば、彼も幸せになれたのかもしれない。
それがどうして催眠術を使って、誘拐するような子になってしまったんだろう?
「見世物小屋で僕に字を教えてくれた人は、催眠術師だったんです。
師匠は若い時に遺跡に入り、赤い石のついたペンダントを見つけたと言っていました。
そのペンダントに付いていた赤い石には、人の心を操る不思議な力が宿っていたんです」
そんな恐ろしいものを遺跡から発掘しないで欲しかった。
永遠に遺跡の中で眠っていて欲しかった。
「師匠はその赤い石を使って、お客に催眠術をかけ、人気を博していました。
もっとも師匠は催眠術の才能がなかったらしく、赤い石を使っても、お客の手を上げさせたり、椅子の前で立ったり座ったりさせることぐらいしかできませんでしたが」
そのくらいの使い方をしてるのが一番いいのかもね。
「だけど僕は違います。
その石を使って完全に人を操ることができた。
操っている間の記憶を消すことも可能でした。
少しの間なら赤い石を他の人に持たせて、別の人間を操れることも出来ました」
そっか、だからイリオス侯爵令嬢にペンダントを渡したんだね。
私はそのペンダントに付いていた赤い石に操られて、彼女の後をついて行ってしまったわけか……不覚。
パーティー会場だから一人にならなければ安全だと思っていた。
まさか催眠術師が紛れ込んでいて、私を誘拐しようと企ててるとは夢にも思わなかったよ。
「僕にとってあなたは特別な人だ。
だから私が操っている間の記憶を消さないで残しておきました。
いつもなら操っていた間の記憶は、消してしまうんですよ」
そうかそれで私がここで目覚めた時、 屋敷で彼に会ったことを覚えていたんだね。
「そこからが大変だったんですよ。
何せあなたの手がかりはA・H というイニシャルと、
アミーという愛称だけでしたから。
あなたにたどり着くまでに何人かの 貴族令嬢を間違って、攫ってしまいました」
それは間違われた貴族令嬢たちに申し訳ないことをしてしまった。
貴族の令嬢にとって、攫われたというのはこの上ない不名誉だ。
下手をすれば婚約を破棄され、一生修道院で暮らすことになる。
「彼女たちの右腕に赤い痣がないのを見て、人違いだと分かったのですぐに解放しましたけど」
「ちょっと待って!
なんで君が私の右腕に赤い痣があることを知っているの?」
痣のことは両親と妹たちと、エリオット君しか知らないこと。
「あなたはあの日キャミソールを着ていました。
あなたが父親に殴られた時、あなたが肩にかけていたショールが落ちて、あなたの右腕にある痣があるのが見えたんです」
なるほどそういうことか。
あの日、妹たちが私の長袖の服を隠さなければ、父親が私を殴らなければ、彼が痣の手がかりを得ることはなかったわけね。
そもそも私が安っぽい正義感で、少年を助けなければ、こんなことにはなってないのだが。
あーでもきっと、時間が巻き戻っても私はこの人を助けてしまうだろう。
当時の彼はいたいけな少年だった。
そんな少年を見捨てることはできない。
我ながら厄介な性格だと思う。
「最近になって、アメリー・ハリボーテ伯爵令嬢が茶色の髪に黒い目をしていることを知りました。
だけど僕があなたの情報を得た時にはすでに、あなたは結婚し、ベルフォート公爵夫人になっていた。
ベルフォート公爵夫人の腕に赤い痣がないか確認したかった。
だが下位貴族の令嬢と違って、公爵夫人にもなると一人では出歩かない。
だけど神様は僕を見捨てなかった。
僕はあなたが教会で、慈善事業をしているのを知った。
だから僕はその教会にあなたが来るのを待っていたんです」
私が結婚してるのを知っていたのなら、諦めて欲しかった。
教会に行った直後から、視線を感じるようになった。
そうかあの視線はこの子のものだったのか。
もしかしたら今日もパーティー会場で視線を感じていたのは、彼のものだったのかもしれない。
