第17話「疑惑と怒り」
アメリー視点
「ところでアメリー様、一つ気になったことがあるのですが、聞いてもよろしいですか?」
ワタシがプレゼントした刺繍入りのハンカチを見つめていたエリオット君が、急に真面目な顔になった。
彼の真面目な顔が凛々しくて、ちょっと大人っぽいんだよね。
不覚にも彼にときめいてしまった。
さっきまでヘタれて泣いていたのに、泣き顔からのギャップが激しい。
これが世にいうギャップ萌えというやつだろうか?
「このハンカチの刺繍はアメリー様がされたんですよね?」
「うん、そうだよ」
「刺繍の図案もご自身で考えたんですか?」
「そうだけど」
「先ほど頂いたお菓子も、アメリー様がお一人で作られたんですよね?」
「そうだよ」
「レシピもアメリー様は考えて、飾り付けもアメリー様がされたんですか?」
「うん」
なんだかさっきから尋問みたいだな。
「このしおりに書かれている絵も、アメリー様が描かれたんですよね?」
「そうそう」
「なるほど……」
エリオット君は自分の顎に手をあて、何から深刻な顔で考え始めた。
美少年は何をやらせても絵になるな。
考え込んでる仕草も絵画のモデルにしたいぐらいに、様になっている。
「エリオット君、さっきから深刻な顔で何考えてるの?」
「実は先ほどのお菓子、どこかで食べたことがあるような気がしまして。
それがどこだったのか思い出していました」
「へー」
エリオット君は似たようなお菓子を食べたことがあるんだ。
「ようやく思い出しました。
あれはメンクーイ侯爵家のパーティーでした。
メンクーイ侯爵夫人は、アメリー様のすぐ下の妹のヘレナ様でしたよね?」
彼の口からヘレナの名前が出て一瞬ドキリとした。
「そっかエリオット君は、メンクーイ侯爵家のパーティー行ったことがあったんだね」
エリオット君は公爵家の嫡男。メンクーイ侯爵家と付き合いがあっても不思議ではない。
「メンクーイ侯爵家で出されたお菓子の形、ケーキスタンドへの飾り付け、それら全てが今日のお茶会と酷似しておりました」
「ヘレナとは姉妹だし、姉妹で飾り付けが似ることもあるよね」
「何よりお菓子の味です。
あの時メンクーイ侯爵家で食べたお菓子と、今日頂いてお菓子の味はそっくりでした」
「へーー、そんな偶然もあるんだね」
「メンクーイ侯爵夫人は、お菓子のレシピは門外不出だとおっしゃっておりました。
アメリー様、俺に隠してることありませんか?」
エリオット君に詰め寄られ、まっすぐに目を見られてしまった。
彼に見つめられると嘘をつけなくなる。
「いや〜〜ただの偶然じゃないかな……」
なので私は、しらばっくれることにした。
「そうですか。
ではフシアナ伯爵が、伯爵夫人からもらったと言っていた、薔薇のハンカチの刺繍が、今日あなたから頂いたハンカチの刺繍に絵柄も縫い方もそっくりだったのも、ただの偶然ですか?」
フシアナ伯爵家には三女のクラリッサが嫁いでいる。
「そ、そうじゃないかな……」
「あくまで白を切り通すおつもりですか?
ではあなたから今日頂いたしおりに描かれていた胡蝶蘭の絵が、
ハリボーテ伯爵家のカシウス様の絵とそっくりなのにも心当たりがないと?」
「さっぱり……」
エリオット君に問い詰められて、内心 ギクッとしてる。
「学生時代にカシウス様が描いた絵が賞を取り、その作品が学園に飾られています。
その絵のタッチと構図が、今日アメリー様から頂いた絵とそっくりなのですが、それも偶然だとおっしゃるのですか?」
エリオット君にジトリと睨まれた。
「うんそうそう、ただの偶然だよ」
「アメリー様、隠し事はよくありませんよ!
ここまで偶然が揃うことはまずありません!
この件にあなたは確実に関わっていますよね?」
「うっ……それは」
エリオット君は妙なところで鋭いな。
「一度メンクーイ侯爵夫人、フシアナ伯爵、カシウス様には盗作の疑惑が持ち上がったことがあります。
裏で誰かに作らせていて、その手柄を横取りしているのではないかと」
「へー……そうなんだ」
そっかぁ、そんな噂が出たことがあったなんて知らなかった。
「結局裏で作っている誰かが見つからなかったので、その件はうやむやになりました。
ですが今日あなたから頂いたプレゼントを見て確信しました」
「何を確信したのかな……?」
私の心臓がバクバクと音を立てている。
エリオット君は真相に気づいている。
「メンクーイ侯爵夫人が作った刺繍、
フシアナ伯爵夫人が作ったお菓子、 カシウス様が賞を取った絵。
これらの本当の作者はあなたですよね?
