第26話「告白とキスと絶叫と」




「はぁ〜〜疲れた〜〜」


王太子殿下の大邸宅。


パーティーは未だ続いている。


家族への報復を終えた私は、人気のないバルコニーで休憩をしていた。


「そうしていると、いつものアメリー様ですね」


私の後をエリオット君がついてきたみたいだ。


「私は仮初とはいえ、エリオット君の妻、つまりは公爵夫人だもん。

 人前ではちゃんとしないと、君に恥をかかせちゃうじゃない?」


とはいえ、自分が公爵令息夫人ではなく公爵夫人になったことは、パーティーで初めて知ったんだけど。


「あれは全部俺の為に?」


エリオット君の背後に「じーん」という言葉が見えた。


「感動するほどのことかな?」


それとも、普段の私の言葉遣いや態度はそんなに酷いのかな?


エリオット君の前だから、気を緩め過ぎたかな?


実家でももう少しシャンとしてたのに。


なぜだろう?


エリオット君の前だと素の自分が出せるんだよね。


とはいえ今の私は公爵夫人なわけだし、これからは普段からもうちょっときちんとしよう。


「それから人気のない場所で一人にならないでください。

 パーティーには無頼の輩もいるんです」


彼はそう言って自分のジャケットをぬいで、私の肩にかけてくれた。


ジャケットからは彼の匂いがした。それに暖かい。


エリオット君は心配性だな。


「大丈夫だよ、そんな奴らは私の右手で黙らせるから」


わたしには祖父から教わった護身術がある。


私はシュッと右手を突き出した。


「いくらアメリー様が腕に自信があっても、あなたは非力な女性です。

 こうやって腕を押さえられたら何も……」


エリオット君に腕を掴まれてしまった。


彼の体温が伝わってきて、心臓がドクンと跳ねた。


確かに男性に強い力で押さえつけられたら、抵抗するのは難しい。


「すみません!

 女性に手荒な真似を……!」


「うん、私も気をつけるね」


エリオット君はパッと手を離して、私から距離を取った。


エリオット君は男の子だ。


そんな事はわかっていたのに、何でこんなにドキドキしてるんだろう?


「そ、それにしても今日は驚いたよ!

 エリオット君のお友達は王太子殿下だったなんて!」


私は話題を逸らすことにした。


パーティーの雰囲気のせいか、お互いに正装しているせいか、妙に彼を意識してしまう。


「王太子殿下の誕生日パーティーだから『小さな』パーティーって言ってたわけね。

 王太子殿下の誕生日パーティーなら、宮殿の大広間に国中の貴族を集めてパーティーをしても不思議じゃないもんね」


「今宮殿の改装工事中なんです。

 殿下が帰国を早めたので、改装工事が間に合わなくて。

 それで宮殿ではなく、殿下の持ち物であるこの屋敷で誕生日パーティーを開くことになりました」


「そっか、そういう経緯があったんだね。

 でも一番驚いたのはエリオット君が公爵家の爵位を継承してたことかな?」


それで朝家を出る時、家令さんが「旦那様、奥様、いってらっしゃいませ」と言ったわけね。


ヒントはあったのに、私ったら気づくの遅すぎ。


「復讐相手の内三人は貴族の当主の正妻ですからね。

 それに対抗するには、こちらもそれなりの身分を得ておく必要がありました」


エリオット君は平然と言ってるけど、彼はまだ十六歳の学生だ。


その年で公爵の身分を継ぐには相当の覚悟がいったはずだ。


王太子殿下だって、ただで協力してくれたとは思えない。


それなりの見返りを要求されたはずだ。


「エリオット君にはたくさん迷惑かけちゃったね。

 ごめんね。

 それから私の為に色々してくれてありがとう」


私はエリオット君に頭を下げた。


「そんな、やめてください!

 俺が勝手にしたことですから。

 俺はただあなたの力になりたかったんです!」 


エリオット君は、優しいな。


それにとってもいい子。


こんなにお世話になったのに、ちゃんとお礼をしなかったら、天国のお祖父様とお祖母様に叱られてしまう。


「ううん、今日のお礼をさせて。

 私にできることならなんでもするよ」


「何でも……ですか?」


エリオット君が喉をゴクリと鳴らした。


喉が乾いているのかな?


「とはいえ、私にできることだからたかがしれているけどね」


エリオット君は公爵だからお金も地位もある。


無一文で家を飛び出してきた私に、あげられるものってあるかな?


せいぜい刺繍入りのハンカチや、新作のお菓子を作ってあげるぐらいだよね。


さっきからエリオット君が私をじっと見ている。


どこを見てるのかな?


唇に視線を感じるな。


口にクリームでもついているのかな?


だとすると会場でケーキのデコレーションをした時についたのかな?


「キス……でもですか……?」


「えっ……?」


そう言ったエリオット君の顔は耳まで赤かった。


今彼は「キス」って言った?


キスってあのキスだよね?


唇と唇を合わせる……。


「エリオット君は誰かとキスしたことある?」


「ありません」


そっか、ないのかぁ。


「エリオット君、自暴自棄になっちゃいけないよ!」


「はい?」


「そのくらいの年頃って、お友達とどっちが先にキスしたかとか、デートしたかとか、手を繋いだかとかで、競っちゃうよね!