「あなたは子供たちと楽しそうに遊んでいた。
その姿はまるで地上に舞い降りた天使のようだった。
そしてあなたが子供と遊ぶのに夢中になり、腕まくりをした時、あなたの腕に赤い花柄の痣があるのが見えたのです」
やはり淑女のたしなみを忘れて、子供たちと夢中になって遊ぶべきではなかった。
だけど私が目当ての令嬢だと分からなければ、彼は無関係な令嬢を襲い続けたわけで……。
彼が真相にたどり着けたのが良かったのか、悪かったのかわからない。
「それから僕はずっとあなたに近づくチャンスを探していました。
教会であなたが訪れるのを待っていましたが、あなたはあの日から教会を訪れなくなった」
このところ、エリオット君の公爵就任お披露目パーティーの準備が忙しくて、教会に慈善事業に訪れる余裕がなかったのだ。
「そして僕は、今日ベルフォート公爵家でパーティーが開かれると知った」
パーティーには大勢の人が招待されている。
私は招待客の顔と名前を覚えた。
だけど彼らが連れてくる使用人の顔と名前までは覚えていない。
もちろん屋敷に人を入れる時は、招待状を持っているか念入りにチェックをした。
だが彼は催眠術を使える。
催眠術を使って貴族の誰かを操り、執事や御者のフリをして屋敷に入られたら、どうしようもない。
いくら何でも、敵が強力な催眠術を使えるというのは反則すぎる。
「パーティー会場に潜入することに成功した僕は、すぐにでもあなたに声をかけたかった。
だけどあなたの側には、ベルフォート公爵が常に張り付いていた」
彼は苦々しげに言った。
今日は夫婦での挨拶回りで忙しかった。私の隣にはいつもエリオット君がいた。
そうか私はエリオット君に守られてたんだ。
「ようやくあなたがバルコニーで一人になったので声をかけようとしたのですが、今度は三人の令嬢に邪魔されてしまった」
あの時感じた射抜くような視線の送り主は彼だったようだ。
エリオット君の言う通りだ。
バルコニーに一人で行くのは危ない。
今度からは気をつけよう。
「あなたはすぐに会場に戻ってきましたが、
公爵夫人であるあなたに近づくのは、容易ではありませんでした。
だからイリオス侯爵令嬢を利用したんです。
彼女を利用すれば容易にあなたに近づけるから」
イリオス侯爵令嬢も彼にいいように利用されていたわけか。
「さあ、おしゃべりの時間は終わりです。
もうすぐ出航の時間です。
楽しい船旅にしましょう!
異国に着いたら、赤い屋根に白い壁の可愛いお家を購入し、一緒に暮らしましょう!」
もう出航の時間なんだ!
彼と会話している間、縄を椅子にこすりつけていたけど、全然切れそうにない。
誘拐犯は説得できそうにないし、どうしよう!?
「心配しないでください。
あなたに手を出したりしませんから」
それを聞いて少し安堵したよ。
私に手を出さないってことは、私が気を失ってる間も何もされてないってことだからね。
気を失っている間に犯人に何かされていたら、エリオット君に合わせる顔がなかったよ。
とりあえず今のところ彼は、そういう意味では無害そうだ。
「異国に着いたら、どこかの教会で式を挙げましょう!
やはりあなたには純白のウェディングドレスが似合うと思うんです!
気が早いですが、子供は三人欲しいです!」
前言撤回。
私を誘拐して、私の意思に関係なく結婚しようと思ってる男は、無害ではない。危ない奴だ。
こんなことになるならエリオット君に好きって伝えておけばよかった。
エリオット君とキスしとけばよかった。
エリオット君と式を挙げておけばよかった。
後悔はいっぱいある。
だけど私はまだ諦めない!
なんとかここから逃げ出さないと!
そのためには、彼をうまいこと説得して、縄を解いてもらわないと。
拘束さえ解ければ、彼に催眠術を使われる前に、彼を投げ飛ばして逃げられるかもしれない。
問題はどうやって彼を説得するかだ?