アメリー様」
ドッキーン!
鋭い! 鋭すぎるよエリオット君!
彼は追求の手を緩めることがなくて、私の心臓は終始ドキドキしっぱなしだった。
「な、何のことかな……?」
「とぼけても無駄ですよ。
調べればはっきりすることです。
なぜ彼らのことを庇っているのですか?
刺繍、お菓子、絵、どれも素晴らしい才能です!
あなたはなぜ自分の名前で発表せず、彼らの手柄にしているのですか?」
エリオット君は真実を知るまで諦めてくれそうにないな。
これ以上しらばっくれるの無理かな。
「実はね……」
観念した私は、彼に全てを話すことにした。
次女のヘレナが私に刺繍を作らせ、それを自分のものだと言ってメンクーイ侯爵に贈っていること。
メンクーイ侯爵はヘレナの言葉を信じて、皆に「妻から刺繍入りのハンカチをプレゼントされました。とても素晴らしい出来なので見て下さい」と言って、自慢して歩いていること。
三女のクラリッサが自宅でパーティーがあるたびに、私に新作のお菓子のレシピを考えさせていること。
それだけでは飽き足らず、フシアナ伯爵家でパーティーが開かれる度に、私をフシアナ伯爵家に呼び出して、パーティーに出すお菓子を全部作らせていること。
次男のカシウスが、私の描いた絵を自分で描いた絵だと偽ってコンテストに応募し、賞を取ったこと。
「そんなことになっていたなんて!
許せません!
メンクーイ侯爵夫人も、フシアナ伯爵夫人も、カシウス様も全員泥棒ではありませんか!」
エリオット君が額に青筋を浮かべぶち切れていた。
美少年は怒った顔も美しい。
だけど今それを言ったら、火に油を注ぐことになるから黙っていよう。
「そんな素晴らしい才能があったと周知されていたら、あなたが婚約破棄されることもなかったでしょうに!
……それだと俺がアメリー様と結婚できなくて困るんだけど」
エリオット君は最後の方は聞こえないぐらい小さな声で、ボソボソと喋った。
「ハリボーテ伯爵家はこのことをご存知なのですか?」
「父も母も知ってるよ」
「知っていたとしたら、なぜあなたの妹や弟が、あなたのものを盗んでいることを咎めないのですか?」
「知ってても黙認……いや、知ってても『可愛い妹や弟に譲れ』って言ってたんだよね。
両親は昔から金髪碧眼で母親譲りの美貌を受け継いだ、妹や弟たちのことだけを可愛がってたから……」
そういえば長男である兄も、金髪碧眼で母親譲りの美貌を受け継いでいたっけ。
兄には物を奪われることはなかったが、兄は私に領地経営を押し付けていた。
そして領地経営がうまくいっているのを、自分の手柄のように周りに話していた。
兄も弟や妹とどっこいどっこいの性格だ。
茶色い髪に黒い目、普通平凡な容姿の私は、両親の視界には入らなかった。
私を大切にしてくれたのは今は亡き祖父母だけだ。
「そんなのおかしいです!
あなたが作ったもので評価されるのは、あなた自身であるべきです!
妹や弟といえど、それを横取りする権利はない!
やはりハリボーテ伯爵家とは縁を切り、テダスケ侯爵家の養女になった後、当家に嫁いで正解でしたね!
こんなのは虐待です!
ハリボーテ伯爵夫妻に慰謝料を請求すべきです!」
エリオット君は頭から湯気を出し、プンスコ怒っていた。
「ありがとう私のために怒ってくれて。
でももういいんだ、そういうのは」
「なぜですか?
なぜ彼らをかばうのですか?
もしかしてアメリー様……彼らに何か弱みでも握られてます?」
ドッキン……!!
今までで一番大きく、心臓の音が鳴った気がする。
「ソ、ソンなこと……アルワケ、ナカロウデしょうが……!」
私はできるだけ平静を装おうとしたが、声が裏返ってしまった。
「めちゃくちゃ挙動が不審ですよ、アメリー様。
そういえばミエハリ子爵家に嫁いだ 四女のイザベラ様は詩が得意でしたね……!」
ドッキン! ドッキーン!!