 お友達に負けたくないのはわかるよ!

 手近な私でファーストキスを済ませたいという気持ちも、わからなくはないよ!

 でもね、ファーストキスは一生の思い出だよ!

 エリオット君なら、国一番の美少女とのキスだって可能だよ!

 そりゃあ今は私と契約結婚してるから、彼女とか作りにくいかもしれないけど。

 卒業して私と離婚してからだってチャンスはあるよ!

 だから、はやまっちゃ駄目!」

 

「何でそうなるんですか!

 俺は別に友人と競ってなんかいません!」


「そうなの?」


「ああ……もう、もっとロマンチックなムードになると思ったのに……!

 勇気を出して、キ、キスしたいって伝えたのに……!

 なんであなたはそうなんですか……!」


エリオット君はバルコニーの手すりによりかかり、しょんぼりとしてしまった。


「ごめんね。

 私はただ君の身を守ろうと思って」


「自分の身は自分で守ります!」


どうやら彼の気分を害してしまったらしい。


思春期の男の子は難しいな。


「アメリー様はどうなんですか?」


「どうって?」


「キ、キスしたことあるんですか?

 もしかして先ほど会場にいた元婚約者の誰かと……?」


エリオット君の背中から黒いオーラが漏れていた。


「ないよ。

 彼らは美形の妹や弟に夢中で私と手も握らなかったからね」


「よかった……!」


エリオット君がホッと息を漏らしていた。


「エリオット君は心配性だな。

 契約結婚とはいえ、奥さんが他の男と過去に深い関係を持っていたら嫌だよね。

 心配しないで、彼らとはデートもしたことないから」


私の代わりに妹達がデートしていて、そのまま婚約者がチェンジされてしまった。


彼の頭を撫で撫でして慰めてあげようと、私は彼の頭に手を伸ばした。


だけど、途中で腕を掴まれて抱き寄せられてしまった。


「エリオット君……?」


彼の美しいかんばせが目の前にあって、私の心臓がドキドキと音を立てる。


彼に見つめられると、目を逸らせない……!


「俺は……この結婚を契約だとは思ったことは一度もありません」


「えっ……?」


「三年後にあなたを手放す気もありません」


「離婚後、私を愛人として側に置きたいとかそういう感じ?」


一度手に入れたものを、手放すのが惜しくなったのかな?


例えそれが、私のような六歳も年上の地味な女だとしても。


「違います!

 グッズー男爵令息と一緒にしないでください!」


エリオット君を怒らせてしまった。


「ああ……! もう……!

 どう言ったら伝わるんだ!」


彼は私の腕を掴んでいない方の手で、頭をかいていた。


苦悩しているエリオット君も可愛い。


「好きなんです!

 初恋なんです!

 初めて会った日からずっとあなたの事だけを考えてきました!

 ずっと俺の側にいてください!」


エリオット君に告白された直後、彼にキスされた。


彼の口づけはほっぺと唇の中間の位置だった。


「唇へのキスは、あなたが俺を好きになった時にします」


「…………うん」


エリオット君はカッコつけてるのに、顔を真っ赤にしているせいか可愛く見えた。


でもそれを言ったら、彼が傷つくから内緒にしておこう。


エリオット君の初恋の人が私だったんだとか。


エリオット君はそれからずっと私の事を思っていてくれたんだとか。


地味な見た目なせいで両親に愛されず、妹はおろか弟にすら婚約者をうばわれ、四度も婚約破棄されたこんな私のことを、好きになってくれる人がいたんだとか。


色んな気持ちがぐるぐるしていた。


「アメリー様が俺から逃げられないように、外堀から埋めていきますから覚悟しておいてくださいね」


「…………うん」


彼の目は真剣そのもので、これは逃げられそうにないなぁ……って思った。








後日、エリオット君の部屋に絵本の読み聞かせをしに行った時。


「あぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!

 なんであのときカッコつけたんだ俺はっっ!!!!

 アメリー様とキス出来るチャンスだったのに!!!!

 アメリー様とキスしたかったのにーー!!!!

 時間を戻せるなら戻したいっっ!!!!

 アメリー様の唇にブチューってしてきたいっっっっ!!!!

 うわぁぁぁぁ〜〜ん!!」


彼の部屋に続くドアを開けようとしたとき、彼の部屋から鳴き声の混じった叫び声が聞こえてきた。


私は何も聞かなかった事にして、くるりと踵を返した。


これからはエリオット君の部屋に行くときは、何時何分何秒まで時間を決めてからにしよう。


彼の心の叫びを聞いてしまったら申し訳ないから。





◇◇◇◇◇


余談だが醜聞が広まったヘレナ、クラリッサ、イザベラの三人は離縁され、実家のハリボーテ伯爵家に帰されたそうだ。


ただでさえ家計が逼迫している伯爵家に、嫁に出した娘が三人も戻ってきたのだから、家計は火の車だろう。


因みに、グッズー男爵令息は実家から勘当され、カシウスの手をとって駆け落ちしたそうだ。


世間知らずで苦労知らずの彼らが、平民としてやっていけるとは到底思えない。


まぁ彼らがどうなろうと、私には関係ない話だ。



第一章・終わり

第二章に続きます。

二章も読んでいただけると嬉しいです。



◇◇◇◇◇






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