「あのね、君が私を助けようとしてくれた気持ちは嬉しいよ」
事実十二歳の時に、彼に気持ちを受けて打ち明けてもらっていたら、当時の私はかなり喜んだと思う。
それが恋愛に発展するかは、また別の話として。
「だけど私はもう、父親の暴力に怯えている十二歳の少女じゃない。
一人でも生きていける立派な大人なんだよ。
君の助けは必要ない。
だからこの縄を解いて!
君のことは誰にも話さないから!
君はこの船に乗って、一人で外国に行くといいよ。
君にもきっと素敵な人が現れるよ」
私はなるべく彼を傷つけないように伝えた。
「長年思い続けていたあなたにようやく会えたんだ!
こうして今、手の届くところにあなたがいる!
今さらあなたを手放すわけがないでしょう!
あなたは私の天使だ!
幼い時養父の暴力から、私を守ってくれた唯一の人だ!
女神といっても過言ではない!
それだけで、僕が一生かけてあなたを守る理由になります!」
いやだから、守ってくれなんて言ってないってば!
怖いよ。
話が通じないよ。
助けてよ……エリオット君!
ならば、別角度だからアプローチだ!
「ごめんね。
それはできないよ。
私にはもう守ってくれる人がいるから。
それに私はもう結婚してるから、君とは結婚できないよ」
どうかこれで諦めてください!
「それはこの国での話です!
異国に行って別の名前で暮らせば、結婚できます!
これからは俺があなたを守ります!」
本当に話が通じない人だ。
何を言ったら諦めてくれるのかな?
「私は君と一緒には暮らせない。
私には好きな人がいるんだから。
その人と一生一緒に暮らしていきたいから」
私に好きな人がいると聞いた瞬間、彼の表情が変わった。
彼は、何とも言えない不気味な雰囲気を醸し出していた。
「それは誰ですか?
もしかしてベルフォート公爵ですか?
ベルフォート家の使用人に話を聞きましたよ!
彼はあなたの弱みにつけ込んで、無理やりあなたと結婚したそうじゃないですか!
あんな男はあなたにふさわしくない!!」
確かに彼の言うことも一理ある。
エリオット君にはほぼ騙されるような形で、婚姻届にサインをさせられた。
それについては思うところがある。
だけどエリオット君は、私の心が彼に向くのを待っていてくれた。
こんな風に私を拘束して束縛したりはしなかった。
「君はエリオット君のことを誤解してるよ。
エリオット君は君の言うような悪い子じゃないよ。
彼はいつも私の側にいてくれて、いつも私のことを思っていてくれる。
今日だって私のことを沢山守ってくれた。
甘えん坊で、泣き虫で背伸びしたがる年頃で、思春期のせいで気難しいところはあるけど、エリオット君はとってもいい人で、私はそんな彼のことが大好きなの!」
この気持ちは、君じゃなくてエリオット君に最初に伝えたかったな。
「そんなものはまやかしです!
僕がそんな男のことは忘れさせてあげます!
僕といればそんな男のことなど、つゆ程も思い出せなくなります!
だから心配いりませんよ!」
だめだ。
彼には何を言っても伝わらない。
もうどうしたらいいんだよ。
「さぁ、僕と一緒に外国に行って幸せに暮らしましょう!」
だから、君とじゃ幸せになれないって言ってるじゃん!
「やだ、やだ、やだよ!
外国になんて行きたくないよ!
エリオット君の側にいたいよ!
助けて!
エリオット君!!」
ゼイン君を説得するなんて無理だよ!
私一人じゃ何もできないよ!
助けに来てよ! エリオット君!
「諦めるのなんて、あなたらしくないですよ!」
ドアを蹴破って、銀髪の少年が部屋に入ってきた。
その時、聞こえた声は私を一生忘れることはないだろう。
私が一番側にいたいと思ってる人、私が一番大切に思ってる人……、私の最愛の旦那様!
「エリオット君!」
私は彼の名前を叫んだ。
◇◇◇◇◇
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