さっきから心臓の音がうるさい。
このままでは心臓が胸を突き破って出てきてしまいそうだ!
「な、ななな……ナンのコトデ、ございマショウ??」
私の額から冷や汗がだらだら溢れてくる。
「ミエハリ子爵夫人の詩も数々の賞を取っている。
確か彼女の代表作は、こんな詩でしたよね。
春の花は夢の色…………」
エリオット君が詩を暗唱し始めた。
「ぎゃああああああ!!
やめて、やめて、やめてーーーー!!!!
そんな思春期全開の時に書いた、恥ずかしい詩を私の前で読み上げないでーーーー!!!!」
私は彼が詩を暗唱することに耐えきれずに叫んでいた。
「なるほど、あなたの弱点はこれでしたか」
エリオット君は私の弱点を見つけられて、少し嬉しそうだった。
純真無垢は天使のような顔をして、彼にはSっ気があるみたい。
エリオット君のちょっと影のある笑顔も可愛いんだけど、やっぱりいつものように無邪気に笑っていてほしい。
「俺に詩の暗唱されたくなかったら、全部話してください」
「分かったよ……」
私は観念して彼に全てを話すことにした。
始まりは四女のイザベラが、私が十三〜四歳の時に書いた詩集を持ち出したことからだ。
彼女は自分の名前でその詩を発表したのだ。
そしてなんとかいう名前の賞を取った。
私は思春期全開の時に書いた、黒歴史でしかない詩を人目にさらされて発狂した。
私がイザベラを問い詰めると、あの女は「なら本当は、この詩をお姉様書いたって言っちゃおうかしら?」ぬかしやがった。
私は「それだけは勘弁してください!」とイザベラに懇願した。
私はあんな恥ずかしい詩を、自分が書いたと思われたくなかった。
それをされるぐらいなら死んだ方がマシだった。
なぜ盗作したイザベラがふんぞり返り、盗まれた私が頭を下げてお願いしなければならないのか? そんな不可思議な状況だった。
それからもイザベラは、私が書いた詩を自分のものだと言って発表し続けた。
そしてイザベラは私の弱みを他のきょうだいと共有した。
私の弱みを握ったことで調子に乗った姉妹たちは、私に無理難題を押し付けるようになった。
次女のヘレナは私に刺繍を作れと言い、私が作った刺繍を自分が作ったものだと言って男に渡していた。
三女のクラリッサは私にお菓子作りをさせ、「レシピから考えて手作りしました」 と言って意中の男に食べさせていた。
次男のカシウスは、私が過去に描いた絵を持ち出し、自分の名前で賞に応募していた。
全ては黒歴史である詩集を持ち出されることから始まる。
あんな詩集、さっさと燃やしておけばよかった。
「ということがあったわけだよ。
って聞いてるエリオット君?」
彼の体はプルプルと震えていた。
彼の体から黒いオーラが立ち上っているように見えるのは気の所為だろうか?
「…………許せません!」
ブチン……と何かが切れる音がした。
それはエリオット君の堪忍袋の緒が切れる音だったようだ。
「四人とも絶対、絶対、絶対、絶っっっっ対に許せません!!!!
何で盗んだ側が偉そうなんですか!?
ありえません!
アメリー様の才能をなんだと思ってるんですか!!!!」
「少し落ち着こうか、エリオット君」
なんで盗まれた当事者である私より、エリオット君の方が怒ってるんだろう?
「自分が世界で一番大切に思ってる人が、これほどコケにされているんです!!
これが落ち着いていられますか!!」
エリオット君、今なんて言った?
世界で一番大切に思ってる人……?
エリオット君は、そんな風に私のこと思ってくれたんだ。
なんだろう胸の奥がポカポカとする。
心臓がドキドキしてうるさい。
「許さない! 許さない! 許さない!
あいつら酷い目に遭わせてやる……!
縄で縛って馬に引きずらせようか……氷の浮かぶ川に突き落とそうか……それとも紐なしでバンジージャンプを……」
それよりも、今はエリオット君を落ち着かせることの方が先だ!
なんか最後の方はヤンデレが入ってるし!
このままだと彼が犯罪者になってしまう!
「一旦落ち着こうか? エリオット君!」
この後、エリオット君をなだめるのに一時間かかった。
◇◇◇◇◇
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